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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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見知らぬ、天井

「知らない天井だ…」


淡い金色の光が差し込む部屋。壁は象牙色の漆喰で塗られ、天井には繊細なフレスコ画が描かれている。薄く開けられた窓から、風が白いカーテンを揺らしている。耳を澄ますと、遠くで鐘の音が響いていた。


鐘の音が、記憶をじんわりと呼び起こしていく。黒聖堂での数週間に及ぶ激戦、こうして清潔なベッドで寝ているということは無事クリアしたのだろう。


「よォ。ようやく起きたか。」


知った声が背後から聞こえ、目線を室内へ移す。隣のベッドには、金髪の青年が座っていた。

デルタフォース最優の狙撃手、憎まれ口が得意なレオンだ。無い右腕をひらひらと振ってくる。


「レオン…とりあえず、お疲れ様。」


「応。大変なとこは全部任せちまったけどな。」


「えーと、私結構寝てた?」


「2日半たってる。今日は5月の18日だ。俺と静香が一番の重症でな、他の面子は会議の出席やら、報告書の作成やらで大忙しだぜ。」


「そう。らっきー。こもじも?」


「こもじの旦那なら、昼寝してるぜー。会議は断固拒否、隣の部屋だ。呼んでこようか?」


「ありがと。呼んできて。」


レオンがペタペタと部屋から出ていく。病院着のレオンは、すこしやつれて見えた。

改めて室内を見渡すと、随分と高級そうな病室だと分かる。ローマの街を一望できる立地、病院とは思えない奇麗な調度品の数々。だが、部屋に備え付けられた医療設備は最新機種を導入している。


——(´・ω・`)ドスドス


こもじの気配がする。こいつが会議に出席しているわけがないのだ。

私はベッドに戻り、布団をかぶる。


がらがら、扉が開かれる音とともに二人が入ってくる。


(´・ω・`)ぽよさん……あれ、寝てるっすよ


「おかしいなあ、さっきまで起きてたぜ。」


よし、このタイミングだ。ぱちり。

目を開き、布団をお腹までめくって、上体を起こす。


( ๑❛ᴗ❛๑ )知らない天井だ……


(´・ω・`)はいはい、エヴァネタしたいだけっすね。


良く分かってるじゃない。

こういうネタをできるのは、人生で1回あるかどうかだと思う。


「体の節々が痛いわァ…お腹も空いたし。」


「生きてるだけで不思議なくらいだぜ。あとでリリーに聞いてみろよ。」


「リリーさん?」


「ああ、どうしてもって言って、静香の主治医をやってるんだ。」


(´・ω・`)目が覚めてよかったっス。俺は飯もらってくるっスね。


「こもじの豚汁。」


(´・ω・`)ヴァチカンに豚汁は無いっスよ。食欲の目で見てくるのやめるのねん。



そうして、また部屋にレオンと二人きりになる。

ちらりとウィンドウを見ると、無数のログが並んでいる。【最重要】やら【至急確認】やら、強調されているメッセージだけでも10を超えている。


見なければいけないこと、聞きたいことは山ほどあった。しかし、私にとって大事なことは——


「レオン、右腕、どうしたの。」


さらりと聞こうと思ったが、どうしても言葉が詰まってしまう。

元気そうにしているが、私よりも遥かに重症で、精神的にも辛いはずだ。


「ドジっちまってよ。…さすがにデルタは抜けるつもりだ。国からバカみたいに年金がでたもんで、一生遊んで暮らせそうだぜ。」


「そっか。」


「静香がホワイトハウスに乗り込んだ話は聞いたぜ、おかげでジャンジャン新設されてくスキル養成学校から引く手あまただ。」


「ふふ、ホワイトハウスにレオンやエリック隊長が居ないのは知ってたから…。もしデルタチームが居たなら、あんな無茶しなかったわよ。」


「突入のライブ映像、ウィンドウで見れるんだぜ。祝1000億回再生、まさかのシステムから実績解除までもらってやがる。CIAもシークレットサービスも、阿鼻叫喚でよ。ダンジョンから出てきて、映像見た時には笑いすぎて死ぬかと思った。」


