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5 何日でこの世界から人間はいなくなるのかなぁ

 もみじは、移季節(うつろうきせつ)神社の本殿で老神主と向かい合っていた。

「お聞きしたいことがあるのですが……」

「おおーっ! そうだ、思い出したよ! ぼたんさんに聞いたよ。小学生の頃、襲ってきたUFOの大編隊を撃退したんだって?」

 もみじは、ノリノリになって当時のことを語り出した。

「そーなんですよ! 小学5年生の時、下校中にUFOが現れて、発射された光線を浴びたら体が浮き上がって、さらわれそうになったんです。で、一条之稲妻を食らわしてやったらUFOがぶっ壊れちまったみたいで、煙を出して変な動きになって……。その直後、とんでもない数のUFOが出現して空を埋め尽くし、一斉に光線を発射してきたんですよ。そんで、あたしが光線を避けながら桂男之手招かつらおとこのてまねきを遣ったら、UFOの大群が一か所に集まって激しく衝突して、そこにありったけの霊力を込めた一条之稲妻をぶち込んでやったら、みんな煙を出しながら空の彼方へ消えて行ったんですよ!」


「鏡ちゃん! 目を覚まして!」

 鏡太朗はさくらに揺さぶられて目を覚ますと、砂浜から飛び起きた。

「さくら! ライちゃんは?」

 鏡太朗の視線の先では、ライカがうつ伏せに倒れていた。

「ライちゃん!」

「きゃああああああああああああっ!」

「さくら?」

 鏡太朗がさくらの悲鳴の方を振り向くと、さくらは半透明で緑色の巨大アメーバに全身を呑み込まれており、鏡太朗は目を剥いてさくらの名を叫んだ。

「さくらああああああああああっ!」

 さくらはアメーバに砂浜の上へ吐き出され、そのまま身動き一つしなかった。

 鏡太朗はさくらに駆け寄ると、さくらに呼びかけながら肩を揺すった。

「さくら! さくら! 目を開けて!」

 さくらには反応がなく、鏡太朗は恐る恐るさくらの頸動脈に指を当てると、その瞬間に目を大きく見開いた。

『そ、そんな……、脈が……止まってる』

 愕然とする鏡太朗の目の前で、さくらの体からもう一人のさくらが出てきて宙に浮かんだ。その表情は悲しみに深く沈み、目には涙が溢れていた。

「鏡ちゃん……、あたし……死んじゃったみたい」

「え?」

「今話をしているのは……あたしの魂だよ。体が死んじゃったから、体から追い出されちゃった」

「そ、そんな……」

「鏡ちゃん、見て!」

 さくらが指差した先では巨大アメーバの形が変化しており、やがて、さくらと同じ姿に変身した。

「あれはあたしと同じ姿をしているけど、あたしを呑み込んだ魔物が変身した姿だよ。あたしの命も、姿形も、全部吸い取ったみたい」

 巨大アメーバが変身したさくらが、笑いながら言った。

「もらったのはそれだけじゃないよ。さくらの記憶も全部もらっちゃったっ! 鏡ちゃん、だから、あたしは本物のさくらと同じだなんだよ!」

「さ、さくらを元に戻す方法はないのか……?」

 呆然とする鏡太朗の背後から、突然大きな鳥が羽ばたく音が聞こえた。鏡太朗がハッとして振り返ると、目に映ったのは、人間の骸骨の頭を二つ持つ巨大な鳥がさくらの遺体を吞み込んでいる光景であり、巨大な鳥はそのまま空の彼方へ飛び立った。

