コウシャ
結局、あのあと何度腕時計に二人の手を重ねても二人がタイムスリップすることはなかった。
次の日のユウキのクラスの6限目の授業は社会科だった。
「日本では、海産物の輸出と輸入、どちらが多いと思いますか。みなさんで考えてみて下さい」先生が問う。
「輸出の方が多いと思います。日本は海に囲まれた国だからです。魚介類を使った料理も多いので、漁も盛んなはずです。世界には海がない国もたくさんあります。そういった国では、日本などから海産物を輸入したいのではないでしょうか」誰かが答える。納得の意見だ。現にユウキ達の町からも多くの海産物を出荷している。
「はずれです」しかし先生が言う。「日本は世界で二番目の海産輸入大国です。これは、日本での海産物の消費量が高いためです。例えば、日本の海老の消費量は世界一です。世界には、魚介類を全く食べない人達もたくさんいます」
「なぜ魚介類を食べないんですか?海がないから?」
「嫌いだから?」
「おいしくない魚しかとれないから?」
生徒達が口々に尋ねる。
「地理的な理由で魚介類を食べない人達ももちろんいますが、例えば、宗教的な理由で、魚介類が食べれなかったり、甲殻類だけ食べることが禁止されている人達もいます。日本の海産物の輸出先はほとんどが米国やアジアです。ヨーロッパが地理的に日本から海産物を輸出しづらいということや、ヨーロッパにはヨーロッパの海産物がたくさん捕れる国があるということもありますが、魚介類を食べない文化の人達が一定数いるということもあります。この他に輸出より輸入が多い理由として、みなさんが生まれる前に起きた大地震による原発事故の影響で輸出が減ったりもしましたし、他にも様々な要因がありますが、日本は海産物の輸出大国なのです。」
放課後、待ち合わせたわけではなかったが、ユウキがミライの教室の前で待っていた。二人は基本的には友達と一緒に帰ることも多いのだが、今日は自然に二人とも一緒に帰宅しようと考えていた。今日はなんとしてもあの海辺の建物にもう一度行きたかったからだ。腕時計を、もう一度あの場所で使ってみようと考えていた。
足早に、今日学校であったことや授業の話などをしながら建物のあった場所へと足を向ける。
建物の様相が変わっていた。
昨日まではボロボロの建物には不釣り合いなくらいにきれいに片付いていたが、
今はゴミだらけだ。建物に近づけるのかも分からないくらいにゴミだらけだ。
どこから飛んできたのか分からない大きな板があったり、てっぺんからはコードのようなものが何本も垂れ下がっていたり、その他にも、何か判別もつかないもので埋め尽くされており、とにかくゴミと瓦礫の山だ。
その中で、外側についた白い階段までの道のりだけが不自然に片付いていた。どうでもいいことかもしれないが、もしかしてこの階段は元々は外階段ではなく建物内の一番端にでもついていたのではないだろうか。
よく見ると、崩れそうな階段の上もきれいに片付いている。
階段は登れそうなので、二人はとりあえず昨日腕時計を拾った机のところまで向かうことにした。
「一日でこんなにゴミだらけになるなんて……絶対に風のせいとかじゃないよね?」ミライが眉を吊り上げて周りを見渡しながら階段を登る。ユウキは足場が悪いからか、建物の様相が変わった理由の答えなんか持っていなかいからか、返事をしなかった。
昨日は登らなかった三階へ足を進めてみようとしたが、階段はほぼぶら下がっている状態で、これ以上は登るのは難しそうだ。
おかしなことに、昨日腕時計を拾った机までの道は、片付いていた。二人は机まで足を進め、ミライが腕時計を握りしめた右手をユウキの方へ突き出す。
家では何度ためしてもタイムスリップに成功しなかったが、この建物の有様を見たからだろうか。二人は確信めいたものを持っていた。
「ユウキ、行くよ」
「うん」