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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
87/163

始まりの街 攻略都市■■■■■

ルカの1日をお送りします。


俺の名前はルカ。

進化の箱庭に入って、もう一週間が経過していた。


この箱庭には、「持ち込んだ物品をそのまま持ち込める」という特性がある。

その利点を最大限に生かすべく、千人はそれぞれが限界まで装備や工具を詰め込み、準備万端で潜入に臨んだ。


最初の層はサバンナ地帯。乾いた風が吹き抜ける草原に、俺たちは街を築こうとしているのだ。進化の箱庭攻略に、人類として挑むための最初の基地作成を行うという壮大な作戦だった。

同行者は総勢千名。そのほとんどが軍務経験者であり、全員が何らかのスキルを一つか二つ備えている一流の開拓者。



一週間が経過し、サバンナのど真ん中には、すでに都市国家の輪郭が現れ始めていた。

だが、ここでの生活は正直、過酷という言葉に尽きる。


毎朝、まだ陽が昇る前に目を覚まし、ペアを組んだアイザックさんと共に拠点の周囲を点検する。

簡易的かつ実用的な警報システムやトラップの設置方法を、歩きながら教えてもらうのが日課だ。

一通りの確認が終われば、そのまま丘を越えて、狩りに向かう。


「坊主、まずは体力だ! 足が棒になっても、それでも一歩走れる奴が、戦場で生き残るんだぜ。」


そう言って笑うアイザックさんは、もはや人間離れしている。

2メートルを軽く超える体格で、俺の全力疾走に近いペースを何時間でも維持できる。

10キロ以上の装備を背負い、灼熱のサバンナを正午までおよそ6時間、走り続けるのだ。


息が上がり、喉が焼けるように熱い。

吸い込む空気は乾いていて、肺の奥をザラザラと削っていく。

胃が裏返りそうな気持ち悪さに耐えながら、震える膝を叩いて進む。不思議なことに、足を止めなければ体は前に進むのだ。


「ヒュ~♪坊主、根性は一級品だな。」


一時休憩、アイザックさんが唇に指をあてて静止のジェスチャーをする。

ゆっくり指さす先には、草むらに身を隠したライオンの群れがいた。


なるほど、今日の獲物が見つかったらしい。


俺たちは日々の糧を得るために狩りを行うが、必ず肉食獣を狙うようにしていた。その理由はいくつかある。第一に、フィールドから脅威を排除することが俺たち攻略組の仕事である。第二に、肉食獣を狩る方が訓練になるからだった。


アイザックさんがそっと地面に膝をつき、小型のナイフを抜いた。

その刃先が、乾いた赤土に静かに触れる。

一筆書きのようななめらかな動きで、地面に線が引かれていく。


描かれたのは、周囲の地形、風の向き、そしてライオンたちの配置だった。

彼は声ひとつ発さず、瞬時に情報を整理し、狩りの戦略を組み上げていく。


俺はその所作を、必死に目で追った。

索敵から行動立案へ、まるで流れる水のように無駄がない。

この一連の動きを、脳裏に焼き付けるように覚える。俺にとっては何よりの教科書だった。


獲物は4体。

体格の大きな雌ライオンが、群れのリーダーと見て間違いない。

その背後に、やや小ぶりな3頭が控えている。


「全部狩るぞ…イケそうか?」


「…やります。」


その場に装備を置き、手に持つのは二振りのサバイバルナイフだ。狩りにおいて、銃は一度も使用していなかった。その代わり、自分の体に馴染む刃物を選んで携帯する。


アイザックさんが風を読んで進み、俺は背中にぴったりとついていく。物音ひとつ立てたら、あとでドヤされてしまうから全身に注意して歩く必要がある。


(坊主…5m圏内だ…やれ)


(分かりました。)



レリックを静かに地面に置き、深く息を吸い込む。

目の前わずか5メートル先に伏せているライオンの気配に、全神経を集中させた。

意識の奥底で、スキルを起動させる。詠唱は破棄するように、帆世さんから厳しく言われていた。


——【レリック・オブ・バインド】——


瞬間、レリックが淡く光を帯びて巨大化し、円盤状に展開する。

中心から波紋のように広がった光が、草を通過し、空気を伝う。


次の瞬間、ライオンたちの身体が、光の輪に包まれて沈み込んだ。

草むらの中、4体すべてが地面に縫い付けられるように動きを止める。


「今だ!」


アイザックさんの合図と同時に、俺たちは地を蹴った。

赤茶色に乾いた土を爆ぜさせ、全力で距離を詰める。

15秒。その間にすべてを決める。


風が耳を裂く。視界の端でアイザックさんが黒豹の如く滑らかにライオンに飛び掛かった。

俺も一番近くにいたライオンに組み付き、ナイフを首と心臓に突き立てる。ライオンの皮膚は、まるで硬いゴムのような弾力がある。その下にある筋肉の層も重く、刃先は簡単には通らない。


