2 魔物たちとの遭遇
「本当にびっくりマークみたいだきゃ!」
海の上で宙に浮くコアちゃんにつかまりながら、鏡太朗たちは少し先にある二つの島を見下ろしていた。細長い島と円形の島が、海の上でびっくりマークのように並んでいて、丸い島は海岸の全てが切り立った崖になっており、細長い島と向かい合っている側の崖には直径六メートルの岩が食い込んでいた。さくらはスマートフォンで島の写真を撮影した。
「みんな、腕は大丈夫? ずっとコアちゃんにしがみついていて、俺はもう限界だよ」
「きゃー太朗もだきゃ? オラも少し休みたいだきゃ」
「細長い方の島で休憩しようよ。丸い島に行かなければ、おねーちゃんとの約束は守れるよね?」
コアちゃんは細長い島の先端に向かった。
「そ、そんな……。こんなことがあるなんて、信じられない……」
細長い島の砂浜で、さくらは開いたトランクの前で呆然と立ち尽くしていた。
「ビーチボールを忘れてくるなんて……。せっかく夏の海に来たんだから、みんなでビーチボールで遊ぼうと思ってたのにぃ……」
さくらのトランクの中には、色々なお菓子がびっしりと詰め込まれていた。
「さくら、女の身だしなみって……、全部お菓子じゃん。あ! もみじさんに写真を送って、移季節神社の神主さんに、この場所が魔界との出入口なのかを確認してもらわないと」
鏡太朗は自分のスマートフォンの画面を確認した。
「……でも、思った通り、ここじゃあ電波が届かないや」
「ふっふっふっ、任せなさいっ!」
さくらが自信たっぷりの笑顔で言った。
島から少し離れた海の上空にコアちゃんが浮かんでいた。
「あ、Free WiーFiがあった!」
「凄いでしょお、鏡ちゃん! コアちゃんにはねーっ、WiーFiのアクセスポイントの機能もあるのよっ! 恐れ入ったかぁ! はっはっはーっ! さてと! よし、おねーちゃんに写真を送ったよっ! おやつパーティの時間だあ!」
もみじのSUV車が雑木林の間の舗装道路を走っていた。神主姿で運転中のもみじはスマートフォンの着信に気づくと、路肩に車を停車した。
「ん? さくらからだ。もうびっくり島についたのか……。さて、どんな岩なんだ?」
もみじはメッセージに添付された画像を開いた。
「ははは、随分楽しそうじゃねーか」
満面の笑顔で海岸に立っているさくらと來華、鏡太朗、河童の画像を見たもみじは嬉しそうに微笑んだ。次の画像では、さくらが笑顔でダブルピースをしていた。もみじは次々と画像を確認していった。
「……岩の写真が一枚もねぇ……。あたしは今まで何を見せられてたんだ?」
円形の島と海を挟んで向かい合っている細長い島の砂浜の上に、レジャーシートが敷かれていた。その上には色々なお菓子と激辛の乾物などが並べられており、それらを囲んで鏡太朗とさくら、來華、河童が座っていた。
「コアちゃん、オレンジジュース三つと超激辛のハバネロジュースを一つねっ!」
「ぎゃははははっ! コアちゃん様に任せろ! お安いご用だぜ!」
コアちゃんはお腹を扉のように開くと、中からコップを四つ取り出し、口からジュースを出して注いでいった。
「あ~っ、おいしーっ! あれ? みんな飲まないの?」
さくらは自分以外誰もコップに口をつけようとしないことに気づき、不思議そうな顔でみんなに尋ねた。鏡太朗は手にしたコップの中のオレンジジュースを見つめながら、言いにくそうに口を開いた。
「いや、なんか……」
「口から出されると、何だかばっちい気がするだきゃ」
河童が、言いづらそうにしている鏡太朗の言葉を引き継いだ。
「ええーっ? みんなに喜んでもらおうと思って、コアちゃんにはドリンクバー機能もつけたのにぃ! あとねー、コアちゃんはソフトクリームも出せるんだよ! どこから出すかってゆーとぉ……」
「さ、さくら、言わなくていいよ!」
「聞くと後悔する気がするだきゃ!」
「みんな気をつけるんじゃ! たくさんの視線を感じるんじゃ!」
