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もう一つの絶望

私は待機室のソファに座り、リンク越しに流れ込む映像を見つめていた。膝に置いた手が、いつの間にか小刻みに震えている。


 カナちゃんが――床に崩れ落ちて、ぼろぼろになって、でも生きている。


 そこに遥香ちゃんが現れた瞬間、安堵しながらも複雑な気持ちになった。胸の奥に、モヤモヤとした感情が沸き起こる。


 リンクを通して、二人の会話がすべて聞こえてくる。見えてくる。


 遥香ちゃんがカナちゃんに駆け寄り、制服の切れ端を拾って着せる。カナちゃんの傷だらけの体を、優しく包み込むように。


 私の胸に、嫌な感情が湧き上がってくる。


 (それは私が……私がやりたかったのに……)


 でも、それだけじゃなかった。


 遥香ちゃんがカナちゃんの手を握って言う。

「私は、かなちゃんが好きだから。昔から、ずっと」


 その言葉を聞いた瞬間、口の中が急に乾いてくる。


 (やめて……やめて……)


 心の中で必死に叫ぶ。でも、リンクは一方通行。私の声は届かない。手を強く握りしめ、爪が掌に食い込む。


 「昔の約束も覚えてる。小学生の時、校庭の隅で秘密基地作ったでしょ?」


 (そんな過去……知らない……私は聞いてない)


 遥香ちゃんとカナちゃんには、私の知らない思い出がある。私がカナちゃんと出会うずっと前の思い出がある。


 呼吸が浅くなり胸が締め付けられるような感覚を覚える。


 「私、バディを組めなくて悔しかった。だからあんな酷いことしちゃって……そしたら結さんが来て、かなちゃんを奪われたと思って」


 (奪った……? 私が……? あなたがカナちゃんを苦しめた元凶でしょ!?)


 胸が痛い。息ができない。


 「やっぱり私、かなちゃんのこと諦められない」


 (だめ……だめだよ……)


 私はリンクの向こうに向かって手を伸ばす。空を掴むだけの無力な手。

 でも、何も届かない。ただ見ることしかできない。

 3人でいい。そんなこと言うんじゃなかった。実際に目の当たりにしてそう実感する。

 

 「カナちゃんをとらないで……お願い……」


 声に出して叫んでしまう。でも、リンクの向こうには届かない。声が部屋に虚しく響く。


 遥香ちゃんは私の存在など知らないかのように、カナちゃんに向かって言葉を続ける。


 「カナちゃんが汚れてるなら、私も一緒に汚れる。かなちゃんが苦しいなら、私も一緒に苦しむ」


 その言葉が、私の心を引き裂く。涙が頬を伝い始める。


 (それは私が……私が言いたかった……)


 カナちゃんの苦痛を分かち合いたかったのは、私だ。

 一緒に背負いたかったのは、私だ。


 でも、遥香ちゃんの方が先に言ってしまった。

 遥香ちゃんの方が、カナちゃんの隣にいる。


 「だって、好きだから。本当に、本当に好きだから」


 涙が止まらない。袖で顔を拭うが、次から次に溢れてくる。私は確信していた。カナちゃんは喜んでる。これを聞いて絶対に喜んでる。


 (私の方が……私の方が大好きなのに……)


 でも、遥香ちゃんの愛の方が長いのかもしれない。

 幼い頃からずっと、カナちゃんを見続けてきた遥香ちゃんの愛の方が――


 私は、後から来ただけ。

 カナちゃんが誰ともバディを組めなくて、困っているところに現れた、都合のいい存在。


 (イヤ……絶対違う……そんなはずない……私とカナちゃんは……)


 でも、疑いは消えない。身体が小刻みに震え始める。


 もしかしたら、カナちゃんにとって私は、バディを組めたから特別だっただけでしかないのかもしれない。本当に愛している人は、遥香ちゃんなのでは?


 カナちゃんが遥香ちゃんの手を握り返す。


 その時、電流のような感覚が私を貫いた。


 (え……?)