「でも、レオン。なにかあったら連絡してね。レオン先生には、まだまだ教えて欲しい事だらけだし。」


「…ああ。いっそ、静香のところにお世話になるのもいいかもな。俺ってば頭もいいから、静香の役にも立てると思う。これはマジな話だ。」


「エリック隊長が怒らないなら、ぜひうちに来てほしいわね。正直手一杯な状況なのよ。」


ついついボヤいてしまう。

レオンが加入するなら、私の負担も大きく減るはずだ。ダンジョンに潜るだけが仕事ではない。

そうこうしていると、こもじが帰ってきた。その後ろに、もう一人いる気配がする。


(´・ω・`)ご飯でーす


「帆世さん! 目が覚めたんですね!!」


目を潤ませて飛び込んできたのは、元気な姿になったルーカだった。

何気にベルフェリア()()の立役者だ。


「ルーカくん、元気になったのね。」


「ルカ、でいいですよ。俺は完治です。帆世さんこそ、大丈夫なのでしょうか!?」


「あはは、大丈夫。なんか、雰囲気変わったね?」


こんなに感情豊かで、ぐいぐいくる人だったっけ。

病院で清潔だからといって、床に膝をついて喋ることもないのに。


「やれやれ、静香教信者も一緒に来たか。」


(´・ω・`)ご飯貰いに行こうとしたら、ばったり会ったっス。


なんですか、静香教って。

教祖になった覚えは……レオンがそっとウィンドウを見せてくる。≪白の英雄を称える会≫というグループがあり、まさかの加入者数ランキング1位だ。

いつのまにか出来ている変なグループと、その規模に驚きを隠せない。なに?ルーカもこれに入ってんの?


「そ、そ、そんな! レオンさんやめてくださいよ!俺は加入してないんですから!」


首が千切れんばかりに、左右にぶんぶんと振るルカ。

レオンの顔がにやにやと意地悪く笑っており、どうやら鉄板ネタになっているようだ。


「静香、聞いてやってくれ。ダンジョンをクリアしてから、ルカが静香のことばっかりうるさいんだ。静香教加入者じゃないってなら、もしかすると惚れてんじゃねえかな。」


「!!!」


「そうなの?」


「い、いえ!自分は、そのようなことは無く!!」


(´・ω・`)ご飯たべてもいい?


いいよ。私にもちょうだい。


ルカの顔色が目まぐるしく変わるのを眺めつつ、こもじが運んでくれたご飯を受け取る。

銀色のドームカバーを開けると、現れたのは、見たこともないような優雅なワンプレート。

絵画のように盛りつけられた前菜は、カプレーゼの進化系らしきもの。紫バジルのペーストが花弁のように広がり、上にはトリュフのスライスが重なっている。


メインディッシュは、仔羊の背肉のロースト。

ローズマリーとシチリア産オレンジでマリネされたものらしく、焦がしバターとホワイトバルサミコのソースが静かに滴っている。付け合わせのポレンタは、金箔があしらわれていた。


スープは…聖水で煮込んだかと錯覚するほど澄んだコンソメ。

底に沈んだ銀のレンゲには、星型のパスタと金色のオリーブオイルが一滴。


「うっわぁ…なんか凄いご飯がきたわね。」


「静香…この状況でルカを無視するのは残酷だろ…。この飯も、ルカが手配したって聞くぜ。」


「あ、ごめんごめん。ルカって名家だったりするの?」


「い、いえ。俺が家督を継いだので、好きにさせてもらってるんです。」


「私はアジア料理が好みだけど…ここまで洗練された料理はさすがにおいしいわ。お代わり!」


「直ちに持ってきます!!!」


ルカが走るように病室を飛び出していった。

ハハハとレオンが笑いながら、彼のトレイからパンを千切って投げてくる。

ローマ法王の食卓にも並ぶらしい、“白いアーモンドパン”。ほのかに香るアニスの風味が、やたら場違いで優雅だ。


「あれでも父親を亡くしてるんだ。ちっと優しくしてやってくれ。」


「ダンジョンで亡くなった人、かなり多いでしょうね…。大半は私が斬ってるんだけど、さすがに気まずいかな。」


「いや、それはしょうがないだろ。それと、ルカのやつが静香のレリックを使っただろ?」


パンにチーズをつけて頬張り、透き通ったコンソメスープで流し込む。

久しぶりにカロリーを供給された身体が、急速に傷を修復していくのがわかった。


「ああ、あのレリック。私が使ってもちっともダメでさ。なんかキリスト教っぽいからルカに渡したんだよね。」


「なるほどなー。あれは信仰を通じて効力を発揮する道具らしい。だがな、ルカの信仰の対象は、神じゃないんだ。」


「?」


レオンの意味深なセリフに、聞き返してみるがはぐらかされる。

まあ、アレを使えるんだったらルカにあげてもいいかもしれない。どうせ私が持っていても、宝の持ち腐れなのだから。


大いなる情報体から貰った道具は、極めて優れた特性を秘めている。

私はもらっていないけれど…使い方次第では戦況をひっくり返すだけの価値があると思う。

実際、リアーナから()()()万理の魔導書は、あまりに便利で使い倒している。出会った未知に対して情報を記し、さらには人知を超えた魔法を扱うこともできる。


エンシェント・ラーヴァばかり使っているが、他の魔法も使用できるように研究しなければいけない。



(´・ω・`)あ、ぽよさん。ずっと気になってるんすけど、今いいっスか?


