第33話 祝典祭の三日目
「おはようございます。今日は祝典祭最終日ですので、昨日よりも多くのお客様が来店されると思います。気を引き締めて最後まで笑顔でお迎え出来るようにしてくださいね」
商業ギルドの朝礼で元気よく発言するのはカロリーナギルドマスターだ。昨日も深夜近くまで事務仕事に追われていたと聞いていたが、疲労の色も見せずに元気一杯に職員を激励していた。
「なんであんなに元気なの?」
私の方はきっちり三百人の依頼をやり遂げて精神的にくたくたになって泥沼にはまり込むようにベッドにダイビングしたまでの記憶しかない。朝も呼んだ覚えもないのにフィーが宿の部屋まで押しかけてきて叩き起こされたのだ。彼女いわく「カロリーナ様に指示された」そうで、私が寝坊しないように……。いや、逃亡しないようにとの配慮のようだ。はっきり言って迷惑以外の何者でもないわよね。
「カロリーナ様はこの祝典祭に全てをかけておられますから。この行事が無事に成功で終われば、女神のごとく職員を労ってくださるのですよ」
「私も労って欲しいわ……」
「リアさんの場合は少し特殊なので断言は出来ませんが、祝典祭が終わればきっと報われますよ」
フィーはそう言って笑みを見せるが、あのギルマスのことである。そんなに簡単なことではないだろうと私はため息をついたのだった。
「――今日はカウンターにつめていれば良いですか?」
朝礼が終わった後に私はカロリーナに指示を貰うために彼女に話しかけた。
「あ、リアさん。昨日はお疲れ様でしたね。おかげでギルドと提携している商店、特に大物を扱うお店が軒並み過去最高の売り上げを更新したと報告がありましたよ」
「それは良かったですね。でも、私はボロボロですけどね」
最後の一言は嫌味のようにボソッと言ったのだが、彼女には聞こえなかったようで新たな書類を私に渡してくる。
「今日も昨日と同じような感じですか?」
お昼までをギルド内で対応してから午後は提携店を回って行くのだと思い、彼女にそう問いかけたのだ。
「午前中はギルドで窓口対応をしてもらうけど、最終日だし、リアさんにもお祭りを楽しんで貰いたいので午後から私と一緒にお祭りを見に出かけましょうか」
「え? 私もお祭りを見て回れるのですか? てっきり仕事に忙殺されて終わるのだと思っていました」
仕事の鬼と聞いていたカロリーナから祭りの見学を申し出てくれたのだ、こんな嬉しいことはないだろう。これはめっちゃ楽しめるご褒美なのね。
「じゃあ、昼食を食べたら出かけるからギルドで待っててね。あ、一応魔道具とかも持って行っておくように。もしかしたら行く先でお小遣い稼ぎくらい出来るかもしれないからね」
「はい。やったあ、お祭りだ!」
跳び上がって喜ぶ私は隣にいたフィーにも一緒に行くのか尋ねたが、彼女は羨ましがることもしないで微妙な表情で「良かったですね」と言ってくれただけだった。
「――よし! この人で午前中の仕事は終わり! 昼食の後はお待ちかねのお祭りタイムね。何を見ようかな」
午前の仕事を無事に終え、私は午後からのお祭り見学に心を躍らせていた。
「あっ、そうだ。お祭りならば出店も沢山出ているわよね? 無理にお昼ご飯を食べなくても食べ歩きなんてお祭りっぽくて良いじゃないの?」
気分上々でカロリーナを待つ私。祭りの主催者として日頃は入れない場所とかにも案内してくれたりするのかな?
