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罪の意識

 あの日から数日が経った。

 私たち精鋭部隊は、いくつかの任務をこなしながら日々を過ごしていた。


 先日は、市の南部で低級悪魔の討伐任務があった。

 現場に向かったのは真嶋さん、玲さん、巽さん、そして私とかなちゃん。前衛みんなで。


「遥香、前に出すぎるな。慎重に行け」

 真嶋さんの的確な指示が、無線越しに響く。


 私は剣を構えながら、低級悪魔と対峙していた。

 素早い動きで襲いかかってくる悪魔に対して、訓練で覚えた基本に忠実に応戦する。


 でも正直なところ、私の実力では手間取っていた。


 その時――


 かなちゃんが受け持った悪魔を倒して助けに来てくれる。

 信じられないスピードで悪魔の前に踊り出す。


 まるで散歩でもしているかのように、魔力の手で悪魔を軽々と制圧してしまう。


 その圧倒的な強さは、以前と何も変わっていない。

 いや、むしろ以前より洗練されて見えた。


「すげぇな、彼方は」

 玲さんが感嘆の声を漏らす。


「本当にな。あんなに自然に……」

 巽さんも頷いている。


 でも私には分かってしまった。

 かなちゃんと結さんの間に流れる、微妙な空気を。


 任務が終わって寮に戻る時、二人は以前のように自然に話ができていない。

 会話はしているけれど、どこかよそよそしい。


 (私のせいで……)


 その後も、商業施設での警備任務、住宅街の見回り――

 どれも順調にこなしたけれど、二人の関係は一向に改善される気配がなかった。


 全部、私のせいだ。


 かなちゃんに告白なんてしなければ――

 「好きです」なんて言わなければ――

 あの二人は今でも、あんなに幸せそうに笑い合っていたはずなのに。


 朝の食堂で、私はいつものように沙織さんと席に着きながら、かなちゃんと結さんのテーブルを盗み見る。


 二人は向かい合って座っているけれど、その距離が以前より遠く感じる。

 会話はしているものの、どこかぎこちない。


「結、今日の訓練、大丈夫?」

 かなちゃんが気遣うように聞く声が、私の席まで聞こえてくる。


「うん、大丈夫だよ。カナちゃんこそ、無理しないでね」

 結さんが笑顔で答えるけれど、その笑顔は作り物みたいに見える。


 以前なら、かなちゃんはもっと自然に、まるで子犬みたいに結さんに甘えていた。

 結さんも、もっとかなちゃんの目をしっかり見て、優しく微笑んでいた。


 今の二人は、まるでお互いに気を遣い合っている他人みたい。


 (私が……私が壊してしまった)


 胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 息をするのも辛くなって、無意識に拳を握りしめていた。


「はるはる?」

 沙織さんが心配そうに声をかけてくる。


「あ、ごめん。なんでもない」

 私は慌てて笑顔を作るけれど、沙織さんの眉がわずかにひそめられる。


「また、あの二人のこと見てたでしょ」


 図星を指されて、私は何も言えなくなる。


「はるはる、あんまり自分を責めちゃダメよ」

 沙織さんが小声で言う。


 でも、責めずにはいられない。

 どんなに沙織さんが慰めてくれても、この罪悪感は消えない。


 私が欲を出したせいで、あんなに美しかった二人の関係にヒビが入ってしまった。

 結さんのあの時の表情――驚きと戸惑いと、そして微かな困惑。

 かなちゃんの「嬉しい」という言葉の後の、なんとも言えない沈黙。


 全部、私が引き起こしたこと。


 (でも――)


 心の奥底で、小さな声がささやく。


 (かなちゃんは「嬉しい」って言ってくれた)

 (私のことを嫌いじゃないって)


 その瞬間、自分の醜さに嫌気がさす。

 二人を傷つけておきながら、まだそんなことを考えている自分が心底嫌になる。


「私、最低だ……」

 思わず呟いてしまった言葉を、沙織さんが聞きとがめる。


「はるはる、何言ってるの」

「私のせいで、あの二人が……」


 涙が込み上げてくるのを必死に堪える。

 ここで泣いたら、沙織さんに心配をかけてしまう。

 それに、泣く資格なんて私にはない。


 被害者は私じゃない。

 かなちゃんと結さんなんだから。


 でも、見ているのが辛い。

 二人がこんなぎこちない関係になってしまったのを見ているのが、本当に辛い。


 昨日の朝も、かなちゃんが結さんに何か話しかけようとして、でも途中で言葉を飲み込んでしまった。

 結さんも、かなちゃんの手を取ろうとして、でもためらって手を引っ込めてしまった。


 一昨日の夜は、食堂で偶然二人の会話を聞いてしまった。

「……カナちゃん、今日はお疲れさま」

「うん、結もお疲れさま」

 それだけの短い会話で、二人は沈黙してしまった。


 以前なら、二人はもっと長く、もっと楽しそうに話していたのに。


 (どうして私は、あんなことを言ってしまったんだろう)

