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カナちゃんの友達

 朝の訓練時間、私は後衛専用の別棟に向かう。カナちゃんは前衛たちと一緒に体育館へ。分かれる瞬間、カナちゃんが「行ってきます」と手を振ってくれた。私も笑顔で手を振り返したけれど、胸の奥がきゅっと締まる。


 (また離ればなれ)

 ここ数日、こんな時間が増えた。前衛と後衛で訓練メニューが違うのは当然なのに、カナちゃんと離れる時間が長くなるたび、なぜか心が落ち着かない。


 後衛訓練室は静かで、瞑想マットが敷かれている。今日のメニューはメンタルコントロール訓練。指導官が「前衛の心理状態を安定させるのが後衛の重要な役割です」と説明するけれど、私の頭はカナちゃんのことでいっぱいだった。


 (今頃、カナちゃんは何をしているかな)

 悠馬たちと一緒に武器の訓練をしているだろうか。私がいない間に、また仲良くなっているのだろうか。そんなことを考えていると、集中なんてできない。


 「結城さん、呼吸が浅いですね。もう一度深呼吸から始めましょう」

 指導官に注意されて、私は慌てて姿勢を正した。


 でも心は全然別の場所にある。カナちゃんの笑顔、カナちゃんの声、カナちゃんが誰と話しているか――私の世界は、すべてカナちゃんを中心に回っている。


 訓練が終わって体育館に向かうと、前衛たちの訓練もちょうど終わったところだった。カナちゃんを探すと、悠馬たちに囲まれて何かを説明している。みんな真剣な顔でカナちゃんの話を聞いていて、カナちゃんもとても楽しそうに話している。


 その光景を見た瞬間、胸の奥が痛くなった。


 (あんな表情、私だけに見せてくれていたのに)

 カナちゃんの笑顔が、今では他の人にも向けられている。それが、どうしようもなく悔しくて、寂しくて、でも同時に嬉しくもあって――自分の気持ちがよくわからない。


 カナちゃんが私に気づいて手を振ってくれる。私も笑顔で手を振り返したけれど、心の奥では複雑な感情が渦巻いていた。


 「お疲れさま、カナちゃん」

 「結も、お疲れさま!」

 カナちゃんが駆け寄ってきてくれる。その瞬間だけは、世界が私たち二人だけになったような気がして、ほっとした。


 でも悠馬が「彼方、明日も技のコツ教えてくれよ」と声をかけてくると、また胸がちくりと痛む。


 (私じゃない誰かが、カナちゃんに何かを求めている)

 それが当然のことなのに、なぜこんなに嫌な気持ちになるのだろう。


 昼食の時間、カナちゃんと二人でテーブルに座っていると、悠馬たちがやってきた。「一緒に食べていい?」と言われて、カナちゃんが「いいよ」と答える。私も「どうぞ」と微笑んだけれど、内心では複雑だった。


 (二人だけの時間が、また減る)


 男子たちがテーブルを囲むと、急に賑やかになった。みんなカナちゃんに質問攻めで、カナちゃんも一生懸命答えている。その様子を見ていると、私はだんだん置いてけぼりにされているような気分になってくる。


 「彼方の魔力の使い方、本当にすごいよな」

 「どうやって集中力を保ってるんだ?」

 「俺たちにもコツを教えてくれよ」


 カナちゃんが嬉しそうに答えている。私も一緒にその会話に参加しようとするけれど、前衛の技術的な話についていけない部分もある。それが、なんだか悔しかった。


 (私は、カナちゃんのことなら何でも知っていたはずなのに)

 カナちゃんの新しい一面を、私以外の人たちが発見している。それが、どうしようもなく嫌だった。


 「結との信頼関係が一番大事なんだ」

 カナちゃんがそう言ってくれた時、私の心は一瞬温かくなった。でも同時に、(それだけじゃダメなの? 私だけじゃダメなの?)という気持ちも湧いてくる。


 食事が終わって、みんなで寮に向かう道。カナちゃんは悠馬と並んで歩いていて、私は少し後ろを歩いている。二人の楽しそうな会話が聞こえてくるたび、胸の奥がぎゅっと締まった。