だが、ためらっている暇はない。

俺は狙いを定め、心臓を守る肋骨の隙間を探るように、刃を深く、強く押し込んだ。

生命を殺める感触が、刃から俺の手に伝わってくる。


「坊主、気を抜くんじゃねえ。一頭、動くぞ。」


俺が一頭仕留める間、アイザックさんは二頭の心臓を的確に抉っていた。

そして残されたのは一頭。群れの中でも最も体格の大きな、あの雌ライオン。


その瞳が、俺を捉えた。

牙を剥き出しにし、耳を伏せ、低く唸る。完全にこちらに敵意を向けている。

アイザックさんと一緒に動きはじめて、一週間。ついに動く敵を相手にした、本物の訓練がはじまった。


「やります!」


俺は声を張り上げた。

喉が乾いているはずなのに、声だけはしっかりと出た。怖い感情はあるが、このライオンより遥かに格上の悪魔と対峙してきた。それに、帆世さんや師匠達はそれよりもさらに強い。


「応ッ 俺は援護に回るぜ」


アイザックさんが両手の拳を握る。ボクシングスタイルだ。

俺は両手にサバイバルナイフを構える。一歩、草を踏みしめる音に反応して、雌ライオンの身体がわずかに低く沈んだ。

次の瞬間――


ガウッ


鈍い唸りとともに、奴が跳んできた。

反射的に身を引いたが、伸びた前脚の爪が肩を裂いた。

鮮血が飛び散り、痛みで身が焼けるようだ。


「目を閉じるな!」


アイザックさんの怒鳴り声が、頭の芯に響く。


目を見開いた俺の視界に、巨大な顎が迫っていた。

牙を剥き、まさに俺の喉笛を狙っていたその頭を――


ガッ、と重い音が響いた。

アイザックさんの拳が、真横からライオンの顎をはじき返したのだ。

ジャブ一発。それだけで巨体の獣を退ける。


「すみません!前、出ます。」


腰を低く落とし、足は肩幅に開いてナイフを構える。

呼吸は浅く、しかし意識は澄んでいる。

目の前のライオンは、一連のやり取りの中で、俺の力量を見抜いたようだった。

次の瞬間、獣は再び地を蹴り、宙を舞う。


狙いは俺の顔面。

太く鋭い鉤爪が、風を裂いて振り下ろされる。


(同じ軌道……!)


俺は右手のナイフでその前脚を受け止め、同時に全身を左へ沈ませるように流す。

重い一撃を受け流し、土を踏みしめて態勢を保つ。


だが、ライオンはその場に着地するや否や、しなやかな身体を翻して牙を剥いた。

その動きは、まるでバネのようだった。ネコ科動物は、最も身体能力が高い種と言われている。


先ほどのように直線的な勢いはないが、殺意溢れる本命の攻撃だ。

俺も咄嗟に体をひねり、急所を守るように左腕を突き出した。


「ッく……!」


瞬間、左腕に激痛が走る。

牙が皮膚を貫き、肉を裂く感触。

ライオンの全体重が俺にのしかかり、地面へと叩きつけられた。


視界がぐらつく。

空は真昼なのに、どこか薄暗く感じた。


それでも――俺の右手には、まだナイフが残っている。

目を閉じない。冷静にライオンを睨み、その牙と爪の位置を確認する。アイザックさんと目があい、まだ大丈夫だと視線で返した。


ドフッ


アイザックさんの脚がライオンのわき腹に突き刺さり、一瞬体が浮いた。

今だッ——唯一自由に動く右腕でナイフを振るう。ライオンの臓器は胸側に集中しており、その肝臓付近に三度ナイフを突き立てた。


甲高い悲鳴。ゴロゴロと地面を転がる獣に、覆いかぶさるようにトドメの刃を突き立てていく。

どちらの血なのか分からないが、俺とライオンは血の水たまりを作っていた。最後に自分の脚でたったのは、俺だ。


「ルカ、よくやったな。怪我は大丈夫か?」


ふふ——坊主、じゃないんですか——


差し伸べられた手を握り、血に濡れた服を脱ぐ。キリスト教徒だった俺が、血まみれで動物と殺し合いをしているなんて、不思議な感じだ。主に祈ることはなくなり、代わりに俺は祈りをささげる人に出会ったのだ。


「ありがとうございました。怪我も仕事のうち、とリリーさんに言われてます。」


血を洗い流し、怪我の具合を確かめる。左肩と左前腕に創傷、前腕は挫傷している個所も多く、内出血していた。傷口に異物が残るといけないので、水で丁寧に傷口をこするように洗い流す。荷物からメディカルキットを取り出し、滅菌糸で開放創を縫い合わせる。


