13 別れと再会の約束
海の上を一艘のモーターボートが進んでいた。
四十歳くらいに若返った河童のじーさんが後方に立って操縦しているモーターボートの上では、鏡太朗と河童が前列に、さくらと來華が後列にそれぞれ並んで座っており、4人は笑顔で後ろを向き、遠ざかっていくびっくり島に大きく手を振っていた。
さくらが、後ろで操縦している河童のじーさんを見上げて言った。
「河童くんのおじーさん、船舶免許を持ってるなんて、すごーいっ!」
河童のじーさんは、爽やかな笑顔で答えた。
「海にある魔界との出入口の場所が全くわからなかったからね、どんな場所であっても行くことができるように、船舶免許を取っていたんだよ」
「河童くんのために、そこまでしてくれるなんて! 河童くん、孫思いの凄くいいおじーさんだねっ! 羨ましいよっ!」
さくらが前に座っている河童に言うと、河童はさくらの方を振り向いて、満面の笑みで答えた。
「オラの自慢のじーちゃんだきゃ!」
その時、鏡太朗が崩れるように、隣の河童にもたれかかった。
「きゃー太朗っ! 大丈夫だきゃ?」
「う、うん……。ごめん、河童くん。何だか体が凄く疲れていて、力が入らなくなって……。海岸で叫んだ時に、とても大きなエネルギーが自分の心と体を通り抜けていったような感覚があったんだ。その時に、自分の生命エネルギーも一緒に心と体から抜けていったように感じたんだよ。あれって、何だったんだろう?
……でも、びっくり島のみんなと仲良くなれて、本当によかったよね」
鏡太朗は、びっくり島を出発した時のことを思い返した。
「おにいちゃんたち、本当に行っちゃうの? ずっとここにはいられないの?」
泣いている魔物の子どもたちの先頭で、ピラコが大粒の涙を零して鏡太朗たちに言った。
「おにいちゃんたちには待っている人がいるし、帰ってからやらなくちゃならないことがあるんだ。でも約束するよ、必ずまた遊びに来るよ」
「待ってるよ! ずっと待ってるからね!」
ピラコは涙を流しながら、鏡太朗を真っ直ぐ見つめた。
「絶対にまた来るよ。約束する!」
鏡太朗は微笑んでピラコの頭を優しく撫でた。
三兄弟の上半身が揃って姿を見せているカマイタチの次男が、さくらに言った。
「俺たちが闘った奴に、傷つけたことを謝っておいてくれ。そして、とても手強かったとも伝えてくれ」
「任せなさいっ! カマイタチさんがもう一度闘いたいと言ってたって伝えるねっ!」
「おいおい、そんなこと言ってないだろ? 目が痛くなるあの攻撃はもう御免だぜ」
さくらとカマイタチは声を上げて笑った。
双子の半魚人が、河童とじーさんに言った。
「さっきは酷いことをしてすまなかった。どうか許してくれ。今まで酷い人間ばかり見てきて、人間と人間に味方する者がどうしても許せなかったんだ」
「オラも酷いことをしたから、お互い様だきゃ。オラも酷いことをしてごめんなさいだきゃ」
「さっきお前は、人魚に会うためにここに来たと言ったな。これからどうするのだ? 磯姫が人魚の国は滅んだと言っていたが」
「国が滅んだって、人魚はきっとどこかにいるだきゃ。気長に人魚に会うチャンスを待つことにするだきゃ」
人の姿をしている火車が、涙を浮かべて來華に言った。
「今度来た時は、闘い方を教えてやるよ。お前はバカ正直で、気持ちが真っ直ぐ過ぎて、無茶をするから心配なんだ。お前を見てると妹を思い出すよ。妹は小さい頃に亡くなったけど、もし生きていたら……、きっとお前みたいな感じじゃないかって思ってしまう。
助けが必要な時はあたしを頼ってくれ。いつでも力になるよ。あたしはいつでもお前の味方だ」
「ありがとう。わしもあんたには、ねーちゃんのような親近感を感じるんじゃ」
來華と火車は、心から信頼できる相手に向けるような安心しきった笑顔でお互いを見つめた。
青年の姿に若返っているグリーンマンが、鏡太朗に言った。
「君たちは離れた場所にいるが、私たちの家族だと思ってるよ。またいつでもおいで」
