最終話 リアのカード工房
「それでは、こちらにある商品で説明をさせて頂きます」
カロリーナはそう言ってテーブルにいくつかの商品を並べていく。その内容は陶器やガラス細工のような壊れやすいものからケーキや料理など腐る可能性のあるものまで多種多様な品物があった。
「リアさん。すみませんが、これらを一つずつカード化して頂けますか?」
カロリーナが私を見てそう告げたので私は肯定の頷きを返すと端の品物から順にカード化していく。
「おおっ! 話には聞いていたが、これは素晴らしい固有スキルだな」
ギルド統括マスターの男性は私が変換したカードを一枚手に取ってジッと眺めながらそう話す。
「出来ました。ひも付はどうされますか?」
「そうですね。全てをする必要はないでしょうから、一枚だけお願いしても良いかしら?」
「分かりました。では、失礼して……」
私は男性が持つカードに鞄から取り出した魔道具を当て、彼の手に自分の手を添えてスキルを使う。
「――これで良いですよ」
復元のひも付が出来たカードにはいつものように魔法陣が淡く光っている。それを見たカロリーナは男性に声をかける。
「統括。そのカードを手にしたまま『解放』と言ってみてください」
「ん? 解放と言えばいいのか?」
――ぼわっ
「おお!?」
意図しない言い方ではあったが、カードのキーに反応したようでカード化した品物が元に復元されて彼の手に収まっていた。
「なるほど。君の固有スキルでカードにしたものをどうやって元に戻すのか気になっていたが……。そうか、今の手順で持ち主と復元キーをひも付していたのだな。確かにこれならば君が現地に赴く必要はないな。いや、事前に聞いて半信半疑だったが素晴らしい」
男性はカードから復元された商品を手に大喜びでそう話す。
「あとはカード化出来る大きさだが……。どうかね?」
「最大がどのくらいかは分かりませんが、馬車の荷車程度なら何度かカードにしたことはあります」
「なに? それほどなのか?」
男性はそう言ってカロリーナを見る。彼女はその視線を受けて肯定をしたのだった。
「――ふむ、なるほどな。確かにこの事実を見せられればカロリーナ君の提案は現実的だと言わざるを得ないな」
統括の男性が上機嫌でそう言葉を発するとカロリーナも微笑みながら頷いたのだった。
「すみませんが、私にも分かるように説明して貰えますか?」
絶対に話の中心には私がいる筈なのに詳しい情報を貰えない私が不満をカロリーナにぶつけてみると彼女は先に謝りを入れてから説明をしてくれた。
「ごめんなさいね。実は今回、国の中央商業ギルドから統括マスター様が来られるとのことで、我がモルの町から各地に商品を売りだす計画をしたのです。運ぶのに破損リスクなどを考慮して商売を躊躇していた商品もリアさんのスキルなら全て解決しますよね?」
「ま、まあ。確かに輸送に関しては凄く便利なスキルだとは思いますよ。私も自分のお店で扱う商品は買って帰る人が誰か大切な人へのお土産となるように。又、冒険者の人たちが依頼で遠出をした時や行商人が旅の途中でも携帯簡易食だけでなく温かいスープの一品でも食べられたら嬉しいだろうなとの思いで仕入れをし、販売をさせて貰っていますから」
カロリーナの言いたい事、やりたい事は分かる。商売を生業にしている者が、私の固有スキルを使って大量輸送をしたいと考えるのは当然のことだろう。だけど、それに頼りきられても私としては少し困るのだ。
「その案は少々危険すぎるものだと思いますよ」
私は彼女の話を聞いて感じたことを素直に話す。
「確かに私はカロリーナさんのギルドには借金があります。そのお金を返すために依頼を受けるのは当然の義務だとも思います。ですが、もし私が借金を返し終えて別の町に行きたいと言ったら? それ以前に私が何かの理由でスキルが使えなくなったら? そんな私一人に頼る商売を継続的に行うことは賛成出来ません」
