顔合わせ
ボクが話し終えると、会議室は静まり返っていた。
しばらくして、悪魔対策課の職員が、手元の書類を見ながら、慎重に口を開く。
「――彼方さん。悪魔の王というのは、どういう存在だと説明されましたか?また、いくらでも新しい悪魔が生まれるというのは、どういう意味か、悪魔は言っていましたか?」
ボクは少し考えて、
「王がいる限り、いくらでも私たちは生み出せるって言ってました。たぶん、悪魔の世界の本当のボスみたいな人で、あなたたち人間を全部追い出すのが目的だって――」
答えながら、自分でも少し怖くなる。
職員が頷く。
「悪魔の世界という表現もあったんですね」
「はい。別の世界から来たって。元いた国を追われたとか、新しい土地が必要だって……。だから、人間はただの邪魔者みたいな扱いでした」
職員はメモを取りつつ、さらに確認する。
「……あなたが捕まっていた間、悪魔は人間の特性や限界を研究していたと言いましたね。具体的にどんなことをされましたか?何か実験らしいこと、他に気になった言葉は?」
ボクは少し声を落とす。
「体を壊したり、痛みがどこまで耐えられるかとか……どこまで壊れるか見たいって言ってて、声や反応を観察するのが好きって……。ボクが叫ぶと、もっと壊してみたくなるとか、そんなことばっかり言ってました」
空気がさらに重くなる。
先生が、さりげなくボクと結の背中をそっとさする。
職員は少しだけため息をつきながら、続ける。
「――最後に、彼方さん。あなたが力を得て逆転できたのは、共鳴率の高まりから魔力が大幅に増幅された、という理解でよいでしょうか?」
ボクは大きく頷く。
「はい。結と繋がってなかったら、絶対負けてました。痛いのも、苦しいのも、全部結に会いたいって思いで我慢できて、なんか、気がついたら体が勝手に動いたみたいな感じで……」
結が横で、少しだけ涙をにじませて、ボクの手を握ってくれた。
職員は優しい声でまとめてくれた。
「……ありがとうございました。あなたのおかげで、悪魔たちの目的と、こちらが直面している脅威が分かりました」
「……はい」
ボクは小さく返事をする。
最後に、職員が皆に向き直り、
「今後は王という上位存在と、その配下の悪魔たち、それに対してどう戦うか、我々が一丸となって考える必要があります」
そう静かに言い切った。
会議室は、やっと少しだけ明るさを取り戻した。
職員の話が一段落したところで、
もう一人のベテランらしい職員が口を開いた。
「……さて、彼方さん、結さん」
ボクと結は揃って顔を上げる。
「君たちは、今まで通り普通の学生班で活動してもらうのは、正直なところ難しいと判断しました」
ボクは思わず「え?」と声が漏れる。
「理由は明白です」
職員は丁寧に、でもはっきり言った。
「君たちは既に、通常の学生や一般班員をはるかに超える力を持っていますし、普通の班に混ぜれば、どうしても浮いてしまうし、本来の実力や能力も、うまく発揮できません」
結が小さく頷いている。
「なので、君たちには新設される精鋭部隊で活動してもらうことになりました。今後は学生としてではなく、正規の対策戦力として扱います。待遇も一般の学生とは異なりますが、それだけ責任も増えます。もちろん、これからも二人一緒です」
隣の結が、ボクの手をきゅっと握ってくれる。
職員はさらに、優しく続けた。
「ちなみに、同じく学生の中で特に優秀とされる早乙女遥香さんも、この精鋭部隊に配属されることになっています。遥香さんもバディと一緒に配属ですし、同じ学生どうし、寂しい思いをすることもないでしょう」
その言葉に、ボクも結も少し安心した。
「他にも、各分野から選抜された隊員が新しく班を組みます。今後は訓練も実戦も、これまで以上に厳しくなるでしょうが、それだけ、みんなで本気で生き残るために協力し合っていくチームです」
結がボクを見て、ほっとしたように微笑んだ。
(結と一緒に、遥香や、知らない仲間たちと……新しい毎日が、ここから始まるんだ)
ボクの胸が、少しだけ高鳴った。
会議が終わって、職員が「それじゃあ、早速これから精鋭部隊の顔合わせを――」と切り出した瞬間、
なぜか、その場にいるみんなが、どこか申し訳なさそうにボクたちを見ていた。
(え、なんだろう……?)