 新しいリンクが開く。

 カナちゃんと遥香ちゃんを繋ぐ回路が、私にも伸びてくる。


 三人の魔力が、一つに繋がった。


 その瞬間――私の絶望は、さらに深くなった。


 カナちゃんの気持ちが、ダイレクトに流れ込んでくる。


 ――遥香ちゃんがいてくれて、本当によかった。

 ――昔からの友達だから、安心できる。


 (え……)


 遥香ちゃんの存在がどんどん大きくなっていく。


 遥香ちゃんの気持ちも流れ込んでくる。


 ――やっと、かなちゃんと一緒にいられる。

 ――バディになれた。


 (そう、私は……必要なかったんだ……)


 リンクが繋がったことで、残酷な真実が見えてしまった。全身の力が抜けて、ソファに沈み込む。


 私は、カナちゃんの「唯一無二」ではなかった。

 代替可能な存在だった。


 遥香ちゃんがいれば、私なんかがいなくても、カナちゃんは大丈夫なのかもしれない。


 (カナちゃんの特別だと思っていたのは……私だけ……)


 3人によるバディリンクが成立したということは、つまり――

 私でなくても、遥香ちゃんでも、カナちゃんとバディが組めたということ。


 私の「共鳴体質」は、ただの便利な能力でしかなかった。

 カナちゃんにとって、私は「たまたまバディになれた人」でしかなかった。


 私のアイデンティティが、音を立てて崩れていく。


 唯一、カナちゃんとバディを組める人。

 それが私の存在意義だった。

 それが私の自慢であり、誇りだった。


 でも、それは嘘。


 頭を抱え込み、膝を胸に引き寄せる。小さく丸くなって震えている。


 二人の希望に満ちた感情が、リンクを通して流れ込んでくる。


 ――これからは三人で一緒だ。

 ――もう一人じゃない。

 ――新しい未来が始まる。


 二人の明るい未来への希望が、私の絶望をさらに深めていく。


 (私は……いらない子だったんだ……)


 私だけのものにならないなら、いっそ――


 そんな暗い感情が、心の奥底から湧き上がってくる。


 でも、そんな自分を殺したくなる。


 (こんなこと考えてる私なんて……消えてしまえばいい……)


 リンクを通して、カナちゃんと遥香ちゃんの幸せな気持ちが伝わってくるたび、

 私の心は、どんどん暗い場所へと沈んでいく。


 二人は、もう立ち上がろうとしている。

 一緒に歩こうとしている。


 私は、一人でソファに座ったまま、ただ二人の幸せを感じ続けるしかない。膝を抱えたまま、小さく震えながら。


 (私は……本当に必要だったのかな……)


 その疑問は、もう答えが分かっている。


 必要なかった。

 私がいなくても、二人は幸せになれた。


 むしろ、私がいたから、遥香ちゃんは苦しんだのかもしれない。

 私がいなければ、最初から二人は一緒にいられたのかもしれない。


 リンクを通して流れてくる二人の感情は、どんどん明るくなっていく。

 絶望から希望へ。

 孤独から絆へ。


 そんな二人の感情とは対照的に、私の心は深い闇に沈んでいく。頬を流れる涙は、もう止まらない。


 (もう……何もかもどうでもいい……)


 カナちゃんと遥香ちゃんが部屋を出ていく気配が、リンク越しに伝わってくる。


 二人は一緒に歩いている。

 支え合いながら、新しい未来に向かって。


 私は、ここに一人で残される。


 三人のリンクは繋がったままだけれど、私だけが置いていかれる。


 物理的にも、精神的にも。


 (カナちゃん……私のことは、もう忘れてしまうのかな……)


 そんな風に考える自分が、たまらなく惨めだった。


 でも、止められない。


 リンクを通して、二人の希望的な未来への想いが流れ込んでくるたび、

 私は自分の無価値さを突きつけられる。


 (私は……何のために生まれてきたんだろう……)


 窓の外を見る。目線を上げるのも辛い。

 夕日が沈みかけている。


 美しい景色なのに、私には何も感じられない。


 心が、空っぽになってしまったから。


 二人の明るい感情が、リンクを通して響いてくる。

 それが、私にはとても遠い世界の出来事のように思えた。


 私は、もうその世界には入れない。


 三人のリンクは繋がったけれど、私だけが違う場所にいる。


 暗くて、冷たくて、誰もいない場所に。


 そう思おうとするけれど、心の奥では、まだ醜い感情がくすぶっている。


 嫉妬、独占欲、そして――二人への恨み。


 (私を一人にしないで……)


 でも、その想いも、もう二人には届かない。


 私は、一人でここに座り続けるしかない。膝を抱えたまま、身体を丸めて。


 三人のリンクが繋がったまま、でも、心だけは完全に孤立して。


 時間だけが、静かに過ぎていく。


 私の絶望と共に。


 ソファの上で、私は小さく震え続けていた。

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