第17話 海鮮料理と塩温泉
フィーの案内してくれた宿では護衛のカイとクウがお酒を要望したので、すぐに宴会状態と化した。フィーと私は果実水を片手に海の幸を満喫することに。
「さすが海の傍ですね。新鮮な魚料理がこんなにも食べられるなんて思ってもみなかったわ」
保存方法が発達していない世界だからか生魚……つまり、お刺身は出て来なかったがそれは仕方ないことだろうと納得をする。こっちもきちんと管理してあるかどうか分からないものをお刺身で食べたいとは思わなかったし……。
「ですよね。干物以外の魚料理はこの町に来ないとなかなか食べられないので絶対に食べておいた方が良いですよ。それに、とっても安いですから」
フィーの言葉にメニューに書かれている食事の金額を確認して私は驚きの表情をする。そこに書かれていた金額は肉料理と比べて半額以下の値段設定だったからだ。
「本当ですね。凄く安いと思います。これは、やっぱり魚の保存方法がないからですよね?」
普通に考えれば分かることだが、海で摂った魚は陸に上げてしまえばどんどん鮮度が落ちる。現代日本のように冷凍技術が発達していれば遠方にも出荷できるので価値はあまり下がらないが、この町だけで消費をさせるには安く売りさばくしかない。
「――勿体ないですね」
なまじ生前に受けた経営学での知識があるがためにそんな感情が浮かんできた。
「え?」
焼き魚を頬張りながらフィーが私の呟きに反応する。
「いえ、こんなに美味しい魚料理がモルの町や王都の食事処で食べられたらいいなと思っただけですよ」
私の言葉にフィーは魚を刺したフォークを口に含んだまま頷く。
「そうですよね。ただ、魚を新鮮なまま運ぶ手段が限られているのでかなり割高になるんですよね。だから、モルでは私たち庶民の口には入らないかな」
「え? 一応運ぶ手段はあるんですか?」
全く無理だと思っていた私は彼女の言葉に思わず問い返す。
「魚って冷たいところだと鮮度が落ちにくいでしょ? 魔道具の中にはそういった中に入れておいたら冷たいままにしてくれるものがあるの。ものすごく高いんだけどね。その中に入れてからさらに魔法鞄で保護しながら馬車を高速で走らせて運ぶってわけ」
なるほど、この世界にも冷蔵庫の代わりになる魔道具があるのかと感心した私だったが、確かにその方法だとコストが凄い事になりそうなので魚一匹で金貨一枚とかになっても不思議ではない。
「あはは。それは凄くお高いお魚になりそうね」
私はそう言って目の前にある魚料理を安く食べられることに感謝しながら平らげたのだった。
◇◇◇
「――ああ、久しぶりにゆっくり飲めたな」
「自分の懐を気にせず飲めたのは一年ぶりくらいか?」
私とフィーが魚料理に舌鼓を打っていた間、ずっと酒を飲んでいたカイとクウはようやく満足したようで椅子の背もたれに体を預けながら表情を緩ませていた。
「はあ。せっかく港町セイレンに来たのにお酒ばかりで勿体ないと思いませんか?」
「いや、そう言うが日頃はこれだけ酒が飲める機会はほぼ無いからよ。俺たちにとっては魚料理よりも酒のほうが大事だっただけだ」
いつもはクウの行動を諫める役目のカイも今日ばかりはしっかりと飲んでいるようで顔を赤くして話も軽い口調となっている。
「まあ、今夜だけは大目にみますけど明日からはしっかりと役目を果たしてもらいますからね」
「心配するな、分かってるよ」
カイはフィーの言葉にまだ中身の残ったジョッキを持ち上げて応える。あれだけ飲んで明日に響かないのだろうか。
「あれで、明日やらかしたら報酬は返上ね」
二人の様子を見ながらフィーがそうため息交じりに呟く。
「それよりもリアさん。温泉に行きませんか?」
「そういえば温泉があるって言ってましたね。確か塩がどうとか……」
「そうそう。この町って海の傍じゃないですか。そのせいで温泉の成分に塩分が多くて塩温泉ってことで有名なの。初めはべたついて気になったんだけど、慣れたら肌がすべすべになって気持ち良くなるの。ぜひリアさんにも体験して欲しいな」
元日本人として温泉は大好物だったので私は二の口も与えずに「行きたいです!」と了承していた。さすがに岩盤浴みたいなのはないよね?
「ここで着ているものを脱いで備え付けの湯あみ着を着てね」
フィーに連れられて来た温泉の脱衣所では湯あみ着というタオル生地の服が用意されていた。こちらの世界ではタオルを巻くのではなく湯あみ着を着たまま入浴するのが一般的だと聞いて驚く。
「大きな浴槽ですね。お湯も乳白色で確かに肌に良さそうな気がします」
この温泉が本当に肌に良いかどうかはともかく、こちらの世界に来てから初めての大きな温泉に私のテンションはマックスに振り切っていた。
けれど、日本式のやり方で果たして作法が正しいのか分からずフィーをじっと見て真似をすることに。
「な、なんですか? そんなに見られたら恥ずかしいですよ」
裸ではないが、湯あみ着だけだと身体のラインは分かるのでまじまじと見られれば確かに恥ずかしいかもしれない。
「あ、ごめんなさい。実は温泉に来たのは初めてだったので作法に間違いがあったら恥ずかしいなと思ってフィーさんを見ていたんです」
私が正直にそう話すとフィーは笑いながら「特に特別な作法は無いですよ。強いて言えば湯あみ着は着たまま入浴するといったことでしょうか」と教えてくれた。
「――ふう。気持ちがいいですね。旅の疲れが安らぐような気がします」
初めての長距離馬車旅(野営付き)に緊張が無かったとは言えず、思ったよりも疲れが出ていたようだ。温泉のお湯が身体の芯まで温めてくれ、緊張を解きほぐしてくれた。
「そうだ。明日の予定を聞いても良いですか?」
フィーと並んで温泉に浸かりながら私は依頼の納品について確認を取る。カロリーナから預かった品物の量は半端な量では無かったのでどうするのかとても気になったからだ。
「明日の朝、朝食後に商業ギルドへ納品に行く予定になっています。そこで引き渡せばこちらからの依頼は完了です。その先に関してはこちらのギルドで手配しますので気にされなくて大丈夫ですよ」
「分かりました。あと、こちらから持ち帰る品物については……」
「それも、明日のギルドで話があると思います。多分ですが、私の予想では大量の魚を運ぶことになると思います。出発する直前に魚がどうとかといった話をギルマスがしていましたので……」
そうか。私のスキルを試す意味でも今回のことは色々と試せる依頼だったんだ。私の魔道具作りに便乗した形にはなったけど、お互いの町にとって利になる依頼にカロリーナがいかにやり手なのかを再認識させられた私だった。




