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おかしな絵

パルテノン神殿のような立派な柱を構えた四階建ての建物の入り口の両端には対の馬に乗った人の像が立っていた。

像の下には何かアルファベットが刻まれているが、二人には読むことができない。

像の横には紙を持った若い男が座り込んで何やら荷物を広げている。

ミライが周りを見回して呟いた。

「ここどこだろ……今度は東京じゃないね」

その時、ガラガラ言う車輪らしき音と馬の鳴き声が聞こえて来た。

「ヒヒヒヒヒーーーーン」

「あれ、馬車じゃない?!」ユウキは拳を作ってランドセルの肩当てを握りしめている。

行き交う人々の服装。今回のタイムスリップは、別の国というだけでなく時期も結構昔のようだ。日本ではないので駅に掲示板があったところで日付も分からないかもしれないが。


立派な入り口の建物の方へ再度目をやる。目の前の建物は、レンガ造りで、よく見ると入り口には両端だけでなく、パルテノン神殿のような柱の上にも一体ずつ像が乗っていた。

よく見ると、両端の像の下の石には文字が書かれているではないか。

「アカデミー ダー ビルデンデン クンステ……」

しかし、ミライにもユウキにもなんと書いてあるか分からなかった。

入り口には人通りが多い。入り口から帽子をかぶった紳士と長いスカートの婦人が出て来たが、やはり二人が話している言葉は理解出来なかった。

周りにも、見た目は違えど雰囲気の似た豪奢な建物が立ち並ぶ。今度は通りをやたらとレトロなおもちゃのような車が通り過ぎた。


いったいこんなところで何をすればいいのだろう。


像の横の若者はまだ座り込んで荷物を広げていた。

あの人が新聞でも持っていないだろうか。

「あの人が新聞でも持っていないだろうか。」思わず口から出ていたようだ。

入り口に近づくフリをして、それとなく男の持っていた紙を盗み見た。

「わぁ、きれいな絵……」

陳腐な褒め言葉しか出て来なかったが、確かにとてもきれいな絵だったのだ。写真のようとはいかないが、水彩画とは思えないほど細かく精密で美しい建物だった。


「ありがとう」

なぜか奇妙にもこの男の言葉が理解出来た。

「これなら入学試験の課題を通るだろうか?」

深く、とても低く、穏やかな声がした。


「入学試験の課題なの?」ユウキが返事をする。

「うん、こんだけ上手ければ、普通に通るんじゃないかな……」

他にも、田園や山などの風景の絵があったがどれも上手い。とても上手い。構図とかのことはよく分からないが、とにかくレベルが高いのだ。


ユウキが床に封筒の上に並べられた

中に一枚、あまり丁寧に描かれていない作品が混じっていた。

真珠の髪飾りを付けた女性の絵だが、左右の目の大きさが違う上に、どういう表情なのか全く読み取れない。髪の毛も適当な形だ。先程の絵とのこの差はなんだろうか。


「その絵はどう思う?」低く穏やかな声が話す。

「肖像画も課題の一つなんだが、どうにも出来が悪くてね。他にも肖像画を描いてみようとしたが、どれも冴えない」

そういってもう一枚絵を出した。こちらは先程のものよりは幾分マシな気がする。赤ん坊を抱く母親の絵だ。しかしこの絵もなんか妙だ。そもそも母親とその子供なのか分からないほど似てなさすぎる。人の絵を描くのが苦手なんだろうか?

「どうだろう。こんな絵なら出さない方がマシかね?」

「うーん」ユウキが首を捻る。

でも、下手ってわけではない、とミライは思う。

「でも、下手ってわけでもないと思うよ。課題なんだから、最悪出してないだけで落ちちゃうんじゃないかな」

「やっぱり流石に、出さないのはそれだけでマズいよな。ありがとう。こんな肖像画でも出してみるよ」

若者は決心して絵を仕舞い出した。

結局どちらの絵を出すのだろう?

「出すなら母親と赤ちゃんの絵の方がいいと思います。あっちの方が上手かったと思う!」ユウキが余計なお世話を焼いている。

「君達も絵は好きなのかい?」

ミライは考える。そりゃ算数や社会よりは体育や美術の方が好きだ。「算数や社会よりは美術の方が好きかな……」

「小学校で美術が習えるのかい?羨ましいねぇ!それじゃあ、僕はそろそろこの課題を出しに行って来るよ。君達も気をつけてね」

絵をまとめて立ち上がった若者が入り口から建物の中に入った途端、


ミライの手の中の腕時計が再び光を放った。足が地面から離れ、身体がふわっと浮かぶような感触。


光が収まったとき、二人はまたボロボロの建物に戻っていた。目の前には古い机。これは変わりない。

だが、息苦しい。それに暗い。とても薄暗い。夕方になったとか夜になったとかいうような感じではない。上の方には確かに明かりが見えるのだ。建物の雰囲気もさっきまでとはまるで別の場所のように変わっていた。階段の周囲はさらに崩れ、鉄骨が不気味にねじ曲がる。何か強大な力に打ち砕かれでもしたかのような、恐ろしい姿だ。そして机の周りには、血のような赤黒い染みが、広がっている。


それにしても息苦しい。なぜか分からないが息が出来ない。ふと、視界の端に見知った姿が映る。


「あれは——」


ミライの声に、ユウキも藻掻きながらミライの視線の先へ振り返ろうとする。ダメだ。体がひどく重い。押し潰されそうだ。それに苦しくて仕方がない。


そうだ。


ミライはユウキの手を引いて自分の手の上に、自分の手の上の腕時計に重ねさせた。暗い空間が光で満たされる。


間もなく、体がふわっと浮かび上がった。

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