「――待たせましたね。さあ、行きましょうか」
私が準備を終えてから約三十分。少しだけ待たされた気もするけど私の方が早く準備をし過ぎたのだから、まあ許容範囲よね。
「はい!」
私は笑顔で返事をすると彼女についてギルドを出る。その後ろではフィーが苦笑いをしていたのだが、そんなことには全く気がつかなかった。
「えっと、先ずは出店の調査ですかね? お昼ご飯も抜いて来ましたから何でも食べられますよ」
祭りのメインストリートである中央通りを歩きながら私はカロリーナにそう告げる。
「あら、昼食はまだ食べて無かったのですね。そうね、何が食べてみたいですか?」
「珍しいもので美味しいものが良いです」
「あんがい難しいことを言うのね。ならば、あれなんてどうかしら?」
カロリーナはそう言うと私を一軒の出店に連れて行ってくれた。お店からは何かが焼ける匂いがする。タレの匂いだろうか、空いたお腹に直撃する美味しそうな匂いに私は我慢の限界に来ていた。
「すっごく美味しそうな匂いですけど、焼き鳥店……ですか?」
「いいえ、珍しいものが良いと言うから連れてきたのですもの、ただの焼き鳥なわけありませんよ」
カロリーナは優しく微笑みながら店主に私の食べる量を注文してくれる。
「カロリーナさんは食べないのですか?」
「私はきちんとと昼食を食べて来ましたから大丈夫ですよ」
そんな言い方されたら、私の食い意地がはっているように聞こえるが、今はそんなことを気にしている時ではない。出店とはいえ、許可を取っている食べ物屋なのだから食べられないものを売っている事はないだろう。
「いただきます。はむっ! 美味しい!?」
私は串に刺さった焼けた肉に齧り付いて口一杯に頬張る。タレと肉の油が絡み合って凄くいい味を出している。
「とっても美味しいですけど。これ、何のお肉なんですか?」
私は口の中にある肉を飲み込んだ後で店主にそう問いかける。
「なんだい、知らずに食べてたのか? あんたみたいな若い娘さんが注文するから余程好きなんだろうと思ってたんだがな」
店主はそう意味深な言葉を言ってから肉の正体を教えてくれた。
「虹色オオガエルの肉だよ。まあ、外見はグロいが味は喰ってみた通りだ。一度食べたらやみつきになる味だろ?」
店主はそう言って見せなくても良いのに現物の生きたカエルを私の前に差し出したのだ。
「ゲコッ」
「ぎゃあああっ!」
きゃあ。なんて可愛い叫び声は演技に決まっている。本当に驚いた時には地が出るもののんですよ。アラサー女子をなめんな。
「――カロリーナさん酷いですよ」
若干、涙目になった私はカロリーナに抗議の目を向ける。
「リアさんの要望に応えただけですが、何か問題がありましたか?」
カロリーナはそしらぬふりで無表情をつらぬくが、若干ながら口角がぴくぴくしているのが見えた。きっと笑いたいのを我慢しているのだろう。
「はいはい。私が無茶を言ったのが悪いんですよ」
元はと言えば私が珍しいものが食べたいと言ったからだ。まあ、元の外見をともかく美味しかったのは事実だから怒るのは筋違いかもしれない。
「じゃあ、つぎは普通に美味しいものを!」
そう言って私は何件かの出店で美味しいものを食べることが出来たのだった。
「お腹のほうはもう大丈夫そう?」
「はい。十分に堪能させて貰いましたよ」
「そう、それは良かったわ。じゃあ、次は私の行く所に付いて来てくれる?」
「良いですよ」
私が快諾するとカロリーナはお祭りの中心地に向かって歩いて行く。私も人混みで彼女から逸れないように必死について行く。
「ここに入るわよ」
十分も歩いただろうか、人混みの中だったので普通に歩くよりも数倍疲れた気がした。
「ここは……。どこかの商会ですか?」
カロリーナは商業ギルドのマスターなので大手の商会と面識があるのは当然だが、わざわざ祭りで忙しい時に尋ねるのはどうしてだろうか?
「こちらに来て頂戴。会わせたい人が居るの」
カロリーナはそう言って私を応接室へと案内する。会わせたい人? 面倒くさい匂いがぷんぷんしてくるのは気のせいじゃないよね。
「お連れしました。統括マスター」
部屋に入ると顔立ちの整った壮年の男性が座っている。顎鬚が立派で貫録が感じられるわね。
「おお、待っておったぞ。早速紹介して貰えるか?」
「はい。こちらの女性、名はリアといいます。固有スキル持ちで荷物をカード状に変換して楽に持ち運べる特徴があります。現在は、モルの商業ギルド横に店舗を構えて自らの商売と並行してギルドの依頼も受けて頂いております」
「なるほど。事前に報告書で見た内容に相違はないということだね?」
「はい」
なんだか、当の私を置き去りにした会話が二人の間で交されていることに少し不満を覚えたが、とりあえず黙って聞いてみることにする。
「では、実際に見せて貰えるか? それを見た上で君の提案を受けるかどうかの判断をするとしようか」
相変わらず私には何の指示もない状態で話が進む。私がちらりとカロリーナに目線を送ると彼女は小さく頷いてから説明をしてくれたのだった。




