大願の代償
私の心は、まだ信じられないような幸福感に包まれていた。
カナちゃんとの3人でのリンク。
ずっと、ずっと夢見ていたことが現実になった。
基地に戻る途中、カナちゃんの手を握りながら、私は何度も確認したくなる。
本当に繋がっているんだ、と。
カナちゃんの魔力が、私の中を流れているんだ、と。
結さんも一緒にいる。
三人で手を繋いで歩いている。
少し複雑な気持ちもある。
結さんが一番なのは分かっている。
私は二番目。それでも構わない。
こうして、カナちゃんと繋がっていられるだけで十分すぎるほど幸せだった。
「遥香、大丈夫?」
カナちゃんが心配そうに声をかけてくれる。
「うん。すごく……すごく幸せ」
嘘じゃない。
今の私は、人生で一番幸せな瞬間を過ごしている。
沙織さんにも、早く報告したい。
きっと驚くだろうな。
「はるはる、やったじゃん!」って言ってくれるかな。
基地に到着すると、真嶋さんが待っていた。
「お疲れさまでした。まずは報告を――」
真嶋さんの表情が、少し曇っているのに気づく。
でも、私は気にしなかった。
今の幸福感の前では、どんな困難も些細なことに思えた。
「あ、そうだ。沙織さんはどこにいますか? 報告したいことがあって」
私はにこやかに尋ねた。
その瞬間、真嶋さんの表情が凍りついた。
「……遥香」
真嶋さんが、重々しい口調で私の名前を呼ぶ。
(何? 何かあったの?)
「沙織について……君に伝えなければならないことがある」
私の心臓が、嫌な予感とともに跳ね始める。
「沙織さんが……どうしたんですか?」
真嶋さんは、深く息を吸い込んだ。
「沙織は……君のリンクが切れた時、君が死んだと思い込んだ」
(え?)
「そして……自ら命を絶った」
その言葉が、私の脳に届くまでに時間がかかった。
命を絶った?
沙織さんが?
「……え?」
私は、間抜けな声を出してしまう。
「嘘……ですよね?」
真嶋さんの表情は、それが事実であることを物語っていた。
世界が、ゆっくりと色を失っていく。
さっきまでの幸福感が、まるで嘘のように消え去っていく。
「沙織さんが……死んだ……?」
膝から力が抜ける。
カナちゃんが慌てて私を支えてくれる。
「遥香!」
「どうして……どうして……?」
涙が止まらない。
沙織さん。
私の大切なバディ。
いつも私を支えてくれた、優しい人。
「君のリンクが突然切れて、沙織は錯乱状態になった。我々が説明しようとしたが、聞く耳を持たず……」
真嶋さんの言葉が、遠くから聞こえる。
(私のせいだ)
その事実が、私の心を打ち砕く。
私が不用意に、あの部屋に入ったから。
魔力阻害装置のせいで、沙織さんとのリンクが切れて。
もっと慎重に行動していれば。
もっと安全を確認してから入っていれば。
沙織さんは、私が死んだと思って、絶望して――
でも、同時に別の思いもある。
あの時、カナちゃんを見捨てることはできなかった。
部屋に入らなければ、カナちゃんは救えなかった。
3人でのリンクも、成立しなかった。
(でも、それでも……)
「私のせいだ……私のせいで沙織さんが……」
声にならない声で呟く。
カナちゃんが、私の肩を抱いてくれる。
「違う。遥香のせいじゃない」
でも、違わない。
絶対に、私のせいだ。
もし私が、あの部屋に入らなければ。
もし私が、もっと慎重に行動していれば。
沙織さんは死ななかった。
でも、そうしたらカナちゃんは――
その矛盾した思いが、私を苦しめる。
カナちゃんを救うためには、あの行動は必要だった。
でも、その結果として沙織さんを失った。
「沙織さん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
私は床に崩れ落ち、泣き続けた。
さっきまでの幸福感が、今は残酷な皮肉になっている。
私がカナちゃんを救い、3人でのリンクを成立させた瞬間、沙織さんは死への道を歩み始めていたのだ。
沙織さんの葬式は、三日後に行われた。
小さな式場に、仲間たちが集まっている。
私は最前列に座り、沙織さんの写真を見つめていた。
いつもの人懐っこい笑顔。
「はるはる」と呼んでくれる、優しい声。
もう、二度と聞くことはできない。
「沙織は、遥香のことを本当に大切に思っていました」
真嶋さんが弔辞を読み上げる。
「最後まで、遥香の無事を祈っていました」
その言葉が、私の胸に突き刺さる。
沙織さんは、最後まで私のことを心配してくれていた。
そして、私が死んだと思って、絶望した。
(私なんか、死ねばよかった)
でも、同時に別の感情もある。
カナちゃんと結さんが、私の隣に座っている。
三人の絆は、まだ続いている。
この幸せを手放したくない、という気持ち。
(最低だ……私……)
沙織さんが死んだのに、まだカナちゃんとの繋がりを大切に思っている。
そして、あの時の選択を後悔していない自分もいる。
カナちゃんを救えて、よかったと思っている。
3人でのリンクが成立して、嬉しいと感じている。
こんな私は、人間として最低だ。
でも、やめられない。
カナちゃんとのリンクを断ち切ることはできない。
この罪悪感と幸福感が、私の心を引き裂いている。