來華が警戒しながらみんなに注意を促し、鏡太朗たちは緊張して砂浜の奥に広がる林を一斉に見た。林の中では、二十体の魔物の子どもたちが木陰に身を隠しながら、鏡太朗たちを見つめていた。魔物の子どもたちの姿は人間とほとんど同じだったり、人間に似た一つ目だったり、狸やキツネにそっくりだったり様々だった。鏡太朗が魔物の子どもたちに声をかけた。
「こんにちは! みんなもこれを食べてみたいの? こっちにおいでよ! 一緒に食べよう!」
恐る恐る近づいてきた魔物の子どもたちに、さくらが笑顔で話しかけた。
「色々あるから、好きなのを食べていいよっ!」
魔物の子どもたちは、さくらの声に警戒して足を止めた。
「心配しなくても大丈夫だよ。さあ、おいで。どれを食べたい?」
魔物の子どもたちは、鏡太朗の優しい笑顔と声に安心した表情を見せて近づいて来ると、鏡太朗たち四人が差し出すお菓子を食べ始めた。
「美味し〜いっ!」
「何これ~っ? こんなに美味しい食べ物は初めて!」
魔物の子どもたちは喜んで色々なお菓子を口にし、さくらはその様子を見ながら溜息をついた。
「鏡ちゃんには敵わないなぁ。昔から、赤ちゃんでも、野良猫でも、鏡ちゃんには安心して近づいてきたんだよね」
「今は封印された悪霊のせいで、赤ちゃんに近づくと泣かれちゃうけどね。それにしても、海岸の近くにある廃墟はなんだろう? 昔はここに村があったみたい」
鏡太朗たちから離れた場所には、崩れた古い家の痕跡が並んでいた。
「も~い~かい?」
「ま~だだよ!」
「も~い~かい?」
「も~い~よっ!」
「よ~し、今度はおにいちゃんが鬼だぁ! みんな見つけちゃうぞぉ!」
砂浜の奥にある林の中で、鏡太朗たちは魔物の子どもたちと一緒にかくれんぼをして遊んでいた。子どもたちはさくらや來華、河童と一緒にワクワクしながら、楽しそうに身を隠しており、コアちゃんは等身大のコアラのぬいぐるみの姿になって、リュックサックのようにさくらの背中に覆いかぶさっていた。
鬼になった鏡太朗は、みんなを探して一人で林の中を歩いていた。
「人間見ーつけた!」
背後から大人の男性の太い声が聞こえ、鏡太朗が驚いて振り返ると、鏡太朗よりも少し背が高いイタチが腕組をしながら直立しており、怒りの表情で鏡太朗を睨んでいた。
「俺はカマイタチ! 人間がこの島に立ち入ることは、絶対に許さねぇ!」
カマイタチの体がつむじ風に包まれると、つむじ風は曲線を描いて鏡太朗に向かって伸びていった。
「うわああああああああああああっ!」
つむじ風に巻き込まれた鏡太朗は、錐もみ状態になって数十メートル吹き飛んで砂浜に落下し、すぐそばに誰かの影があることに気づくと、慌てて起き上がりながら振り返った。鏡太朗の背後には四体の魔物が立っていた。
鏡太朗は強い緊張と不安を感じながら、魔物たちに訊いた。
「き、君たちは……?」
魔物の中の一体は、大小様々なハート形の葉で首から下を覆われていて、長く伸びた細い根でできた髪の隙間から、深い皺があるおじいさんの顔を覗かせており、右手には太い枝でできたステッキを握っていた。この魔物の体のあちこちには直径十センチの赤、青、黄色の三色の花が咲いており、胸には直径二十センチのピンクの大きな花が一輪咲いていた。老人の姿のこの魔物が口を開いた。
「私はグリーンマン。この島は、私たち魔物がやっと見つけた安住の地なのだ」
全身が鱗に覆われて手と足の指の間に水掻きがあり、背中には背びれがあって、顔がホウライエソという深海魚に似ている二体の魔物が同時に言った。
「我々は双子の半魚人だ。この島に近づいてくる船は、カマイタチがつむじ風で引っくり返したり、我々が海の中からスクリューを壊して遠くまで運んだりして、近づく人間どもをずっと追い払ってきたが、お前たちはいつの間にこの島にやって来たんだ?」
赤い夏物の和服を着た二十代半ばに見える長い黒髪の女性が言った。
「あたしは火車という魔物さ。ここにいる魔物は人間どもに家族を奪われ、傷つけられ、追われて、やっとこの島にたどり着いたんだ。色々な場所を放浪して、やっと見つけたこの安住の地を、人間どもに知られる訳にはいかないんだよ!」
