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6 目覚めた最凶最悪の魔物

「ライちゃん!」

 ピンク色の光に包まれていたライカが目を開き、鏡太朗とさくら、人間の姿の河童(かわわらわ)が喜びの声を上げた。ライカを抱えてしゃがんでいるグリーンマンの左胸にある大きな花が、ピンク色に光っていた。

「このピンクの花は『命花』だ。この花の光で、私の生命エネルギーを他の者に分け与えることができるのだ。生命エネルギーを受け取った者は、怪我や病気から回復することができる」

 命花の光が消えたグリーンマンの顔には、皺ができていた。グリーンマンは倒れているじーちゃんの隣まで歩いて行くと、両膝をついて、じーちゃんに両手を当てた。再び命花が光り、じーちゃんの全身がピンクの光で包まれた。

 光が消えた時、起き上がったじーちゃんの顔は四十歳くらいに若返っており、グリーンマンの顔には皺が増えていた。

「じ、じーちゃん、起き上がって大丈夫だきゃ?」

「太郎! さっきの怪我も、心臓の苦しさも消えてしまった。健康になって、体も若返ったようだ。あんた、ありがとう」

 礼を言われたグリーンマンは、優しく微笑んだ。

「じーちゃん! よかっただきゃあああああ!」

 河童(かわわらわ)は泣きながらじーちゃんに抱きついた。

「じーちゃんがいなくなるかと思っただきゃ! 今まで嫌なことがあると、いつもじーちゃんに当たって、じーちゃんに辛い思いや、悲しい思いをいっぱいさせてきただきゃ! ごめんなさいだきゃあああああああっ!」

「太郎。じーちゃんこそ、太郎に辛い思いや悲しい思いをたくさんさせて、済まないと思っている。太郎に言われたことが辛い、悲しいと思ったことは一度もないよ。苦しんでいる太郎のために何もできなくて、自分の無力さに打ちのめされ、それがとても辛く、悲しかったんだ」

 じーちゃんは涙を流しながら、河童(かわわらわ)の頭を優しく撫でた。

 グリーンマンは優しい笑みを見せた。

「君たちは、私たちが今までに出会ってきた人間たちとは違うようだ。今度は、あいつらも回復させてくるよ」

 グリーンマンは、砂浜で気絶している火車やカマイタチの方へ歩いて行った。


 もみじは、移季節(うつろうきせつ)神社の本殿で老神主と向かい合っていた。

「お聞きしたいことがあるのですが……」

「おおーっ! そうだ、思い出したよ! ぼたんさんに聞いたよ。小学生の頃、野球場を爆破したんだって?」

 もみじは、老神主が振った話題に激しく動揺した。

「い、いや、それはちょっと違います……。小学5年生の時に、学校行事でプロ野球の観戦をすることになったんですよ、学校が招待されたとかで。で、始球式で投球する児童にあたしが選ばれたんですが、小学生だからってナメられちゃーいけねぇって思って、ありったけの霊力を込めてボールを投げたら、ボールが異常な超高速回転をして、空気摩擦で燃え上がって、キャッチャーに届く前に燃え尽きちまったんです。その直後、津波のような大きな衝撃波がキャッチャーに向かって行ったんですが、強烈過ぎて、グラウンドも、客席も、全部爆発したみたいに木っ端みじんに吹っ飛んじまって……。バッターもキャッチャーも審判も、観客も、何十メートルも吹っ飛んじまったんです。怪我人が出なかったのが奇跡でした。さすがに、あれはやり過ぎたと反省しましたよ。結局、原因不明の爆発事故ということになったんですが、あんなことになるなんて想像もしていませんでした」

 もみじは深く反省しながら、真摯に語った。


 砂浜では、人間の姿の火車と二十体の魔物の子どもが見守る中、グリーンマンの胸の花が輝きを放っており、グリーマンの両手から放射されるピンクの光が、カマイタチを包んでいた。カマイタチ三兄弟が同時に目を覚まし、魔物の子どもたちが笑顔を見せた。

「弟たちよ、俺が自由に動く番だ。しばらく休んでいろ」

 長男がそう言うと、次男と三男の上半身が小さくなって体の中に消えていき、長男の上半身だけが残って四足歩行のイタチの姿になった。その時、砂浜が微かに揺れ始めた。

「うわっ、地震だきゃ?」

「隣の島を見るんじゃ!」

 人間の姿の來華が叫び声を上げ、鏡太朗とさくら、河童(かわわらわ)とじーちゃん、グリーンマン、火車、カマイタチ、二十体の魔物の子どもたちが崖で囲まれた隣の島を見ると、正面にある大きな岩が暴れているかのように激しく揺れていた。やがて、揺れが収まった岩から大きな破片が一つ落下し、その直後、獣の咆哮が海に響き渡った。

