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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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黄金の10分間

俄かに、戦場の一端で喧噪が激しくなった。

怒れる最強が、ついに降り立ったのだ。

こもじが来た――それだけで、空気が変わる。


こうなってしまえば、私の役目はただひとつ。

生き延びること。


たったの二撃でズタボロになった身体に目を向ける。死んでいないのは、私がベルフェリアの依り代になる可能性があるから、幾分手加減されたのだと思う。

それでも、肋骨は叩き折られ、今なお胸のあたりから白衣が朱に染まっていくのが見えた。せりあがる吐き気をこらえ、思考の糸を手繰りよせる。



黄金の10分間――そんな言葉を、聞いたことがあるだろうか。


とある有名な冒険家の逸話だ。

彼はマイナス26度という極限の環境で、凍った川に自ら飛び込んだ。

なぜそんな話を今しているかって?


まあまあ、聞いてくれ。

混乱した脳みそを落ち着けるためには、

「知っていること」から順に思考を繋げていくのが、一番効果的なのだ。


その冒険家が言っていた。

「たとえ凍った川に飛び込んでも、アドレナリンが噴き出している10分間は動ける。」


……正直、最初に聞いた時はバカげてると思った。

前世で看護師だった私は、体温と意識レベルの維持がどれほど難しいか知っている。

でも、まったくのデタラメとも言い切れない。

事故に遭って骨折した人が歩いて病院に来ることもあるし、戦時中、撃たれても走り続けた兵士の例もある。過剰なアドレナリンが、身体を“無理やり”動かしてくれるのは確かだ。


 

アスファルトゥスに殴り飛ばされて、2分と少し。

私の“猶予”は、あと8分。血を飲み込んで、私は立ち上がる。


「ふぅぅ——かかってきなさいッ」


逃げる時、必要なのは攻めッ気である。どんな種族であれ、背を向けて走る獲物から先に襲われるのだ。もちろん、ただ立ち上がっただけで悪魔を威圧することなどできない。


四方八方から悪魔が押し寄せ、あまつさえアスファルトゥスまで攻勢の構えをしている。強キャラのくせに、細部まで手を抜かない厄介な悪魔だ。だが、その攻勢を逆手に取る。ありったけの手榴弾とスモーク弾のピンを抜き、半秒の時を数える。アイザックに魔改造された手榴弾は、通常4秒で起爆するところ、わずか1秒で爆発するように仕組まれている。


——【瞬歩】——


地面にばら撒かれた手榴弾の雷管が弾ける数瞬前、私の体が虚空に消える。

0.5秒のトリップ、私のいない世界に轟音が響いたはずだ。転移を終えた後、私が居た場所には悪魔の肉片が盛大にぶちまけられていた。

唯一立っているアスファルトゥスも、完全に無傷というわけではないらしい。致命傷には程遠いが、いくらかの警戒を誘うことはできた。


——【ファストステップ】——


着地と同時に地を駆ける。戦況から遠く離れてはいけない。離れすぎるとアスファルトゥスに狙われた時、戦う術が無いのだから。

目指す地点は、戦場の外であり、こもじが視認できる場所だ。そう遠くない距離をスキルで潰し、悪魔の間をすり抜けるように戦場から抜け出した。

戦場を俯瞰すると、アスファルトゥスが宙へ戻り、荒れた戦場に鐘の音を鳴らしているのが見える。その視線は、明らかに私の方を睨んでいるが、安易に手を出すつもりはないらしい。


大きな岩影に身を潜め、改めて体を確認する。朱に染まった白衣のボタンを開き、生肌を晒すと骨が顔を出していた。

左肋骨の開放骨折、これが肺と皮膚を傷つけ、出血が続く原因になっているようだ。じっくり治療している暇はない。身体強化の治癒力を信じ、応急手当でこの場を凌ぐしかなかった。


