告白
精鋭部隊での生活が始まって一週間が過ぎた。
毎日の訓練は厳しいけれど、チーム全体の雰囲気は想像していたよりもずっと温かかった。
今日も朝から連携訓練。真嶋リーダーの指導で、各バディペアが順番に模擬戦を行っている。
ボクと結は観客席から、玲さんと瀬名さんのコンビネーションを見学していた。
「はい、そこでストップ!玲、突っ込みすぎだ。もう少し冷静に間合いを計れ」
真嶋さんの鋭い指摘に、玲さんが「えー、でも私のスタイルはこれなんですよ〜」と口を尖らせる。
「前衛が無茶をすると、後衛が心配で仕方ない。相手のことも考えろ」
瀬名さんが「そうなんです……玲さんが危険なことすると、ボクの心臓が持ちません」と溜息をつく。
その様子を見ていて、ボクは思わず笑ってしまう。
玲さんと瀬名さんの掛け合いは、見ているだけで場が和む。
「次は芹沢ペア、頼む」
真嶋さんの声に、巽さんと忍さんが立ち上がる。
2人の動きはさすがベテランというべきか、巽さんの槍捌きに一切の無駄がない。
長年の経験に裏打ちされた、見事な太刀筋だった。
「すごいね……」
結が小さく呟く。
「あんな風に、私たちもいつかなれるかな」
「きっとなれるよ。結とボクなら」
ボクが結の手を握ると、結が微笑んでくれる。
そんな時、訓練所の入り口から遥香と沙織さんが入ってきた。
2人とも少し遅刻気味だったようで、急いだのか息が上がっている。
「すみません、遅くなりました!」
遥香がぺこりと頭を下げる。
「沙織さんがなかなか起きなくて〜」
遥香が沙織さんを見上げて、子供っぽく頬を膨らませる。
「はるはるだって二度寝してたくせに〜」
沙織さんが遥香の頭をくしゃくしゃと撫でる。
真嶋さんが苦笑しながら「今度からは時間に余裕を持って来い」と注意するが、その口調に怒りはない。
遥香たちがボクたちの近くに座ると、訓練の見学が再開された。
でもボクは、なんとなく遥香の様子が気になった。
時々、ボクの方をちらちらと見ては、すぐに視線を逸らしている。
(なんだろう……何か言いたいことがあるのかな)
訓練が終わって、みんなが片付けを始めた頃、遥香がボクの前にやってきた。
「かなちゃん……ちょっと、話があるんだ」
遥香の声は、いつもより少し震えていた。
「話?」
ボクが首をかしげると、遥香は結の方も見て、丁寧に頭を下げる。
「結さんにも聞いていただきたいお話です。お時間をいただけませんか?」
結がボクと顔を見合わせてから、優しく微笑む。
「もちろんです。どこか静かな場所で話しましょうか」
4人で、訓練所の隣にある小さな談話室に移動した。
沙織さんが「はるはる、大丈夫?」と心配そうに声をかけるが、遥香は小さく頷くだけだった。
椅子に座った遥香は、しばらく手を握りしめて黙っていた。
それから、意を決したように顔を上げる。
「かなちゃん、結さん……私、ずっと言えなかったことがあるんです」
遥香の目が、うっすらと潤んでいる。
「あの日、かなちゃんが許してくれた時、私は本当に救われました。でも……まだ、全部は話せていませんでした」
ボクの胸がドクンと跳ねる。
なんとなく、これから話される内容の重さを予感していた。
「私、かなちゃんのことが……昔から、ずっと好きだった」
その言葉が、ボクの頭の中で何度も響いた。
「小さい頃から、かなちゃんは私にとって特別な存在だったの。同じくらい強くて、でも私にはない優しさがあって」
遥香の声が、だんだん幼い頃の口調に戻っていく。
「バディを組めなくて苦しんでるかなちゃんを見てて、本当は一番近くにいて支えてあげたかった」
「でも……怖かったんだ。近づいて、結局何もしてあげられなかったら、かなちゃんをもっと傷つけちゃうんじゃないかって」
ボクは言葉が出なかった。
遥香の想いの深さ、そしてその複雑さが、胸に刺さるように伝わってくる。
「だから逆に距離を置いて……最後には、あんなひどいことまでしてしまった」
遥香の頬に、とうとう涙が流れ落ちる。
「私、今でもかなちゃんのことが好き。バディになりたいし、もし可能なら……恋人にもなりたい」
その瞬間、ボクの心臓が激しく鼓動した。
驚きと、そして……嬉しさ。
(遥香が、ボクのことを……)
でもすぐに、自分の気持ちに困惑する。
なぜ嬉しいと感じてしまうんだ?