「痛ゥ——ッ。」


「手伝おうか。」


アイザックさんの手を借り、不格好ながら傷口の縫合を終えた。自分の体が一番の教科書、俺の医療の師匠はそういう方針なのだ。

傷口を閉じ、続いてレリックを取り出す。


——【レリック・オブ・ヒール】——


暖かな緑色の光は、豊かな自然の香りを届けるように感じる。

じくじくと痛んでいた傷が和らぎ、ようやく口にくわえていたハンカチをはなすことができた。

傷が急速に癒着し、腕を頭の上まで上げられるようになる。


「お待たせしました、動けます。」


アイザックさんを探すと、倒れていたライオンの体を運んでいるところだった。

両腕に一頭ずつ持ち上げており、さらっととんでもない筋肉を感じさせてくれる。


「相変わらず便利だな。すげぇよ。」


ドサッとライオンを下ろし、基地へ帰宅する準備を整える。


「帆世さんに頂いたんです。俺の力じゃないんですよ。」


ロープでライオンを体に縛り付けていく。アイザックさんが3頭担ぎ、俺は恥ずかしながら1頭背負うので精いっぱいだ。貴重な資源を、我らが攻略都市へ持ち帰る。ちなみに、帰り道もダッシュである。



--------------------------------------------------------------------------------------------


帰宅する頃には、すっかり日も高く上がり正午になっていた。

とれたてのライオン肉を解体し、いたむのが早い内臓を料理していく。人口1000人の攻略都市は、獲物をとってきた端からどんどん食べられていく。


「みんなー聞いてくれ。今日の獲物はルカがとったぞ!」


陽気な性格のアイザックが、集まってきた皆を盛り上げている。

攻略都市に集まる人は、基本的に体育会系の軍人だ。良い事があると大いに喜ぶのが、この街の文化になっていた。


「ルカ、お疲れ様。これから飯を食いながら都市構想の会議がある。」


焼いた肉を片手に、エリック隊長が肩を叩いた。

手探り状態の都市建設、今は外敵から身を護るための外壁の作成を主に行っていた。

西洋の都市国家をモデルにしているが、資材が足りない現状では高く壁を築くのは困難だ。

人の命がかかっている重要な会議、エリック隊長は俺に、都市を0から作る経験と知識を叩き込むと言っていた。


「堀を掘って、その土でレンガを焼くのはどうだろうか。木は柵に使えるほど豊富じゃないぞ。」


会議が終わり、そのまま俺は土木工事の手伝いに向かう。

回復のレリックを立てることで、作業効率が格段に上がったのだ。なお、俺は師匠達の方針でヒールが届かないエリアの穴掘りを担当している。手に豆ができ、白い肌が赤く日焼けするなか、ひたすらにシャベルを振るった。

脳裏にあるのは先ほどまでの戦闘だ。動きを思い出し、アイザックさんの教えを反芻しながら土を掘り起こす。


日が暮れるとみんなで食事を用意して、食べ終わったらエリックさんと別の会議に出席する。

分厚い教科書を読み、何もかも足りない知識ばかりだと再確認する。なかでもリリーさんとの医学勉強はとても楽しかった。唯一の癒しの時間ともいえる。


そして、寝る前。テントの外で激しい剣の応酬が繰り広げられていた。

こもじさんvs柳生先生

恒例になっている木刀をもった稽古がはじまったのだ。

俺だけではなく、ギャラリーは100人を超えている。この世の頂点を見ているような筆舌尽くしがたい試合、こもじさんの額に汗が噴き出ている。


戦闘の熱は周囲の人間に伝播するものだ。

エリックさん、アイザックさん、そのほかギャラリーの有志が手を上げ、順に柳生先生に稽古をつけていただく。俺ももちろんその列にならんだ。


「ルカくんじゃったか、君には特別厳しくと言われておるのでな。」


向き合う柳生先生の姿がゆがんでみえた。ゆらゆらと闘気が巡り、無数の剣が俺を切り刻むような錯覚を覚える。なんとか剣筋を見ようと目を開くが、気が付けば膝が地面についていた。

稽古が始まって1週間、俺は師匠を前に一回も剣を振るうことすらできていなかった。


「昨日よりは長く立っておったぞ。精進しなさい。」


「は、はい! ありがとうございました。」


深夜0時を回り、柳生先生との稽古も解散となる。

俺にはもう一つだけ日課が残っていた。


——【瞬歩】——

帆世さんに貰ったもう一つのスキル。

最初、何が起きているのか理解すらできなかった特異すぎるスキルだ。

これを反射的に使えるように、毎日練習しろと、帆世さん直々に命じてくださったのだ。


——【瞬歩】——

——【瞬歩】——

——【瞬歩】——

——【瞬歩】——


祈りの言葉も、繰り返し祈り続けることから始める


——【瞬歩】——

——【瞬歩】——

——【瞬歩】——


繰り返すスキルが、俺の信仰心のかわりになっていた


——【瞬歩】——

——【瞬歩】——

——【瞬歩】——

——【瞬歩】——


何かしていないと、心に影が入り込んできそうになる


——【瞬歩】——

——【瞬歩】——

——【瞬歩】——


ああ、この世界に入ってよかった。苦痛が道を作ってくれる。



攻略都市■■■■■


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