1 びっくり島を目指せ!
まだ薄暗い早朝、高一の少年鏡太朗は、半袖のストライプシャツと白パンツ、スニーカーを身に着けて黒いリュックサックを背負い、長い階段を駆け上がっていた。階段を上り切った場所に雷鳴轟之神社と書かれた看板が掛けられた鳥居があり、鏡太朗は息を切らして鳥居をくぐった。
「みんな、おはよーっ!」
社務所の前にはさくらと來華、河童が立っていて、笑顔で鏡太朗に挨拶を返した。さくらは五分袖の白いサマーニットにピンクのロングスカート、白いサンダルの装いで、來華は半袖の黄色いサマーカーディガンにデニムのショートパンツ、オレンジ色のサンダル姿で、右肩には白いトートバックを掛けていた。河童はネイビーのTシャツにカーキ色のハーフパンツとスポーツサンダルを履き、迷彩柄のリュックサックを背負っていた。
「あれ? さくら、その荷物は?」
さくらは、等身大のコアラのぬいぐるみの姿をしている式神のコアちゃんをリュックサックのように背負い、隣に大きなスーツケースを置いていた。
「ふっふっふっ、鏡ちゃん、わかってないわね。日帰り旅行とはいえ、女の身だしなみにはたくさんの荷物が必要なのよっ!」
「もみじさんがそう言うのならわかるけど……。あれ? もみじさんはいないの?」
「おねーちゃんは、随分前に移季節神社に向かって車で出発したよ」
「ええーっ? もみじさんが車で途中まで送ってくれるんじゃないの? じゃないと、こんなに早く集合しても、バスも電車も動いていないよ。びっくり島までどうやって行くの?」
「ふっふっふっ、任せなさいっ!」
さくらは自信たっぷりに、自分の胸を拳で力強く叩いた。
「うわああああああああああああああああっ!」
鏡太朗の絶叫が響く中、身長百八十センチで悪人顔の戦闘モードに変身したコアちゃんが、雲の上に向かってどんどん加速しながら凄いスピードで上昇していた。コアちゃんは右手にさくらのスーツケースを持ち、鏡太朗とさくら、來華、河童がコアちゃんの背中にしがみついていた。鏡太朗は恐怖に叫び声を上げ、河童も顔が引きつっていた。
「きゃーっ、遊園地のアトラクションみたいで楽しいいいいーっ! コアちゃん、人目につかないように雲の上を飛んでね」
「ぎゃはははっ! さくら、コアちゃん様に任せろ! このまま加速を続けて、もう少しで最高速のマッハ3に到達するから待ってろよ!」
來華が真顔でさくらに注意した。
「さくら、速過ぎじゃ! みんな吹っ飛ばされるぞ! 安全にゆっくり行くんじゃ!」
「ええ~っ、これからマッハ3で日本列島縦断空の旅を楽しんで、その後でびっくり島へ行こうと思ってたのにぃ!」
「うわあああああああああああああああああああっ!」
鏡太朗が風圧で吹き飛んで、雲に向かって落下していった。
「鏡太朗―っ!」
來華はすぐにコアちゃんから飛び降り、落下しながら雷と雷鳴に包まれて耳の大きなキツネに似た戦闘モードのライカの姿に変身すると、全速で飛んで鏡太朗に追いつき、前足で鏡太朗のシャツの背中を捕まえた。
「鏡太朗ーっ! 今助けるんじゃああああああああっ!」
ライカは必死に鏡太朗の体を引き上げようとしたが、鏡太朗の落下は止まらなかった。
「コアちゃん、鏡ちゃんを助けて!」
さくらは鏡太朗が落下していくのを呆然として見ていたが、すぐに我に返ると、コアちゃんに鏡太朗の救出を命じた。
「ぎゃはははーっ! コアちゃん様に任せろ!」
コアちゃんは、大きく旋回して雲の上で鏡太朗を左腕でキャッチし、ライカも戦闘モードのままコアちゃんの左腕に掴まった。
「大丈夫か、鏡太朗?」
「ライちゃん……、今のは本当に人生が終わるかと思ったよ……」
