ドキュメンタリー:白の英雄を称える会
人類に突如として突きつけられた「試練」――
それは青天の霹靂とも言える、未曾有の歴史的転換点であったのです。
当初、その正体は一切不明であり、ただ街を壊して暴れまわる巨大な獣の姿が報道されたことは記憶に新しいと言えましょう。
それから間もなく、人々の目の前に伸縮自在なホログラムのようなウィンドウが出現し、ウィンドウ製作者こと真人鷹平の説明が始まりました。曰く、1か月周期で例の獣のような未曽有の敵が現れる。曰く、世界各地に異界へとつながるダンジョンが現れる。曰く、これらを放置すると人類は滅亡してしまう——。
次第にその脅威の本質が明らかになるにつれ、人々の間には不安と緊張が広がり、世界は揺れ始めたのであります。
そんな中、ひとつの名前が、ウィンドウを通じて世界中に広まっていくことになりました。
その人物の名は――そう、帆世静香その人です。
最初にその名が報じられたのは、「邂逅」と呼ばれる最初期の異常イベントに巻き込まれ、それを仲間の“こもじ”と共にクリアした時でありました。そもそも邂逅とは何なのか、我々は誰も知らず、大きな関心を集めることは無いまま、名前だけが記憶の片隅に刻まれたのであります。
3月上旬、真人の予言通り、中国の山脈奥地からダンジョンが発見されました。
≪奈落の獣喰≫と名付けられたこのダンジョンに、総数200万人を超える軍人を有する中国軍が突入しました。さらにアメリカからも精鋭部隊が派遣され、その悉くが全滅するに至る——我々はあらためて、人類に降りかかった災厄の脅威を知ることになったのでした。
しかし、それから幾ばくも経たないうちに、人類初となるダンジョンの踏破が成し遂げられたッ。
その偉業を成し遂げた人物の中に、彼女の名前が刻まれていたのです。
帆世静香、そのほかの英雄と同じく、その名前が広く知られるようになった最初の出来事であったといえます。
初のダンジョン攻略達成に、世界各国が主催して祝福の祭りが執り行われました。これは後に、UCMCが提案し、人々にダンジョン攻略について関心を持ってもらうためのイベントであることが明らかにされています。人類が協力し、脅威を振り払ったことを祝う催しは、今後末永く開催されることを期待しましょう。
この日から、帆世静香とは一体どのような人物なのか。顔も声も何もかもが謎に包まれた人物が、その名前だけ世界中の人の耳に入ったのです。
当局も再三その話題を取り上げてきましたが、街中のあちこちで噂が尽きることはありませんでした。家族と食事をとっているとき、仕事場で取引相手と商談をしているとき、気が付けば彼女たちの話題にかわり大いに議論を呼びました。
帆世静香とは実在する人間なのか——世界を二分するような討論が決着することは無かったのです。
だが、これらの出来事は全て前座であるのですッ!!
我々はついに、帆世静香という存在を目の当たりにすることになった!!
報道番組の司会者が、熱を込める。
私はソロモン諸島に向かう飛行機の中で、レオンに勧められたドキュメンタリー報道を見ているのだ。
「ケッ…俺達デルタフォースはその他扱いだぜ」
「レオンが見せたんじゃん~。それにデルタの顔やら素性を報道するわけにもいかんでしょ。」
「だな。続き始まるぜ。」
3月28日、ロシア連邦シベリア連邦管区イルクーツク州にて、新たな討伐種:静寂ノ森梟が発見されました。
全長20mを超える鳥獣型の討伐種であり、一般的な戦闘機を覆い隠せるほどの大きさです。
静寂ノ森梟の居場所を突き止めたアメリカ政府は、極秘のうちに軍隊を動員。イルクーツク州にある森に大規模な空爆を実施しました。衛星写真から分かる通り、アメリカ軍本気の空爆は地形を書き換えるほどの威力を発揮し、その日のうちに討伐完了の報せが世界に流れたのでした。
しかし、これが大きな火種となってしまった。突然の空爆に見舞われたロシア政府が強く反発し、アメリカに対して宣戦布告を行いました。俄かに世界情勢が傾き、UCMCの勧告むなしくアメリカがUCMCから脱退。
第三次世界大戦勃発の危機に直面したのです。
世界中に緊張が走る中、4月8日。世界の運命が動き出す。
『通称4.8ホワイトハウス襲撃事件』
ここからはその時の映像を合わせてお送りいたします。その日の監視カメラの映像を、当局は入手しました。
ホワイトハウス正門ですね、こちらに映っているのが帆世静香さん本人です。急に現れたかと思うと、全世界ライブ配信が始まりました。
『帆世静香でーす。アメリカとロシアの戦争を止めに来ました!』