「さくらの体がああああああああああああああああっ!」

 鏡太朗は現実とは思えない光景を目にして、狂ったように絶叫した。

「あ~あ、食べられちゃったねっ!」

 さくらの姿の魔物が楽しそうに笑いながら言った。

「今のは、生き物の死体を食べる魔物『死食い鳥』だよっ! 人間界では滅多に見られないのに、鏡ちゃんは目撃できてラッキーだねっ! 今日はめっちゃツイてるねーっ!」

 さくらの魂が、煌めく涙を溢れさせて悲痛な表情で鏡太朗をじっと見つめ、体を震わせながら言葉を絞り出した。

「きょ、鏡ちゃん……。体が消えたら……、何だか魂がどこかに引き寄せられていくみたい。お別れの時が……来ちゃったみたい……」

 鏡太朗は信じられないさくらの言葉に愕然とした。

「そ、そんな……」

「鏡ちゃん、あそこにいるのはあたしと同じ姿をしているけど、あたしじゃない。あたしの命を奪った危険な魔物だよ。お願い、あの魔物を倒して。もう犠牲者を出さないで。

 もう行かなくちゃ……。あたしの人生は終わっちゃったけど、鏡ちゃん、いっぱい思い出をありがとう。本当は伝えたいことがいっぱいあったけど……、でも……伝えたら逆に悲しくなりそうだから……、だから……、このまま行くね。さよなら鏡ちゃん!」

 キラキラと輝く涙を流し続けるさくらは、深い悲しみに満ちた微笑みを浮かべたまま次第に透き通っていった。

「そんな、嫌だ……。行かないで、さくら……」

 涙を流して手を伸ばす鏡太朗の前で、さくらの魂は小さな光の粒になって天高く飛んで行った。

「さくらああああああああああああああああああああああああっ!」

 鏡太朗は胸が張り裂ける思いで声の限り絶叫すると、崩れるようにその場に座り込んだ。

「そんな、そんな……。こんなに急にさくらとの別れの時がくるなんて……。さくらの人生が突然奪われるなんて! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 鏡太朗は涙を流しながら立ち上がると、燃え上がるような怒りの表情で霹靂之(じょう)を構えた。その様子を目にしたさくらの姿の魔物は、驚いた顔を見せた。

「鏡ちゃん……、どうしたの? あたし、さくらだよ。何をそんなに怒っているの?」

「お前はさくらじゃない!」

「何言ってるの? あたし、さくらだよ。変だよ、鏡ちゃん」

 鏡太朗は霹靂之(じょう)を構えたまま身動きができず、やがて、小刻みに震え出した。

「何で……、何でさくらと同じ声で話すんだよ……。ちくしょう……。お前はさくらじゃないってわかってるのに……。わかってるのに……、俺にはお前を……」

 鏡太朗の目に大粒の涙が溢れ、鏡太朗は霹靂之(じょう)を手放し、両手両膝を砂浜について号泣した。

「ねぇ、鏡ちゃん。あの飛行機には、人間がどれだけ乗っているのかなぁ?」

 青空を飛んで行く大型旅客機を見上げて、さくらの姿の魔物が楽しそうに言った。

「あたしって何百体でも、何千体でも、無限に分裂ができるんだよ、凄いでしょぉ~っ。もしも、あたしがあれに乗って、一緒に乗っている人間全員と今みたいに入れ替わって、入れ替わったあたしの分身たちが色んな場所に分散して、分裂しながら色々な場所で人間たちと入れ替わっていったら、何日でこの世界から人間はいなくなるのかなぁ」

