表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

SF短編集

老人のライフポイント

なんでもかんでも数値化される世の中って、息苦しいよな。もし、人の命までポイント制になったら?

 私の人生の残り時間は、あと七日だった。


 この国では、全国民の左手首に、生まれた時から「ライフポイント(LP)」が表示される。生きているだけで、一日につき1LPを消費する。LPは、労働によって得られる。必死に働き、LPを貯め、定年後の余生を過ごす。そして、LPがゼロになった時、その人間は社会福祉局の管理下で、穏やかに「リサイクル」される。それが、この国のルールだった。


 私、斎藤は、しがない時計技師だった。真面目に働き、LPを貯めてきたつもりだったが、不景気と病気には勝てなかった。治療費でLPは底をつき、ついに、リサイクルの日を迎えることになった。


 後悔はない。ただ、一つだけ心残りがあるとすれば、作業場の隅に積まれた、ガラクタの山のことだった。


 旧世代の家庭用コンパニオン・ボット。犬や猫の形をした、愛らしいロボットたちだ。とっくにサポートは終了し、今ではスクラップとして捨てられるだけの存在。私は、そんな彼らを拾い集め、修理するのが、唯一の趣味だった。もちろん、LPには一ポイントにもならない、完全な道楽だ。


 残り一週間。私は、最後に一体だけ、修理することに決めた。翼の折れた、鳥型のロボット。今までで一番、壊れ方がひどいやつだ。


 私は、黙々と作業に没頭した。埃まみれの回路を磨き、切れた配線を繋ぎ直し、動かなくなったモーターに油を差す。LPのことなど、もうどうでもよかった。ただ、この子の、もう一度空を夢見る翼を、直してやりたかった。


 リサイクル当日の朝。


 ついに、鳥型ロボットの目が、青い光を灯した。


 ――キュピ!


 小さな電子音と共に、ロボットは私の指に、その金属のくちばしをすり寄せた。


 その時。


 私の手首のLPカウンターの隅に、見たこともない表示がポップアップした。


【感謝プロトコルを受信:0.001LPを獲得しました】


「……え?」


 ゼロになる一方だった私のLPが、ほんの僅かだが、増えている。私は、作業場にいる、他のロボットたちを見回した。これまで、私が修理してきた、何十体もの、ガラクタだったはずの友人たち。


 まさか。


 私は、一体一体、彼らの電源を、次々と入れていった。


「ワン!」「ニャー!」「ピヨピヨ!」


 作業場が、懐かしい電子音で満たされていく。そして、その度に、私の視界に通知が飛び込んでくる。


【感謝プロトコルを受信:0.001LPを獲得しました】

【感謝プロトコルを受信:0.001LPを獲得しました】

【感謝プロトコルを受信:0.001LPを獲得しました】


 ちりも積もれば、とはよく言ったものだ。何十年も続けてきた、無駄で、誰にも評価されなかった私の趣味。その一つ一つが、今、私に「ありがとう」と、命そのものを返してくれている。


 私のLPは、みるみるうちに回復していく。


 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。社会福祉局の職員が、私を迎えに来たのだ。


「斎藤様。お時間です」


 扉を開けた職員は、絶句した。


 私の周りを、おびただしい数のロボットたちが、嬉しそうに飛び跳ね、歩き回っている。そして、私の手首で輝くLPカウンター。その数値は、私が全盛期だった頃よりも、遥かに多いポイントを示していた。


 職員が、信じられないものを見る目で、私に尋ねた。

「……あなた、一体、何をしたんですか?」


 私は、膝の上の鳥型ロボットを優しく撫でながら、ただ、穏やかに微笑んだ。

「ただ、好きなことを、してきただけですよ」


 この社会のシステムでは、価値がないとされた、僕のささやかな愛情。それこそが、僕の人生を、もう一度、動かし始めたのだった。

ポイントや金じゃ測れない、価値ってやつがあるんだよな。自分の「好き」を貫くことが、一番の生きる力になるのかもしれねえ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