「こ、この声は……、ま、まさか……」

 グリーンマンが激しく動揺し、魔物の子どもたちは獣の声に怯えていた。

 岩の形が次第に変わっていき、巨大な魔物に変化した。その魔物は牛の胴体に人間の上半身が生え、闘牛に似た頭部には鋭い牙が並び、丸い両目は魚類のように両横についていた。胴には魚のような尾びれがあるしっぽが生え、カニの脚に似た脚が左右に三本ずつ生えていた。その巨体は、体高が三階建ての建物くらいあった。

「う、牛鬼(うしおに)だ……。あの岩には牛鬼が封印されていたのか? 何てことだ。牛鬼の封印が解かれた……」

 呆然として牛鬼を見つめているグリーンマンに、鏡太朗が尋ねた。

「グリーンマンさん、牛鬼ってどんな魔物なの?」

「牛鬼は魔界の海に棲む最凶最悪の魔物だ……。理性がなく、目に入る生き物は魔物だろうが、人間だろうが、ほかの動物だろうが、ひたすら食らい続ける……」

 牛鬼は、水面で気絶して浮かんでいる二体の半魚人を両手でつかむと、丸呑みにした。

「半魚人たちが!」

 そう叫んだグリーンマンは、さくらの方を向いた。

「頼む、子どもたちを林を抜けた場所にある丘の上の私たちの村に避難させてくれ! 他の者は一緒に牛鬼を食い止めてくれ!」


 來華の体が雷に、火車の体が炎に包まれると、同時に戦闘モードに変身した。四足歩行のカマイタチは高く飛び上がると、牛鬼に向けて口から突風を放ち、ライカは雷玉を、火車は火の玉を連続して放ったが、牛鬼はそれらの攻撃が直撃しても全く意に介することなく海に飛び込んだ。牛鬼は、頭を海上に出したまま魚のような尾で海の中を進んで砂浜に接近し、浅瀬に到達すると、カニのような六本の脚で昆虫のように歩いて、鏡太朗たちに近づいてきた。

 鏡太朗は霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)を霹靂之(じょう)にして身構えた。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! この霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)に宿りし御力(みちから)を解き放ち給え!」

 鏡太朗が右手に持つ霹靂之(じょう)紙垂(しで)が逆立ち、その周りに細かい雷が何本も走った。

「霹靂之(いたがこい)!」

 鏡太朗が霹靂之(じょう)紙垂(しで)の側の端を砂浜に突き刺すと、海から上がった牛鬼の周りの砂浜から、二十四本の細い雷が空に向かって飛び出して牛鬼を囲んだ。牛鬼は雷を気にすることなく、細い雷を下から浴びても一切の反応なしに前進を続けた。その直後、二十四本の雷の中央から巨大な雷が空に向かって駆け上り、牛鬼の全身が大きな雷で包まれた。

「か、雷が効かない……」

 愕然とする鏡太朗の視線の先では、牛鬼が雷に包まれながら、平然として歩いて近づいていた。

「太郎、水流砲だ!」

 河童(かわわらわ)とじーさんは緑色のカッパに変身して一緒に水流砲を放ったが、牛鬼は全く構うことなく鏡太朗たちに向かって前進した。牛鬼は突然何かを砂浜に吐き出した。それは動かなくなった二体の半魚人だった。

 グリーンマンが皆に向かって叫んだ。

「牛鬼が食らうのは魂なのだ! 牛鬼は、視界に入った者を体ごと丸呑みにして魂を吸収し、抜け殻になった体はこうして吐き出すのだ。半魚人たちは魂を食われてしまったのだ!」