「鏡ちゃん、ごめんね。コアちゃん、ゆっくり安全に飛んでね!」
さくらは心の底から反省して鏡太朗に謝ると、コアちゃんに新しい指示を出した。
「う~ん、ゆっくりじゃ面白くねぇが、さくらの命令だ。仕方ない」
コアちゃんは減速して雲の上を飛び、鏡太朗と女の子の姿に戻った來華は、場所を移動してコアちゃんの背中にしがみついた。
『びっくり島には、本当に魔界との出入口があるんだろうか? そして、『呪われた島』と呼ばれているのも気になるな……』
鏡太朗はコアちゃんにしがみつきながら、数日前の放課後の出来事を思い返していた。
数日前、夕方の雷鳴轟之神社の本殿に、鏡太朗とさくら、來華、河童が学校の夏の制服姿で輪になって正座しており、輪の中には胡坐をかいて座る神主姿のもみじと、ポロシャツ姿で正座しているおじいさんがいた。七十歳前後に見えるおじいさんは鏡太朗と同じくらいの背丈で痩せており、顔色があまり良くなかった。
もみじがおじいさんに話しかけた。
「河童くんのおじいさん、カッパ族の始まりについてお話いただけるとのことでしたが」
「みなさん、私の話を聞くために集まってくれてありがとう。私と孫の太郎は、人間が魔物になったカッパ族の血を引いている。カッパ族がどうして誕生したのかを聞いて欲しい。
日本では昔から、人魚を食べると不老不死になると言い伝えられている。今から千五百年程前、ある貴族が大勢の家人……つまり家来を率いてたくさんの舟に分乗し、永遠の命を手に入れるために人魚を捕まえようと、海にある魔界との出入口を超えた。出入口の先は魔界の海に繋がり、その場所は人魚が支配する人魚の国だった。
家人たちが海に網を投じたところ、早速体長が一尺……三十センチほどの人魚の子どもが一体網にかかった。人魚は腕がある魚の姿で、人間とは似ても似つかなかったという。しかし、すぐに体長が六尺……百八十センチの大人の人魚が一体現れ、舟の上の八人の家人に向けて、口から白い皿のようなものを吐き出した。それは家人たちの頭頂部に貼りつき、家人たちは苦しみ出したという。周りの家人たちはその白い皿を剥がそうとしたが、どうしても剥がすことができなかった。他の家人たちは、大人の人魚を捕えようとして矢を放ったが、大人の人魚は海の中に姿を消した。
頭に白い皿が貼りついた家人たちは、苦しみが止んだ時、姿がカッパに変貌していた。すると、再び大人の人魚が海から顔を出し、カッパになった家人たちに向かって、子どもの人魚を助け、人間たちを舟から落とすように命令した。カッパに変貌した家人たちは頭の上の皿が白く輝くと、人魚の命令通りに自分の周りの家人を海に突き落とし始め、一体のカッパは網を引きちぎって子どもの人魚を助け出し、一緒に海に飛び込んだ。カッパたちは両手から水を噴射させて、家人たちを次から次へと舟から海に落としていった。そして、海に落とされた家人たちは、次々と姿を現した大人の人魚たちに一人残らず捕らえられ、海の中に引きずり込まれて消えていった。
貴族は家人たちにカッパになった者へ矢を放つよう命じたが、その時、自分たちが大勢の大人の人魚に囲まれていることに気づいた。人魚たちは、次々と口から皿状のものを吐き出して、舟の上に残っている全ての家人の頭の上に貼りつけ、白い皿が貼りついた家人たちはもがき苦しみ始めた。貴族を守る者がいなくなると、カッパたちは貴族が乗る舟によじ登って貴族を魔界の海へ引きずり込み、貴族は悲鳴とともに魔界の海の底へ消えたのだ。
まだカッパに変貌していない家人たちは、苦しみに耐えながら、必死に舟を漕いで人間界に逃げ帰ったが、人間界に着いてからカッパに変身してしまい、人目を避けるとともに、人魚と遭遇して命令通りに操られることを恐れ、海から離れた山奥の川辺に棲みついた。
