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歪んだ慰め

遥香の引っ越しは、あっという間に終わった。


 バディは同じ部屋で共同生活をするのがルール。

 3人でのリンクが成立した以上、私たちの部屋に遥香が入ってくるのは当然のことだった。


「ごめんね、結さん。急に押しかけて」


 遥香が申し訳なさそうに荷物を置きながら言う。


 「いえいえ、気にしないで」


 私は笑顔で答えたが、心の奥では複雑な気持ちが渦巻いていた。


 今まで、この部屋はカナちゃんと私だけの空間だった。

 二人だけの、特別な場所だった。


 それが今日から、三人の空間になる。


 カナちゃんは車椅子に座って、遥香の引っ越しを見守っている。

 左手だけで、遥香の荷物を指さしながら「そこに置いていいよ」と指示を出している。


 「カナちゃん、ありがとう。助かる」


 遥香が嬉しそうに答える。


 その光景を見ていると、胸の奥でもやもやとした感情が湧いてくる。


 (二人とも楽しそう……)


 喜ばしいことのはずなのに、素直に喜べない自分がいる。


 今まで私だけが、カナちゃんの世話をしてきた。

 食事の介助も、お風呂の手伝いも、着替えも、全部私がしていた。


 それが私の役割で、私だけの特権だった。


 でも、これからは遥香も一緒にいる。


 「結さん、私も何か手伝えることがあったら言ってくださいね」


 遥香が気を遣って言ってくれる。


 「ありがとう。でも、カナちゃんのことは私が慣れてるから」


 少し強い口調で答えてしまう。


 遥香が困ったような表情を見せる。


 「あ、ごめんなさい。そういうつもりじゃ……」


 「いえ、こちらこそ。きつく言っちゃって」


 慌てて謝るが、心の中では別の感情が渦巻いている。


 (カナちゃんの世話は、私だけがすればいい)


  翌日の朝、その感情はより強くなった。


 カナちゃんの朝の支度を私がしていると、遥香が起きてきた。


 「おはよう。カナちゃん、今日の調子はどう?」


 遥香が心配そうにカナちゃんに声をかける。


 「うん、大丈夫。結がいろいろやってくれるから」


 カナちゃんが私を見て微笑んでくれる。


 その笑顔を見て、私の心は少し軽くなる。


 (やっぱり、カナちゃんは私を一番頼りにしてくれてる)


 「カナちゃん、朝ごはん何がいい?」


 私が聞くと、遥香も割り込んでくる。


 「私も手伝うよ。料理得意なんだ」


 「大丈夫です。いつものメニューがあるので」


 私は遥香の申し出を断る。


 カナちゃんが少し困ったような表情を見せる。


 「結、遥香にも手伝ってもらおうよ。一人だと大変でしょ?」


 その言葉に、私の心はざわつく。


 (私一人で十分だったのに……)


 でも、カナちゃんがそう言うなら仕方がない。


 「そうですね。じゃあ、お願いします」


 渋々、遥香に手伝ってもらうことにする。


 朝食の準備をしながら、私は遥香の動きを観察していた。


 手慣れた様子で野菜を切り、卵を焼いている。

 確かに料理は上手そうだ。


 でも、それが余計に気に障る。


 (私だって、カナちゃんの好みは完璧に把握してるのに)


 朝食ができて、三人でテーブに向かう。


 カナちゃんは左手だけで食事をしようとするが、やはり不便そうだ。


 私がいつものように隣に座って、食事の介助をしようとする。


 すると、遥香も反対側に座って、カナちゃんの皿に手を伸ばした。


 「カナちゃん、これ食べやすく切ってあげる」


 「あ、ありがとう」


 カナちゃんが遥香にお礼を言う。


 私の心に、嫉妬の炎が燃え上がる。


 (それは私の役目なのに……)


 でも、表面上は平静を装う。


 「遥香ちゃん、ありがとう。助かります」


 作り笑いを浮かべながら言う。


 食事中、遥香はカナちゃんとよく話している。

 昔の思い出話や、これからの任務のことなど。


 私は黙って聞いているだけ。


 二人の会話に入ろうとしても、子供の頃の話についていけない。


 (私の知らない、二人だけの思い出……)


 そのことが、また私を苦しめる。


 食事が終わると、遥香が洗い物を始めた。


 「私がやりますよ」


 私が言うと、遥香は首を振る。


 「いえいえ、作ってもらったんだから。これくらいさせてください」


 その言葉に、私はさらにもやもやする。


 (なんで、そんなに気を遣うの?)


