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甘やかし

 朝、目が覚めると隣にはいつもの結がいた。

 同じ布団の中、温かい腕に包まれて、どちらからともなくぴったりくっついている。

 気がつくと、頭の上には柔らかい手が優しく置かれていた。


 

「おはよう、カナちゃん」

 結の声が耳元で響く。

 ボクはまだ半分夢の中で、うん、と小さく頷いた。

 それだけで、結は嬉しそうに笑った。


 

 朝の支度も二人一緒。

 制服のリボンを結が直してくれて、「ちょっと曲がってるよ」と指先で胸元を整えてくれる。

 ボクは恥ずかしくて視線をそらしてしまう。

 けれど結は、そんなボクをからかうでもなく、そっと微笑んで「カナちゃんは本当に可愛いなあ」と言ってくれる。


 

 朝食ももちろん隣同士。

 食堂のテーブルで結がボクのトレーにヨーグルトや果物をそっと乗せる。

 「カナちゃん、今日もちゃんと食べてね」

 「……うん」

 そのやりとりはすっかり日常の一部で、周囲の視線ももう気にならない。


 

 教室でもずっと一緒だった。

 席は並び、休み時間には結が肩を寄せて話しかけてくる。

 「今日の授業、難しかったね」

 「大丈夫だった?」

 ボクが何か言う前に、結がボクのノートを覗き込む。

 いつの間にか、ボクが困っていれば、結はすぐに気づいて手を貸してくれるようになっていた。


 ふと、隣の席のバディペアが「明日、契約更新の面談があるんだって」と話しているのが聞こえる。

 ボクは少し身を固くしてしまう。

 結はそれに気づいて、さりげなく別の話題を振る。

 「あ、そうそう、今度の休日、どこか行きたいところある?」

 その優しい気遣いに、胸が少し痛くなった。

 

 

 昼休みも同じ。

 廊下を歩くときは、必ず隣同士。

 結がふとボクの手を握ってくれることもある。

 人前では恥ずかしくて、そっと手を引っ込めてしまうけれど、

 結はその度に「ごめんごめん、でもカナちゃんの手、あったかいね」と笑う。


 

 誰にも話しかけられない時間、ふとした瞬間に結と目が合う。

 ボクが気まずそうに視線をそらすと、結は小さく手を振ってみせる。

 その仕草が、心の奥まであたためてくれる。


 

 放課後、寮の部屋に戻るのも、もちろん二人一緒。

 同じ机で課題をこなし、時々「カナちゃん、疲れてない?」と声をかけてくれる。

 ボクが「大丈夫」と返すと、結は「本当に?」と心配そうに眉を寄せる。

 課題が終われば、一緒にお茶を入れて、甘いクッキーを分け合う。


 

 夜になると、もう自然に同じ布団に滑り込むようになっていた。

 最初は恥ずかしさと警戒しかなかったのに、

 今では結の腕に抱かれて眠るのが当たり前になっている。


 

 夜の暗闇、ボクが小さな声で「おやすみ」と呟くと、

 結は必ず「おやすみ、カナちゃん」と答えてくれる。

 そのまま頭を撫でてくれて、背中をさすってくれる。

 たとえ一日が辛い日でも、この時間だけは全部許されている気がした。


 

 周囲は――

 最初こそざわついていたけれど、今ではもう誰も驚かない。

 むしろ「またあの二人か」と静かに受け入れられている気がする。

 誰かが何か話しているのを耳にすることはあるけど、ボクと結の間にはもう誰も割り込まない。


 

 それでも、誰も「契約しないの?」とは口にしない。

 ――たぶん、クラスのみんなも先生たちも、

 どうしてまだ契約していないのかと不思議に思っているはずだ。

 でも、それを直接聞ける雰囲気じゃない。

 ボク自身も、結も、その話題を避けていた。


 

 何も起きない、ただの普通の日常。

 だけど、今のボクにとっては奇跡みたいな毎日だった。


 

 結の温もりと優しさに包まれ、

 ボクは初めて「一人じゃなくていいんだ」と思えるようになっていた。


 