やがて、カッパたちは人間の姿に戻ることができたが、それからは自分の意思でカッパに変身ができるようになった。そして、その血を継ぐ者もカッパになることができるのだ。私や太郎のように」
「オラは普通の人間になるのが夢なんだきゃ。オラの子どもにも、孫にも、普通の人生を送ってもらいたいだきゃ。それに、人魚に操られて何かをさせられることは、絶対に避けたいだきゃ。オラは人魚に会いに行って、普通の人間になる方法を聞きたいだきゃ」
「太郎の父は水神村を離れて普通の女性と結婚したが、太郎が三歳の時に二人一緒に交通事故で亡くなってしまい、太郎の身寄りは私だけなのだ。だが、私は心臓が悪い。カッパに変身する時は体に大きな負担がかかるのだが、恐らく私の心臓は、その負担に耐えることさえできないだろう。そんな状態だから、あとどれくらい生きられるかもわからない。私は生きている間に太郎の願いを叶えてあげたくて、一緒にこの町に来たのだ。カッパ族は人魚との遭遇を恐れて海を避けてきたため、海にある魔界との出入口の場所は伝わっていないのだが、この地はかつて魔界との出入口があって、たびたび魔物が出現して人々を苦しめてきたと知った。この町に来れば何か手掛かりを得られると思ったのだ」
話を聞いたもみじは腕を組んで考え込んだ。
「海にある魔界との出入口……。何か聞き覚えがあるんだが、思い出せねぇなー。う~ん……。あ、そーだ! 思い出したぞ! あたしが小学六年生くらいの頃、ばあ様の知り合いの神主姿のじーさんが、ばあ様を訪ねてうちの神社にやって来たんだ。その老神主が、海にある魔界との出入口を遠くから見たことがあるって言ったんだ。確か……、出入口は崖にあるんだが、大きな岩に塞がれているとか、ビックリマークが目印だって言ってた気がする……。それによく覚えていねーんだが、その岩はとてつもなく危険だとも言っていた」
「おねーちゃん、その人に連絡すれば教えてくれるんじゃない?」
「いや、ばあ様が亡くなった時、生前親交があった人たちに連絡したんだが、その老神主が誰なのかわからなかった。そして、老神主が来た時、ばあ様が『うつろうきせつ神社』と言っていたことを思い出して、その老神主がいる神社に違いねぇって思って調べたんだが、ネットで検索しても全く手掛かりが得られなかったんだ。結局、『移季節神社』と書かれていたばあ様宛の年賀状で、住所だけはわかったんだが……。
よし、あたしは近いうちにその神社を訪ねてみるよ。たぶん車でも片道5時間以上かかると思う」
その時、タブレット端末の画面を見ていた鏡太朗が言った。
「もみじさん、ここじゃない? 通称『びっくり島』っていう島があるよ。細長い島と丸い島が並んでいて、ふたつの島を上から見るとビックリマークに似ているんだって。丸い島の崖に大きな岩があるみたい……。
でも、この島に近づいた船は突風にあおられて転覆したり、突然スクリューが壊れて違う方向に勝手に進んだりして、なぜか島にはたどり着けないらしいよ。この島は昔から呪われた島と言われていて、何百年も近づく人がいないんだって! 岩どころか、島の画像が全然見つからないよ」
さくらが楽しそうに笑顔で言った。
「もうすぐ夏休みだから、夏休みに入ったらすぐに行ってみようよ! あたしも弓道部を辞めたから、いつでも一緒に行けるし!」
「う~ん……。さくら、岩には絶対に近づかず、場所の確認と写真撮影をするだけだぞ。その写真をあの老神主に見せたら、きっと何かがわかるんじゃねーかな?」