第30話 祝典祭の話合い
商業ギルドからの依頼は思ったより簡単に処理が終わって良かった。あれを全てひとつずつなんて言われていたら投げ出していたかもしれない。まあ、嘘だけど……。借金があるのは弱い立場なのだなとつくづく考えさせられる事案だった。
「――お疲れ様。今日の依頼料は借入金からの計算で良かったのよね?」
「あ、はい。それで処理をしておいてください」
あれから、依頼人はカード化した商品を鞄に入れて護衛の者と二人で馬に乗ると目的の町へと出発して行った。普通に馬車で行くよりも三倍は早く到着するとのことで凄く喜んでいたよ。
「そういえば、もうすぐこの町で祝典祭なるものが開催されると聞きました。それって、どのくらいの規模のお祭りなのですか?」
「ああ、リアさんはこの町に来てからまだ一年経っていませんでしたね。モルの祝典祭は年に一度開催される周年祭なのですが、三日間続きのお祭りでモルのメイン路には出店が立ち並び、パレードや旅芸人が祭りの華を添えてくれます」
「人出はどうなんですか? 町外からも観光客が来るとかあります?」
「もちろんです。この日は王都や近隣の町から多くの人々が訪れることになります。なので、商売をする者としては一年間のうちで一番稼ぎ時の三日間となるのです」
カロリーナはそう言って息を吐く。その表情はやる気に満ちた顔ではなく、既に疲れた表情だった。
「なんだか大変そうですね」
「年に一度の大きな祭りとあって、商人たちはここぞとばかりに商品を仕入れて客を待ち構えるのですが、既存の商店は良いのです。問題は露天の出店なんですよ。出店には当然ながら許可を申請してもらわなければなりませんし、場所だって決めなければいけない。それにしたって良い場所もあれば、微妙な場所もあるでしょ? 始まる前から喧嘩になることなんて良くあることね」
前世の記憶でも祭りの出店は場所取り合戦が繰り広げられていたと聞く。当り場所とはずれ場所では売上が倍違うとも聞いたことがある。それは喧嘩にもなるだろう。
「でも、そうかぁ。そんなお祭りがあるんですね。これは私も頑張って仕入れをしなくちゃいけないわね」
私がそう言って座っていたソファから立ち上がろうとするとカロリーナがそれを止め、とんでもないことを言い出した。
「あ、リアさんのお店はお祭りの三日間は休業して貰うわよ」
「ええ!? どうしてですか?」
「お祭りの三日間はどうしたってギルドでも人が足りないの。少し忙しくなったくらいで、一人で回せないお店を開けるのはリスクでしかないでしょ?」
「で、でも。一年で一番稼げる三日間なんですよね? お店を開けたら駄目だとか横暴だと思います」
いや、当然の抗議だと思う。それでなくとも借金があるから出来るだけ稼ぎたいと思っているのにそれが出来ないなんてありえないわよ。
「リアさんには自分の店を開けない代わりにギルドで依頼を受けて欲しいの」
「ギルドで依頼?」
「ええ。今年も大勢の観光客が来るのは目に見えているから商業ギルドでは『お土産作戦』でひと稼ぎさせて貰うつもりなの」
「お土産作戦……ですか?」
「よく考えてみて。モルへ来てくれる人たちは家族総出で来ているわけじゃないわよね。そうとなれば家に残して来た家族や友人に何かお土産を勝って帰りたくなるもの。でも、大きなものや他の町でも買えるものはわざわざ買って帰ることはしない」
カロリーナがギルドのことを何故私に話すのか少し考えれば結論は直ぐに出た。
「ああ、なるほど。持ち帰りたい商品をギルドでカード化すれば確かに便利ですね。でも、それって私のお店でやったら駄目なんですか?」
そう疑問を口にした瞬間、私は「ああ」と納得してしまう。そういえば、人材は貸してくれないと言われていたんだった。
「……高いですよ?」
私がため息をつきながらカロリーナにそう言うと彼女はニコニコしながら「借入金が減ると良いわね」と告げる。問答無用で事ですね。はい。
「ふふふ。まあ、そんなにむくれないで。どうせ、リアさんも仕入れは難しいはずだから」
「どういうことですか?」
「少し考えてみれば分かるわよ。雑貨なんかは店に客が押し掛けた時に在庫が無いなんてあっては損だからわざわざ外部に委託販売をすることはしないでしょうね」
「でも、食品関係はその場で作れる量は決まっているでしょうから前もって作れる私の店に卸すはずでしょ?」
「まあ、その意見は一理あるでしょうけど、それよりも店の経営者は儲けられる可能性があるならばその機会は逃がさないものよ。恐らくだけど、今回はいつもリアさんのお店に料理を提供してくれている店の主人からカード化の依頼だけ来て卸してはくれないと思うわ」
「え? どうしてですか?」
カロリーナの考えが分からずに私は首を傾げながら問いかける。
「言ったでしょ? メイン路には露天の出店が立ち並ぶって」
「あ、まさか料理店の人たちも出店を出すって事ですか?」
考えてみれば当然である。それでなくとも祭りの期間は人が多く来るものだ、当然ながら需要に対して供給は追い付かなくなる。ならば、価格も上がるのは当然だ。
「そうか。私にカード化をしてもらって自分で復元させれば客を待たせることなく次々に提供できる。提供スピードが速ければ回転率も上がるからそれだけ儲けられるってことよね」
「そういうこと。まあ、継続的にリアさんと取引をしている人の店に限るでしょうけどね。それに、多少は依頼料を弾んでくれると思うわ。というか、高くつけてくれる人を優先して引き受ければリアさんも多少なりとも利益は出るはずよ。今日まで町の皆に助けられてきたのでしょうから、恩返しと思って引き受けてあげてくださいね」
カロリーナの言葉に私は「まあ、そうですね」と笑うのだった。
翌日からカロリーナの言っていたことが現実となる。いつものように食堂やパン屋、甘味屋を巡って卸を頼んで回ったが、どの店も口を揃えて「来月の祝典祭まで卸は難しい」と言って来たのだ。そして、その後のセリフも同じで「卸は無理だけどカード化の依頼はしたい」とのことだった。カロリーナから前もって予想されていたので驚くことは無かったが、そうでなければ文句の一つも言っていただろう。
「構いませんよ。お店の方は今ある在庫がはけたら祝典祭までは休業するつもりですから。それに、お祭りの三日間はギルドでの仕事が決まっていますので」
「それは、大変ですね。では、宜しくお願いします」
何が大変なのか分かって言っているかは不明だけど、こっちも仕事だ。依頼料をくれるのならばきちんとやってあげるとしましょうか。
こうして、私は毎日各店舗にて一時間ずつだけど出店で売る品物をカード化していったのだった。予想以上に儲けたら私にも還元してくれないかな。