我々のウィンドウに強制的に映し出された衝撃の映像。一週間遅れのエイプリルフールかと、当初信じることができなかった記憶があります。
しかし、彼女は本気でした。正門の警護隊の発砲を避け、一瞬で二人を制圧してしまいます。
その時実際に正門を守っていた、J.オリヴァー氏がゲスト出演してくださいました。
「オリヴァー氏、当時の様子はいかがでしたか?」
「どうも、そうですね。まずは一言…神に向かって発砲したことを、謝らせてください——」
「当時の自分は、ホワイトハウスの正門警備についていました。突然目の前に現れ、ホワイトハウスに入ろうとする帆世様に声を掛けたのを覚えています。同時に、政府からemergency callが発動され、射殺してでも止めろと指令が下りました。」
「ははあ、政府からの命令だったんですね。」
「そうです。その腰に刀を携帯しているのを確認し、構えていた拳銃の引き金を引いたのです。
しかし、まさか銃弾を躱すとは思いませんでいた。消えたかと思うような速さで距離を詰められ、私の腹部に衝撃が走ったのです。」
「映像を確認します。そうですね、掌でオリヴァー氏の鳩尾を押しているように見受けられます。」
「分厚い防弾ベストを着ていたのですが、私は一撃で立っていることさえできませんでした。
腹部のここですね。」
オリヴァー氏がシャツを脱ぎ、その鍛え抜かれた肉体をカメラに映す。
「むむ、このお腹にあるタトゥーはまさか…」
「帆世様の手形を、こうしてタトゥーに彫ったんです。私の誇りです。」
「羨ましいですなァ~~」
「ハッハッハッ」
続いて、正門を潜った帆世氏の前に現れたのは、アメリカが誇るシークレットサービスの警備隊です。
ホワイトハウス近辺の上空写真ですと、このあたりの建物から狙撃班も待機していたと考えられております。
いやぁ~今見ても迫力が段違いですね。映画を超えていますよ。世界中の誰もが言葉を失って見入っていたのではないでしょうか。
失敬、映像はここまでです。この後、帆世氏はアメリカ大統領カール・タカード氏と直接会談し、戦争を中止するよう勧告したと発表されています。
帆世氏の勧告をアメリカ政府は受諾、その日のうちに全軍が武装解除したことが報じられました。
翌日の大統領会見で、正式にロシア政府と和平が結ばれたことを宣言されています。
この時の世界中の熱狂ときたら、とんでもないものがありました。
謎に包まれた存在だった帆世氏が、全世界にその姿を公開し、たった一人で戦争をとめてみせたのです。
この出来事を境に、世界は大きく変わっていきます。
“白の英雄”という称号が定着し、帆世静香という存在は、人々の心に深く刻まれることになりました。
テレビ、新聞、SNS、ウィンドウ。あらゆる媒体が彼女の名を取り上げ、
やがて、それは文化・経済・教育など、あらゆる分野に影響を与えていきます。
各国のアーティストがこぞって帆世静香氏を題材とした楽曲を制作し、大ヒットを記録しました。
スキル習得を目的とした訓練所には若者たちが殺到し、ダンジョン関連のクエスト報酬申請件数は、およそ四倍にまで膨れ上がったとされています。
そして各地で自然発生的に結成されたのが、≪白の英雄を称える会≫――今となっては、通称「ぽよちゃん教」と呼ばれる集団です。
「オリヴァー氏は、この会の随分初期に加入されたんですよね?」
「ああ、我々は加入者を広く歓迎している。帆世様の攻略を助け、試練に果敢に挑戦することがその目的だ。」
「素晴らしいですね。」
ウィンドウによって各地のグループは統合され、結果的に全世界で25億人を超える参加者を擁するまでに拡大し、既存のあらゆる宗教団体を凌駕する、世界最大の信仰圏を築き上げたのです。
人々は、帆世静香氏の素性や私生活、過去の足跡を辿ろうとしました。
その全てが、ニュースになり、議論を呼び、熱狂的に共有されました。
「彼女はよく釣りに来られていました」
「昔、オンラインゲームで一緒に遊んだことがあると思います」
「Japaneseの掲示板で彼女に関するスレッドを見ました」
このような証言が世界中から寄せられ、彼女が『ぽよちゃん』として活動していたことが判明したのです。
そして、UCMCから進化の箱庭第十層の攻略が完了したと発表がありました。なんと、実際に攻略が完了していたのはホワイトハウス襲撃事件の直前だったようです。
「進化の箱庭を攻略した後、すぐにホワイトハウスに来たということになります。」