結がいるのに、どうして遥香の告白に心が揺れるんだ?
「でも、もう無理だよね」
遥香が自嘲するように笑う。
「あんなひどいことしたのに、かなちゃんが私を好きになってくれるわけない」
「遥香……」
ボクはようやく口を開く。
「そんなことない。ボク、君のことを嫌いになったことなんて一度もないよ」
遥香の目が大きく見開かれる。
「あの時は確かに辛かった。でも、君が苦しんでたのも分かってたから」
ボクは正直な気持ちを口にする。
「それに……君に好きだって言ってもらえて、正直、すごく嬉しい」
その言葉を口にした瞬間、ボクは自分に対して嫌悪感を覚えた。
(何を言ってるんだ、ボクは……)
結がいるのに、遥香の告白を嬉しいと感じてしまった。
それどころか、心の奥で「遥香も欲しい」と思ってしまった自分がいる。
(最低だ……結に対してこんなの、裏切りじゃないか)
でも同時に、昔から憧れていたハーレムのような状況に、密かに興奮している自分もいた。
結も遥香も、どちらも手に入れられたらどんなにいいだろう。
そんな自分の欲望に、ボクは心底軽蔑した。
「でも」
ボクは結の手を握りながら続ける。
「ボクには結がいる。結がボクの一番大切な人だから」
結がボクの手を握り返してくれる。
その温かさが、ボクの罪悪感をより一層深くした。
遥香は小さく微笑んで、涙を拭う。
「2人は本当にお似合いだもん」
そして結の方を向いて、深く頭を下げる。
「結さん、こんな話をしてしまって申し訳ありませんでした。でも、黙っているのが辛くて……」
「遥香ちゃん」
結が優しい声で話しかける。
「気持ちを教えてくれて、ありがとうございます。私も、遥香ちゃんの想いを聞けて良かったです」
「結さん……」
遥香が驚いたような顔をする。
「私たち、これからも友達でいてくださいね」
結の言葉に、遥香が涙声で「はい」と答える。
沙織さんが遥香を抱きしめて「よく頑張ったね、はるはる」と優しく囁く。
4人でしばらく静かに座っていた。
ボクの心は複雑だった。
遥香の想いが嬉しくて、でもその気持ちを抱く自分が許せなくて。
結に対する愛情は本物だけど、遥香への想いも嘘じゃない。
(ボクは……どうすればいいんだ)
談話室を出た後、ボクたちは食堂に向かった。
昼食の時間で、精鋭部隊のメンバーたちが集まっている。
「おお、遅かったじゃないか」
巽さんが手を振ってボクたちを呼ぶ。
「ちょっと話をしてたので」
ボクが座ると、玲さんが「何の話〜?秘密の相談?」と興味深そうに身を乗り出す。
「玲さん、プライベートなことを詮索するのはよくないですよ」
瀬名さんが窘めるが、玲さんは「えー、つまんない」と口を尖らせる。
「まあまあ」
真嶋さんが苦笑しながら話題を変える。
「それより、来週からいよいよ実戦任務に入る予定だ」
その言葉に、食堂の空気がピリッと締まる。
「ついに実戦か……」
遥香が小さく呟く。
「最初は危険度の低い案件から始める。君たちの実力なら問題ないはずだが、慎重に行こう」
真嶋さんがボクたちを見回す。
「ついに実戦か……」
遥香が小さく呟く。
「はるはる、大丈夫?」
沙織さんが心配そうに声をかける。
「うん、大丈夫。みんなと一緒なら」
遥香はしっかりと頷いた。
玲さんが「実戦かぁ〜、久しぶりに本気出せるね!」と拳を握り、
瀬名さんが「玲さん、張り切りすぎないでくださいよ……ボクの胃が持ちません」といつもの調子で返す。
巽さんが静かに口を開く。
「実戦では、何より冷静さが大事だ。慌てず、お互いを信じることを忘れるな」
