格付け
全員で訓練所に移動すると、体育館よりもさらに広い空間が広がっていた。
床には最新式の衝撃吸収パネル、壁には魔力計測用の装置も並んでいる。
ここで精鋭部隊の訓練や模擬戦が行われるんだと思うと、胸の奥がぞくぞくした。
「よし、トーナメント方式でやるなら――」
リーダーの真嶋さんがホワイトボードの前に立ち、マーカーで名前を書き出しながら対戦カードを考えていた。
玲さんが「抽選? それとも年齢順?」と手を挙げる。
芹沢さんは「順番はともかく、まずは軽く手合わせして流れを掴みたいね」と微笑む。
結が、ボクの車椅子を押しながら小声で「カナちゃん、どんな順番になるかな」と耳打ちしてくる。
ボクは「どんな相手でも大丈夫だよ」と自然に答えた。
遥香と沙織さんも少し後ろで話している。
遥香は緊張気味に「大人の人たち、すごそうだね……」とつぶやき、沙織さんは「はるはるも十分やれるよ」と励ましていた。
全員が集まったところで、玲さんが「やっぱり1回戦は学生vs大人とか面白くない?」と提案し、
瀬名さんが「それはさすがに大人げなさすぎでしょ……」と苦笑している。
そのとき――
ボクはふと、手を挙げて口を開いた。
「あのー、ボク対みんなで最初にやってもらったらダメですか?」
みんなが一斉にこちらを振り向いた。
「多分、一対一じゃ勝負にならないと思うので。あ、手加減するならそれなりにできると思うんですけど、全力なら多分一瞬だと思うので……」
一瞬、場の空気が止まる。
真嶋さんがマーカーを止めて、ゆっくりとこちらを見る。
玲さんが「……はぁ?」と目を丸くした。
芹沢さんも、珍しく表情を崩して苦笑いしている。
忍さんも、少しだけ眉をひそめた。
瀬名さんがぼそっと漏らす。
「彼方ちゃん、それはさすがにイキリすぎ……」
「イキってるメスガキには、大人のお灸が必要だねぇ?」
ニヤリとして玲さんが言う。
真嶋さんも腕を組んで注意してくる。
「さすがに舐めすぎじゃないか?朝霧」
「じゃあまずはみんな対彼方ちゃんで一発いっとく?お仕置きタイム!」
玲さんが明るく煽る。
みんなの視線が一気に集中して、本気でやられたら困るんだけどなと、内心でちょっとだけ焦る。
そのとき、体育館の隅で遥香が沙織さんに小さな声で話しかけているのが聞こえた。
「沙織さん……カナちゃん、前よりもっと強くなってると思う。正直、みんなでかかっても勝てないかもしれない」
沙織さんが目を丸くしている。
「マジで? かなかなそんなに強いん?」
結は、ボクの腕をぎゅっと握りながら小声で言ってくる。
「カナちゃんって……そんな大胆なこと言うタイプだった?」
「いや、ボクもそこまでとは思ってないけど……」
正直、自分でもなぜあんな発言が口から出たのか分からない。
「ま、これで分かるだろ」
真嶋さんが一歩前に出て宣言する。
「じゃあまずは朝霧彼方 vs 全員。本気でやってもらおうか」
玲さんもやる気満々で拳を鳴らしている。
大人たちの目も、お灸据える気まんまんだ。
ボクは少しだけ緊張しつつも、胸の奥で、どこかワクワクしている自分がいた。
みんながざわめく中、ボクは静かに隣の結と見つめ合った。
「じゃあ、カナちゃん。久々に……」
結がそっとボクの左手を握ってくれる。
ボクも、ゆっくりと息を吸い込んで目を閉じた。
リンク、起動。
結と魔力が繋がった瞬間、全身に熱い流れが走る。
以前よりずっと深く、強く、結と一つになった感覚が身体の芯から広がっていく。
(あ……すごい。結の気持ち、こんなに近く感じる……)
胸の奥がじんわり温かくなって、逆に、ボクの心も結にダイレクトに流れていくのが分かった。
