第10話 初めての依頼②
「はあっ? 馬車一台だと? それだけで今回の依頼を受けたっていうのか?」
バーリキは呆れた表情で大きなため息をつくとじろりと御者のビルを見る。
「おいおい。こいつは遊びじゃないのは分かっているだろう? どうしてこんな依頼人が来ているんだ? よくギルドが許可を出したもんだな」
「まあまあ、そう熱くならないで。彼女だって伊達にギルドの審査を通ってないですよ。彼女の固有スキルを見ればきっと納得してくれるはずです」
ビルはバーリキにそう告げると私に視線を送り『実際にやってみろ』と合図をして来たので、私は頷いてからバーリキに問いかけた。
「この箱で中身の入ったものはいくつありますか?」
「あ? 今、中身が入っているのは十箱ほどだ。もちろん、指示を出せばすぐに追加を入れることも可能だ」
「十箱ですね。わかりました」
私は彼にそう告げると一番近くにある箱に手を添えてスキルを発動させた。
「――圧縮」
次の瞬間、目の前にあった鉄鉱石が入った箱が消えて私の手に一枚のカードとなって握られる。とりあえず、この大きさの物でもカード化出来ることは確定した。
「なっ!? なんだと? 箱が消えた! 一体どこへ?」
バーリキは目の前で起こった事が信じられずにそう叫ぶ。
「残りも処理してしまいますね」
驚くバーリキは置いておいて私は中身の入った十の箱を次々とカード化していき、数分後には十枚のカードとなっていた。
「依頼では馬車五台分は欲しいと言っていましたね。馬車にはこの箱二つを運ぶのがやっとだと聞いていますので、十箱分で馬車五台分。最低量の確保は出来ましたね。ですが、先ほど馬車二十台分も運んでくれると助かるとも言われていましたね。これだと、四十箱分。残り三十箱分に詰めて頂けますか?」
私はにこりと笑いながらバーリキにそう告げる。彼は、その言葉に冷や汗を流しながらも「ああ、分かった」と答え、大声で部下に指示を飛ばしたのだった。
「――では、これで鉄鉱石を四十箱。確かにお預かり致しました。さっそく依頼主へ届けたいと思います」
私はそう告げて荷物の預かり証に記名をしてバーリキに手渡すとくるりと踵を返して馬車へと向かった。
「さて、これで荷物の受け取りは完了しましたので町に戻りましょうか。ああ、でも少しお腹も空きましたので食事をしてからでも良いですか?」
今の今まで山のように積んであった鉄鉱石はすっかりその姿は消え、だだっ広い広場と化した置き場で受取証を呆けた表情で持つバーリキの姿を後ろ手に私は馬車の前でカード化していた弁当を解放したのであった。
◇◇◇
「ね。どうにかなったでしょ?」
事前になんとなく説明をしていたビルに私がそう言うと彼はジト目で返す。きちんと仕事はやったのに、一体何が気に入らないのだろうか。
彼の視線に居心地の悪さを感じた私は新たに解放した弁当を持ってようやく再起動したバーリキへ弁当を手渡すと彼は喰い気味に質問の雨を降らせてきた。どうやら、彼に近づいたのは失敗だったようだ。
「なあ。固有スキルについて無理やり情報を聞き出すのはタブーと知っていて聞くんだが、こんなスキルは初めて見た。いや、今まで聞いたこともない。一体、どれくらいの物までカードにすることが出来るんだ?」
「正直、まだ良く分かってないのです。今回だって、急遽決まった依頼だったので直前に大きな岩をカード化して試してから来たのです。ああ、教会にも記録がないと言われましたよ」
「教会が知らねぇだと? 世間には魔法鞄があるが、それほど多くの物が入るわけではない。あんたのスキル、使い方によっては途方もない可能性を秘めていると言えるだろう」
これほど多くの荷物が肩掛け鞄にすっぽりと入るのである。前に訪れた魔道具屋に置いてあった魔法鞄はサッカーボールほどの収納しか出来ないらしい。
「確かに僕も驚きました。道中で彼女から荷物を大量に運ぶ方法があるとは聞いていましたが、まさかこんなスキルだったとは……」