鏡太朗は、想定外の状況に激しく動揺した。
「ご、ごめん。君たちの島だとは知らなかったんだ。すぐに出ていくから許して」
鏡太朗をつむじ風で吹き飛ばしたカマイタチが、鏡太朗のそばまで歩いて来た。
「俺たちの姿を見た以上、ここからは帰さねぇ! 俺たちのことを言いふらされて、人間どもがこの島にやって来たら困るからな。さあ、どうしてくれようか?」
「鏡ちゃーん!」
「鏡太朗、さっきの叫び声は何じゃ?」
「きゃー太朗、大丈夫だきゃ?」
鏡太朗を心配して走ってきたさくらと來華、河童は、魔物に囲まれている鏡太朗を見た瞬間、全身に緊張が走った。
「他にも人間がいたのかい? カマイタチと半魚人は、ちゃんと海を見張っていたのかい?」
「いや、火車。さっきまで海の監視は我々半魚人ではなく、カマイタチが当番だった」
「お前ら俺の監視を潜り抜けやがって! 絶対に許さねぇ! 叩きのめしてやるぜ!」
カマイタチが声を荒げた時、鏡太朗たちと一緒にかくれんぼをしていた魔物の子どもたちが走ってきた。
「みんな待ってーっ! その人間たちは優しいよーっ」
「美味しい食べ物をくれて、一緒に遊んでくれたんだよ!」
「その人間たちは優しいから酷いことはしないで!」
火車が魔物の子どもたちを諭すように言った。
「人間なんて、そうやって相手を騙してから裏切る奴らなのさ。あんたたちの親もそうやって人間にやられたんだよ。人間なんて、絶対に信用するんじゃないよ!」
「火車ねーさん、でも……」
「危ないから、早く向こうの丘まで戻って、家に隠れるんだよ! ほら、早く!」
魔物の子どもたちはちらちら振り返りながら、火車の言いつけ通りに林の奥へ走って行った。林の向こうには小高い丘が見えていた。
「あの子たちには、絶対に手を出させないからね、覚悟しな!」
火車の体中から炎が噴き出して、全身が炎で包まれた。
「ごめんください」
古びた神社の社務所の奥に向かって、もみじが声をかけていた。
「返事がねーな。裏の方に回ってみるか」
もみじは御社殿の裏側に向かって歩きながら、周りの景色を眺めて驚嘆した。
「それにしてもすげー絶景だな! 秋や冬には全く違う表情なんだろうな……。ここから眺める移ろう季節ごとの美しい景色が、この神社の名前の由来になったに違いねーな」
山奥の雑木林の中にある神社の境内は、切り立った崖の上に位置していて、そこからは晴れ渡った青空の下、陽の光に輝く水をたたえた田んぼが一面に広がる平野と、田んぼの中で行儀よく整列している青々とした稲、その背後で緑色の美しいグラデーションで彩られた山々が連なる光景が一望できた。
もみじが御社殿の裏へ回ると、白衣と紫色の袴を身につけた九十歳くらいに見える男性の神主が庭掃除をしていた。
「おや? 一人で神社を切り盛りしていて色々と手が回らなくてな。電話の応対も十分にはできないから、最近は電話番号も公開していないんだ。今となっては週に一回、息子が食料や日用品を持ってきてくれるだけで、知らない人が訪ねてくることなど滅多にないのだが……。お嬢さん、何の御用かな?」
「お久しぶりです。雷鳴轟之神社のぼたんの孫のもみじです」
「お……、おおーっ! ぼたんさんの孫の! 何と、あの暴れん坊で男の子のようだったもみじちゃんか! これは見違えた!」
老神主はとても驚きながら嬉しそうに笑顔を見せ、もみじも笑顔で答えた。
「そーなんですよ! 昔からおしとやかで華麗な美少女だった、そのもみじなんです!」
「これは珍客だ! 中に入りなさい。私に何か用があるのだろう? いやあ、びっくりしたよ。あの暴れん坊で男の子のようだったもみじちゃんがねぇ……」
「そーなんですよ! 昔から振る舞いが優雅で、小学生の時はショートカットの超絶美少女だった、そのもみじなんですよー!」
二人は楽しそうに笑いながら、社務所へ向かって歩いていった。
火車の全身を包んでいた炎が消えた時、火車の姿は炎の帯を纏った空飛ぶ黒猫に変身していた。雷が落ちたような轟音と閃光に包まれた來華も、戦闘モードのライカに変身した。