私はまっすぐに二人を見てそう言い切る。
「突発的な依頼や災害時などの必要物資の大量輸送などの協力は惜しみませんが、町やギルドに縛られる生活を強いられるなら固定のお店は無くても良いです。その時は行商人にでもなって各地を旅して回るでしょう」
カロリーナには色々と恩もあるし、彼女のやり方も理解は出来る。だけど、私の自由を奪うつもりなら全てをリセットして新しい町や国へ行くことも辞さないつもりだ。
「――はっはっは。どうやらカロリーナ君の負けのようだな」
私の思いを乗せた意見に統括の男性は大きな口を開けて笑う。その顔は怒っている様子もなく、その傍ではカロリーナがため息をついていた。
「そうですね。私がリアさんにきちんと説明をして納得して貰わなかったのが駄目でしたね。統括の許可があればすんなりと進められると思っていたのは私の奢りですね」
そう言って落ち込む姿のカロリーナを見て統括の男性はニヤリと口角を上げる。
「まあ、そう言うな。飛ぶ鳥を落とす勢いで最年少女性ギルドマスターになったカロリーナ君でも動かせない気持ちがあったってだけだ。それに、頻度と定期便の確約をしない依頼ならば引き受けてくれるそうじゃないか。それだけでもギルドの収益は十分すぎるほど上がりそうだぞ」
確かに何時までも私に頼る定期便には反対したが、突発的な依頼は受けてもいいと言ってしまったので全てを断るのは無理だろう。そもそも借金があるのである程度は引き受けないと困るのは結局私の方だし……。
「分かりました。それでしたら、今までどおりにギルド便は運行します。その際にリアさんの協力をして貰える間、破損リスクの高い商品も運ばせてもらいますので王都での販売を宜しくお願いします」
私が一人で悩んでいるとカロリーナはすぐに方向転換を決め、統括の男性に新たな提案をするのだった。
◇◇◇
――それから三年後。毎年行われる祝典祭ではカロリーナに良いように使われ、自分の店は閉めていたがその年は違っていた。
「今年の祝典祭はギルドに詰めていなくていいわ。なんなら、自分のお店を開けて構いませんよ」
どういった風の吹き回しかとフィーに尋ねると思わぬ答えが返って来たのだ。
「先日ギルドから大口の依頼がありましたよね? あれの依頼料をもってリアさんのギルドからの借入金、つまり借金は全て返済されたことになるのです。借金が無ければギルドの職員でもないリアさんを拘束することは出来ませんよね? まあ、どうせお隣だから何かあれば緊急指名依頼を発動させるかもしれませんが……」
そうだ。三年も同じことをやっているとギルドからの依頼も仕事の一貫のような気がして全く違和感は無かったが、全ては借金の返済の為だった。
「いきなり言われても仕入れもしていないし、前にもありましたけど祝典祭の期間は私の店で売るものは街中で買えるものばかりだからお店を開けてもお客は来ないですよ。それよりギルドでアルバイトをした方がよっぽど儲かりますからね」
「そうか。ならば、今年もしっかりと仕事をしてもらう事にしましょうか」
「ま、まあ。ほどほどにお願いしますね」
「リアさん。カロリーナ様にほどほどはありませんよ。諦めてください」
笑いながらそう言うフィーに私は苦笑いを返しながら自らに気合を入れたのだった。
――そうして忙しい祝典祭の三日間が終わり、晴天の朝空を見上げながら私はお店の開店準備をする。カード化したものは劣化をしないので前に仕入れたものでも全く問題ない。お店のショーケースに並ぶカードたちを見て微笑みながら私は時計を見ると開店時間が目前に迫っていた。慌てて店先に出てドアに掛けられた『close』の標識をひっくり返し『open』にすると店の前に集まって来ていた人たちに向けて元気に叫ぶ。
「リアのカード工房、本日も開店します!」
その声は澄み渡った空へと消えていき、代わりに客たちの楽しそうな声が私の心を一杯にしてくれたのだった。
-完-




