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第2話 喋るリスと親切な商人

 ――ぴちょん


「冷たい!?」


 彼女が転生の言葉を告げた後、再び私の意識が戻ったときには大きな樹木の下に寝ている状態だった。


「本当に転生したんだ……」


 私は目の前に広がる景色に意識を奪われながらも、先ずは自らの身体を動かしてみる。怪我はしていないようだし身体もちゃんと動く。元の身体は消滅してしまったと言っていたけどあの管理者と名乗っていた女性が復元してくれたのだろう。


「あ、持ち物! あの時持っていたのはスマホと財布の入ったバッグくらいだと思うけど……」


 そう考えた私は寝ていた辺りを見回すも現世で愛用していたバッグは無く、代わりにズタ袋があるだけで中を確認するも当然ながらスマホや財布などは見当たらない。


「あはは。まあ、そうだよね。世界観からして現代日本とは違う世界なんだし、スマホがあっても電気があるかも分からないしお金も日本円なんか使えるわけがないよね」


 そう呟きながら袋の中身を取り出すと、さらに小さな袋から見た事のない貨幣と思われる銀貨と銅貨が姿を見せた。


「多分、これがこの世界のお金なんだろうな。全く価値が分からないのが難点だけど、無一文じゃないと分かっただけでもありがたいわよね。よし、こんなところでいつまでも座り込んでいたって何も始まらないわ。先ずは町を見つけて教会へ行かないと」


 私はゆっくり立ち上がると背中まである髪を後ろで結んでから街の教会を探すために辺りが見渡せる丘へと向けて歩き出した。


 この世界には凶暴な獣は居るのか、それよりも盗賊とかと出会ったらどうしようかと考えながら歩く私の目の前に突然、馬車が往来できそうなほど整備された道が現れる。じっと観察すると馬車の車輪跡が薄らと見え、私は思わずガッツポーズをとっていた。


「この道を歩いて行けば、きっとどこかの村か町へたどり着くわよね。それよりも先に馬車に出会うかも知れないし、後はどっち側に向かうかを決めないと……」


 ここが丁度、町同士の真ん中である保障はない。もとより多くの食料を持っていない状態で距離の長い方へ向かってしまえば命取りだ。


「あの管理者の人、なにもこんな辺鄙な場所に転生させなくてももっと町の傍にしてくれても良いと思うんだけどな」


 私がどちらの道を選択するか迷っていると不意に頭上から視線を感じて頭を上げた。そこには一匹のリスに似た小動物が木の枝から覗き込んでいるのが見える。


「わっ 可愛い! リスさん。おいで」


 もともと動物好きだったこともあり、私が警戒心を持たずにリスへ手を伸ばしながらそう話しかけると予想もしなかったことが起きた。


「こんなところに居たのか、探したぞ」


「リスが喋った!?」


 あまりの衝撃に私は思わずそう叫ぶ。だが、それに反応したリスはスルスルと木を降りてきて私の目の前にちょこんと座ったかと思うと大きなため息をついて話し始めた。


「なんだ、今回の転生者は何にも知らないんだな。まったく、あいつらはいつもいい加減な仕事をしやがってサポートするこっちの身になってみろってんだ」


 私は目の前で喋るリスに目を奪われながらも好奇心が勝り恐る恐る話しかけてみた。


「あの……。私のことを知っているんですか?」


「ああ、もちろん。俺様はこの世界の管理者から転生者のサポート役を任されている案内獣の『ナビー』だ」


「リスのあなたが!?」


「むっ この姿は転生者に怖がらせないように配慮しろと命令されたから仕方なくこうしたんだ。何か文句でもあるのか!?」

 ぷんぷんと怒るナビーに私は思わず笑いだしながら手のひらに乗せて顔の前まで近づけてから挨拶をした。


「ナビー、ありがとう。とても愛らしくて可愛いわ。でも、もう少し早く来て欲しかったな」


「むう。俺様はれっきとした(オス)だ。可愛いと言われても嬉しくないぞ」


 むくれながらそう言うナビーに笑いを堪えながら私は彼に問いかける。


「はいはい。紳士なナビーさん、ここから町へ向かうにはどちらの道を進めば近いのですか?」


「なんか引っかかる言い方だな。だが、俺様もきちんと仕事が出来るところを見せなくちゃいけないからな。いいだろう答えてやるよ」


 ナビーはそう言いながらくるくると尾っぽを回して何かを探している様子。


「何をしてるの?」


「近くに馬車が通りかからないかを探索しているんだよ。この場所からだと歩いて行ける距離には町や村は無いからな」


「ええっ!? それって大丈夫なの?」


「心配するな。大抵は転生者が現れた近くを馬車は通りかかるものなんだよ」


 良くわからない理由を言った後もナビーはうにゃうにゃと何かを呟いていたが、数分後にはふいと右の道を向いて「来たぜ」と一言告げた。


「いいか。馬車の御者には「気がついたらここに居た。何も覚えていないが町へ行きたい」と話すんだ。あと、俺様のことは「気がついた時には一緒にいた。何故か懐かれている」と言えば一緒に行けるはずだ」