 (カナちゃんが、私以外の人とこんなに親しそうに話すなんて)

 以前のカナちゃんは、私以外の人とはほとんど話さなかった。孤独だったカナちゃんを支えていたのは、私だけだった。それが私の誇りで、私の存在意義だった。


 でも今は違う。カナちゃんには友達ができて、私がいなくても楽しそうに過ごしている。それはカナちゃんの成長で、喜ぶべきことなのに――なぜこんなに苦しいのだろう。


 部屋に戻ると、カナちゃんが今日の出来事を嬉しそうに話してくれた。悠馬のこと、男子たちとの技術交流、友達ができた喜び――全部、キラキラした表情で話してくれる。


 私は最後まで静かに聞いて、「よかったね」と微笑んだ。でも心の奥では、全然違う感情が渦巻いていた。


 (私だけを見ていてほしい)

 (私だけで十分だったはずなのに)

 (なんで他の人まで必要になったの?)


 そんな醜い感情が頭をもたげる。でも、カナちゃんの前では絶対に見せられない。カナちゃんは私を全面的に信頼してくれているから、私は完璧な理解者でいなければならない。


 「結、ボクが他の人と友達になるの、嫌?」

 カナちゃんが不安そうに聞いてきた時、私の心臓が跳ねた。


 (嫌、すごく嫌)

 (私だけを見ていてほしい)

 (他の誰もいらない)


 でも口に出せるはずがない。


 「嫌じゃないよ。カナちゃんに友達ができて、本当に嬉しいと思ってる」

 完璧な笑顔で、完璧な言葉を口にする。

 「本当に?」

 「本当」


 嘘だった。真っ赤な嘘だった。でも、カナちゃんを失うくらいなら、この嘘を貫き通したい。


 カナちゃんが私の手を握ってくれる。その温もりに、私は少しだけ安心した。どんなに友達ができても、最後は私のもとに帰ってきてくれる。それだけは変わらない。


 (この手だけは、私だけのもの)

 そう思うことで、心の中の嵐を静めようとした。


 それから数日、私はカナちゃんの変化を見守り続けた。朝の訓練では別々、昼食は大勢で、夕方も男子たちと武器の手入れ――カナちゃんと二人だけの時間は、どんどん減っていく。


 でも私は、決して文句を言わない。カナちゃんが「今日も楽しかった」と報告してくれるたび、「よかったね」と微笑んで応える。完璧な恋人、完璧なバディでいることが、私の役割だから。


 ただ、一人になった時だけは、本当の気持ちが溢れそうになる。


 (私だけを見ていてほしい)

 (私だけで十分だったはずなのに)

 (カナちゃんの全部を、私だけが知っていたい)


 後衛の訓練中も、私の頭はカナちゃんのことばかり。今、何をしているのか、誰と話しているのか、どんな表情をしているのか――知りたくて、知りたくて、たまらない。


 模擬戦の時だけは、リンクを通してカナちゃんの全てを感じることができる。その瞬間が、私にとって至福の時間だった。カナちゃんの視界、感覚、心拍――全部が私に流れ込んでくる。


 (この時だけは、完全に繋がっている)

 (この時だけは、私だけがカナちゃんの全てを知っている)


 でも模擬戦が終わってリンクが切れると、また寂しさが押し寄せてくる。カナちゃんは私以外の人とも時間を共有していて、私が知らない表情や感情を見せている。それが、どうしても受け入れられなかった。


 ある日の夕方、武器の手入れが終わったカナちゃんを迎えに行くと、悠馬たちと楽しそうに話し込んでいた。私に気づいて手を振ってくれるけれど、すぐには来てくれない。


 「あと少しだけ」

 そう言って、また男子たちの輪に戻っていく。


 その瞬間、私の心は真っ黒になった。


 (私より、彼らとの時間の方が大切なの?)

 (私は、後回しでいいの?)


