4 闘いの果てに
もみじは、移季節神社の本殿で老神主と向かい合っていた。
「お聞きしたいことがあるのですが……」
「おおーっ! そうだ、思い出したよ! ぼたんさんに聞いたよ。小学生の時にヒグマを一撃でノックアウトしたんだって?」
もみじは、ノリノリになって当時のことを語り出した。
「そーなんですよ! 小学三年生の時に学校の遠足で山に行ったら、でっけーヒグマが現れたんです。でも、秘密裏に伝承されている神伝霊術をみんなの前で遣う訳にはいかねーんで、ありったけの霊力を込めて拳で一撃したら、ヒグマが気絶しちまって……。危険過ぎる無謀な行動だって、父上にも、母上にも、先生にも、めっちゃ怒られましたが……」
「うぎゃああああああああああああああっ!」
びっくり島の砂浜上空では、火車の炎のしっぽで巻かれたライカが激しく燃える炎に包まれて絶叫しており、ライカを包む炎はどんどん小さくなっていた。
「炎が小さくなってきた。お前にはもう生命エネルギーがほとんど残っていないんだ。可哀そうだけど、お前の命は終わりだよ」
ライカは満身創痍の状態で、微かに笑みを浮かべた。
「ほ、炎が小さくなったら苦しみが弱まったんじゃ……。い、今なら動けるんじゃ……。狙い通りじゃ……」
「何だって?」
「この距離からの攻撃なら避けられんじゃろ。飛べええええっ、三日月鋏―っ!」
ライカがしっぽを振って放った三日月鋏が、緩やかに回転しながら火車の胴体を貫通し、火車の全身に雷が走った。
「ぎゃあああああああああああっ! お、お前……、な、なぜ、自分の命を懸けてまで人間なんかを守ろうとする……? に、人間なんかを……」
火車は砂浜に落下して気絶し、ライカは意識朦朧としながら火車を見つめて言った。
「鏡太朗たちのことは……、わしが絶対に守るんじゃ……。そのためだったら、たとえわしの命が燃え尽きたって……後悔はしないんじゃ……」
ライカは突然意識を失い、崩れるように砂浜に墜落した。
砂浜にうつ伏せに倒れているコアちゃんは、両肩にカマイタチの長さ三十センチの鎌が刺さって身動きができず、その背中に向けて二本の大きな鎌が振り下ろされていた。
「コアちゃん! ハバネロソフトーッ!」
さくらの声を聞いたコアちゃんが、両手に持つ竹節鋼鞭の先をカマイタチの長男と次男の顔に向けると、竹節鋼鞭の先から赤いソフトクリームが噴射された。
「うわあああああ、何だこりゃあああああっ! 目がいてぇええええええっ!」
カマイタチの長男と次男は目をつぶって苦しみ悶え、次男は両手で目を押さえた。コアちゃんは肩から鎌が抜けると、素早く体を反転させて横に移動し、その直後、仰向けになったコアちゃんの隣にカマイタチの三男の巨大な鎌が突き刺さった。コアちゃんは、前屈みになっているカマイタチの三男の顔にも赤いハバネロソフトを噴射した。
「ぎゃああああっ! 目がいてええええっ!」
「コアちゃん、空からカノンビーム砲で止めよ!」
「ぎゃはははははーっ! コアちゃん様には、お前らなんて目じゃねぇんだよ!」
コアちゃんは空に飛び上がると、胸から出した砲身で青白いビームを発射し、カマイタチ三兄弟は青白い光に包まれながら悲鳴を上げて気絶した。
「はっはっはーっ! これがあたしの式神のコアちゃんの実力よ! 恐れ入ったかーっ」
さくらは、ボロボロに傷ついているコアちゃんを見ると、目に涙を浮かべた。
「コアちゃん、ありがとう。霊力の塊に戻ってゆっくり休んで回復してね」
「ぎゃはははーっ! さくらのためならどうってことないぜ! コアちゃん様が必要な時はいつでも呼んでくれ。おっと、丸一日は無理だけどな。じゃーな!」
コアちゃんは人の形の白い紙に姿を変えると、燃え上がって消えていった。
「じーちゃあああああああああああん!」
カッパの姿の河童は大粒の涙を撒き散らしながら、隣の島の崖から海に飛び込んだ。泣きながら海面に落下していく河童の心の中に、じーちゃんとの思い出が次々と浮かんでは消えていった。