 (私とカナちゃんだけの生活に、無理に入り込んでこなくてもいいのに)


 でも、そんな感情を表に出すわけにはいかない。


 カナちゃんが遥香を大切に思っているのは分かるから。


 私が遥香を拒絶したら、カナちゃんが悲しむかもしれない。


 だから、我慢するしかない。


 笑顔を作って、遥香に感謝を示すしかない。


 でも、心の奥では違う感情が渦巻いている。


 (本当は、この子なんかいらない)


 (私とカナちゃんだけでいいのに)


  午後、遥香は沙織の遺品整理に出かけた。


 久しぶりに、カナちゃんと二人だけの時間。


 私は心から安堵した。


 (やっぱり、二人だけの方が落ち着く)


 カナちゃんの隣に座って、いつものように彼の髪を梳いてあげる。


 「結、ありがとう。やっぱり結が一番上手」


 カナちゃんの言葉に、私の心は温かくなる。


 (やっぱり、私が一番なんだ)


 でも、その時カナちゃんがふと言った。


 「遥香も頑張ってくれてるね。結、遥香のこと気遣ってくれてありがとう」


 その言葉に、私の心は複雑になる。


 気遣っているつもりはない。

 むしろ、邪魔だと思っている。


 でも、カナちゃんにはそう見えているらしい。


 「当然ですよ。みんなで支え合わないと」


 嘘の言葉を口にする。


 カナちゃんが優しく微笑んでくれる。


 「結は本当に優しいね。遥香もきっと感謝してる」


 その笑顔を見ていると、自分の醜い感情が恥ずかしくなる。


 (私って、なんて最低なんだろう)


 カナちゃんは私を信じて、褒めてくれているのに。

 遥香だって、一生懸命気を遣ってくれているのに。


 私は心の中で、遥香を邪魔者扱いしている。


 (こんな私、カナちゃんに愛される資格なんてない)


 でも、やめられない。


 カナちゃんを独占したい気持ちは、どうしても消えない。


 夕方、遥香が帰ってきた。


 目が赤く腫れていて、泣いていたのが分かる。


 「遥香ちゃん、大丈夫?」


 私は表面上は心配そうに声をかける。


 「うん……沙織さんの写真とか見てたら、つい……」


 遥香が涙を拭いながら答える。


 カナちゃんが心配そうに遥香を見つめている。


 「遥香、無理しなくていいからね」


 優しい声で言ってくれる。


 遥香が感謝の笑顔を向ける。


 その光景を見ていると、私の心に暗い感情が湧いてくる。


 (その涙、本当に沙織さんのため?)


 (カナちゃんを取られたくないだけじゃないの?)


 (私の前で泣いて見せて、同情を引こうとしてるんじゃない?)


 そんな醜い疑いが、頭をもたげる。


 そして、さらに最低な感情も。


 (沙織が死んで、遥香が苦しんでる)


 (正直、ざまあみろって思っちゃった)


 その瞬間、自分の心の醜さに愕然とする。


 (なんて最低なことを考えてるの……)


 沙織は何も悪くない。

 遥香だって、親友を失って苦しんでいるだけ。


 それなのに、私は――


 「結?」


 カナちゃんが心配そうに私を見ている。


 「大丈夫? 顔色悪いよ」


 「え? あ、ちょっと疲れてるだけです」


 慌てて笑顔を作る。


 でも、カナちゃんの目は鋭い。


 まるで、私の心の奥を見透かしているような。


 (まさか……バレてる?)