結の方をちらっと見ると、結も「どうしよう」という顔で下を向いてる。
ボクはちょっとだけ首をかしげて――
(……まさか……)
――髪、ボサボサ。
制服、ボタンがちゃんと留まってない。
――どう考えても「準備不足」まる出しだ!
ボクは慌てて手で髪を整えようとしたけど、うまくいかない。
思わず、立ち上がりかけた結の袖を引いて小声で言う。
「結、……これ、やばいよね」
「うん……」
2人で小さく顔を見合わせる。
そのまま職員さんに向かって、
「す、すみません、少しだけ準備してきてもいいですか……?」
思いきってお願いすると、職員さんも、先生も、ほっとした顔で「ええ、もちろん。ゆっくり整えてきてください」と優しく頷いてくれた。
結と2人で頭を下げて、会議室をそそくさと出る。
結もボクも、部屋に戻るまでずっと顔を赤くしていた。
身だしなみをなんとか整えて、
結と一緒に案内された部屋のドアを開けると、もう何人か中に集まっていた。
まず一番に目に入ったのは――遥香。
学生服姿で、落ち着かない様子で立ったまま、ボクと結が来るのを待っていた。
(遥香……)
ボクと目が合った瞬間、遥香はびくっと肩を揺らし、けれどどこか安心したような顔もして――
でもすぐ視線を泳がせて、もじもじと何か言いたげにしている。
その隣には、遥香のバディ。
ちょっと面倒くさそうに溜息をついて「ほら、話しかけたいなら声かけなよ」とでも言いたげに、遥香を横目でじっと見ている。
(遥香も、やっぱり緊張してるんだ……いじめのことも、ボクにどう思われてるか気になってるんだろうな)
結がそっとボクの手を握る。
「大丈夫だよ、カナちゃん。ちゃんと普通に挨拶しよう」
「うん……」
ボクたちが入ってきたのに気付いて、今度は大人の隊員たちが一人ずつこちらを振り返る。
最初に落ち着いた雰囲気の男性が近づいてきた。
「君たちが彼方さんと結さんだね。初めまして――新チームのリーダーを務める真嶋統吾だ。よろしく頼む」
後ろにはクールでスラリとした女性――
「バディの遠野紗夜です。よろしくお願いします」
真嶋さんは柔らかく微笑み、
紗夜さんは静かな目でボクたちを見つめていた。
続いて、明るい雰囲気の女性が近づく。
「学生の後輩、かわいがるの楽しみにしてたよ!水原玲、よろしくね!」
隣の男性は少し肩をすくめて苦笑しながら
「……瀬名和馬です。よろしく頼みます。水原がうるさくてすみません……」
水原さんが「ちょっと!」とつっこんで笑い合う。
最後は、包容力のある穏やかな雰囲気の年上男性。
「芹沢巽です。もう長いことやってるけど、若い力に期待してるよ」
その隣には、口数は少なそうだけど優しげな年上女性――
「……芹沢忍(芹沢 しのぶ)です。何かあれば、いつでも声をかけて。一応この朴念仁の妻です」
忍さんは巽さんを指さして、微笑ながら言う。
(これが――これから一緒に戦う仲間たちなんだ)
大人たちはそれぞれ、頼りになりそうな空気を漂わせていた。
遥香は、そんな大人たちにも圧倒されてるのか、
なかなかこちらに近づいてこない。
ボクはちょっとだけ迷って、それでも自分から手を上げてみる。
「……おはよう、遥香。バディさんも、よろしく」
遥香は一瞬きょとんとして、それから、顔を赤くしてうなずいた。
「……う、うん。……よろしく、カナちゃん」
バディが横で「やっとか」と呆れた顔で笑う。
結が小さく耳打ちしてきた。
「カナちゃんは、やっぱり優しいね」
「そうかな……?」
新しい日常が、少しだけ楽しみになってきた。
自己紹介もひと段落して、部屋にふんわりとした空気が流れる。
ボクは、隣でもじもじしている遥香に、少しだけ冗談っぽく声をかけてみた。
「ねぇ、遥香。ほら、ボク、高等部に上がってから色々あったじゃん。その後もバタバタしてたし……。改めてバディ、ちゃんと紹介してくれる?」
わだかまりがすっかり消えたからこそ、今こうして笑いながら言える。
遥香は一瞬びっくりした顔をして、すぐに顔をほころばせて、隣の女性に向き直る。