忍さんも優しく微笑んで「困ったことがあったら、いつでも相談して」と声をかけてくれる。
紗夜さんは普段通り寡黙だが、ボクたちに向ける視線は温かかった。
「明日の午後、詳しいブリーフィングを行う」
真嶋さんが立ち上がりながら告げる。
「それまでは各自、体調管理と装備の確認をしておけ」
みんながそれぞれ席を立つ中、ボクは複雑な気持ちのまま食堂を後にした。
遥香の告白、自分の中で芽生えた欲望、結への罪悪感……全てがぐちゃぐちゃに混ざり合っている。
(これから実戦が始まるっていうのに、こんなことで悩んでる場合じゃないのに……)
でも心は、そう簡単に整理できるものじゃなかった。
その夜、寮の部屋で結と一緒にいても、ボクはどこか上の空だった。
結が心配そうにボクの顔を覗き込む。
「かなちゃん、今日は元気がないね。疲れた?」
ボクは慌てて笑顔を作る。
「そんなことないよ。明日から実戦だから、ちょっと緊張してるだけ」
結はほっとしたように微笑む。
「そうだね。私も少し緊張してる。でも、かなちゃんと一緒なら大丈夫」
その信頼に満ちた言葉が、ボクの胸に突き刺さった。
結はボクを心から信じてくれているのに、ボクは遥香のことを考えて心が揺れている。
(本当に最低だ……)
でも同時に、遥香への想いを完全に諦めることもできずにいた。
翌日の午後、会議室に精鋭部隊全員が集合した。
真嶋さんが手に持った資料を見ながら、任務の詳細を説明する。
「今回の任務は、東部で確認された低級悪魔の討伐だ」
壁に貼られた地図を指しながら続ける。
「旧住宅街から少し離れた工業地帯。生活圏域からはまだまだ離れているが、放置するわけにはいかない」
玲さんが手を上げる。
「敵の数は?」
「確認できているのは3体。ただし、他にも潜んでいる可能性がある」
真嶋さんが冷静に答える。
「君たち学生組は、まずは見学から始めてもらう。いきなり前線に出すわけにはいかないからな」
遥香が「見学、ですか?」と確認する。
「そうだ。部隊の雰囲気を掴んでもらうのが第一。無理をする必要はない」
ボクは内心、少し物足りなさを感じた。
でも初任務で無茶をして、チームに迷惑をかけるわけにはいかない。
「出発は明日の朝8時。装備は標準セットを支給する」
真嶋さんが最後にそう告げて、ブリーフィングは終了した。
会議室を出ると、玲さんがボクたちのところにやってきた。
「緊張してる?初任務って感じだよね〜」
「はい、ちょっとだけ」
結が正直に答える。
「大丈夫大丈夫!最初はみんなそうだから。私なんて、初任務の時は緊張で手が震えちゃって〜」
玲さんが明るく笑う。
「玲さんでも緊張したんですか?」
遥香が意外そうに聞く。
「そりゃあもう!瀬名に散々笑われたんだから」
玲さんが振り返ると、瀬名さんが「ボクだって緊張してましたよ」と苦笑している。
巽さんがボクたちに歩み寄ってくる。
「明日は見学とはいえ、現場の空気に慣れることが大事だ。リラックスしていけ」
「はい、ありがとうございます」
ボクたちが頭を下げると、巽さんは優しく微笑んだ。
その夜、ボクは一人で寮の屋上に出た。
夜風が頬を撫でて、少しだけ頭がすっきりする。
明日から、いよいよ実戦が始まる。
遥香のこと、自分の気持ちのこと、全部ひっくるめて、きっと答えが見つかるはずだ。
(何があっても、結だけは絶対に守る)
それだけは、揺るがない決意だった。
空には満天の星が輝いている。
新たな戦いの始まりを告げるように。