 この時間が、ずっと続けばいい――

 そう願いながら、ボクはまた結の腕の中で目を閉じた。



 休日の朝、結は目を輝かせてボクを街へ連れ出してくれた。

 最初はただ「楽しい」だけで歩いていたけど、人混みの中を並んで歩いているうちに、少しずつ奇妙な感覚が湧いてきた。


 

 ショッピングモールのガラスに二人の姿が映る。

 ボクはぼんやり思う。

 今のボクたちって……他の人からどう見えてるんだろう


 

 周囲にはいろんな人がいる。恋人同士で手をつなぐカップル、親子、友達同士、賑やかなグループ。

 ボクと結も手をつないで歩いている。

 「カナちゃん、こっちこっち!」と結がリードして、ボクが慌ててついていく。

 その姿は――もしかして、カップルに見えるのかもしれない。

 いや、それとも仲良しの女の子同士、親友に見えているだけかもしれない。


 

 どっちなんだろう。自分は……どっちでいたいんだろう


 

 考えれば考えるほど、胸の奥がざわざわして、うまく言葉にならなかった。

 結は時々ボクの手をぎゅっと握りしめたり、顔を覗き込んだりする。

 その度に、顔が熱くなって何も言えなくなった。


 

 雑貨屋さんで一緒にストラップを選ぶ。

 カフェで並んで座ってパンケーキを分け合う。

 本当に、カップルそのものみたいだと、何度も思う。


 

 けれど、結が時々「カナちゃんって、何をしてても可愛いね」と笑うたび、

 「親友にも、こうやって言うものなのかな」と、よけいに分からなくなる。


 

 結は、ボクのことをどう思ってるんだろう。

 親友? 特別? 恋人? それとも――


 

 頭の中で何度も問いかける。

 でも、隣にいる結の笑顔を見ると、その疑問も溶けていくようだった。


 

 「カナちゃん、今日来てくれて嬉しいな」

 「……うん、ボクも」

 本当はもっといろいろ聞いてみたい。

 でも、それを言葉にするのは、まだ勇気が出なかった。


 

 夕暮れが近づくころ、駅前のベンチで並んで座った。

 人波の向こうで、カップルが手をつないで歩いている。


 

 もしボクたちがカップルだったら――

 そんなことを考えただけで、胸が苦しくなる。


 

 「結は……今のボクたちのこと、どう思ってるんだろう」

 喉まで出かかったけれど、最後は飲み込んだ。


 

 その代わりに、小さく手を伸ばして結の袖を掴む。

 結は優しく微笑んで、またボクの手を包んでくれた。


 

 この手を離したくない。

 そう思ったけれど、もう少しだけこの曖昧な幸せのままでいたかった。


 午後のカフェ。

 人もまばらな時間、ガラス越しに日差しが柔らかく射し込んでいる。

 ボクは結と向かい合い、ふわふわのパンケーキを半分こしていた。


 「カナちゃん、今日ほんとに楽しそうだね」

 結が微笑みながら言う。

 「うん……楽しいよ」

 自然にそう答えられる自分が、不思議だった。


 

 けれど心の奥はずっと、もやもやしていた。

 (ボクたちって友達? 恋人? 結は、ボクをどう見てる?)

 曖昧な思いが、言葉にならず胸の中をぐるぐる回っていた。



 

 結がじっとボクの顔を見つめる。

 「どうしたの、カナちゃん?」

 「え、何でも……ないよ」

 「もしかして、何か隠してる?」

 カップを置いた結の目が真剣だった。


 

 ボクは思わず、無意識に口をついてしまう。


 

 「……あのさ、結」

 「うん?」

 「もし……ボクが本当は、男だったって言ったら……どうする?」


 

 一瞬、時が止まったみたいな沈黙。


 

 結はきょとんとした顔でボクを見つめ、

 次の瞬間、くすっと笑った。


 

 「え、それ何? カナちゃん、面白い冗談言うんだね」

 「……冗談、っていうか……」

 「前世が男の子だったとか? うんうん、でも今は可愛い女の子だもん」


 

 思わず顔が熱くなる。

 「いや、ほんとに……」

 「じゃあ、私のこと――恋愛対象として見てる?」

 結がちょっとだけ意地悪そうに身を乗り出してきた。


 

 (え? 何、どういうこと……!?)