(これが……共鳴率が上がったってやつなんだ)
嬉しいも、不安も、今ここにいてくれる喜びも、全部が混じり合って、二人で一つになったような気がした。
リンクで増幅した魔力が、ボクの体から溢れてくる。
左手の指先から、肩口から、腰から薄い霧みたいな魔力がうねり、まるで生きているみたいに、右腕の断面から、両足の断面から、魔力による手足がゆっくりと形作られていく。
半透明の光の腕と脚。
ボクがイメージしたとおりの形で、なめらかに伸びていく。
それは人間の腕より少し細くて、でも、しなやかで美しいラインを描いていた。
ボクは、魔力の手足を地面にそっとついて、ゆっくりと立ち上がった。
まるで初めて自分の足で立った子供みたいな高揚感。
ちょっとだけ嬉しくなって、ふと、頭の中にピンク色の妄想が浮かんでしまう。
(これ、もしこのまま結とえっちなことしたら、すごいんじゃ……魔力の手足、好きな形に変形できるし、気持ちも全部ダイレクトに伝わるし……)
思わず結の耳元にそっと口を寄せて、囁く。
「ねぇ、結……このまま、えっちなことしたらすごそうだよね」
「っ――!?」
結がびくっと震えて、顔を真っ赤にする。
「ま、魔力の手足、好きな形にもできるし……お互いの気持ちも……」
結が耳まで赤くなりながら、言い返してくる
「カ、カナちゃん、集中して! そんなこと言われたら……負けちゃうよ!」
ボクが笑うと、結は小声で囁く。
「……一回だけ、なら……」
今度はボクが赤面した。
そんな2人のやりとりもつかの間、周りからざわっとした視線を感じた。
ボクが立ち上がった瞬間、場の空気が明らかに変わっていた。
リーダーの真嶋さんは、眉をわずかに上げてこちらを見る。
「うわ……あの子、ただのイキリじゃなかった……」
と、玲さん。
巽さんは静か呟いた。
「これは……本気でやらないと喰われるな」
忍さんは、無言のままボクの魔力を観察している。
「……かなかな、エグい強さだな、これ」
遥香は納得したように頷いていた。
結が、ボクの手をぎゅっと握り直す。
リーダーの真嶋さんが、みんなを見回しながら
「――それじゃあ、ルールを説明する」と声を張る。
「今回は全員本気で。武器・魔法・身体能力、制限なし。ただし致命傷になる攻撃は避けること、互いの安全最優先。彼方くんだけは魔力四肢が主武装。全員がまとめて彼方くんに挑む」
「なお、倒された場合はすぐにリタイアを宣言し、最後まで立っていた方が勝者となる。準備ができたら、各自所定の位置につけ」
真嶋さんの号令に、全員が自分のバディとリンクを繋ぎ各自のスタート地点へと散っていく。
玲さんは「よーし、全力で後輩ちゃん倒しにいくよ~!」とやる気満々。
巽さんと忍さんも、静かにうなずき合う。
遥香と沙織さんも、学生組の意地を見せようと肩を並べていた。
ボクも、リンクで増幅した魔力を体に満たしながら、
静かにみんなの向かい側に立つ。
(全員、本気でボクを倒しに来るんだ……それがなんだか楽しみだ)
全員の呼吸と魔力がぶつかり合い、空気がぴんと張り詰めていた。
静寂の張り詰めた訓練所。
真嶋さんが静かに右手を上げ、
「――では、始め!」
その一声が落ちた瞬間、空気が一変した。
リンクで繋がった結の視界が、まるで自分の目で見ているように感じられる。
(あ……これが、パス越しに“結の視点”が流れ込んでる感覚……)
後ろ、真横、上空――どこからでも“自分自身”の動きが俯瞰できて、
ボクの体がどんな風に見えているか、隅々まで把握できる。
死角が、どこにもない。
左手は生身のまま。