「色々とご迷惑をかけてすみませんでした。俺は、誰かと仲良くする時には、魔物とか、人間とか、種族とか、国なんて関係ないって思っているんです。そんなことなんてどうでもいいことで、それよりも、優しさや思いやり、他者を尊重する気持ちがあるかどうか、どんな心の持ち主であるかの方が大事なんです。
俺は皆さんと打ち解けて、わかり合えて、皆さんの優しく、思いやりがある心に触れて、本当はずっと皆さんと一緒にいたいって思ってるんです。だから、俺たちを家族として受け入れてくれるなんて、俺は本当に幸せです」
鏡太朗は心に溢れてくる大きな喜びを感じて、幸せいっぱいに微笑みながら話を続けた。
「いつの日か、地球上の誰もが、魔物とか人間とかなんて関係なしに仲良くできる日が来て欲しいって、心の底から願っています」
「いつの日か絶対に来るよ。お互いを思う気持ちには、人間も妖も関係ねぇんだ」
「そう、わらわたちのように」
彌助と磯姫の魂が晴れやかな笑顔で言った。その右手と左手はしっかりと繋がれていた。
海上を走るモーターボートの上では、疲れ切って動けない鏡太朗の上半身を河童が隣で支えており、その後ろで、さくらが來華に小声で言った。
「ライちゃん、さっきはありがとう。鏡ちゃんを助けるために自分を犠牲にしようとするなんて……。あたし、本当にびっくりしちゃった」
來華は思わず俯いた。
『べ、別にさくらのためじゃないから……。あれは、わしがそうしてもいいって本気で思ったんじゃ。鏡太朗を守るためだったら、鏡太朗が助かるのなら、わしはどうなっても構わないって思ったんじゃ。
この気持ち……、一体何なんじゃ? 少し前に、もみじが鏡太朗はさくらにホレてるって言ってたんじゃ。もしかして、ホレるってこんな気持ちなのか? でも、さくらを見てると、さくらもずっと前から鏡太朗のことを……。
さくらはわしの親友、わしはさくらにはいつも笑顔でいて欲しいんじゃ。もしも、さくらが鏡太朗にホレてるのなら、わしはさくらを応援するんじゃ!
……それに鏡太朗は人間で、わしは魔物……』
來華は、手を繋いで微笑む磯姫と彌助の姿を思い浮かべながら、寂しそうな表情を浮かべて鏡太朗の後ろ姿を見つめた。
移季節神社の境内では、もみじと老神主がもみじの車に向かって一緒に歩いていた。
「ありがとうございました。色々と勉強になりました」
「さくらちゃんの高校にある魔界との出入口からは、これからも色々な魔物がやって来るだろう。牛鬼のようにとんでもなく強くて危険な魔物も来るに違いない。
私の曾孫を、さくらちゃんの学校へ行かせることにしよう。ちょうど、活きがいい高校生が二人いるんだよ。ふふふ……」
老神主はもみじを見つめながら、目を細めて笑った。
(おわり)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回の第3話の初稿は2024年に書いたのですが、話の内容が固まっても導入部のエピソードがなかなか納得いくものにならず、何度も書き直したことを思い出します。
また、河童くんは元々2020年に生まれて初めて書いた小説に登場したサブキャラなのですが、2010年頃、今シリーズの原型となるアイデアを思いついた時から、「河童の転校生」として、設定盛りだくさんのカオスな物語を構成する一部でした。
その時に河童くんのカッパ姿を緑色にするか青色にするかで迷ったのですが、青いカッパの姿を頭の中に描いた時、昔、青いデイライトが青い光跡を描きながら夜道を走る車を見て、「カッコいいなぁ」と思った記憶が蘇り、青く光り輝いた時に高速で疾走するカッパのイメージが浮かび、今作のような設定に決定しました。
次の第4話「地下王国を目指せ!」についても初稿が出来上がっており、何度も読み返して修正した上で近々投稿しますので、是非ともお付き合いください。
これからも、よろしくお願いします。
小雨 無限