第15話 道中に現れた脅威
休憩を終えた馬車はまた、速度を上げて野営箇所に向かう。初めはかなり早いスピードだと感じていたが、慣れてくれば窓から入ってくる風が気持ちいいものだと私は目を細める。
「こういった長い旅は良く行かれるのですか?」
特に話必要も無かったが、少しばかり馬車の揺れで眠気がきていたために私は目の前に座るクウに話しかけてみた。
「ん? ああ、俺たちはギルドに所属する護衛だからこういった時には良く駆り出されることになる。まあ、今回はこうして馬車に同乗させて貰っているから最高に快適だけどな」
「普段は歩いて進まれるのですよね?」
「そうだな。荷物を積んだ馬車はもっと進行速度はゆっくりだから、歩いて周りを警戒しながら同行することが一般的だ。進む速度がゆっくりだと襲われやすくなるからな」
「こういった街道にも何か出ることが?」
「まあ、最近は警備が定期的に巡回しているので盗賊の類は聞かないが、頻度的には少ないけれど馬車を引く馬を狙う獣が出ることがあるぞ」
「獣? ウルフとかですか?」
「そうだな。最近はウルフを筆頭にビッグボアやグランドベアーなどの目撃情報がギルドに寄せられているようだ」
「人は襲われないの?」
「いや、もちろん馬も人も見境なく襲ってくるぞ」
「……ですよね。大丈夫なんですか?」
私から振った話だったが、急に不安になった私は彼にそう問いかける。すると、彼は笑いながら返事を返した。
「まあ、街道に出てくるウルフはせいぜい数匹程度だから、俺たちで十分対処出来るから心配しなくて大丈夫だ」
「おいおい、大口を叩いてないでしっかりと辺りを観察しろよ。油断した時にこそ危険があることを忘れるな」
私たちの会話を聞いていたのか、御者台にいたカイがクウに苦言を伝える。自身はしっかりと辺りの観察を怠らないようにしているようだ。
「ところで、港町セイレンってどんな町か知っていますか?」
気分を変えようと私は話題を変えてこれから向かう町のことについて問いかける。それに対しては手綱を操っているフィーが説明をしてくれた。
「港町セイレンは大陸の南側海岸沿いにある町で漁業が盛んな町です。また、他国との貿易拠点としても有名で国内では生産が難しいガラス製のグラスなどの加工品を取り扱う商店も数多くあり、商売の町としても認知されています」
「漁業の町に商売の町かなんだか凄く行くのが楽しみになってきました。あ、そうだ。その町には美味しいお菓子屋はありますか?」
「お菓子屋? 甘味屋のことかしら。ケーキやクッキーなんかを扱うお店なら有名店があるわよ。女性に人気のお店で、きっとリアさんも気に入ると思いますよ。時間が空いたら一緒に行ってみましょうか」
「本当ですか!? うわぁ 楽しみです!」
「――あ、そうだ。うちのギルドマスターは実はああ見えて甘い物には目が無いのです。リアさんのスキルで有名店のケーキをカード化してお土産に持って帰りませんか?」
ふと思い出したようにフィーが私にそう提案をする。まあ、提案とは言ってもほぼ決定事項なのだろうが、別に問題はないので笑顔で了承しておいた。
その後も他愛のない話を交しながら馬車は目的地であるゴウロウ岩に辿り着こうとしていた。しかし、目的地を目前にしていきなり馬車は急停止をする。
「え? どうかしたんですか?」
急に止まった馬車に私はフィーにそう問いかける。
「シッ! 少し黙っていてください」
私の問いかけにフィーは真剣な表情で私を静止する。どうやら、なにかトラブルが発生したようだ。
「――ちっ なんであんな奴が徘徊してやがるんだ?」
御者台でかなり前方を睨みつけていたカイがそう呟くのが聞こえる。どうやら何かが居るのを見つけたようだ。
「よりにもよってグランドベアーかよ。面倒なこと、この上ないな」
「グランドベアーって熊ですよね? 大丈夫なんですか?」
「まあ、一頭ならば二人が居れば問題ないでしょう。私たちは邪魔をしないように待っていれば大丈夫です」
私の問いにフィーは特段焦りを見せることなく冷静に努めて馬車を停止させる。その間にカイとクウは討伐の打ち合わせを行い奴の左右に展開していくのが見えた。
カイは馬車の側面に固定されていた長槍を手に右から、クウは馬車に積み込んであった両刃の剣、一般的にロングソードと呼ばれる長剣を手に左側へと素早く走り出すとグランドベアーはその気配に気が付いたのか一段高い唸り声を響かせて威嚇行動を始める。
「万が一の場合は馬車で強引に突破しますので、座席に深く座っておいてください」
二人とグランドベアーの戦闘が今にも始まろうとしている中、フィーは冷静に私に対してそう指示を促してくる。この中では最重要人物である私の安全を守る措置であろう。
「はあっ!」
「でやぁ!」
二人の足はかなり早く、あっという間にグランドベアーの傍まで迫り左右からの同時攻撃を開始した。
――ズシャ
リクの長槍が一瞬早くグランドベアーに届き、その槍先が体に深々と突き刺さる。
ガァアアアッ!
