第24話 甘味処の仕入れ交渉
店員が去った後に残されたものは全て見目の良い甘味ばかりで、どれから食すべきか目移りをする。
私は一人っ子だった為に好きなものは最後にとっておくタイプだったので見た目のランキングをつけ、その下から順に手をつけることにしたのだ。
「先ずはこの甘味から……」
そう呟きながら手をつけたのは所謂、あんみつのようなもので餡子と白玉が特徴的だった。
「さっそく食べてみましょうか」
私はフォークを手に白玉に突き刺すとゆっくりと口に運ぶ。
「んー。もちもちのプルプルね。これは見た目も綺麗だし人気になるのも頷けるわ」
そう独り言を言いながら次々と口に運ぶ。本来なら飲み物と一緒に楽しみながら食すものだが、今回は調査である。のんびりしている暇はない。
「これは合格ね。次はこれにしようかな」
私が次に選んだのはパンケーキ。所謂、ホットケーキだ。上にはたっぷりのはちみつも乗っている。この世界には養蜂が出来るひとが居るのか? と思いを巡らせながらもフォークで刺して齧り付く。少々はしたないが、フォークがないので致し方ないだろう。
「うーん。これも合格」
その後もプリンやシフォンケーキなどが並び最後の一品となる。
「やっぱり定番はショートケーキね。まさか、この世界でお目にかかれるとは思わなかったわ」
食事に関しても生前の世界であった定番の料理は名前こそ違うけれど幾つも見る事があった。もしかすると、この世界を作った女神は私が生きていた世界の知識を取り入れているのかもしれない。
「まあ、固有スキルがある世界なんだから。甘味を開発するパテシエのスキルを持つ人が存在していても不思議ではないわよね」
全ての甘味を平らげた私は一つの結論を出す。
「これは、優劣をつける意味はないわね。全て合格よ!」
無料の熱いお茶を啜りながら私がそう結論づけて先ほどの店員を呼んだ。程なくして「はーい」と元気な声と共に先ほど対応してくれた女性が傍に来てくれる。
「お茶のお代わりでしょうか?」
「いえ、商売のお話をしたいのでお店の主人と会うことは出来るかしら?」
「商売の話ですか? えーと、少々お待ちくださいね」
店員の女性はそう言ってお辞儀をするとパタパタと早足で店の奥へと向かって行くのが見える。
彼女が去ってから数分ほどで恰幅の良い中年の女性がこちらに歩いて来る。その横には先ほどの店員の女性。どうやらこの中年女性が店主なのだろう。
「商売の話をしたいってのは、アンタかい?」
中年女性は私の目の前にある椅子に腰をおろすと開口一番にそう問いかけてくる。まあ、甘味を五つも食べた女がいきなりそんなことを言い出せば何者なのかと思うだろう。
「はい。先ずは自己紹介をさせてください」
私はそう言って椅子から立ち上がると丁寧なお辞儀をして自己紹介をする。
「私は今度、ギルド横でお店を開く予定をしているリアといいます。お店の種類は雑貨店――のようなカードショップを予定しています」
「雑貨店……は分かるけどカードショップっていうのは、どういったものだい?」
「私固有のスキルを使ったギフト系のお店です。具体的にはいろんなものをカードにして持ち帰りますので、重いものや破損の心配があるものでも安心して持ち帰れるお店ですよ」
私はそう言って食べ終わった甘味の器をひとつカード化する。
「――圧縮」
いつものようにその器はカードとなり、私の手に収まっている。
「な、なんだい。そのスキルは!?」
「これが、カード化。私の固有スキルです」
渡されたカードをしげしげと見つめていた女店主はその後、私に視線を戻す。
「ふーん、面白いわね。それで? 商売の話ってのはどんなものだい?」
どうやら女店主は私のスキルに興味を持ってくれたらしく話を聞いてくれる気になったようだ。
「先ずは交渉のスタート地点に到達ね」
私は彼女に聞こえないように呟くと商品販売の交渉の場に移ったのだった。