「おや? お前は魔物だったのかい? 魔物がなぜ人間と一緒に行動してるんだい? 何か弱みでも握られてるのかい?」
「鏡太朗たちはそんな卑劣なことはしないんじゃ! 鏡太朗たちは大切な友達じゃ! 絶対に守るんじゃ!」
「じゃあ、あたしの相手はお前に決めたよ。あたしと同じく戦闘モードに変身する魔物みたいだからね。似たタイプの魔物同士で、面白い闘いになりそうじゃないか」
黒猫の姿の火車は、自信たっぷりにニヤリと笑った。
「コアちゃん、戦闘モードに変身よ!」
さくらの背におぶさっていたコアちゃんが地面に飛び降り、身長百八十センチで悪人顔の戦闘モードに変身した。その両手には二本の竹節鋼鞭が握られていた。
「ぎゃははははーっ! さくら、このコアちゃん様に任せろ! どんな魔物だろうが、この竹節鋼鞭でボコボコにしてやるせ!」
「じゃあ、俺の相手はこいつだ! 俺と同じく二本の得物を遣うようだからな」
不敵な笑みを浮かべるカマイタチの小指側前腕から、長さ三十センチの鎌の刃が生えた。
河童は全身が緑色に輝くと、緑色のカッパに変身した。
「お前も魔物だったか! 見たところ、我々半魚人と同じように水に棲む魔物のようだ。お前には我々二体の相手になってもらおう」
二体の半魚人は歩きながら河童に近づいていった。
鏡太朗は、ズボンのポケットに入れていた四寸之霹靂を霹靂之杖に変化させて構えた。グリーンマンがニヤリと笑った。
「お前は杖遣いか? ちょうどいい。千年の間、私と一緒に敵を倒してきたこのステッキの相手をしてもらおうか」
グリーンマンは右足を後ろに引いて腰を落とし、半身になって鏡太朗と向かい合った。グリーンマンは前にある左腕を伸ばして掌を鏡太朗の胸に向けており、ステッキをつかんでいる後ろ側の右手は頭の上に挙げ、ステッキの先端を鏡太朗の顔に向けていた。
炎の帯を纏う黒猫の姿の火車は、両前足からソフトボール大の火の玉を次々と放ち、ライカは火の玉をかわしながら、両前足から雷玉を連続して放っていった。二体は目まぐるしく飛び回り、火の玉と雷玉の激しい応酬を続けた。
「雷玉の連続攻撃じゃああああああああっ!」
ライカは威勢よく雷玉を次々と連射していたが、内心では非常に焦っていた。
『火車が放つ火の玉の攻撃は狙いが正確で、一瞬でも気を抜けば当たってしまうんじゃ! わしはギリギリで火の玉をかわしているのに、火車はずっと余裕で雷玉をかわしてるんじゃ! 今のままじゃあ、どんなに雷玉を打っても当たらないんじゃ!』
「お前の攻撃は単調だねぇ。実戦経験が少ないんじゃないのかい? 簡単に動きが読めるそんな攻撃じゃあ、あたしにはかすりもしないよ」
火の玉の一つがライカに命中した。
「うぎゃあああああああああああっ!」
ライカは炎に包まれて苦しみながら絶叫し、炎が消えた途端に力なく砂浜に落下した。
「その炎は物を燃やすことはない。その炎は生命エネルギーを燃やすんだ。何度もその炎に包まれたら、お前の命は尽きてしまうよ。お前は魔物だから、そこの人間たちを見捨てて逃げるんだったら見逃してあげるよ。人間なんて、どうなったっていいじゃないか?」
ライカは全身ボロボロになって火車を見上げた。その瞳にはまだ闘志が漲っていた。
「誰が見捨てるもんかああああああああっ! どうなったっていい訳があるかああああああああああああああっ!」
ライカは両前足で雷玉をつかみながら、怒りの表情で火車に向かって上昇して行った。
ライカから離れた砂浜の上では、コアちゃんの竹節鋼鞭とカマイタチの鎌が激しい音を立てて打ち合わさっていた。コアちゃんとカマイタチは高速で打ち合いながら空に飛び上がると、海の上での空中戦に移行した。
「ぎゃははははーっ! コアちゃん様の竹節鋼鞭と互角とはなかなかやるな!」
「ふん! 俺はまだ本気じゃねぇ! つむじ風を食らえ!」
カマイタチの体がつむじ風に包まれ、そのつむじ風が折れ曲がってコアちゃんに向かって伸びた。
「うわあああああああーっ!」
コアちゃんはつむじ風に吞み込まれると、つむじ風に巻き込まれて高速で回転した。