 宙に浮いている四足歩行の姿のカマイタチが叫んだ。

「よくも半魚人たちを! 三男よ、お前の出番だぜ! あいつを切り刻んじまえ!」

 四足歩行のカマイタチの腰からもう一つの上半身が現れ、大きな鎌になっている左右の前腕を高く構えると、四足歩行の上半身は小さくなって消えていった。

「長男よ! 俺に任せろ!」

「ダメだああああっ! うかつに牛鬼に近づくなあああああっ!」

 グリーンマンは、二つの大鎌を構えて牛鬼に飛びかかっていくカマイタチに叫んだ。

「うっ、動けねぇ……」

 牛鬼のすぐ近くで、カマイタチが金縛りにあったかのように空中で突然動きを止めた。砂浜の上では、カマイタチの影に牛鬼のカニのような脚の先が突き刺さっており、牛鬼が砂浜から足を引くと、砂浜からカマイタチの影が塊になって引き抜かれた。同時に、空中で静止しているカマイタチの体から三兄弟の三つの魂が抜け出したが、その兄弟の魂は、それぞれに後ろ脚があって三体が独立していた。牛鬼が足の先に刺さっている影の塊を手でつかむと、カマイタチ三兄弟の三つの魂は影の塊に引き寄せられて吸い込まれ、牛鬼は影ごと魂を手でつかんで口に運び、丸呑みにした。

 グリーンマンが悔しそうに言った。

「牛鬼の足で影を刺されると、『影抜き』の魔力で影と魂が同時に引き抜かれるのだ……」

 牛鬼の真上から攻撃しようとしていたライカは、影抜きを見て慌てて牛鬼から離れようとした。牛鬼は砂浜のライカの影に気づくと、ライカの影を狙って砂浜に足を踏み下ろした。鏡太朗が悲鳴を上げた。

「ライちゃああああああああああああーんっ!」


 林の奥では、さくらが魔物の子どもたちに丘に向かって進むように促していた。赤いベストを着ている狸に似た姿の子どもが、怯えた顔でさくらを見上げた。

「おねーちゃん、みんなは大丈夫なの?」

「みんなは大丈夫だよっ! だからお家に帰ろうね」

 さくらは魔物の子どもに優しい笑顔を見せると、後ろを振り返って決意した。

『もしも牛鬼に追い着かれたら、あたしが天女之羽衣で食い止めてみせる! 絶対にこの子たちを守り抜くんだ!」


「きゃああああああああああああっ!」

 牛鬼が砂浜にある影に足を突き刺した。その上空では、ライカを押し飛ばした火車が空中で静止していた。

「か、火車! なぜじゃ、なぜわしをかばった?」

「さっきはお前を苦しめてすまなかったよ。どうしてもあの子たちを守りたかったんだ。丘に逃げた子どもたちを守っておくれ。お前を見てたら……、妹のことを思い出したよ」

 戦闘モードの火車の体から優しく微笑む人の姿の火車の魂が引き抜かれ、火車の影と一緒に牛鬼の口の中に消えた。

「火車ああああああああああああああーっ!」

 ライカが涙を散らして叫んだ。


「おねーちゃん! たいへん!」

「どうしたの?」

 袖なしの赤いベストを着た狸に似た子どもが、涙を浮かべてさくらに訴えた。

「ピラコちゃんがいないの!」

「ピラコちゃん?」

「座敷わらし族のピラコちゃんがどこにもいないの!」

「ピラコちゃんはどんな子?」

「人間に似てる色白で黒髪の女の子なの。さっきは水色の着物を着てたの」

 さくらは魔物の子どもたちを見回した。

『いない! 早く探さなくちゃ! 離魂之術で……、いやダメ! ピラコちゃんには魂の姿が見えないかも……。声も聞こえないかもしれない!』

「ピラコちゃんを連れてくるから、みんなはお家に向かって!」

 さくらは砂浜に向かって全力で駆け出した。


 鏡太朗とグリーンマンに向かって砂浜を進んでいた牛鬼は、突然進行方向を変えると、林の方へ進み始めた。

「あれは!」

 鏡太朗が牛鬼の進んでいく先を見ると、木の陰に隠れて怯えている一体の魔物の子どもがいた。その子どもは水色の着物を着ており、見た目が四歳くらいで黒髪の色白な女の子ピラコだった。

「牛鬼ーっ! 俺が相手だ、こっちに来ーいっ! 食うなら俺を食ええええええええっ! 頼むからこっちに来てくれえええええええええええええっ!」

 鏡太朗は絶叫しながら、凄い速さでピラコに迫っていく牛鬼を全速力で追いかけた。恐怖で身動きがとれないピラコのすぐそばまで牛鬼が迫った。


 もみじは、移季節(うつろうきせつ)神社の本殿で老神主と向かい合っていた。

「牛鬼とはそんなに恐ろしい魔物なのですか?」

「うむ。牛鬼を倒すことは至難の業だ。岩と化した牛鬼が海にある魔界との出入口を塞いでいたことが、あの出入口を開こうとする者が現れなかった理由の一つだ。牛鬼が目覚めたら、人間にも魔物にも手に負えない」


