老人のライフポイント
なんでもかんでも数値化される世の中って、息苦しいよな。もし、人の命までポイント制になったら?
私の人生の残り時間は、あと七日だった。
この国では、全国民の左手首に、生まれた時から「ライフポイント(LP)」が表示される。生きているだけで、一日につき1LPを消費する。LPは、労働によって得られる。必死に働き、LPを貯め、定年後の余生を過ごす。そして、LPがゼロになった時、その人間は社会福祉局の管理下で、穏やかに「リサイクル」される。それが、この国のルールだった。
私、斎藤は、しがない時計技師だった。真面目に働き、LPを貯めてきたつもりだったが、不景気と病気には勝てなかった。治療費でLPは底をつき、ついに、リサイクルの日を迎えることになった。
後悔はない。ただ、一つだけ心残りがあるとすれば、作業場の隅に積まれた、ガラクタの山のことだった。
旧世代の家庭用コンパニオン・ボット。犬や猫の形をした、愛らしいロボットたちだ。とっくにサポートは終了し、今ではスクラップとして捨てられるだけの存在。私は、そんな彼らを拾い集め、修理するのが、唯一の趣味だった。もちろん、LPには一ポイントにもならない、完全な道楽だ。
残り一週間。私は、最後に一体だけ、修理することに決めた。翼の折れた、鳥型のロボット。今までで一番、壊れ方がひどいやつだ。
私は、黙々と作業に没頭した。埃まみれの回路を磨き、切れた配線を繋ぎ直し、動かなくなったモーターに油を差す。LPのことなど、もうどうでもよかった。ただ、この子の、もう一度空を夢見る翼を、直してやりたかった。
リサイクル当日の朝。
ついに、鳥型ロボットの目が、青い光を灯した。
――キュピ!
小さな電子音と共に、ロボットは私の指に、その金属のくちばしをすり寄せた。
その時。
私の手首のLPカウンターの隅に、見たこともない表示がポップアップした。
【感謝プロトコルを受信:0.001LPを獲得しました】
「……え?」
ゼロになる一方だった私のLPが、ほんの僅かだが、増えている。私は、作業場にいる、他のロボットたちを見回した。これまで、私が修理してきた、何十体もの、ガラクタだったはずの友人たち。
まさか。
私は、一体一体、彼らの電源を、次々と入れていった。
「ワン!」「ニャー!」「ピヨピヨ!」
作業場が、懐かしい電子音で満たされていく。そして、その度に、私の視界に通知が飛び込んでくる。
【感謝プロトコルを受信:0.001LPを獲得しました】
【感謝プロトコルを受信:0.001LPを獲得しました】
【感謝プロトコルを受信:0.001LPを獲得しました】
ちりも積もれば、とはよく言ったものだ。何十年も続けてきた、無駄で、誰にも評価されなかった私の趣味。その一つ一つが、今、私に「ありがとう」と、命そのものを返してくれている。
私のLPは、みるみるうちに回復していく。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。社会福祉局の職員が、私を迎えに来たのだ。
「斎藤様。お時間です」
扉を開けた職員は、絶句した。
私の周りを、おびただしい数のロボットたちが、嬉しそうに飛び跳ね、歩き回っている。そして、私の手首で輝くLPカウンター。その数値は、私が全盛期だった頃よりも、遥かに多いポイントを示していた。
職員が、信じられないものを見る目で、私に尋ねた。
「……あなた、一体、何をしたんですか?」
私は、膝の上の鳥型ロボットを優しく撫でながら、ただ、穏やかに微笑んだ。
「ただ、好きなことを、してきただけですよ」
この社会のシステムでは、価値がないとされた、僕のささやかな愛情。それこそが、僕の人生を、もう一度、動かし始めたのだった。
ポイントや金じゃ測れない、価値ってやつがあるんだよな。自分の「好き」を貫くことが、一番の生きる力になるのかもしれねえ。