 そんな感情が、胸の奥で暴れまわる。でも表情には出さない。いつものように微笑んで、カナちゃんを待っていた。


 部屋に戻ってからも、カナちゃんは友達との話ばかり。私はそれを聞きながら、心の中で別のことを考えていた。


 (いっそ、友達なんていなくなればいいのに)

 (二人だけだった頃に戻りたい)

 (私だけを見ていてほしい)


 そんな恐ろしい思考が、どんどん膨らんでいく。でも同時に、カナちゃんが嬉しそうにしているのも事実だった。友達ができて、カナちゃんは確実に成長している。それを邪魔するなんて、できるはずがない。


 (私は、カナちゃんの幸せを願っているはず)

 (カナちゃんが笑顔でいてくれるなら、それでいいはず)


 理性ではそう思う。でも感情がついていかない。愛情と独占欲、喜びと嫉妬――矛盾した感情が心の中で激しくぶつかり合って、私は自分が壊れそうになっていた。


 夜、布団の中でカナちゃんと寄り添いながら、私は今日一日を振り返っていた。


 (カナちゃんは、私のことをどう思っているんだろう)

 友達ができても、私への愛情は変わらないと言ってくれる。でも本当にそうなのだろうか。私といる時より、友達といる時の方が楽しそうに見えるのは、気のせいだろうか。


 「結、ありがとう」

 カナちゃんが小さく呟いて、私を抱きしめてくれた。その瞬間だけは、全ての不安が消えた。


 (この腕の中でだけは、カナちゃんは私だけのもの)

 (この時間だけは、誰にも邪魔されない)


 カナちゃんの寝顔を見つめながら、私は静かに誓った。どんなに友達が増えても、私がカナちゃんにとって一番大切な存在でいる。そのためなら、どんな努力でもする。どんな犠牲でも払う。


 (カナちゃんは、私だけのもの)

 (絶対に、誰にも渡さない)


 そんな危険な思考を抱きながら、私はカナちゃんの温もりに包まれて眠りについた。愛情なのか執着なのか、もう自分でもわからない。でも、この気持ちだけは絶対に手放したくなかった。


 翌朝、いつものようにカナちゃんと一緒に食堂に向かう。途中で悠馬に声をかけられて、カナちゃんが立ち止まる。


 「おはよう、彼方! 昨日教えてもらった技、うまくいったよ」

 「本当? よかった!」

 二人が楽しそうに話している横で、私はただ微笑んで立っていた。


 でも心の中では、全然違う感情が渦巻いている。


 (私とカナちゃんの時間を、また削っていく)

 (私だけが知っていたカナちゃんを、また少し奪っていく)


 悠馬は悪い人じゃない。むしろ、カナちゃんの成長を促してくれるいい友達だと思う。でも、それでも嫌だった。理屈じゃない、感情的な拒絶反応。


 (カナちゃんは、私だけを見ていればいい)

 (私だけで十分なはずなのに)


 そんな思いが、日に日に強くなっていく。


 食堂で朝食を取りながら、カナちゃんが「今日の訓練も楽しみ」と言った。私は「頑張って」と応えたけれど、内心では複雑だった。


 (私といる時も、そんな風に楽しみって言ってほしい)

 (友達といる時と、私といる時と、どっちが大切なの?)


 でも、そんなことは聞けない。完璧な恋人でいるために、私は自分の本音を押し殺し続けていた。


 訓練の時間になって、またカナちゃんと別れる。その瞬間、私の胸は毎回きゅっと締まる。


 「行ってきます」

 「行ってらっしゃい」


 いつもの挨拶を交わして、カナちゃんは前衛たちと一緒に体育館に向かう。私は後衛訓練室に向かいながら、心の中で数時間後の再会を待ち望んでいた。


 (早く、二人だけの時間になりたい)

 (カナちゃんを、私だけのものにしたい)


 そんな危険な願いを抱きながら、私は今日も完璧な笑顔を保ち続けていた。愛情という名の執着が、日に日に強くなっていくのを感じながら。

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