 ナビーはそう助言をすると話すことを止めた。やがて、ナビーの言った通りに右側の道から馬車が現れるのが見える。それを見た私はわざと道の真ん中よりに座り込み下から馬車を見上げる形で待つ。


 ――ガラガラガラ。ヒヒン


 道の真ん中に座り込む私を見つけた御者が馬車を止めて声をかけてくる。予定通りだ。


「こんなところでどうした?」


「すみません。この道の先に村か町はありますか?」


「この道沿いに行けばモルの街に着くが、馬車でも半日の距離だぞ。そもそも、何故こんな場所に若い女性が護衛も連れずに歩いているんだ?」


 私はナビーの助言通りに「気がついたらここに居ました。何も覚えていないのですけど町を目指して歩いていました」と説明をした。


「ふう。迷子の上に記憶喪失かい。これはまたどうしたものか……」


 御者の男性が考えていると馬車から声がかかり、窓から老紳士が顔を出す。


「どうした、急に止まって? 何かあったのか?」


「あ、旦那様。いえ、この方が道を聞いて来たので答えたのですが、どうやら記憶喪失のようで自分がなぜここに居るのかを理解できていないようなのです」


「なんだと? それは大変だったな。ふむ、身なりから盗賊の類ではなさそうだ。町へ行くなら乗せてやりなさい」


「良いのですか? 素性の知れない者を乗せるにはリスクがありますが……」


「構わん。悪意の鈴が鳴っておらんなら害意は無いはずだからな」


「分かりました。ですが、旦那様と同じ馬車に乗せるわけにはいきませんので御者台の補助席に乗って頂きましょう」


 御者の男性は私を見ていくつかの質問をする。


「君の名を教えてもらえるかな?」


 彼の質問に私は「リア」と答える。


「リアさんか、君が何故ここに居るかは分からないが町へ行きたいのだろう? 旦那様の許可が出たので馬車に乗せて行く事も出来るがどうする?」


 町まで馬車で半日かかる距離だと聞いており、親切にも馬車に乗せてくれると言ってくれているのだ、断る理由はない。それに、このタイミングで通りかかる馬車なのだからおそらくあの管理者が差し向けたイベントの可能性が高いだろう。


「助かります。それで乗車賃はいくら払えば良いのですか?」


 私の言葉に御者の男性はキョトンとした表情をしてすぐに笑い出す。


「そうだな。旦那様の善意の提案だが無料(ただ)で乗るのは気が引けるか。記憶喪失のようだがその心がけがあるならば悪い人間では無かったのだろうな。そうだな、運賃は街に着いた時に旦那様にしっかりとお礼を言えば良いだろう」


 御者の男性はそう言うと御者台の補助席を指して乗るように促した。


「ありがとうございます。えっと……」


「ニートンだ。今はラジアン商会の筆頭御者をやっている」


 私はニートンにお礼を言って補助席へと乗り込むと馬車はゆっくりと走り出す。


「この馬車はモルの町へ向かっていると聞きましたが、どのような所なのですか?」


「モルの町はこの国、セルシウス王国の王都から南にある第三の町で農業から商業まで幅広く発展している。ラジアン商会はそこを中心に王都や近隣の中小の町や村を繋ぐ輸送を担う商会なのだよ」


「運送業を営む商会なのですね。あ、そういえばその町に教会はありますか?」


「教会? 当然あるが、教会に用事があるのかい?」


「記憶の片隅に教会へ行くようにとあったんです。詳しくは分からないんですけど……」


 私は記憶が曖昧な様子を見せながらも情報収集のために欲しい話題を振っていったが、彼は私をか弱い女性と認識したからか怒る事もなく親切に教えてくれた。まあ、管理者からの干渉があったからかも知れないけれど……。


 やがて馬車が通る道の幅が広くなってくるとニートンがラジアンに対して声をかける。


「旦那様。そろそろモルに着きますが、彼女は何処で降ろせばよろしいでしょうか? さすがに私どもと一緒に門を通るわけにはいかないと思いますが……」


 ニートンの質問に対してラジアンは「そうだな、門前で降りて貰い、一般門から入ってもらいなさい」と返した。


「……だそうだ。私たちは商人用の門から入るので一般門で入街料を支払って入ってくれ。乗車賃を支払おうとしていたぐらいだ、そのくらいの金は持っているのだろう?」


「あ、はい。そう高くなければ支払えると思います」


「個人ならば一人あたり銀貨一枚だ。さすがに金の種類と数え方は憶えているだろう?」


 ニートンは一抹の不安を感じてそう尋ねると、私は顔を赤くしながら「すみません。教えてください」と答えた。その結果、私はズタ袋の中から財布代わりの小袋を取り出してニートンにお金の種類と価値を教えて貰ったのだった。

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