 (どうして私は、二人の幸せを壊してしまったんだろう)


 食事の味が分からない。

 何を食べても、砂を噛んでいるみたい。


 沙織さんが「はるはる、ちゃんと食べなさい」と心配してくれるけれど、喉を通らない。


 一方で、部隊の大人たちは相変わらず温かかった。


 玲さんは今日も明るく「後輩ちゃんたち、今日も頑張ろうね〜!」と声をかけてくれる。

 瀬名さんが「玲さん、朝からテンション高すぎです」と苦笑しながらも、優しく見守ってくれる。


 真嶋さんは厳しいけれど公平で、私たち学生組にも分け隔てなく指導してくれる。

 紗夜さんは普段は寡黙だけれど、時々「体調は大丈夫?」と気にかけてくれる。


 巽さんと忍さんは、まるで本当の両親のように私たちを見守ってくれる。

 「若い子は悩みも多いだろうが、一人で抱え込まずに相談してくれ」

 そう言ってくれる巽さんの言葉が、胸に染みる。


 でも、相談できない。

 私が二人の関係を壊してしまったなんて、誰にも言えない。


 午前の訓練時間。

 今日も私は集中できずにいた。


 かなちゃんは車椅子で訓練所の端に座り、結さんがその隣に付き添っている。

 でも、二人の間にある空気は重くて、見ているだけで胸が苦しくなる。


 結さんは時々、かなちゃんに話しかけようとして、でも途中で言葉を飲み込んでしまう。

 かなちゃんも、結さんの方を見ようとして、でもすぐに視線を逸らしてしまう。


 まるで、お互いに触れてはいけない何かを抱えているみたい。


 (あの時まで、あんなに自然だったのに)


 かなちゃんが結さんを抱きしめる姿、結さんがかなちゃんに甘える姿――

 あんなに美しくて、見ているだけで心が温かくなるような関係だったのに。


 それを壊したのは、紛れもなく私だ。


「遥香、集中しろ!」

 真嶋さんの厳しい声が飛ぶ。


 私は慌てて剣を構え直すけれど、心ここにあらずの状態は変わらない。


 相手役の玲さんが困ったような顔をしている。

 「遥香ちゃん、今日はちょっと調子悪い?」


「ごめんなさい」

 私は深々と頭を下げる。


 すると、かなちゃんがこちらに手を振ってくれた。

 「遥香、頑張って」


 その優しい声に、私の心は複雑に揺れる。


 嬉しい。

 かなちゃんが私を気にかけてくれることが、素直に嬉しい。


 でも同時に、罪悪感で押し潰されそうになる。

 私が傷つけた相手なのに、どうしてこんなに優しくしてくれるの?


 どうして私は、まだかなちゃんに想いを寄せ続けているの?


 かなちゃんの優しい笑顔を見ていると、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。

 あの時と同じ、あの告白をした時と同じ気持ちが蘇ってくる。


 (ダメだ、こんなこと考えちゃダメ)

 (私は二人を壊した張本人なのに)


 でも、心は素直じゃない。

 かなちゃんの「嬉しい」という言葉が、まだ胸の奥で響いている。


「遥香、もう一度やってみようか」

 玲さんが優しく声をかけてくれる。


 私は剣を握り直して、必死に集中しようとする。

 でも、頭の中はかなちゃんのことでいっぱいだった。


 訓練が終わって武器を片付けている時、かなちゃんがこちらに声をかけてくれた。


「遥香、最近調子悪そうだけど、大丈夫?」


 その言葉に、私の涙腺が緩みそうになる。


「だ、大丈夫です。ちょっと疲れてるだけで」


 嘘だった。

 疲れているのは確かだけれど、本当の理由は違う。


 かなちゃんが心配そうな顔をする。

 「無理しちゃダメだよ。体調管理も戦士の務めだから」


 その優しさが、かえって胸に刺さった。


 私が傷つけた相手なのに、どうしてこんなに優しくしてくれるの?