「蛇ちゃん、ちょっと来てくれる?」


やたらと自由度の高い千蛇螺の籠手。その一匹が這い出し、私の顔を見て舌を出す。

うん、ちゃんと話が通じているようだ。


「この骨を支えてもらっても…いてて…いいかな?」


蛇ちゃんを皮膚の内側に潜り込ませ、折れた骨を繋ぐように巻き付いてもらう。

ついでに溢れる血を飲んでもらえばちょうどいい。胸腔ドレナージと同じ要領である。


あとはかなり広く開いてしまった創傷の応急手当だ。出血を止めることを第一に、今できる治療は…


——【魔法錬成 エンシェント・ラーヴァ】——

指先に極小の炎を呼び出し、恐る恐る傷に押し付ける。

ギリッ……歯が折れないように白衣を噛みしめ、ようやく出血が止まった。あとで火傷の部分をデブリして、新鮮な創を癒着させれば治るだろう。


ハンカチを四つに折って傷口に押し当て、その上からキツく包帯を巻いていく。こうすることで傷が保護されると同時に、部分的に圧迫できるため出血を抑えることができるのだ。


「ハァァ…悪魔ども全員ぶち戮す…」


乙女が吐いていい言葉ではないが、極度に分泌されたアドレナリンが攻撃性を高めていた。

地面を蹴って戦場へ舞い戻る。雑兵の首を狩り、戦場で果たすべき役割について思考をめぐらせる。



その視線の先、戦場には鬼が居た。


がっしりとした体格、丸太のように太い四肢、全身から迸る闘気には質量が乗せられている。

雲黄昏を両手で振るい、目の前の悪魔に全身全霊の太刀を浴びせていく。その刀には黒い稲妻が走り、斬った悪魔の魂を打砕いて灰に還す。


こもじは、私と比べて回避や防御に秀でているわけではない。1対1を好む性格でもあり、今のような軍勢の中心で暴れるような経験は少なかった。

目の前の悪魔を斬り伏せた瞬間、背後にいた獣型の悪魔の槍が、こもじの腹に突き刺さる。


普通なら、そこで戦闘は止まるはずだった。

だがこもじは、槍を無視して刀を振り切る。二の太刀で斬り返した刀が、振り向きもせず背後の悪魔の首を跳ね飛ばした。その瞬間、刀が生命力を喰らい、こもじの傷が蠢くように塞がる。肉を切らせて骨を断つ——実に言葉通りの戦闘スタイルだ。


こもじが力強く、また一歩前へ進む。その先には、ベルフェリアへ繋がる道が見えていた。

ゆっくりと、しかし着実に進むこもじ。


ごぉん…


幾度目かの鐘が響き、悪魔たちの様子が変わる。白目をむいて雄たけびを上げ、狂暴性を解放するように動きが派手になった。荒れ狂う悪魔の向かう先、それは女王へ刀を向けるこもじに他ならない。


両腕に鉤爪を携えた双頭の悪魔が、肩に喰らいつき、皮膚を突き破って血を啜る。

地面から突如現れた蛇型の悪魔が、こもじの胴体に食らいつく。次から次に群がる悪魔。

こもじは納刀したまま動けずにいた。動かずにいた?


ごぉん…ごぉん…


ここから先、三つの動作が連続する刹那の瞬間が訪れる。


戦場の違和感を読み解いたのは、私だった。一斉に狂暴化した悪魔の群れの傍らで、気配を消す様に静かに集まる黒いローブ姿を発見した。最初の突貫でドラゴンを召喚した悪魔によく似ており、同じ術を準備しているに違いなかった。もしこの状況で、ドラゴンのブレスが放たれたら、こもじが助かる見込みはない。()()()()()()()()()

ファストステップを起動し、銀爪を握る右手に力を籠める。急激に動く戦場を横目に、隠蔽された虎の子部隊の首を刎ね落とした。


続いてアスファルトゥスが宙から消え、こもじの背後に降り立つ。こもじは悪魔に全身を貫かれ、足元に血の海を作っているが、両の足で地面に立ち、その手は刀の柄にかかっていた。