突然の痛みにグランドベアーが叫び声をあげて立ち上がろうとするが、次の瞬間にはカイの長剣がグランドベアーの首を斬り飛ばしていた。
――ズズン
結果的に危険視されていたグランドベアーはその凶暴な戦闘力を発揮する場を与えて貰えず、その場に崩れ落ちていったのだった。
「す、凄い!」
かなり遠目に見ていたので詳細は分からなかったが、二人が走り込んで行ったと思ったらグランドベアーの首が落ちてその身体が崩れ落ちるのが見えたのだ。
「やはり彼らに護衛を頼んで正解でしたね」
結果を見てフィーが息を吐きながらそう呟くように言う。その様子から、かなり緊張していたのだろうと予測するのは容易だった。
「グランドベアーの死体はどうする?」
フィーが馬車を動かして死体の傍まで来たとき、カイがフィーにそう尋ねる。
「これはギルドに報告するべき事案ですわね。ただ、このサイズですし馬車に積み込むことは出来ませんので証明部位のみ切り取って処分しましょう」
「はあ。コイツの肉は美味いんだが、デカすぎて運べないからな。勿体ないがどうしようもないな」
クウがグランドベアーの死体を惜しそうに眺めている。それを聞いた私は別の意味で声を大きくして問いかけた。
「え? この熊肉って美味しいんですか!?」
「ああ、ボア肉も良いがベアー肉はそれ以上に美味い! ただ、討伐難易度が高いためか市場にはあまり出てこないんだよ」
「じゃあ、私が運びますね。だから、解体したらお肉を分けてください」
私の言葉にフィーが「ああ」と言って納得する。どうも、いまの今まで私のスキルを失念していたようだ。
「そうでしたね。では、宜しくお願いします」
フィーの言葉に私はグランドベアーの身体に手を置いてスキルを発動させる。
「――圧縮」
私の手がぼんやりと光を放つと目の前に倒れていた巨大なグランドベアーの死体は綺麗さっぱり消え、一枚のカードとなり私の手に収まっていた。
「こいつは驚いたな。まさか、これほどとは……」
カイとクウは今回、私が預けられた荷物の量を知らないのでグランドベアーを一頭丸ごとカードにしたことに驚いていた。フィーに関しては出来て当然といった感じで笑顔を見せてくれただけだったが……。
「どちらにしても報告は帰ってからになりますので、先ずは今日の野営場所へ急ぎましょう」
すっかり片付いた現場を早々に後にした私たちは、予定していた野営場所のゴウロウ岩の傍まで辿り着いた。
「今日はここで野営をします。申し訳ありませんが、カイさんとクウさんが交代で不寝番の見張りをお願いしますね」
「ああ、ずっと馬車で楽をさせて貰ったんだ。不寝番くらい喜んでやるさ」
道中の護衛に野営時の不寝番までだと本来ならばかなりキツイ状態となるが、今回は馬車での移動だったため肉体的負担が少なく彼らに不満は無いようだった。