「――先ずは話を聞いてくれてありがとうございます。先ほど頂いた甘味はどれも美味しく、見た目も綺麗なもので女性に人気なのも頷けます」
まず、話を聞いてくれることに礼を言い、その後で商品を褒める。相手にいい気分になってもらってから交渉するのが基本だ。
「今回提案させて頂きたいのは、このお店で作る甘味を私のお店でも提供したいと考えていることです。ただ、私のお店は雑貨屋なのでお店で食事をすることは出来ません。つまり、持ち帰り専門になります」
私は彼女に対してこの提案のコンセプトをプレゼンする。彼女のお店はその場で食事をするスタイルでお持ち帰りは出来ない。対して私のお店ではその場での食事は出来ず、持ち帰りのみの按配となり、競合することはない。
「――なるほどねぇ。だが、私にメリットはあるのかい? 私の作った甘味を別の場所にて持ち帰りで売られたら客がお店に来る必要がなくなる。そうすると店の売り上げが落ちるんじゃないのかい?」
当然の心配事である。だけど、そう言われて私も簡単に引き下がるわけにはいかない。
「仮にそうなったとしても、お店の経営には影響はないと思います。何故かというと、私が取り扱おうとしている甘味はこのお店から仕入れるからです。つまり、お店で提供するか私のお店で提供するかの違いでしかないのです。それどころか、今まで人気でお店に来られなかった人や遠くに住む知人や家族にお土産として購入される可能性もあるので売上自体は上がると言えます」
私がそこまで説明すると女店主は「確かにそうかも知れないねぇ」と一定の理解を見せてくれたのだ。
「面白いじゃないか。ただ、ひとつだけ聞かせておくれ。器はどうするんだい? 店では当然ながら食べ終わったら器は店が回収して洗ってからまた使う。持ち帰りにしてしまったら器の回収は出来ないよね?」
当然の質問である。だが、私はその事もちゃんと考えておいたのだ。
「最初に販売価格に器代も乗せて販売します。そして、洗ってお店に返却した際には器代を次回購入時やこちらのお店で使える割引券と引き換えるのです。そうすれば、減ってしまった器は追加発注すれば良いし、返却された器は再利用すればいい。そして、最大の利点は返金ではなくて割引券を渡すことによって再度のお客様となるのです」
「――そいつは良いね。それならば店が損を被ることは無さそうだ。良いじゃないか、試してみる価値はありそうだね。ところで、商品の買い取り価格はどうするのさ? まさか、店の定価で買うなんてことは無いだろう?」
「そうですね。私が自分で作るわけでは無いので、暴利を貪るつもりはありません。器込みをお店で提供している価格と同等にして頂ければ、それに手数料として一割ほど私の利益を上乗せて販売したいと考えています」
「まあ、妥当なところかね。器は帰ってくれば次の客寄せになるし、時間があるときに作れば効率も良くなるだろう。商品は買い取りなんだろ?」
「あ、それは……」
私は上手く行きそうだった交渉の最期に大きな問題があったことに気づく。仕入れを全て買い取りにすると大量、多品目の雑貨屋を目指すためには相当額の初期資金が必要である。既にギルドから借金をしている身で追加の負債を背負うのはかなり厳しいものがある。しかし、委託販売形式は新規参入である私では信用がないので無理があったのだ。
「ギ、ギルドを通して買い取りをしたいと考えています」
頭から煙が出そうなほど考えて出した答えがこれである。カロリーナの喜ぶ顔が目に浮かぶのは悔しいが、今の私に出来ることはとにかくお店を開店できる商品をかき集めることだったのでそう言うしか選択肢が無かったのだ。
「ギルドが間に入るのなら、信用出来そうね。あなた、ギルド関係者にコネでもあるの?」
「コネではありませんが、今回の開店もギルドマスターの推薦によるものです」
嘘はついていない。当初の予定とは手順が変わったが、カロリーナに推薦されたのは事実。いつも良いように振り回されるので、こんな時くらい勝手に名前を使ってもいいよね?




