スポーンキル 其の2
エゼキエルの荒い息遣いは痛み以上の興奮を伝えているようだ。
全身を襲う痛みと、興奮に震える指先、勝手に鎌首をもたげる下半身の主張。目の前には、地面に横たわる"獲物"がいる。純白のナース服が土に汚れ、細い手足が無防備に伸ばされている。拘束の光が彼女の体を締め上げ、深いスリットの隙間から白い肌が覗く。
その姿を見下ろしながら、エゼキエルの唇が歪んだ。
「神に楯突いた報いだ。魔女よ、貴様はその身をもって"贖罪"するのだァ……」
胸の奥から湧き上がる暗い欲望。
痛みと恐怖、支配と服従——それらが絡み合い、サンティスの理性を溶かしていく。神の代行者たる自分に手をあげたのだ、何をしてもいい。
女が分不相応にも、自分を睨んできている。
魔女というのは、実に強情なものだ。じっくり時間をかけて、神に懺悔するまで拷問するのが、我ら神に使える者としての責務なのかもしれない。
ガツン!
女の横顔を蹴り飛ばし、華奢な体をも踏みつける。ゾクゾクとした快感が背筋に走った。
その行為に快感を覚えて、激しく何度も何度も足を振り下ろしていく。
だが、それがいけなかった。
—ヂクリッ…
エゼキエルは震える手で自身の頬に触れた。
深く抉られた肉、折れた歯、鉄錆びた味のする血液が口内に広がる。熱を帯びた傷口が、勝利の余韻に冷たい現実を突きつけた。
「チッ……!」
死ぬわよ?という女の言葉が脳裏にちらつく。
(まずは回復が先だ。)
こんな大けがを負っても冷静でいられるのは、怪我ごとき治せる術を持っているからに他ならない。回復の恩寵を宿すレリックは、殴られている間に、男の手からどこかに転がってしまったようだ。
エゼキエルの得た恩寵は3つ。
1つは身体能力の向上
1つは敵を拘束するレリック
1つは癒しの力を纏うレリックである。ヴァチカンの中枢、常に安全圏に身を置く性格が恩寵を選ばせた。
近くにあるはずだ。勝利の晩餐は万全でなくてはなァ…
サンティスが己が恩寵を探さんと地面に目を落とした、その時。
パシュっという音を発して、現世に顕現していた奇跡が、その役目を終えた。
地面に縛り付けられていたの女の身体が、すっと自由を取り戻す。
拘束されていた時間が終わったのだ。聖銀のレリックは輝きを失い、その場に沈黙する。
『武器を使うには“検証”と“習熟”が必要なのよ。』
その言葉はエゼキエルの耳に届くことはなかった。自由を取り戻したその刹那、白衣の女は自分を縛り上げていた聖銀のレリックを掴んだ。
銀のレリックを大きく振り上げ、渾身の力でエゼキエルの頭に振り下ろす。
結果的に、最初の邂逅で出会った二人は殺し合いに発展し、一人が生き残ることとなった。
「はぁ、これが殺したってことなのね」
私は、手に残る嫌な感触を握り込み、その苦い実感を噛み締めた。
男が淡い光となってその場から消滅する。
同時に、手に持っていたレリックは、片手に収まるサイズに縮小していた。きっと最初はその大きさだったのだろう。
ふと、視界の端にシステムウィンドウが浮かび上がる。
≪【宗教世界】エゼキエル・ディ・サンティスを転送します。≫
それを確認すると同時に、新たな情報がウィンドウに流れ込む。
≪帆世静香に6RP付与されました。≫
≪『実績解除』初邂逅を達成しました。プレイヤーの初討伐を達成しました。≫
≪実績解除にともない、プレイヤー帆世静香に情報が開示されました。≫
達成条件:水辺の封印洞の管理権獲得。
参加者が1名になった時点で終了します。
私はウィンドウをじっと見つめる。
「水辺の封印洞……?クリア条件とイベント終了条件が違うってことね。」
重要な情報だ。
それにRPが獲得できるというのも当初の想定通りだった。これで序盤の有利を取るために身体強化特化ビルドにしていた偏りを取り戻せる。ホクホク気分でウィンドウを続けて操る。
「えー……身体強化も、武具創成も選べない?」
画面には新たに2つの項目が追加されていた。
★[スキル]
★[システムアクセス権]
身体強化や武具創成に振ることはできない。
その代わり、"スキル"や"情報操作"にポイントを使うことができる。
スキルの項目を開いてみると、現在は空白のままだ。
どうやら、RPを消費することで何らかの能力を獲得できる仕組みらしい。
一方で、"システムアクセス権"の項目には、さまざまな機能が羅列されていた。
これは、そのうちのひとつ。
【システムアクセス権】
• 情報の開示/秘匿
最も目に付いた項目が、情報の開示と秘匿に関する機能だった。
いつの時代も、強者とは情報を最も統べている者だという。本来であれば、達成条件を共有し、参加者同士で争わない選択肢もあったかもしれない。
『この達成条件、他プレイヤーに秘匿してもらえる?』
得られた特権は独占しよう。
≪本情報はプレイヤー初討伐の報酬であり、現時点では開示されていません。1RPを使用することで永続的な秘匿が可能です。≫
システムアクセス権によってシステムとやり取りできるようになったことは大きい。RPを使わない範囲でも重要な情報が手に入るようだ。
争わない選択肢をスパッと切り捨てて、私は満足気に頷く。
『それでいいわ。あとスキルの説明もお願いできるかしら?』
≪帆世静香の要求が承認されました。≫
——1RP使用。今後本クエストの達成条件は開示不可となります。
≪スキルの説明を追記しました≫
——スキルとはプレイヤーの持つ能力がシステムに認知されることで発現します。
・極められた技能はスキルへ昇華することで物理法則を一部超越することが可能です。
・RPを使用することでスキル取得を補助することができます。
「なるほどね……」
私は、ふっと小さく笑った。
つまり、スキルとは"その人間の持つ特性を拡張するもの"というわけだ。
この試練は、単なる力比べではない。そもそも戦闘だって力比べではないのだ、と思う。
"適応する力"こそが、生存の鍵となる。何をするべきか、何通りもの案が脳内で展開される。
「……ますます面白くなってきたじゃない。」
ウィンドウを指で小さくまとめ、視界の端においやる。
この場所に長居は無用だ。探し物だけしたら、さっさと動こう。
太陽も幾分傾いてきたようだ。
戦うことに意識を取られてしまうが、そもそも人間は準備無しには大自然の中で生き残ることすら難しい。
生き残ること。
成長すること。
もう一度辺りを見渡し、その準備のために行動を開始する。
( ๑❛ᴗ❛๑ )帆世ちゃん。こんな顔ぽよ。