いつの間にか傍に来て話を聞いていたビルが頷きながらそう答える。
「まあ、あんた自身で公開しない限り、外部への無用な発言はしないと誓うが、今受け取った食事は出来立てそのもの。まだ、湯気が出ていやがるという事実にため息しか出て来ないぞ」
バーリキは渡された弁当を美味しそうに平らげながらそう呟くように声を上げた。
「ある程度の後ろ盾が出来れば良いが、今のままで悪目立ちをすると録でもない輩が寄ってくるかもしれん。まあ、そういった奴らはきっちりとギルドが取り締まってくれるだろうがな」
「もちろん、ギルドとしても悪いようにはしない」
話に入って来たビルもそう言って肯定する。
それに、バーリキの言いたい事は理解出来るが、私がこの世界で生活していく稼ぎを得るには今のところコレしか思いつかなかったので私は「あはは、気をつけます」と言葉を濁して愛想笑いをしたのだった。
◇◇◇
「では、帰路につきますか」
御者のビルがそう告げると、馬車で待機していた護衛のカイとクウが大きく伸びをして了解との返事を返す。本来ならば彼らは歩いて帰路につくのだが、鉄鉱石は私がカード化しており荷物台には何も乗っていなかったので私は良かれとある提案をした。
「特に危険が無いのでしたら護衛の二人も馬車に乗って移動してはどうですか? 歩くより早く進めるので予定より早く町に到着出来ると思いますよ」
「本当か!?」
「そいつはありがたい。馬車からでもしっかりと監視はしておくからぜひとも乗せてくれ」
護衛の二人は嬉々として私の提案に肯定の返事をする。対して、御者のビルは少し不満げな雰囲気を出しながら一度は反対する。だが、依頼主の私が言い出した事なのでしぶしぶ許可を出したのだった。
◇◇◇
「――ギルドの関係者としての助言になるが」
採掘場から街へ戻る馬車に揺られながらビルが私にだけ聞こえるように話しかけてきた。
「なんでしょうか?」
「先ほどの護衛を馬車に乗せる提案だが、比較的安全が確保されているルートだから許可したが、もともと護衛の報酬には歩いて周りに警戒しながら同行することも入っている。よって過度に護衛に対して気を使う必要はない」
「そうなんですね。わかりました」
多分そうなのだろうとは思っていたので、私は特に反論することもなく頷いておく。
「あと、君のスキルは今回のような大量輸送に最大の効果を発揮するのは間違いないだろう。だが、どうしても目立ち過ぎる。君のような若い女性がそれだけの可能性を秘めたスキルを持っていれば上手く利用してやろうと考える者が出てくるだろう」
「そうでしょうね。ですが、危険であろうとも今の私にはこれしか稼げる手段がありません」
「まあ、そう言うと思っていたよ。だからこそだが、ギルドの臨時職員として登録してみる気はないか?」
「臨時職員ですか?」
「ああ、基本的に依頼はギルドが選んで頼む形になるから依頼者との直接的な接触は最低限で済むのと強引な勧誘や依頼は全てはねつけて構わない。何かトラブルがあればギルドが仲介をしてくれるからな」
「報酬はどうなるのですか?」
「個人で受けた場合よりは多少減る。ギルドが管理手数料を取るからだ。だが、身分の保証と身の安全面から君のような者には是非とも考えて欲しい」
ビルの言っている事は恐らく正しいのだろう。彼はギルド関係者なので、もしかしたら私のスキルを商業ギルドで掌握したいとの思惑もあるかもしれない。しかし、彼からは悪意を感じられず私は少しの間考えてから答えを出した。
「前向きに検討させて貰います」
「なんだ、即答で『お願いします』と言われると思っていたが前向きに検討か。まあ、詳しい話はギルドできちんと説明を受けてから判断してくれたらでいいさ」
そう言って苦笑いをするビルだったが、結局のところ町に戻ってからギルドに報告する際に話を通してくれる事になった。




