顔合わせ〜遥香〜
会議室のドアを開けると、張りつめた空気が私たちを包んだ。
「おはようございます」
私は、なるべく声が震えないように気をつけて挨拶する。
沙織さんも、いつも通りににっこり笑う。
「山野沙織です。はるはるのバディやってます」
部屋には既に何人かの大人がいた。
一番奥に座っているのは、精鋭部隊のリーダー――真嶋統吾さん。
その隣には、落ち着いた雰囲気の巽さんと、その妻の忍さん。
他にも水原玲さん、遠野紗夜さん、瀬名和馬さん。
皆「現場で何年もやってきた」っていう空気が滲み出ている。
「おう、おはよう。君たちが新しく加わるバディだな?」
巽さんが、穏やかな笑顔で私たちを迎えてくれた。
「はい、今日から……よろしくお願いします」
思わず頭を下げる。
緊張で背筋がピンと張る。沙織さんの袖を指でつまみながら、会議室の椅子に座る。
「緊張しなくていいよ。こっちも新人を見るのは久しぶりだから」
真嶋さんが、低く落ち着いた声で笑う。
背が高くて、どこか体育会系の雰囲気だけど、話し方は意外と優しい。
玲さんが「妹枠が増えてうれしいな~!」と明るく手を振ってくる。
その横で瀬名さんが「玲さん、また調子に乗って……」と苦笑している。
遠野さんはクールな印象。忍さんは物静かで、でもたまに巽さんに小声でツッコミを入れていた。
簡単な自己紹介が一通り終わったあと、
巽さんが「二人とも、バディ歴は長いのか?」と聞いてくる。
「はい。中学から組んでて、高校に上がってからもずっと一緒です」
沙織さんが自慢げに答える。
巽さんは「それは頼もしいな」と笑った。
「はるはるは面倒見がいのある妹って感じでしょ? 私、世話焼くの好きだからちょうどいいんですよ」
沙織さんが明るく言うと、玲さんも「妹ポジは大事だよ~! 私も可愛い後輩増えると嬉しいし」と乗ってくる。
(私、そんなに妹っぽいかな……)
大人組の空気は思ったより優しくて、私は少しだけ安心した。
「精鋭部隊って、どんな任務が多いんですか?」
沙織さんが巽さんに尋ねる。
「実戦も増えるけど、何よりお互いの連携と判断が大事だ。特にバディ同士、意思疎通をしっかりな」
巽さんは穏やかな口調でそう教えてくれる。
「うちの真嶋はちょっと厳しい時もあるけど、根は面倒見がいいから」
忍さんが隣からボソッと言うと、真嶋さんが「そんなことないだろ」と照れたように返す。
私は、会議室の壁の時計を何度も見上げる。
まだ、彼方と結は来ていない。
みんなもそのことに触れず、あえて場を和ませようとしているのが分かる。
「遥香ちゃん、緊張してる?」
玲さんが、机の向こうから声をかけてきた。
「はい、ちょっとだけ……」
私は素直に答える。
(本当は、ちょっとどころじゃない。胸が張り裂けそうだった)
「はるはる、私の背中隠れててもいいぞ?」
沙織さんが、冗談めかして肩をぽんと叩く。
私はみんなの表情や空気を細かく観察していた。
巽さんは包容力のある笑顔。
真嶋さんは「この場を仕切る」って覚悟がにじんでいて、でも時々柔らかい目をしてくれる。
玲さんはひたすら明るくて、みんなの緊張をほどくムードメーカー。
遠野さんは物静かだけど、時々、沙織さんと私の会話に頷いてくれる。
忍さんは巽さんへのツッコミや、全体の様子を俯瞰して見守っている感じがした。
瀬名さんは、大人組のバランスを取る調整役って感じ――
みんな個性的だけど、どこか安心できる雰囲気があった。
でも、私の心はどこか落ち着かなかった。
(もうすぐ、あの二人が来る――)
彼方と結。
面会謝絶が続いていて、部活でも寮でも一度も会えていない。
私のせいで、あの子を“あんな体”にしてしまったのに……。
許してもらったはずなのに、顔を合わせるのが怖い。
会議室の重い空気の中、私は静かに手を握りしめていた。
「そういえば、今日から合流するもう一組も学生だって聞いてるけど、知り合い?」