三歳の河童は仏壇の前に座り込んで、写真の中の父と母を見つめていた。
「じーちゃん、いつになったら、とーちゃんとかーちゃんはオラを迎えに来るんだきゃ? 早くとーちゃんとかーちゃんに会いたいだきゃ」
河童は、隣で力なく座っている喪服を着たじーちゃんを見上げた。じーちゃんの目に涙が溢れた。
「太郎、とーちゃんとかーちゃんはすぐには来られないんだよ。それまで、じーちゃんと一緒に二人を待っていよう」
河童は泣きながら叫んだ。
「そんなの嫌だきゃーっ! じーちゃんよりも、とーちゃんとかーちゃんがいいだきゃーっ! 今すぐに、とーちゃんとかーちゃーんの家に帰るだきゃあああああああああああっ!」
じーちゃんは、泣き叫び続ける河童を大粒の涙を流して抱き締めた。
「とーちゃんとかーちゃんに会いたいだきゃあああああっ! とーちゃんとかーちゃんに会わせてくれないじーちゃんなんて、大嫌いだきゃああああああああっ!」
じーちゃんは止めどなく涙を流し、河童が泣き疲れて眠るまで抱き締め続けた。
『じーちゃんだって、自分の子どもを亡くして辛いはずなのに、悲しいはずなのに、オラはあの時、じーちゃんにもっと辛い思いを、悲しい思いをさせただきゃ』
「太郎、お帰り。どうした?」
じーちゃんが畑で仕事をしていると、隣の農道をランドセルを背負った河童が俯いて歩いていた。じーちゃんは河童に優しく声をかけた。
「太郎、学校で何かあったのかい?」
「オラ、この村が嫌いだきゃ。教科書や本には友達が出てくる話がいっぱいあるのに、オラは一年生になっても、友達がいないだきゃ。学校は遠くにある学校の分校で、先生一人とオラしかいないだきゃ。この村には、友達になれる子どもがいないだきゃ」
「太郎……」
「オラに友達がいないのは、この村にいるせいだきゃ! じーちゃんがこんな村に住んでいるせいだきゃ! 全部じーちゃんのせいだきゃ! じーちゃんなんて、大嫌いだきゃあああああああああ!」
『オラは泣きながら走り続けただきゃ。走り疲れて振り返ったら、じーちゃんがポツンと立ってただきゃ。その後もずっと立っていただきゃ。オラのせいで、じーちゃんを悲しませただきゃ』
「もう嫌だきゃあああああああっ!」
じーちゃんの家の中で、緑色の小さなカッパに変身した河童が泣き叫んでおり、その前ではじーちゃんが悲しそうな顔で立っていた。
「何でオラは十歳になって体力がついたからって、こんな姿に変身できるだきゃーっ? 何でオラは普通の人間じゃないだきゃーっ! オラは普通の人間に生まれて、友達がいる場所で普通に生きていきたかっただきゃあああああああああ!」
「太郎、私たちカッパ族は……」
「全部じーちゃんのせいだきゃ! じーちゃんがカッパ族だから、オラもカッパに変身するだきゃ! じーちゃんのせいでオラの人生は滅茶苦茶だきゃ! じーちゃんなんて大嫌いだきゃあああああっ! オラは普通の人間のじーちゃんがよかっただきゃあああああああああっ!」
悲しそうにうなだれているじーちゃんを家に残し、河童はカッパの姿のまま外に飛び出した。
『オラ、嫌なことも、辛いことも、悲しいことも、全部じーちゃんのせいにしてただきゃ。じーちゃんに八つ当たりしてただきゃ。じーちゃんは本当に悲しかったと思うだきゃ。謝りたい! じーちゃんに今までのことを全部謝りたいだきゃ!』
涙が溢れ続ける河童の目前に海面が迫った時、砂浜を見ると、半魚人のオレンジ色に光る拳がじーちゃんに向かって放たれようとしていた。
「守るだきゃ! 絶対に、絶対にじーちゃんを守るだきゃああああああああっ!」
泣き叫ぶ河童の体が青い輝きを放った。
「こ、これは……」
河童は全身が青く光るカッパに変身し、自分が放つ青い光に驚愕しながら、青く光る足で海の上に立っていた。
「じーちゃああああああああああんっ!」