式が終わり、参列者たちが帰っていく。
私は、沙織さんの写真の前にひとり残された。
「沙織さん……」
写真に向かって呟く。
「私、どうすればいいの?」
写真の沙織さんは、いつものように笑っている。
でも、もう答えてはくれない。
「私のせいで死なせちゃって……でも、カナちゃんとの繋がりは手放せない」
涙がまた溢れてくる。
「こんな私、許してくれる?」
当然、答えはない。
でも、心の奥で、沙織さんの声が聞こえるような気がした。
『はるはる、幸せになって』
優しい、いつもの声で。
(沙織さん……)
私は写真に手を合わせ、心の中で誓った。
沙織さんの分まで、生きよう。
カナちゃんと結さんと一緒に、精一杯生きよう。
それが、沙織さんに対する私なりの償いだから。
葬式から一週間が過ぎた。
私は、まだ完全に立ち直れずにいた。
任務には出られる状態じゃない。
カナちゃんと結さんも、私を気遣って待機していてくれている。
真嶋さんから呼ばれて、執務室に向かった。
「遥香、調子はどうだ?」
「まだ……少し辛いです」
正直に答える。
「そうか。無理をする必要はない」
真嶋さんが優しい声で言ってくれる。
「ただ、君たちのことで決めなければならないことがある」
「私たちのこと?」
「君たち三人の3人でのリンクについてだ」
私の心臓が跳ねる。
まさか、解散させられるのか。
カナちゃんとの繋がりを、断ち切られるのか。
「安心しろ。解散させるつもりはない」
真嶋さんの言葉に、私はほっと息をつく。
「むしろ、君たちには特別な任務を与えたいと思っている」
「特別な任務?」
「三人の力は、我々が想像していた以上だ。通常の悪魔討伐では、力を持て余すだろう」
真嶋さんが資料を見せてくれる。
「より高位の悪魔、場合によっては悪魔の幹部クラスとの戦いに参加してもらいたい」
その言葉に、私は複雑な気持ちになる。
嬉しい。
カナちゃんと一緒に戦えるのは嬉しい。
でも、同時に不安もある。
私に、そんな大役が務まるのか。
沙織さんを失った私に、カナちゃんと結さんの足を引っ張らないか。
「考えておいてくれ。返事は急がない」
真嶋さんが言ってくれる。
「はい……ありがとうございます」
執務室を出ると、カナちゃんと結さんが待っていた。
「どうだった?」
結さんが心配そうに尋ねる。
「特別任務の話をされました」
二人に説明すると、カナちゃんの目が輝く。
「やろう。三人でなら、どんな敵でも倒せる」
カナちゃんの自信に満ちた言葉に、私の心も少し軽くなる。
「でも、私で大丈夫かな……」
不安を口にすると、結さんが私の手を握ってくれる。
「大丈夫。私たちがいるから」
その優しさに、涙が出そうになる。
(そうだ……私は一人じゃない)
沙織さんは失ったけれど、カナちゃんと結さんがいる。
この二人と一緒なら、きっと乗り越えられる。
「やります」
私は決意を込めて言った。
「沙織さんの分まで、頑張ります」
カナちゃんと結さんが、微笑んでくれる。
その夜、私たちは三人で結さんの部屋にいた。
ベッドの上で、膝を抱えて座っている私を、二人が挟むように座っている。
「遥香、まだ辛い?」
カナちゃんが心配そうに聞いてくる。
「うん……でも、少しずつ良くなってる」
本当のことだった。
沙織さんを失った悲しみは消えない。
罪悪感も、まだ心の奥にある。
でも、カナちゃんと結さんがいてくれるから、何とか耐えられる。
「沙織さんのこと、忘れちゃダメだと思ってた」
私は素直に気持ちを話す。
「でも、ずっと悲しんでばかりいたら、沙織さんも悲しむよね」
結さんが頷いてくれる。
「そうだよ。沙織さんは、遥香が幸せでいることを望んでると思う」
「私たちと一緒にいて、幸せ?」
カナちゃんが、まっすぐに私を見つめる。
「うん……幸せ」
心から言えた。
罪悪感はある。
でも、この二人と一緒にいると、確かに幸せだ。
「じゃあ、それでいい」
カナちゃんが微笑む。
「沙織さんも、きっと安心してる」
私は、二人に挟まれながら、少しずつ心が軽くなっていくのを感じていた。
沙織さんへの償いは、これからの人生をかけて続けていく。
でも、その一方で、カナちゃんと結さんとの幸せも大切にしたい。
それが、今の私にできることだから。
「ありがとう……二人とも」
私は、心を込めて感謝を伝えた。
この二人がいてくれるから、私は前に進める。
沙織さんの分まで、精一杯生きていこう。
三人で支え合いながら。
窓の外で、星が静かに輝いていた。
沙織さんも、あの星のどこかで見守ってくれているかもしれない。
私が幸せになることを、願いながら。
(沙織さん……見ててね)
心の中で呟きながら、私は二人の温もりに包まれていた。
悲しみはまだある。
でも、希望もある。
カナちゃんと結さんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる。
そう信じて、私は明日への歩みを続けていこう。
沙織さんに恥じないように。
そして、この二人との絆を、もっと深めていけるように。
三人の物語は、まだ始まったばかりだから。