巽さんが、何気なく尋ねてくる。
「……同じ学校で、友達です」
私の声は、思ったより小さかった。
「へぇ、仲間同士なら心強いな」
巽さんが優しく笑うと、沙織さんが私の肩に手を置く。
私は心の奥で、何度も言い聞かせていた。
――もう一度だけ、ちゃんと会って話さなきゃ。
彼方に、私は……。
その時、会議室のドアが静かにノックされた。
会議室のドアが開く。
私の心臓がドクンと跳ねた。
車椅子に乗ったカナちゃん、その隣に結さん。
全員の視線が自然と二人に向かう。
カナちゃんと目が合ったとたん、私は肩を小さく揺らしてしまう。
すぐに視線を逸らし、無意識に手元をいじってしまった。
隣で沙織さんが、いつも通りに「ほら、話しかけたいなら声かけなよ」とでも言いたげに、静かに息を吐いている。
でも、私にはどうしても勇気が出なかった。
二人が前まで進み、大人組と順番に自己紹介を交わしていく。
私は、もう自分が名乗る必要もなかったから、ただ黙って見ているしかなかった。
真嶋さん、紗夜さん、水原さん、瀬名さん、芹沢さん、忍さん。
みんな「プロの顔」で、カナちゃんたちに穏やかに挨拶しているけれど、
その目の奥や表情が、たしかに戸惑いや痛ましさに一瞬揺れるのが見えた。
でも誰も、余計なことは言わない。
それがこの人たちの優しさなんだと、私は静かに思った。
玲さんと瀬名さんだけは、壁際で小さな目配せをして、
ごく短い言葉を交わしている気配が伝わってくる。
でも内容ははっきり聞き取れない。
彼方への囁きも、何かが交わされたような気はしたが、言葉は私には届かなかった。
私の頭の中は、ずっとカナちゃんの姿ばかりを追いかけていた。
左手だけしか動かない体、細い指、遠慮がちに揺れる声――
全部、自分がしてしまったことの結果だと思うと、
ただじっと立っているしかできなかった。
カナちゃんが、ゆっくり私の方に手を上げてくれた。
「……おはよう、遥香。バディさんも、よろしく」
私は一瞬きょとんとしてしまい、
すぐに顔が熱くなる。
「……う、うん。……よろしく、カナちゃん」
やっと言葉が口から出た。
隣で沙織さんが「やっとか」と呆れたように小さく笑い、私の背中を押す。
カナちゃんと結さんが、なにか静かに言葉を交わしているのが見える。
けれど、その内容は私には聞こえない。
ただ二人の空気だけが、どこか別の世界のものみたいに思えた。
自己紹介もひと段落して、部屋の空気がやっと少しだけ柔らかくなった気がした。
カナちゃんが、もじもじしていた私の方を見て、
少しだけ冗談っぽく声をかけてくる。
「ねぇ、遥香。ほら、ボク、高等部に上がってから色々あったじゃん。その後もバタバタしてたし……。改めてバディ、ちゃんと紹介してくれる?」
一瞬、胸がどきりとした。
今まで、ずっと遠慮してきたこと――こうして普通に話しかけてもらえるのが、少しだけうれしかった。
私は思わず、びっくりした顔をしてしまったけれど、すぐに顔がゆるんで、隣の沙織さんに向き直る。
「うん。――私のバディ、山野 沙織さん。一つ上の学年で、お姉ちゃんみたいな人なんだ」
沙織さんが、私の肩にぽんと手を置いて、にっと笑う。
「はるはるが迷惑かけてない? この子、実はものすごく甘えん坊でさ、手がかかるけど放っとけなくてね。妹がもう一人できたみたいで、毎日楽しいよ」
「もー、やめてよ沙織さん……」
私は、恥ずかしさで顔が熱くなる。
「かなかな、よろしくね。何かあったら、はるはるだけじゃなくてあなたのことも全力で守るから」
沙織さんの言葉は本当に頼もしくて、
隣の結さんが小さな声で「いい人そう」とつぶやくのが聞こえた。
カナちゃんが思わず笑いながら、
「ありがとう、沙織さん。ところでかなかなってボクのこと? じゃあ結はゆいゆいだね!」