 魔物はさくらの姿でにっこり笑った。

「やめてくれ……。お願いだから、やめてくれ……」

 鏡太朗は両手両膝を砂浜についたまま、声を震わせて言った。

「あたしを倒せば止められるよ。あたしを倒しちゃう?」

 さくらの姿の魔物が無邪気な笑顔でそう言うと、鏡太朗は目を見開いた。

『止めなきゃ! そうだ、俺がこの魔物を倒さないと、世界が終わりの日を迎えてしまう……』

 霹靂之(じょう)を手に立ち上がった鏡太朗は、さくらに向かって霹靂之(じょう)を構えた。

 二人の間を潮風が通り抜け、鏡太朗は髪と紙垂(しで)を風になびかせながら、大粒の涙を流し続けていた。

『目の前にいるのはさくらじゃないんだ……。さくらと同じ姿をしているけど、さくらじゃないんだ……。この魔物を倒して世界を守るんだ……』

「鏡ちゃん……、どうしたの? 何かあったの?」

 目の前のさくらはさっきまでとは違い、心配そうな表情で、鏡太朗の心の中を伺うように瞳を覗き込んでいた。

「さ、さくら? まさか本物……?」

「な~んちゃってっ! 本物かと思ったでしょ~っ?」

 さくらの姿の魔物は悪戯っぽく笑うと、鏡太朗に右掌を向けた。掌から光の塊が飛び出して鏡太朗を直撃し、鏡太朗は仰向けに倒れて失神した。


「鏡ちゃん! 鏡ちゃん! 大丈夫?」

 さくらに揺り起こされて目を覚ました鏡太朗は飛び起きると、さくらと距離をとって霹靂之(じょう)を構えた。

「お前ええええええっ! お前えええええええええええっ!」

「鏡ちゃん、どうしたの?」

「お前だけは、お前だけは絶対に許さない!」

「鏡ちゃん? 何か変だよ? どうしたの?」

「お前だけは……、お前だけは……」

 鏡太朗の目から涙が溢れ出した。

「できない……。さくらと同じ姿の魔物を攻撃するなんて……、俺にはできない……」

 鏡太朗は霹靂之(じょう)を下ろすと、大粒の涙を流し続けた。


 河童(かわわらわ)に抱えられているじーちゃんは、鏡太朗を見つめながら苦しそうに河童(かわわらわ)に言った。

「た、太郎……、きょ、鏡太朗くんの……首の後ろを見るんだ……」

「きゃー太朗の首の後ろで、何かが青く光ってるだきゃ」

「お、恐らく、鏡太朗くんは魔物の術にかかっている。首の後ろで光っているものを……剥がすんだ。こ……、このままだと、鏡太朗くんとさくらさんが……闘うことになる」

「そんなことにはさせないだきゃ! じーちゃん、待っててだきゃ!」

 河童(かわわらわ)は砂浜にじーちゃんの体を優しく横たえると、鏡太朗に向かって駆け出した。河童(かわわらわ)の行く手をグリーンマンが阻んだ。

「邪魔はさせぬ!」

「きゃー太朗とさくらさんは、絶対に闘わせないだきゃあああああああああっ!」

 緑色だった河童(かわわらわ)の体が青く光り輝いた。

「超足!」

 河童(かわわらわ)は砂を高く舞い上げながら超速で駆け出し、グリーンマンを回避すると、鏡太朗の首の後ろに貼りついている青く光るものを剥がした。

「青く光る種だきゃ……?」

 河童(かわわらわ)は向日葵の種に似た形の青い種を足元に叩きつけると、青く光る足で踏み潰し、その様子を見たグリーンマンは怒鳴り声を上げた。

「おのれえええええっ! せっかく『記憶花』の種を植えつけて偽の記憶を与え、これから人間同士を闘わせるところだったものを! 今度は、お前たち二人に記憶花の種を植えつけて偽りの記憶を与え、お前たち二人を闘わせてやる!」

 グリーンマンは体に咲くたくさんの青い花から、鏡太朗と河童(かわわらわ)に向けて青く光る種を連射した。

「超足!」

 河童(かわわらわ)は鏡太朗の前に移動して金剛甲壁を出現させ、次々と飛んで来る種を防いだ。鏡太朗は金剛甲壁の背後で呆然としていた。

「記憶花? 偽りの記憶?」

 グリーンマンは青い種を連射しながら、ニヤリと笑った。

「そうだ。私は記憶花の種を植えつけた者に、私が考えた通りの偽の記憶を植えつけることができるのだ」

「じゃ、じゃあ……、さくらは……?」

「きゃー太朗がどんな記憶を植えつけられたかは知らないだきゃ。でも、さくらさんは無事だきゃ」

「よ、よかった……」

 鏡太朗は全身の力が抜けて崩れ落ちた。

「超足!」

 河童(かわわらわ)は金剛甲壁の陰から超速で飛び出し、グリーンマンに突進した。グリーンマンの赤い花から花粉が広がって周囲が赤く染まり、河童(かわわらわ)の足が止まった。