 私なんか、軽蔑されても仕方ないのに。


「ありがとう、かなちゃん」

 やっとそれだけ言うのが精一杯だった。


 訓練後、更衣室で一人になった時、私はついに涙を流した。


 声を殺して泣いていると、沙織さんが入ってきた。


「はるはる……」


 沙織さんが私の背中をそっと撫でてくれる。

 その優しさが、かえって胸に刺さった。


「沙織さん、私、どうしたらいいの」

 嗚咽混じりに言葉を絞り出す。


「私のせいで、あの二人がああなっちゃって……でも、私、まだかなちゃんのこと……」


「好きなのね」

 沙織さんが静かに言う。


「うん……最低でしょ?自分が壊しておきながら、まだ諦められないなんて」


 沙織さんがしばらく黙って私を抱きしめてくれる。

 その温かさに包まれながら、私は全てを吐き出した。


「私、二人を元に戻してあげたい。あの時みたいに、幸せそうに笑い合ってほしい」

「でも……でも、もし可能なら、私もその中に入りたいって思っちゃう」


「三人で?」


 


「うん……結さんが一番で、私は二番目でもいいから。かなちゃんのそばにいられるなら」


 自分の言葉を口にして、改めて自分の身勝手さに気づく。

 私なんかが、結さんと同じ土俵に立とうとするなんて、本当は身の程知らずだって分かってる。

 だけど、かなちゃんが私を見てくれるときだけは、どうしても諦められない。

 そのたびに心がざわついて、息が苦しくなる。


 結さんみたいに全部捧げられないくせに、でも、彼方の「一番」じゃなくてもいいから、隣にいたい。

 それなのに、かなちゃんを困らせて、結さんを傷つけて――

 最低だ、って分かってるのにやめられない。


 (ああ、どうしてこんなふうになっちゃったんだろう)

 (全部、かなちゃんが欲しいなんて、思う資格もないのに)

 

「おかしいよね。壊しておきながら、そんなこと考えるなんて」


 沙織さんが私の髪を撫でながら言う。

「おかしくないよ。はるはるは正直なだけ」


「でも――」


「でも、まずは二人を元に戻してあげることを考えなさい。それがはるはるの責任。それにどんなことになったって私は、はるはるの味方だからね」


 沙織さんの言葉が、私の心に深く響いた。


 そう

 まずは、私が壊してしまったものを直さなくちゃいけない。

 自分の気持ちはその後の話。


 でも、どうやって?

 どうやったら、あの二人を元に戻してあげられる?


 沙織さんと一緒に更衣室を出ると、廊下でかなちゃんと結さんとすれ違った。


 結さんは、車椅子を押しているけど笑っていない。2人ともどこか暗い表情をしていた。

 会話もほとんどしていない。


 その後ろ姿を見ているだけで、胸が痛くなった。


 (私が直さなきゃ)

 (絶対に、元に戻してあげる)


 でも、具体的にどうすればいいのか分からない。

 ただ、責任を感じているだけじゃ何も変わらない。


 夕方、寮で夕食を食べていると、真嶋さんが私たちのテーブルにやってきた。


「お疲れさま」


 私と沙織さん、それにかなちゃんと結さんが顔を上げる。


「明日、調査任務がある」

 真嶋さんが静かに説明する。


「市の北東部で、怪しい建物が発見された。悪魔の活動痕跡があるとの報告を受けている」


 調査任務。

 これまでの討伐や警備とは違って、未知の要素が多い任務だ。


「君たちも部隊の重要な戦力だからね。参加してもらうことになった。危険度は不明だが、君たちの実力なら問題ないだろう」


 私は、かなちゃんと結さんを見た。

 二人はまだ、あのぎこちない距離を保ったままだった。


 (明日の任務で、何かが変わるかもしれない)


 でも、良い方向に変わるとは限らない。

 このままの状態で危険な任務に挑んで、もし何かあったら――


 考えただけで、背筋が寒くなった。


「明朝6時出発。今夜は早めに休んで、万全の状態で臨め」

 巽さんがそう告げて、他のテーブルにも同じ説明をしに行った。


 私は拳を握りしめる。


 明日の任務では、絶対にかなちゃんと結さんを守る。

 二人に何かあったら、私は一生自分を許せない。


 そして、もし可能なら――

 任務を通して、二人の関係を元に戻すきっかけを見つけたい。


 たとえ、それで私の想いが実らなくても。

 たとえ、二人だけの世界に戻ってしまっても。


 それが、私にできる唯一の償いだから。


 部屋に戻って装備の準備をしながら、私は心に誓った。


 明日は、絶対に二人を守る。

 そして、私が壊してしまったものを、必ず直してみせる。


 窓の外では、雲が厚く空を覆っていた。

 明日の任務への不安を表すかのように。


 でも私は、決意を固めていた。

 これ以上、二人を苦しめるわけにはいかない。


 私の責任で、二人を元の幸せな関係に戻してあげる。

 それが、私にできる最低限の償いなのだから。

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