 

 想像もしていなかった言葉に、頭が真っ白になる。

 「え、いや、その、分からないけど……」

 「カナちゃん、顔真っ赤だよ?」

 結がいたずらっぽく笑う。


 

 (恋愛対象……ボクが結を……?)


 

 頭の中がグルグルして、目の前の結の顔ばかりがやけに鮮明に見える。

 唇、睫毛、細い指先、優しい声――全部が「特別」に思えてくる。


 

 「カナちゃん、本当に分からない?」

 結はにこにこしながらパンケーキをフォークでつついている。

 「……分かんないけど」

 「私はね、カナちゃんのこと、すごく好きだよ」


 

 ボクの心臓は、破裂しそうなくらいドキドキしていた。


 

 (結に好きって言われて、こんなに嬉しいなんて……

何度も言われてるけど、今日のは少しいつもと違う気がする)


 

 そのあと、話は自然と日常の話に戻ったけれど、

 ボクの頭の中は、結の「恋愛対象」という言葉でいっぱいだった。


 

 「じゃあ、今度はイルミネーション見に行こうね」

 「……うん」

 手をつないで歩く帰り道、結の手のぬくもりを離したくなかった。


 

 このまま、ずっと一緒にいられたらいい――

 そう強く思った。


 カフェで「ボク、前は男だったんだ」なんて口走ってしまったのは、本当に余裕がなかったからだった。


 

 けど――本当は、可愛い女の子が大好きだった。

 小さい頃、漫画やテレビでハーレムを夢見たこともあった。

 今思えば笑っちゃうような、子供じみた妄想だけど、

 その感覚自体は、どこか自分の中にずっと残っていた気がする。


 

 

 今までは、きっと恋をする余裕も、女の子を特別に思う余裕もなかっただけだったんだ。

 ようやく――ちゃんと人を好きになることができるようになったんだな、と帰り道、結の手を握りながら、しみじみ思った。


 

 街の夕焼けは金色で、二人の影が長く伸びている。

 人通りは多いけれど、手を繋いで歩いていると、不思議と怖くなかった。


 

 「カナちゃん、今日一日ずっと手つないでくれてありがとう」

 結がふと、照れくさそうにボクを見上げる。


 

 「……うん。なんか、離したくなかった」

 自分でも驚くくらい素直な声が出る。


 

 「私もだよ」

 結が指を絡める。

 手の温度が、心まで伝わってくる気がした。


 

 「ねえ、カナちゃん」

 「なに?」

 「さっきの男だったって話、本当だったの?」

 「あ、うん……本当だよ。なんか、今の自分からしたら変な話だけど」


 

 「じゃあ、私みたいな子も、恋愛対象になるんだ?」

 「え、えっと……な、なるよ、たぶん……」

 自分でも訳が分からないまま、顔が熱くなる。


 

 「ふふっ。じゃあ今度から、もっと大胆にアプローチしちゃおうかな」

 「……や、やめて……」

 言葉とは裏腹に、結の存在がどんどん大きくなっていくのを感じる。


 

 「ねえ、カナちゃん。私のこと、どう思ってる?」

 「……好き、だよ。大好き」

 言った瞬間、顔から火が出そうになった。


 

 「私もだよ」

 結が、にっこり微笑む。


 

 夕焼けの駅まで、ずっと手を繋いだまま歩いた。


 

 改札を抜けて、二人で同じ電車に乗り、

 同じホームで降りて、同じ道を歩く。

 帰る場所が同じ――

 恋人同士みたいに、自然に寄り添って歩いていた。


 

 「またデートしようね」

 「……うん」

 言葉を交わすたびに、心の距離が近くなるのを感じる。


 

 寮に戻ると、制服に着替えて、また同じ部屋、同じ布団。

 夜、結と顔を寄せ合いながら、

 「今日、すごく楽しかった」とお互い何度も呟いた。


 

 手の温もりが消えないうちに、眠りについた。


 

 明日も、きっとこの幸せが続きますように――

 そんなことを考えながら、ボクはそっと結の指を握り返した。

 

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