「帆世様は、一日でも早い解決を願って、行動してくださったにちがいありません。そして、戦争を止めたと思えば、すぐにヴァチカンのダンジョンに向かったのです。」
ここからは、つい先日までのニュースのダイジェストになります。
4日前、ヴァチカン市国に出現した《黒聖堂》が攻略されたと速報が入りました。
クリア者は、帆世静香さん、デルタフォース、そしてこもじさんが協力して踏破に成功したことが報じられました。
しかし同時に伝えられたのは、帆世氏が戦闘中に重傷を負い、意識不明の状態であるという事実でした。各国政府、UCMC、宗教団体、そして25億人におよぶ“信徒”たちは、世界規模で祈りを捧げました。
広場ではロウソクの灯が並び、世界は悲しみに沈みました。
UCMCは事態の深刻さを考慮し、次々に情報を公開します。
黒聖堂の攻略と同時に、≪灰の帳≫も攻略完了していた。これは5月のダンジョンが、既にクリアされたということです。
これだけではありません。
3月討伐種、5月討伐種はともに悪魔と呼ばれる異界からの侵略者であったと発表されました。
人々の精神に憑依し、その危険性は非常に高く、高位悪魔によって齎される被害は恐ろしい規模に及ぶと試算されています。
『悪魔は、時には神と名乗って現れます。悪魔召喚など悪魔に関する儀式を発見したら、早急に警察当局や行政に通報してください。』
そして、高位悪魔2体をダンジョンの中で討伐に成功したのです。
ともに任務にあたっていたデルタフォース隊員にインタビューをしています。どうぞ。
『我々は先行してダンジョンに入っていた。召喚された悪魔の力はすさまじく、銃器をもってしても戦えないほど強敵だったと言えるだろう。帆世静香、こもじの二人が来てくれたことで我々は命を取り留めることができたのだ。帆世静香氏の命には問題ない、じきに意識を取り戻すと信じている。』
顔は明かせませんが、彼らも多くのスキルを発現させた英雄です。
私達は、彼らに頼り切りでいいのでしょうか!?
各国政府はスキル発現養成所を開設しています。連絡先は、こちらです。
「そして!昨日未明、帆世氏が意識を取り戻したことが発表されましたッ」
世界は歓喜の渦に沸いています。
わずか1時間のうちに、ウィンドウを通じて68億件を超える「おかえり」のメッセージが送られたと記録されています。
英雄は、再び目を覚ましたのです。
「どうだい、白の英雄どの。例のグループに招待したんで、見てみろよ。」
「ちょ、うわぁ…まったく追いかけれないスピードでメッセージが流れるわね。グループとして機能してないじゃない。」
25億人が所属するグループチャットが機能するわけないのだ。新幹線の窓から外を見るように、とんでもない速さでメッセージが流れていく。
「書き込んでみたらどーよ。静香からコメントがあれば喜ぶぜ。」
「うーん、うーん、いっそ焚きつけるのもアリか…」
「英雄とか、象徴ってのも大事な仕事だぜ。がんばれよ」
「私の彼氏でーすってレオンの顔写真UPしていい?」
「新手の死刑宣告かよ、やめろよ洒落になんねえぞ、」
神様みたいに崇められても、本物の自分とギャップが大きすぎて変な気分なのだが…
しかし、未曽有の危機に瀕している人類にとって、自らの意思で困難に立ち向かう人を集めることは何よりも重要なことだと言える。
…私が死んでしまっても、彼らが後を継いで最前線を走ってくれるなら、こうして英雄を気取ることも価値が在るのかもしれない。
『帆世静香です。怪我は回復したことを報告します。
こうして25億人も集まったことに驚いています。皆様に一言。
私は神ではなく、私に対して祈ることに意味はない。
私一人でクリアしたわけではなく、今後も私一人でクリアできるような試練ではないだろう。
私はクラン:英雄の戦場を結成した。
皆も後に続いてほしい。私たちが切り拓いた道を、皆が舗装して広く太く強固に固めてほしい。
戦えない人も、目の前の課題に全力で取り組んでほしい。
私はこれからもう一つのダンジョンに向かう。
私に追いつき、ともに手を取れる仲間は歓迎する。全員頑張れ。』
ぽちっとな。
ついでに真人に同文を送信する。焚きつけておいたから、彼らの力をかりて頑張ってね。と
今からダンジョンにこもるのだ。地球に残った人たちのことは、人類の代表である真人に任せたらいいだろう。
「静香ってすぐ人を煽るよな。戦争とか始めるのに向いてるぞ。」
「レオンったら戦争を止めた英雄になんてことを言うんでしょう…手が滑って写真を拡散しちゃいそう」
着陸した飛行機を降り、目の前に現れたダンジョンの口を見る。
無限回廊。さァ、征こうか。