 鏡太朗は、ピラコのすぐ目の前に到達した牛鬼を必死に追いかけていた。

『だめだ! 追いつけない!』

 牛鬼は右手を伸ばすと、怯えて動けずにいるピラコをつかもうとした。

「超足!」

 青く光るカッパ姿の河童(かわわらわ)が、牛鬼につかまる寸前のピラコを抱えて助け出した。

河童(かわわらわ)くん! その子をさくらのところへ連れて行って!」

「オラに任せるだきゃああああああっ! 超足!」

 河童(かわわらわ)は青く輝きながら、ピラコを抱えて超速で林の奥へ走り去っていった。


 牛鬼は急に向きを変えて鏡太朗に向かって突進し、牛鬼の巨大な左手が鏡太朗の目前に迫った。目を見開く鏡太朗の視界いっぱいに牛鬼の左手が広がった。

『かわせない!』

 牛鬼は、鏡太朗のすぐ目の前の何もない空間をつかんだ。

「え?」

 鏡太朗が見上げると、グリーンマンが牛鬼の頭の横まで跳び上がっており、牛鬼の頭部の周囲の空間に赤い花粉が漂っていた。

「グリーンマンさんの『惑わせ花』!」

 グリーンマンは牛鬼の後頭部に向けて青く光る種を連射したが、種は硬い皮膚に当たって砕けていった。

「うっ!」

 グリーンマンは突然動きを止めると、地面に落下した。グリーンマンの影は牛鬼の足で砂浜から引き抜かれていた。

「グリーンマンさん!」

 グリーンマンの体から抜け出した魂は、影と一緒に牛鬼の口の中に消えた。

「もう、これしかない! ライちゃん、河童(かわわらわ)くんのおじいさん! 俺から離れて!」

 鏡太朗は上半身裸になると、腹からお札を剥がして砂浜に放り投げた。

「うわああああああああああああっ!」

 鏡太朗の体から黒い雲が滲み出て鏡太朗の全身を包んだ。ライカはハッとして砂浜を見渡し、ソフトボールくらいの大きさの石を見つけると、石まで飛んで行った。

「お札が風で飛んで行ったら、鏡太朗がたいへんなことになるんじゃ!」

 ライカは両前足で石を拾ってお札まで飛ぶと、お札の上に石を置いて鏡太朗と距離をとった。

 黒い雲が鏡太朗の体の中に消えた時、鏡太朗は肌が青黒く、銀色の髪が伸びて下顎には銀色のひげが生え、両目は黒一色になり、コウモリの翼の形の両耳まで大きく広がった口に牙が並んでいる第一形態の怪物に変貌していた。

「ぎゃははははははっ! 力が漲ってくるぜ! よくもあいつらの魂を食らってくれたな! 俺がお前をバラバラにしてやるぜ。覚悟しな」

 第一形態の怪物に変貌した鏡太朗は、好戦的な笑みを浮かべて牛鬼を睨んだ。


 林の中を必死に走ってピラコを探すさくらは、海岸の方から青い光が凄いスピードで近づいてくるのを発見した。

「あれは……、河童(かわわらわ)くん? 河童(かわわらわ)くーん!」

「さくらさんだきゃ!」

 さくらは、目の前に立ち止まった河童(かわわらわ)がピラコを抱えていることに気づいた。

「あなた、ピラコちゃんね?」

「うん! 怖かった……」

 さくらは微笑みながら、涙を浮かべているピラコの頭を優しく撫でた。

河童(かわわらわ)くんお願い! 子どもたちだけで先に村に向かってるの。ピラコちゃんと一緒に子どもたちと合流して、みんなを丘の上にある村まで連れて行って。河童(かわわらわ)くんのスピードだったら、すぐに子どもたちに追いつけるでしょ?」

「任せるだきゃ! 超足!」

 河童(かわわらわ)が丘に向かって走り出すのを見届けたさくらは、海岸に向かって駆け出した。

『あたしも牛鬼を食い止める! 絶対に子どもたちを守るんだ! 待ってて、鏡ちゃん、ライちゃん!』


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