「グリーンマンがいっぱいいるだきゃ……」

 混乱する河童(かわわらわ)の背後からグリーンマンのステッキが振り下ろされ、鈍い音が響いた。


 グリーンマンのステッキは、鏡太朗が霹靂之(じょう)で受け止めていた。

「記憶を操作してさくらと闘わせようなんて、俺はあんたを許さない!」

 鏡太朗が放った超高速の霹靂之(じょう)の一撃を、グリーンマンはステッキで受け止めた。

「な、何っ!」

 驚愕するグリーンマンの目の前では、鏡太朗の霹靂之(じょう)がステッキを真っ二つに叩き折っており、霹靂之(じょう)はそのままグリーンマンの首筋を直撃した。

 鏡太朗は吹き飛んだグリーンマンを追いかけると、砂浜に倒れたグリーンマン目がけて霹靂之(じょう)を振りかぶった。

「絶対にあんたを許さないっ!」

 その時、鏡太朗は、たくさんの視線を背後に感じて霹靂之(じょう)を止めた。振り返ると、魔物の子どもたちが、離れた林の中から怯えた目で鏡太朗を見ていた。

「子どもたちが! そ、そうか……。あんたはあの子たちを守ろうとして必死だったんだ……。俺たちがここに来たことで、あんたたちに不安と警戒心を与えてしまったんだ」

 鏡太朗は霹靂之(じょう)を足元に置き、柔和な笑顔に涙を浮かべると、呆然として動けずにいるグリーンマンを両手で地面から起こした。

「勝手にこの島に来て、みんなの平和を乱して、不安にさせて、本当にごめんなさい……」

 鏡太朗は涙を流しながら深々と頭を下げた。グリーンマンは驚きの表情で鏡太朗を見つめ、林の中では、魔物の子どもたちが胸を撫で下ろし、笑顔を見せていた。

 グリーンマンは鏡太朗を見つめながら、これまでの長い旅のことを思い返した。


『私は魔界を五百年放浪した後、五百年前に人間界にやって来た。魔界でも人間界でも、本当に色々な国や地域を訪れたものだ。

 私は人間界での長い旅の中で、人間に苦しめられる魔物をたくさん見てきた。人間に親を奪われて泣いている魔物の子どもを見ることは、心が砕けるほど辛く、悲しいことで、いつからか、私は魔物の子どもたちを助けて一緒に旅をするようになった。大人になって私の許を去った子どもたちもいたし、ずっと一緒に旅をして、私よりも先に寿命を迎えた子どもたちもいた。これまでに数え切れないほどの出会いと別れを繰り返してきたものだ。

 やがて、半魚人とカマイタチ、火車と出会って、一緒に子どもたちを助けながら旅をしてきた。そして、呪われた島と呼ばれて近づく人間がいないこの島を見つけた時、ここを子どもたちの安住の地にしようと決めたのだ。私は子どもたちの安全を脅かすものは全て排除すると誓った。どんな手を使ってでも、人間たちからこの島と子どもたちを絶対に守ると決めたのだ。

 これまでに、大勢の人間が数え切れないほどの魔物を苦しめるのを見てきた。だが、今、目の前にいるこの人間は、今までに見てきた人間たちと何かが違う……。この人間を信じてもいいのか? いや、人間は信じる訳にはいかない! 人間は魔物だけではなく、自分たちと同じ人間でさえ平気で苦しめる邪悪な存在だ!

 だが……、この人間は信じていいのだと、この人間は味方なのだと、そんな思いが私の心の奥から湧き上がってくるのだ』


「鏡ちゃん!」

 さくらの絶叫を聞いて鏡太朗と河童(かわわらわ)は振り返った。少し離れた砂浜の上では、さくらが大粒の涙を流しながら、戦闘モードのライカを抱えて立っていた。

「ライちゃんの……、ライちゃんの心臓が……止まってるの……」

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