アスファルトゥスの右手が鋭く尖り、一本の槍のようにこもじに突き出される。


——【神刀の型 月影】——

こもじが、ついに動いた。万感の想いを乗せた居合が、黒き稲妻を纏って三日月の弧を描く。突き出されたアスファルトゥスの腕を下から切断し、刀の余波が群がる悪魔に襲い掛かる。そのまま振りかぶった雲黄昏を両手で持ち直し、アスファルトゥスの頭から股下まで、真っ向から垂直に斬り下ろした。

普段は飄々としているが、その胸中には複雑な渦がまいている。口では語らぬ怒りを、ただ刀に乗せて斬ったのだ。



黒鐘のアスファルトゥスが灰に還り、主を失った空間がガラガラと崩壊する。

灰の大地が崩れた先、何時振りかもわからぬ大聖堂の祭壇が姿を現していく。まるでずっとそこに居たかのように、私たちは帰ってきたのだ。


「こもじ、ナイス!」


(´・ω・`)…っス。


こもじと手を合わせていると、大聖堂の入り口にはデルタチームが揃っていた。

常にウィンドウで共有していたとはいえ、顔を合わせるのは久しぶりだ。決して少なくない数の悪魔を相手し、一時は命が危ぶまれていたルーカにも日夜通して懸命な治療を行ってくれていた。


そんなルーカが、わたしの方に走ってくる。


「帆世さんッ ありがとうございます。ほんとに、ほんとに…」


「まだ終わってないよぉ。もうちょっと待っててね。」


そう。まだ終わってはいないのだ。

呼び出した配下の悉くを打倒してなお、微笑みの消えない悪魔が一人残っていた。


『素晴らしい、素晴らしいわ。

貴女たちを見ていて、本当に楽しい時間を過ごすことができm…』


「さ、あとはこいつを殺して終わりにしましょう。」


余計なことを喋らせる気はない。

私が言った途端、こもじが鋭い斬撃を浴びせかかる。アスファルトゥスをも灰塵に還した斬撃が、幾筋もベルフェリアに刻まれていく。

ベルフェリアが愉しそうに指を振るうと、石畳の床が剥がれ、吹雪のように舞い始める。


石礫がこもじを襲い肉を散らす。

こもじの刀がベルフェリアに届き、生命力を吸収する。お互いノーガードの殴り合いが続いていた。


(´・ω・`)愚公山を移す気分こも。



「帆世さん、まずは手当てを。」


ルーカが真剣な表情で私を見つめる。確かに、この状況で私が介入できることは少ない。

今でも傷がズキズキ痛んでいる。それに、ルーカが手に持っているレリックに目がいった。


——【レリックオブヒール】——


ルーカの持つレリックが巨大化し、ズンっと床に立つ。

その十字架のレリックは淡い緑色に発光し、蛍の光のように明滅していた。光の波が私の体を通り抜けるたびに、少しずつ痛みが薄れていく。


「使えるようになったんだ。すごいじゃん。」


ぐー。親指を立てて青年の健闘を称賛する。ついでに不味いレーションを齧り、全身の傷が癒えていくのが心地よかった。


「いや…俺じゃ大した回復にはならないんです…はやくリリーさんの手当てを受けてください!」


「そこまで悠長してられないかな。」


たしかに痛みは引いていくが、それ以上の回復には時間がかかるようだ。私の内側は、肉も骨も凄惨な様相を呈しており、治療するにはこの場所は難しいだろう。なにより、こうしている間にも、こもじとベルフェリアが激しい戦闘を行っている。ほか三人が、間隙を縫って援護射撃をしているが物理攻撃が通っているようには見えない。


「それより、ルーカくん。もう一つのレリックは使える?」


あの悪魔を殺す手段は、いくつか心当たりがあった。

そのうちの1つについて質問をする。私自身が体験したことのある、拘束の光。


——こくん。覚悟を持った良い目で答えてくれる。


「Goodboy!援護するから、あの悪魔の足元に突き立てるのよ。」


脳内でパズルが組みあがる。飛んでも跳ねても届かない高位の存在が、様々な条件が重なったことで地上に降りてきているのだ。今なら手が届く。


悪魔殺しの大詰め、クライマックスは、近い。











ベアグリルスで、検索!

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