結さんが「え、ゆいゆい?」ときょとんとした顔をすると、
沙織さんがすぐに乗っかる。
「そうそう、はるはるに、かなかな、ゆいゆい! 妹が一気に増えたみたいで毎日が楽しそう!」
私は頬をふくらませて「またそうやって増やす~」と返してしまう。
結さんは少しだけ照れたように「よろしくお願いします、沙織さん」と返していた。
会議室を出て、全員で訓練所へと向かう廊下。
歩き出してすぐ、前のほうで玲さんと瀬名さんが大きな声で盛り上がり始めた。
「よーし、今日の主役は新人ちゃんたちだよね!」
玲さんは腕まくりしながら、先輩風吹かせている。
「いやいや、玲さん、張り切りすぎ……後で泣かないでくださいよ」
瀬名さんが苦笑しつつも、それをちゃんと止める気はなさそうだ。
「泣くわけないでしょ! 私が泣くとしたら、彼方ちゃんに完封されたときだけだもん!」
玲さんが自信満々に笑って、みんなの緊張を吹き飛ばそうとしていた。
「それ絶対あると思うけどな……」
瀬名さんがぼそっと返すと、玲さんが「も~!」と後ろから肩を小突いて、二人のやりとりに周囲も笑い声を漏らす。
その少し後ろでは、真嶋リーダーと巽さん、忍さん、紗夜さんが並んで歩いていた。
みんな落ち着いた様子だけど、その会話からは精鋭部隊らしい緊張感も伝わってくる。
「新人二組か……久しぶりだな」
巽さんが小さく呟く。
「若い力はチームの空気を変える。大人も引き締め直さないとな」
真嶋さんが落ち着いた声で続ける。
「巽さん、ちゃんと年の功見せてくださいよ?」
忍さんが横目でイジると、巽さんが「俺より忍のほうがしっかりしてるからな」と照れくさそうに返した。
「まあ、実際は真嶋さんが一番怖いんだけど」
と、紗夜さんが静かに微笑むと、リーダーが「こら」と肩をすくめて小さく笑い――
その何気ないやりとりに、家族みたいな空気を感じて、私は少しだけ緊張が和らぐ。
玲さんたちは「さて、誰からかなかなに挑む?」と無邪気に盛り上がっている。
「ジャンケンで決めようよ!」と玲さんがはしゃいで、
瀬名さんが「負けたら玲さんのせいにしよう」と即答し、
「こらー!」と玲さんがまたじゃれている。
大人たちのそんな様子を見ていると、「精鋭部隊」と言われても思ったより普通の人間らしさもあるんだ、と私は不思議な気持ちになる。
でもみんな、どこかで緊張と期待が混じった顔もしていた。
今日は本当に「新しいチーム」が始まる日なんだ――
それを、私はようやく実感しはじめていた。
少し離れて、私たち学生組は廊下の端を静かに歩いていた。
沙織さんが隣で「緊張してる?」とささやいてくるけど、私はまだ胸の奥の重さを拭いきれず、ただ小さく頷くだけだった。
そのとき、カナちゃんが私の方を振り返る。
「……遥香、そんなに気にしなくていいよ。ボク、もう全部終わったことだと思ってるし。昔みたいに――普通に仲良くしたい」
私は驚いて立ち止まりかける。
「……でも、私――」
カナちゃんが、もう一度優しく笑う。
「大丈夫。ほんとに、何も怒ってないから。ね、結も、いいでしょ?」
結さんが静かにうなずく。
「うん。カナちゃんが許すなら、私からは何も言えないよ。
むしろ……こうして、みんなでまた歩けてるのが一番うれしい」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
「……ありがとう」
私は声を震わせながらそう言うのがやっとだった。
そのあと、3人で少しだけ昔話をした。
部活での失敗や、寮での笑い話――
ほんの短い時間だけど、私のなかの重たいものが少しずつ溶けていく気がした。
やがてカナちゃんと結さんが「じゃあまた後で」と先に進み、
私はその背中をしばらく見送った。
沙織さんが、そっと肩を抱いて「……よかったね」とつぶやく。
「うん……」
涙まじりの笑顔で、私はやっと返事をした。