だけど右腕も両足も、今は魔力でできた自分だけの“新しい体”だ。
(結の気持ちも、呼吸も、全部伝わってくる――
ボクのドキドキも、結にぜんぶ流れてるんだろうな)
そのまま、魔力の足を地面に“ぐっ”と踏みつけて、
――瞬間、床がバウンドしたように体が跳ね上がる。
魔力の足が空気を蹴って、まるで弾丸みたいに駆け抜ける。
ボクの体は空中で一回転して、真嶋さんの正面に着地。
左手のバランスを使いながら、魔力の指を“ブワッ”と十数本生やし、槍のように細長く変形させる。
そのまま、真嶋さんの喉元ギリギリ――「触れたら痛いよ?」とでも言いたげにピタリと止める。
同時に右脚を伸ばしながら、今度は玲さんの正面に魔力の“槍”を突きつけ、
芹沢さん、忍さん、そして遥香へと――
一人一人の急所めがけて、刹那ごとに魔力の槍を形成し、寸止めでピタリ。
体育館の床を“タタッ、タタタッ”と魔力の足音だけが響く。
ほんの数秒で全員の目前に槍先が並ぶ。
“防御すら間に合わなかった”という顔で、みんながボクを見つめていた。
「勝負あり」
真嶋さんの静かな声が響く。
その場の空気が、一気に弛緩した。
「……え、もう終わり?」
玲さんが目をぱちくりさせる。
芹沢さんも「見事だ、朝霧くん」と静かに微笑む。
忍さんは小さく頷き、
遥香も「……やっぱり、カナちゃんすごい」とぼそっと呟く。
沙織さんは「妹が最強すぎて困るなあ」と笑った。
誰も悔しがる暇もなかった。
圧倒的、完敗。
誰の目にも文句なしに“一番強いのは彼方”――そんな空気が広がっていた。
ボクは魔力の手足を揺らしながら、結の方に振り向く。
「えへへ」
自慢げにブイサインを送ると、
結が満面の笑顔で拍手してくれる。
「カナちゃん、かっこよかったよ!」
その言葉に思わず顔がにやける。
すると、玲さんが「ちぇー! 後輩に圧倒的な差で負けちったなぁ!」と笑い、
「この恨みはもう1人の後輩で晴らすしか無いなぁ」と、にやりと遥香の方を振り向く。
遥香は「えぇえ!? や、やめてよ玲さん……!」と後ずさる。
沙織さんが「はるはるがんばれー」とのんきに声援。
体育館はしばらく、みんなの笑い声と拍手で包まれていた。
模擬戦の空気が少し和んだあと、
今度は玲さんと遥香が前に出て、
剣を握り合いながら向かい合った。
玲さんは細身の片手剣を軽々と回して構え、
遥香は両手で真剣に柄を握って、背筋をピンと伸ばす。
その顔には、少しだけ緊張と高揚が混じっていた。
沙織さんが小声で「はるはる、思いっきりやんな!」と声をかけ、
彼方であるボクと結も「がんばれ、遥香!」とエールを送った。
玲さんはニッと笑い、「じゃあ、後輩ちゃん、遠慮なく来てね!」と余裕の表情。
瀬名さんが「ケガしないでくださいね…」と小さく釘をさす。
「始め!」
真嶋さんの号令で、一気に間合いが縮まった。
玲さんが軽快なフットワークで横に回り込み、斜め下から一閃。
遥香は正面から正確に受けて、火花が舞う。
「うまいね、遥香ちゃん!」
玲さんは剣をはじかれても笑顔で、すぐさま左回りで懐に潜り込む。
得意のスピードとフェイントで、剣先を遥香の肩口へ――
「っ!」
遥香はぎりぎりで剣を逆手に返し、玲さんの刃を受け流す。
床を蹴って大きく下がり、真正面からまた構え直す。
玲さんがすかさず飛び込む。
「まだまだ!」
連撃。斬撃、突き、足払い。
どれも鋭いが、遥香は全て正面で受けては弾き、体幹で踏みとどまる。
剣同士がぶつかるたび、金属音と火花が訓練所に響く。
「やるねぇ、やっぱり強いじゃん!」
玲さんが一歩引いた。
今度は遥香が、一瞬だけ重心を低くする――
(動く!)
