第31話 祝典祭の一日目
いろいろな準備を終えて、ついにモルの町の祝典祭が開催となった。前夜祭を経て今日からが本番。どの店の主人も目の色を変えて客を迎える準備万端であるが、ここ商業ギルドでも色々な策が準備されていた。
「皆さん。今日からの三日間、家に帰れるとは思わないでくださいね!」
初めの挨拶からカロリーナの激がギルド職員に対して飛ぶ。まさかの三日連続徹夜をしろと言っているのか?
「あれは、いつもの意気込みを言っているだけで、実際は交代で休んでいますよ。まあ、カロリーナ様は実際にギルドに泊まっているようですけど」
横で話を聞いていたフィーが私の顔が引きつっているのを見てそう教えてくれた。まあ、そうだよね。
「フィーさんはどんな業務を言われているの?」
「私ですか? 基本的にはいつもの業務と同じなのですけど、リアさんの仕事が滞っていたらサポートに回るよう言われています」
「ねえ。正直いって私のところに来るお客って居ると思う?」
私のカード化というスキルは固有スキルなので本当に珍しいものだ。お店を開店して、最近になってようやくモルの人々の中で認識され始めたばかりである。そんな知名度の低いものを他の町から来た人が知っているはずもないだろう。知らないものは出来るはずがない。まあ、客が来るとは思えないわね。
「そうですね。初日はなんとも言えないところがありますね。ですが、二日目からは絶対に増えると思いますよ」
「それは何故?」
「カロリーナ様が企画を立ち上げているからですよ。あの人にかかれば認知度が低いなんて関係ないですから」
大々的に宣伝でもするのだろうか? でも、どうやって? 私が考えているうちにギルドの朝礼は終わり、各自がそれぞれの持ち場に散会して行った。
「リアさんはこちらの窓口を使ってくださいね。今日はまだそれほど多くは来ないかもしれませんが、明日からはちょっとだけ大変かもしれません。でも、大丈夫ですよね?」
絶対にちょっとだけというレベルではないのだろうなと思いながら私は黙って頷いておいたのだった。
「では皆さん、祝典祭一日目。主催者の商業ギルドとして恥ずかしくない成果を見せていきましょう」
カロリーナの激励に職員の皆が大きな声で肯定の声を発する。というか、この祝典祭の主催者って商業ギルドだったの!?
「じゃあ、私はとりあえず七番窓口に座っていますね。もし、なにか問題があったらサポートを宜しくお願いしますね」
私はフィーにそう伝えると一番端にある七番受付窓口へと歩いて行った。
「すみません。このお菓子を家まで持って帰りたいと言ったらこちらに来るように言われたのですけど……」
開店してから暫くは一人も窓口に現れず、暇をしていたところに一人の女性がお菓子を両手一杯に抱えて現れた。
「ああ、お持ち帰りですね。お持ちのもの全てで良いですか?」
「え? あ。はい。そうですけど、どうやるのですか?」
私はギルドが準備してくれていた箱にそのお菓子を詰め込んでからスキルを使う。
「――圧縮」
スキルを発動させるといつものように一枚のカードとなり私の手に収まる。
「な、何ですかそれ!?」
初めて見る人は大抵が驚くのだが、その女性も多分に漏れず驚いてくれた。
「こういう固有スキルなのですよ。あ、すみませんが、手を出して貰えますか?」
女性は首を傾げながらも素直に手を差し出してくれる。私はその手をカードの上に重ねてもらい、その上から私の手を重ねてから魔道具を発動させた。今日はこのためにお店から運んで来ていたのだ。
「復元のひも付はすぐに終わりますから」
私がそう言っている間に登録は完了し、カードには淡く魔法陣が浮き出ていたのだった。
「はい。家に持ち帰られたなら貴女がこのカードを手にして『解放』と唱えてください。そうすれば今の荷物が元に戻りますから」
私はニコリとほほ笑みながらそう教えてあげた……のだったが、その女性は困惑した表情でカードを見て私に問いかけてくる。
「本当に元に戻せるのですよね? 家に持って帰って出来ませんでしたじゃ済まないのですけど」
まあ、心配する気持ちは良く分かる。実際にこの町でも最初は疑心暗鬼になる人が多くいたからだ。
「そうですよね。それでしたら一回だけこの場で復元することを許可しましょう。それで、無事に復元できれば安心して持ち帰れますよね?」
ここで出来るのだから心配するなと言っても説得力はないと私は思い、サービスとして確認をさせることにしたのだ。
「良いのですか?」
「はい。やっちゃってください」
私の許可が出たので女性は唾をごくりと飲み込んでからキーワードを発する。
「解放!」
――ぼわっ
「わわっ!?」
女性がカードを手にしたままキーワードを唱えるとお菓子を詰めた箱がカードから元の箱に戻った。軽いカードがいきなり重量のある箱に戻り、女性は落としそうになった箱を慌てて抱えなおした。
「凄い……。これは素晴らしく便利なものですね」
女性は目を丸くしながらそう言ってしきりに感心すると再度カード化をするようにお願いをしてきたのだった。
「――ありがとうございました」
私はカード化の手数料を受け取ると女性にそう言って笑いかける。
「これならば、もっと多くの品物を買っても持って帰れるからもう一度市場に行って来ますね」
女性はカード化したお菓子のカードを大事に鞄に入れるとそう言って祭りの人混みへと消えて行く。
「こうやって町で売れるものが増えていくのですね」
ふと声の主を見るとフィーが傍に立っていた。私の様子を確認するために来たのだろう。
「今の彼女はきっと普通だったら重くて買えない物を買ってくると思いますよ。そして、そのことを知り合いに自慢して……。そうなると後は倍々に増えていくでしょうね」
「ば、倍々に? それってとんでもないことじゃないの?」
「そうですね。まあ、カロリーナ様の考えることですからそのくらいのレベルは覚悟しておいたほうが良いと思いますよ」
「脅かすのは、やめてくださいよ」
そう言って頬を引き攣らせていた私だったが、十分にあり得る話だとため息をついたのだった。