青く光る河童は水飛沫を上げながら、海の上を超高速で駆け出した。
『こ、これは、爆足なんかよりもずっと速いだきゃ! 名づけるなら……』
半魚人のオレンジ色に光る拳がじーちゃんに当たる寸前に、河童が凄いスピードで飛び込みながら、両掌で二体の半魚人を大きく突き飛ばした。
「名づけるなら、『超足』だきゃあああああああああああああっ!」
河童は間髪を入れずにハッピーの懐に飛び込むと、両掌から激しく太い水流砲を放ち、隣の島まで吹き飛ばした。
「ぐわああああっ!」
ハッピーは凄い勢いで岩に激突して悶絶し、岩には深い亀裂が入った。
『体のパワーも水流砲の威力も、きゅうりを食べた時よりもずっと強いだきゃ!』
河童は続けざまに、超足でラッキーに近づいて水流砲で吹き飛ばし、岩に貼りついていたハッピーに激突させた。河童は水飛沫を上げながら、超足で海面を走った。
「金剛甲!」
河童が岩の手前で反転して金剛甲でラッキーに体当たりをすると、ラッキーも呻き声を上げて気絶し、意識を失った二体の半魚人は海に落下した。二体の半魚人の背後にあった岩の亀裂はさらに大きく広がっていた。
「じーちゃん! じーちゃん!」
河童は水飛沫を上げて海の上を超速で駆け抜け、倒れているじーちゃんの上半身を抱きかかえた。
「た、太郎……。じーちゃんはもう助からないだろう……。変身したせいで、心臓が苦しい。金剛甲を突き破った二体の魔物の拳で肋骨が砕け、内臓もやられたようだ。もうすぐお別れだ……。
太郎、カッパ族は誰かを守りたいという強い想いが心に溢れた時、宇宙に満ちている霊力を集めて自分の魔力に変換し、青い稲妻のように地面や水面を疾走する青く光るカッパに変身すると言い伝えられているんだ。今まで、ただの伝説だと思っていたが、まさか太郎がその青く光るカッパに変身するなんて……。太郎は……じーちゃんの自慢の孫だ……」
じーちゃんは満足そうな笑顔で、目に涙を溢れさせた。
「太郎、いつの日か普通の人間になれる時が来るまで、その特別な力と強い想いで大切な人を守り続けて欲しい。最後に……、今まで辛い思いや、悲しい思いをいっぱいさせて……すまなかった……」
「じーちゃん、ごめんだきゃ! オラが悪かっただきゃ! じーちゃんは辛いことや悲しいことを我慢して、いつも優しかっただきゃ! じーちゃんは何も悪くないのに、オラは全部じーちゃんのせいにして、酷いことをいっぱい言ってきただきゃ! じーちゃん、ごめんだきゃあああああっ! これからも一緒にいて欲しいだきゃああああああああああっ!」
じーちゃんを抱えて泣き叫んでいる河童の姿は、緑色のカッパに戻っていた。
砂浜で倒れていた鏡太朗は、河童が泣き叫ぶ声を聞いて目を見開いた。
「河童くんのおじいさんが!」
鏡太朗は、離れた場所でじーちゃんを抱えて泣いている河童の姿を目にすると、慌てて立ち上がって周囲の状況を確認した。鏡太朗の視線がある一点で止まった。
「ライちゃん!」
鏡太朗の視線の先では、ライカがボロボロになって砂浜にうつ伏せに倒れていた。
『もたもたしている場合じゃない! 助けに行くんだ! ライちゃんを助けるんだ!』
鏡太朗はグリーンマンに向かって霹靂之杖を構えた。グリーンマンが言った。
「無駄だ。お前の遅い動きでは……」
その時、グリーンマンのすぐ目の前に鏡太朗がいた。
「何っ?」
『助けるんだ! ライちゃんを! 河童くんのおじいさんを! 絶対にみんなを守るんだあああああああああああっ!』
鏡太朗とグリーンマンは、超高速で霹靂之杖とステッキを打ち合った。
「わ、私のスピードについてきているだと?」
「あんたを倒してライちゃんを助けに行くんだあああああああああああっ!」
鏡太朗の超高速の一撃がグリーンマンの首に命中したが、グリーンマンのステッキも鏡太朗の頭を強打していた。鏡太朗とグリーンマンは同時に倒れて気絶した。