「つ、つむじ風から脱出できない!」
コアちゃんはつむじ風から抜け出せずに、動揺していた。
「コアちゃん!」
砂浜でさくらの絶叫が響く中、つむじ風の中で高速で回転しているコアちゃんにカマイタチが接近した。カマイタチの前腕から伸びている鋭い鎌が、鈍い輝きを放った。
「今すぐに、この鎌で切り裂いてやるぜ!」
「うわああああああああああっ!」
砂浜の上で、半魚人に蹴られた河童が大きく吹き飛んだ。二体の半魚人は河童に向かって次々と拳を突き出し、蹴りを放ち、河童は必死に半魚人の攻撃を避け続けた。河童は一瞬の隙をついて一体の半魚人の胸に拳を当てたが、半魚人は平然と立っていた。
「ぜ、全然効いてないだきゃ! これならどうだきゃ、水流砲!」
河童は拳を引くと、揃えた両掌から半魚人目がけて水流砲を放った。
「な、何だきゃ?」
半魚人は水流砲を受けても微動だにせず、水流砲の勢いで河童が後方に吹き飛んだ。
「我々半魚人は、魔界の深海に生息する魔物。我々の体は強い水圧に耐え得るほど強靭なのだ。お前の突きも、放水も、全く効きはしない」
河童はズボンのポケットに右手を入れた。
『念のために持ってきたきゅうりが一本だけあるだきゃ。カッパに変身すると、パワーとスピードは人間の時の二倍になるだきゃ。でも、きゅうりを食べると、パワーとスピードはカッパの三倍になるだきゃ! この超絶パワーアップができる三分の間に、半魚人を倒すしかないだきゃ!』
河童が凄い勢いできゅうりを食べると、全身の筋肉が膨れ上がった。
「爆足!」
河童は緑色に光る足で駆け出して一体の半魚人に素早く近づくと、胸に拳を突き込んだ。
「ぐおっ!」
拳を受けた半魚人は、苦悶の表情を浮かべた。
『今度は効いてるだきゃ! これならいけるだきゃ!』
「ぐわっ!」
もう一体の半魚人の拳を背中に受けた河童は、痛みに顔を歪めた。前にいた半魚人の拳が迫り、それを前腕で受けた河童の腰に、もう一体の半魚人の蹴りが命中した。二体の半魚人は激しく河童に連続攻撃を仕掛け、河童は防戦一方となった。
「金剛甲!」
河童の背中で金剛甲が輝き、背中を襲った拳を跳ね返した。
『相手は二体! 金剛甲で背中を守りながら、前にいる半魚人と闘うだきゃ!』
その時、河童の背後にいる半魚人の両前腕がオレンジ色の輝きを放ち、オレンジ色に光る拳が金剛甲に向かって放たれた。
「うぎゃああああああああああっ!」
金剛甲が砕け散り、河童は二十メートル吹き飛んで砂浜に叩きつけられた。
『こ、金剛甲が砕かれただきゃ……』
「我々半魚人は、魔力を込めたこの拳の突き『ディープクラッシュ』で深海の岩を粉砕し、そこに隠れている魔力を持たない魚や貝などを食べているのだ。お前の甲羅など打ち砕くのは容易いことだ」
二体の半魚人は両前腕をオレンジ色に光らせながら、河童に向かってゆっくり歩いて近づいていった。河童が立ち上がって半魚人の攻撃に備えて身構えた時、膨れ上がっていた体が見る見る萎んでいった。
『超絶パワーアップが時間切れだきゃ!』
河童の表情は絶望に染まっていった。
鏡太朗は砂浜の上で、グリーンマンの高速のステッキの連打を防いでいた。
『連続する速い攻撃を防ぐので精一杯だ! 天地鳴動日輪之如稲妻を遣う隙がない!』
「お前の杖の腕前は今ひとつだ。私が魔力を使えば、お前には成す術がない」
グリーンマンの体中に咲いている赤い花が光ると、赤い花粉が周囲の空間に充満し、鏡太朗の目には、グリーンマンが何十体もいるように見えてきた。
『こ、これは幻覚なのか? 本物のグリーンマンはどれなんだ?』
「この花は『惑わせ花』だ。お前の目には、大勢の私がお前を囲んでいるように映っているはず」
鏡太朗には、何十体ものグリーンマンが次々とステッキで打ってくるように見えた。
「があああああああああああっ!」
鏡太朗は本物のグリーンマンの攻撃に反応できず、全身をステッキで打たれまくった。
「人間よ、これで止めだ!」
何十体ものグリーンマンが一斉にステッキを振りかぶった。