「うん。――私のバディ、山野 沙織さん。一つ上の学年で、お姉ちゃんみたいな人なんだ」
沙織さんはにっと笑って、遥香の肩にぽんと手を置く。
「はるはるが迷惑かけてない? この子、実はものすごく甘えん坊でさ、手がかかるけど放っとけなくてね。妹がもう一人できたみたいで、毎日楽しいよ」
「もー、やめてよ沙織さん……」
遥香がちょっと恥ずかしそうに顔を赤くする。
「かなかな、よろしくね。何かあったら、はるはるだけじゃなくてあなたのことも全力で守るから」
沙織さんの声はとても頼もしくて、
隣の結が小さく「いい人そう」とつぶやいた。
ボクは思わず笑いながら、
「ありがとう、沙織さん。ところでかなかなってボクのこと? じゃあ結はゆいゆいだね!」
結が「え、ゆいゆい?」ときょとんとして、
沙織さんがすぐに乗っかる。
「そうそう、はるはるに、かなかな、ゆいゆい! 妹が一気に増えたみたいで毎日が楽しそう!」
遥香が「またそうやって増やす~」と頬をふくらませ、
結は少しだけ照れながら「よろしくお願いします、沙織さん」と返した。
ボクたちのやりとりを見ていた先輩や大人たちは「あだ名は沙織さんの専売特許ってことですね」と、優しく微笑んでいた。
みんなの自己紹介が終わって、部屋の空気が少し和んだころ、真嶋リーダーが手を叩いて言った。
「さて、ここからは軽く腕試しといこうか。せっかく新しい仲間も加わったし、実力を知っておくのは大事だ」
訓練所を借り切っての模擬戦――そんな話が出た瞬間、玲さんが待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「わ、やったー! どうせならこのまま戦闘力ランキング決めちゃいましょーよ!後輩ちゃんたちにも大人の底力ってやつ、見せてあげたいしね!」
ボクは思わず吹き出しそうになった。
玲さんはどこまでもノリが良くて、無邪気な笑顔で腕まくりしている。
「ちょ、玲さん!」
瀬名さんが慌てて止めに入る。
「そんな、いきなり順位付けとか、張り合いすぎじゃ……」
「いーのいーの。真剣勝負ってことで! この子たち強いって噂だし、むしろ大人側も燃えてるはず!」
玲さんは瀬名さんの腕をくいっと引っ張り、大人組のほうをぐるっと見回した。
芹沢さんは穏やかに笑い、忍さんも静かに目を細めている。
遥香はちょっと緊張気味に背筋を伸ばし、沙織さんが、背中をポンポンしている
「がんばれはるはる!」
ボクは、思わずリーダーの真嶋さんを見る。
彼は口元だけで軽く笑う。
「……ま、それもありだな。せっかくだし、初日は思いっきりやってみてくれ」
とあっさり許可を出した。
玲さんは小さくガッツポーズ。
ボクも内心ワクワクしながら手を挙げる。
「リンク――ありですか?」
真嶋さんが「どちらでも構わん」と頷く。
ボクは少しだけ肩をすくめる。
「いや、ありだと……たぶん、ボクと勝負しても面白くないと思います。もちろん、無しだと勝負にならないですが。この体なので」
皮肉も混じった自虐を入れてみる。
みんなの反応が一瞬止まったけれど、玲さんがすぐに明るく受け止める。
「かなかな、そうやって自分下げて油断させる作戦でしょ?むしろそういう子が一番強かったりするんだって!」
沙織さんも「はるはるも負けないよ~」と遥香の背中を押す。
結はボクの横で「カナちゃん強すぎるもんね」とにっこり微笑む。
真嶋さんが前に出て、全員の顔を見回す。
「じゃあ、まずは前衛組で軽く手合わせだ。俺真嶋統吾、水原玲、芹沢巽、早乙女遥香、朝霧彼方。この5人で、順番に勝負してもらう。バディは応援とサポートのみ、力の使い方をよく見ておくこと」
その声にみんなが頷く。
体育館に移動しながら、
玲さんが「よーし、後輩ちゃんたちに負けないぞ~!」とやる気満々。
瀬名さんは頭を抱えつつも「頼むから無茶はしないで……」と呟いていた。
ボクは体育館の光を浴びながら、胸が少し高鳴る。
(こんなに本格的に大人と本気で戦うなんて、なんだか新鮮だな)