遥香の踏み込み。
「えっ――!」
玲さんの虚をついて、剣を斜め下から上へと一気に振り上げた。
玲さんがとっさに受けるが、剣先がその手元をはじき、玲さんの身体がバランスを崩す。
その隙を逃さず、遥香が一歩踏み込み、玲さんの肩口にピタリと剣先を突きつけた。
「――勝負あり!」
真嶋さんの声。
玲さんが一瞬ぽかんとした後、「……えっ?」と剣を見つめる。
沙織さんが「はるはる、やったじゃん!」と真っ先に抱きつく。
遥香は呆然としながら「……勝っちゃった」と、ぽつり。
彼方であるボクも「すごい! 本当にやったね!」と拍手した。
結も「遥香ちゃん、かっこよかった!」と声をかけている。
玲さんは剣をおろし、
「え、ちょっと待って? 真嶋さんにも巽さんにも勝てないから……もしかして私一番弱い!?」
「えーやだー!」
と叫びながら、後ろにいる瀬名さんに抱きついて、
「慰めて~!!」と子供みたいにぐずる。
瀬名さんは苦笑いしつつ、
「はいはい、お疲れさま玲さん」と背中を軽く叩いていた。
遥香は沙織さんに何度も頭を撫でられ、
ボクも思わずにっこり。
「遥香、本当にすごかったよ!」
「ありがとう……なんか、夢みたい」
遥香の顔がほんのり赤くなり、
結も「すごく良い動きだったよ」と優しく微笑んだ。
みんなの拍手と笑い声が、訓練所いっぱいに響いた。
遥香が勝利の余韻で少しだけ戸惑っていると、
沙織さんが嬉しそうに「よくやったね、はるはる!」と肩を叩く。
ボクと結も拍手を送るなか、遥香は照れ笑いしながら頭をかく。
「……でも、私、多分真嶋さんとか巽さんには絶対勝てないと思うので、やめときます」
ぽつりと遥香が言った瞬間、玲さんががばっと顔を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! つまり私には勝てると思ってたってこと!? ねぇ遥香ちゃん、それどういうこと!?」
玲さんの顔が半分涙目になっている。
すかさず瀬名さんが冷静にツッコミを入れる。
「いや、玲さん、実際負けてますから……」
玲さんが「ぐぬぬ」と唸るのを、遥香は申し訳なさそうに「ごめんね……」と小さく手を合わせる。
そんなやりとりを横目に、大人組――
真嶋さんと巽さんが、自然に目と目で合図を交わした。
真嶋さんが「じゃあ、学生諸君に大人の技を見せておこうか」と静かに笑う。
巽さんも「軽く流してみよう」と穏やかに応じ、2人はゆっくりとコートの中央に歩み寄る。
真嶋さんの手には重厚な大剣。
巽さんは長身の槍を構える。
2人ともバディと静かにリンクを繋ぎ、その空気が一気に張り詰める。
「始め!」
真嶋さんがまず、鋭く床を蹴った。
大剣の一撃――空気を切り裂くような斬撃が巽さんに迫る。
巽さんは槍の石突きで受け流し、素早く身体を回して間合いを取り直す。
「速い……!」
思わずボクが声を漏らす。
巽さんは大地を踏みしめて真っ直ぐ突きを繰り出し、
真嶋さんはその槍先をギリギリでかわして、剣を横薙ぎに振る。
金属がぶつかる音、振り下ろす力と、跳ね返す技――
どちらも一歩も譲らず、
互いの武器が何度もぶつかって火花が舞う。
槍が長い間合いから次々と突きを繰り出し、
真嶋さんは力で押し返しつつ、大剣を素早く切り返す。
時に正面から激しく打ち合い、時に互いの足さばきで翻弄し合う。
「すごい……」
遥香が小さく呟いた。
玲さんも「やっぱ本職はレベルが違うなぁ」と素直に見とれる。
バディたちも静かに見守る中、
真嶋さんがふっと後ろへ跳び、巽さんも槍を構え直して間合いを取る。
しばし無言のまま睨み合い――
やがて、どちらからともなく武器を下ろした。
「……このへんでいいか」
真嶋さんが笑い、巽さんもうなずく。
「充分、若い子たちにも見せられたろう」
拍手が自然と起きた。
ボクも思わず「すごい……」と呟いた。
大人たちの本気と技術、間合いと力――
本物のプロの凄さを、肌で感じた気がした。
全員が模擬戦を終えて、訓練所にひときわ静かな余韻が広がった。
大人たちの本気の戦いも、ボクのちょっとした騒ぎも、
それぞれが心に残る“はじまりの日”だった。
真嶋さんが中央で腕を組み、静かに全員を見回す。
「……さて、彼方くんの件もあったが、今日は大きな問題もなく顔合わせと模擬戦を終えることができた。
みんな、お疲れさま。今日のところはこれで解散にしよう」
落ち着いた声に、みんながほっと息をつく。
玲さんは瀬名さんにしがみつきながら「いやぁ、強い後輩が入ると刺激的だね!」と笑い、
巽さんと忍さんも「みんなよくやった」と穏やかに声をかけ合っている。
遥香は、沙織さんと顔を見合わせ「頑張ったね……!」と小さく拳を握る。
ボクも結と手をつないで、充実感とちょっとした誇らしさを胸に感じていた。
「みんな、今日はありがとう。また次の訓練で」
真嶋さんがそう言うと、全員が自然に「お疲れさまでした」と口々に返した。
訓練所の扉が開き、夕焼けの光が差し込んでくる。
「カナちゃん、今日は本当にすごかったよ」
結が優しくボクの手を握りながら言ってくれる。
ボクはえへへと笑って、
(また明日から、新しい毎日が始まるんだな)
そんな気持ちで、仲間たちと一緒に訓練所を後にした。




