第8話 新規登録
「――これでお願いします」
私はそう言いながら窓口に記入した書類を提示する。窓口の向かい側では美人の受付嬢が微笑みながらその書類を確認してくれた。何か不備でもあれば指摘をしてくれるだろう。
「はい。内容の確認をさせて頂きました。いくつか口頭での質問をしても宜しいでしょうか?」
宜しいでしょうかと言われて駄目とは言えないでしょうがと内心思いながらも私は頷いて肯定する。
「名前はリアさんですね。固有スキル名はカード化……ですか? 初めて聞くスキルですが、詳細の説明をして頂いても宜しいでしょうか?」
商業ギルドに務める受付嬢も聞いたことがないとは、やはり珍しいスキルなのだろう。パラパラとスキル一覧が記載してある台帳を捲りながら問いかける彼女は少し困った表情となっていた。
「えっと。スキル名のそのままです」
「え?」
「ですから、スキル名の『カード化』そのままの能力です」
「申し訳ありません。それだけだとよく分からないのですが……」
見たことのないスキルを口頭で説明してもやはりイメージがついて行かなかったようで、彼女は眉をひそめて頭を傾げる。理解出来ないものに関して分かった風な受け答えは出来ないのでそう答えるしか無かったようだ。
「あはは。やっぱりそうなりますよね。えっと、そのペンを少し貸してもらえますか?」
「ペンですか? どうぞ」
珍しい固有スキルであることは分かっているが確認して貰わなければ登録自体をして貰えない可能性があるので小さなペンをカード化することにしたのだ。
「――圧縮」
私がスキルを発動させると手に持っていたペンが一枚のカードとなって私の手に収まる。そのカードをくるりと裏返して表になるようにカウンター上にパチンと音をたてて置きながら彼女に告げた。
「これが《《カード化》》です。対象物をカードにすることによって運搬時の重量軽減に貢献出来ると思います」
私はそう言うと「解放」と言ってカード化を解くと元に戻ったペンを彼女に手渡した。
「……なんですか今の?」
今、目の前で起こった現象だったが理解が追いついておらず、渡されたペンをじっと見つめながら問いかける。
「ですから今のが、私の固有スキルでカード化ですけど……」
「これがカード化……。すみません、なにせ初めて見たものですから。すぐに斡旋出来そうな依頼の確認を致しますね」
受付嬢は慌ててそう告げると、いくつものファイルを確認しながら斡旋出来そうな仕事を探していた。やがて、あるページで手が止まると私の方を向いて質問をしてくる。
「ご希望の仕事は『荷物の配達』で大丈夫ですか?」
「はい。荷物の運搬業は経験がありますから大丈夫だと思います」
「え? 既にお仕事をされているのですか?」
「あ、いえ。このスキルを使ってではなく。単なるお使い程度のことですよ」
私は思わず、前世での記憶にあった配達業のことを話してしまい慌てて訂正をする。
「ああ、なるほど。それならば分かります。それで、運べる荷物の量はどのくらいまで大丈夫そうですか?」
「それが、まだスキルの限界値が分かってないのではっきりとは言えません。ですが、こう両手を広げたくらいのサイズなら大丈夫だと思います」
「両手サイズのものですね」
「はい。あ、ひとつの大きさがそのサイズならば、数はいくつあっても大丈夫だと思います」
結果的にカード化すれば数十枚あっても運ぶのに苦労することはないので私はそう付け加えた。
「え? 複数あっても大丈夫……ああ、なるほど。そういう事が出来るスキルなのですね」
私の説明を理解した受付嬢は確認していた依頼書をファイルから外してカウンターに置いて説明を始める。
「この依頼なら十分に熟せると思うのですが、如何でしょうか?」
彼女の言葉にその依頼書の内容を確認してみたところ、それは鉄鉱石の運搬依頼だった。
「――これは、この街の南門付近にある鍛冶屋さんに頼まれたもので、この街から馬車で半日ほど離れた鉱山で採れる鉄鉱石を工房まで運ぶ依頼になります。普段でしたら担当している者が対応しているのですが、どうも馬車が破損して修理に時間がかかるようなのです。そこで、外部の人に依頼を出して来た案件なのです」
私は書かれている内容と受付嬢の話を比べながら疑問に思ったことを口にする。
「えっと、鉱山ってここから馬車で半日ほどの距離なのですよね? 移動手段ってどうなるのですか?」
まさか歩いて往復しろとは言わないわよねと思いながらも私はきちんと確認をする。
「ああ、すみません。馬車に関してはギルドで準備します。もちろん、依頼料から手数料を引かせて頂きますが、御者や護衛に関してもギルドの関係者が担当するので安心して依頼に集中出来ると思いますよ。この依頼、引き受けてみますか?」
受付嬢の説明を受けて私は即座に頷いて告げる。
「やります。是非やらせてください!」
せっかくの固有スキルを試せる機会だし、持ち金だってそれほど余裕のあるわけじゃないので断るといった選択肢は存在しなかったのだ。
「依頼の受注、ありがとうございます。では、明日の朝にギルドの前まで来てください。担当の御者と護衛に引き合わせますので、この依頼書を持参してくださいね」
「はい。宜しくお願いします」
私はその受付嬢にお礼を言うと依頼書に記名をしてからウキウキしながらギルドを出たが、その直後に重大なことを忘れていたことに気がつく。カード化出来ることは分かっていたが、大量にカード化が出来るかの検証がまだだったのだ。
「まあ、いいか。引き受けちゃったし、今から少し確認しておけば大丈夫でしょ」
軽い考えであっさりと悩みを消した私はその後、人目のない場所で落ちていた石や岩などをカード化して意外とやれると確信してホッと胸をなでおろした。
◇◇◇
――次の日の朝、宿屋の女将さんに頼んで作ってもらった弁当をカード化した私は早々と商業ギルドの前までたどり着いていた。
「まだ早かったかな?」
未明とは言わないが、まだ少し早かったようで人の気配もまばらにしか居ない。私は朝の空気を吸い込みながら辺りを見回して目の前にあったベンチに座ってギルドの関係者を待つことにした。
「今回の仕事をきちんと達成出来たなら、信用が出来てまた別の依頼を貰って……。暫くは荷物運びの依頼で生活費を稼ぐのが現実的かな」
青く澄み渡る空を見上げながら、私は小さくつぶやきをする。とりあえず目の前の生活費に意識が向くが、やはりこの世界で生きるためには安定的な収入を目指さなければならないと思い、自然と前世で学んだ経営学に意識が向いた。
「やっぱり自分のお店が欲しいな……。でも、お店を持つなんてどのくらいの資金が必要なのかな?」とそんなことをぶつぶつと言っていると突然声がかけられた。
「もう来られていたのですね。同行する者も直ぐにくると思いますよ」
声の主に視線を向けると昨日対応してくれた彼女が微笑んでいた。私は独り言を聞かれたのではないかと顔を赤らめて視線を外す。しかし、彼女はそのことについて話題に上げることはなく聞かれていなかったのだろうと私はホッと息を吐いた。
「ああ、来たようですね。紹介しましょう」
やがて、予定していたメンバーが揃ったようで彼女は私を紹介するために彼らを連れてくる。メンバーは御者の男性が一人。名前はビルと名乗ってくれた。護衛は男性が二人。名前はカイとクウだそうだ。馬車一台だとこの程度が標準だそうで、かなり高額な荷物や重量人物を護衛する場合は護衛も五人以上となると説明をして貰ったのだった。