 不安になるが、カナちゃんは何も言わない。


 ただ、微かに微笑んでいるだけ。


 その夜、遥香は早めに眠りについた。


 疲れていたのだろう。


 私とカナちゃんも、ベッドに横になる。


 いつものように、カナちゃんの隣に寄り添う。


 「カナちゃん……」


 「ん?」


 「私……最低かもしれない」


 思わず口にしてしまう。


 カナちゃんが振り返って、私の顔を見つめる。


 「どうして?」


 「遥香ちゃんのこと……素直に受け入れられない自分がいる」


 正直に打ち明ける。


 「沙織さんが亡くなったことだって、一瞬……」


 言いかけて、やめる。


 あまりにも醜すぎて、口にできない。


 でも、カナちゃんは全て理解したような表情を見せる。


 「結は、ボクを独占したいんでしょ?」


 その言葉に、私は驚く。


 「え……」


 「遥香が邪魔で、二人だけでいたいって思ってる」


 図星を突かれて、私は言葉を失う。


 「沙織さんが死んだことも、正直ざまあみろって思った」


 カナちゃんが、私の心を完璧に言い当てる。


 「カナちゃん……」


 恐怖と恥ずかしさで、声が震える。


 こんな醜い私を、カナちゃんはどう思っているんだろう。


 軽蔑しているんだろうか。


 でも、カナちゃんは優しく微笑んだ。


 「それでいいよ、結」


 「え?」


 「結の独占欲も、嫉妬も、醜い感情も、全部知ってる」


 カナちゃんが私の頬に手を添える。


 「そんな結も、全部愛してるから」


 その言葉に、私の心は混乱する。


 嬉しさと、恐怖が同時に押し寄せる。


 本当に愛してくれているのか。

 それとも、私の醜さを楽しんでいるのか。


 (この人は、私の全てを知ってる)


 (隠していたつもりの汚い部分も、全部見抜いてる)


 それが怖い。


 でも、同時に安堵もある。


 隠す必要がない。

 偽る必要がない。


 「カナちゃん……私、最低でしょ?」


 「最低だね」


 カナちゃんがあっさりと答える。


 その言葉に、私は傷つく。


 でも、カナちゃんは続ける。


 「でも、その最低な結が好きなんだ」


 「どうして……?」


 「だって、それが結だから」


 カナちゃんが私を抱きしめる。


 「遥香に嫉妬して、独占欲丸出しで、時々醜い感情に支配される結」


 「全部、ボクの結だから」


 その言葉に、私は涙が出そうになる。


 こんな私でも、愛してくれる。


 こんな醜い感情も、受け入れてくれる。


 でも、同時に不安もある。


 (本当に愛なのかな)


 (それとも、私が壊れていくのを楽しんでるのかな)


 カナちゃんの微笑みが、時々怖く見える。


 まるで、私の苦しみを味わっているような。


 でも、それでも離れられない。


 カナちゃんなしでは、生きていけない。


 「結は、ボクのものだから」


 カナちゃんが囁く。


 「どんなに醜くても、どんなに歪んでても、ボクが全部受け止める」


 その言葉に、私は身を委ねる。


 支配されているのかもしれない。

 でも、それが心地いい。


 カナちゃんに全てを知られて、全てを受け入れられて。


 この関係が正常なのかは分からない。


 でも、これが私たちの愛の形。


 歪んでいても、醜くても、私にはこれしかない。


 隣で、遥香が静かに寝息を立てている。


 明日からも、この三人の生活が続く。


 私は遥香に嫉妬し続けるだろう。

 醜い感情を抱き続けるだろう。


 でも、カナちゃんがそれを受け入れてくれるなら。


 私はこのまま、歪んだ愛に溺れていこう。


 カナちゃんの腕の中で、私は安らかな眠りについた。


 醜い夢を見ながら。

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