黙々とご飯を食べていたこもじが口を開く。

こもじから質問してくるのは稀だ。普段ぼんやりフラフラしているというのに、結構マジな顔をしている。


「どったの。」


(´・ω・`)ぽよさんの刀、銀爪っスけど。


「これ?」


床頭台の上から、愛刀を手に取る。

ちょうどルカが追加のご飯を持ってきてくれた。豪華な銀製カートをおして部屋に運んでくれる。

4人もいるのだ、ご飯はいくらあっても食べきれるだろう。


(´・ω・`)俺もおかわり。…その銀爪から、妖気感じるんすよね。ぽよさんのことなんで、また何かやってるんだろうな、と思ったんすけど。


「銀爪ちゃんには何もしてないけど…見てもいいわよ。」


そう言って刀をこもじに投げる。

じっくりと鞘を眺め、柄を手に取り、そして引き抜こうと力を込めていた。


「どしたの、変な顔して。」


(´・ω・`)いや、抜けないんすよ。


そんな少女みたいなこと言わないでよ。

レオンは…いや彼は今抜けないか…


「貸してみなさい~。どれどれ。」


刀を受け取り、スラリと抜刀する。

その瞬間——


『……御目覚めになられましたか、私の主。

このように言葉をお届けできること、幸福の極みと言えましょう。


ベルフェリア、この身、この魂、すべてを貴女様の御為に――』


病室の空気が一瞬、凍りついた。

姿は見えないが、確かに聞き覚えのある声だ。

真っ先にレオンが戦闘態勢に入り、こもじも懐から黒牙を取り出して構える。ルカは顔を青ざめ、首から下げるレリックを握りしめている。


「ベルフェリア、私が討伐したんじゃなかったかしら。」


『さようにございます。私の主。

静香様の太陽に焼かれた私は、確かに魂の輪郭を失って死にました。』


「私の銀爪ちゃんに憑いてるのはなんで?」


『悪魔は死んだとしても、その魂は巡って転生します。

私の場合、あちらの世界に遺してきた肉体が因果の楔となり、同じ肉体に転生するはずでございました。


ですが、静香様自身がそれをお許しになられなかった——。

行き場を失った私の魂が、空の器であるその刀へ転生したのでございます。』


「ほんとに~?」


悪魔の言葉を信じる気はない。

銀爪のことであれば、どこまでも精密な情報を得ることができる。


ウィンドウオープン、記せ万理の魔導書よ——。


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ж銀爪ベルフェリアж

・榊原宗秀によって打たれた刀。黒銀ノ傷羆の体毛・爪、世界樹の枝を素材に作成された。

・強度切れ味ともに優れるユニーク装備である。

・黒聖堂クリア報酬として、“退魔の加護”を付与されている。

・刀に第一階級微笑む福音のベルフェリアの魂が宿り、“滅魔の加護”“不壊再生”を付与されている。

・使用者制限:ベルフェリアの認めた者

・けっこうおしゃべり


・刀身二尺一寸

・重量500g

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「まじかー。」


もう一つ、確かめるべき項目を開く。


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ж微笑む福音のベルフェリアж

・異界:テネブラエル(神無き闇世界)に肉体をおく。

・元第一階級:原初の冠と呼ばれる最古の悪魔の一人。

・元第一階級序列三位。

・異世界へ干渉する能力に長け、悪魔召喚の儀式に割り込むことで人間に干渉していた。

・人間に福音を授ける代わりに、堕落へ誘い、反転させた神気を糧としている。

・肉体は不死不滅となり強力な因果の楔によって何度でも同一の個体として転生することが可能。

・現在ほとんどの能力を失い、帆世静香に服従することを制約に、その刀へ転生を果たしている。


以下テネブラエルで使用可能なスキル

----------------------------------------------



「まじかー。」


『ふふ…私の主、なんなりと。』


「自我消滅しろっていったらできる?」


『もちろん、可能でございます。』


「じゃあ、私の気分次第で自我消滅の命を下します。私の意図しない一切の不利益を起こさぬように、気を付けてね。」


『ありがたきお言葉。私の願いは、静香様とおしゃべりすることなんですよ。』


銀爪の刀身に淡い光が灯る。その光を見ながら、鞘に納刀した。

空間に静けさが戻り、こもじ達がおそるおそる口を開く。


(´・ω・`)また厄介なものを連れてきたんすね


「悪魔の時の禍々しさは感じませんでしたが…しかし…」


「はぁ、驚いたわ。レオン、ガッチガチの誓約書を作りたいから、あとで手伝ってくれる?」


「あ、ああ。言葉による制約ができるなら、今からすぐにでも作るぜ。」


そうねー、こういうのは早いところ作るべきね。

レオンとウィンドウを同期し、一緒に文書を編んでいく。これが終わったら、溜まりに溜まっているメッセージを処理していかなければいけない。


「まったく、病み上がりには重労働ね。」


ベルフェリア用の誓約書は、丸一日徹夜して完成した。





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