殺戮の白衣の天使
久しぶりにイラストそえました。
『作戦開始だ。各自、仲間を殺されないように最善を尽くせ。』
エリック隊長らしい発破が、ウィンドウ越しに聞こえる。
送られてきたデータは簡潔であり必要十分だ。マップに同期することで、詳細な情報を表示することができる。私たちの位置から最奥を目指すと……なかなか遠いわね
「こもじ、私が先を走るから着いてきて。飛ばすわよ 」
(´・ω・`)ドスドス
「えーと、エリック隊長から貰った資料に、幾つか予測パターンがあるわね。今回は...パターンCに該当するみたい。」
ウィンドウを変形させ、ちょうど視界とマップが重なるように調整する。これで常にマップを俯瞰しつつ、他の重要な情報を読み上げることができる。こもじは、走って着いてくるが意外と早い。
パターンA
我々が全滅/行動不可能な場合参照
パターンB
上位個体がフィールドに現れる場合参照
パターンC◀
援軍到着後、敵に大きな動きがある場合参照
C-1:敵の大部分が攻勢に出る場合、人間の殺害が儀式に必要な条件である可能性あり。合流を急ぎ、人命確保を優先する。
C-2:敵の大部分が守勢に回る場合、儀式を強行できる可能性あり。リスクを取って儀式に強襲をかける。
パターンD
儀式が始まってしまった場合参照
パターンE
パターンF
パターン……
(´・ω・`)「マニュアルみたいッスね」
「Aに、全滅時を想定しているあたり……そういう覚悟が必要な状況だったんでしょうね。」
(´・ω・`)「むむ…ちょっち失礼ッ」
【神刀の型 初発右刀】
こもじが私を追い越し、十字路に向かって加速する。全身の関節を最大限いかし、まるで地面に座り込むかのような低い姿勢から一閃。死角に潜んでいた悪魔の首がゴトリと落ちる。刀を振り抜いた後、石でできた壁に亀裂が走りガラガラ崩れていった。
(´・ω・`)待ち伏せでしたねー。
「ありがと。元は人間かしらね、よく見ると服に十字架が刻まれてるわ 」
(´・ω・`)悪魔が十字架着てるのも変っすけど、あんま宗教関係ないんすかね
「さぁ……私は神様信じたこと無いし分かんないぽよなあ」
(´・ω・`)ぽよなあ。
白濁した瞳、大きくねじ曲がった鼻、耳元まで裂けた口。彼が人間だった事を証明できるものは、着ている服くらいしか無かった。腕の先は石でできており、指は鳥の鉤爪のように太く鋭い。
「先を急ぎましょ。この程度に追い詰められるほどデルタは弱くないわ。まだ上がいるはず。」
(´・ω・`)ドタドタ
やや回り道だが、マップに示された道を進んでいく。
これはデルタフォースによる巧妙な工作のひとつだった。悪魔達が気がつけないように死角を縫う形で、最奥の祭壇まで道が1本に繋がっていた。
鍵が開放されている扉をくぐる。爆薬で崩された壁を越え、通路から通路へ飛び越える。家のような建造物の床下から、地下の空洞まで穴が空いていた。
「さすがにマネできないわね。ほんと優秀なチームだわ。」
(´・ω・`)もうすぐ着くっすか?
「あの大きい門を越えたら、すぐそこよ。」
最奥の扉を開けた瞬間、熱を孕んだ空気が肌にまとわりつく。
焼け焦げた鉄と血の匂い。気を抜けば、胸の奥まで汚泥が流れ込んできそうなほどの瘴気が漂っていた。
広間の床は滑らかな石畳で、壁にはスタンドグラスが瘴気に濁りながらも鮮やかな色を床に落としていた。しかしその幻想的な光景は、そこにひしめく者たちによって歪められている。
元々は敬虔なキリスト信者だった者たち。かつては人であったはずの存在が、瞳は濁り、口元には涎と血。肩に刺青のような悪魔の文様が浮かび、神への祈りを模した偽りの言葉を唱えている。自覚のないまま、魂を悪魔に汚された姿はあまりに救いがない。
人を遥かに超えた力で襲い掛かってくるが、この場においては彼らは有象無象の存在だった。
この部屋で大きく目を引くのは2人の人間。
『クソックソがぁ!間に合わなかったか。
貴様らこれ以上絶対に邪魔させるんじゃないッ』
腐敗と病を纏うモルビグラント。第三階級に属する高位悪魔が、怒号とともに瘴気を撒き散らす。
その膨張した身体は、腐肉と膿に満ち、かつて人間であった痕跡は一切残っていない。頭部からは血管のような触手がのたうち、常に脈打つそれは、見る者の理性を侵すほどに醜悪だった。
彼が振るう杖の先端には、脈動する心臓のような器官が寄生しており、そこからは墨汁めいた液体が絶え間なく吐き出されている。
その液体は、水に墨を垂らすように空中を漂いながら拡散し、次第に精緻な魔方陣を形作っていく。異形の姿に反して、空中に立体の魔方陣を編み上げる様は危険な美しさをはらんでいた。それこそが、彼が長き時を生き抜いた高位の存在であることを何よりも物語っていた。
魔方陣が完成すれば――彼らの“王”がこの地に顕現する。
それは、人類にとって一つの終着点を意味する。完全に顕現してしまった王を相手できる人間は、現在存在していないのだから。事実、これまで悪魔の王が降臨を果たした世界はいずれも、短期間のうちに滅びの運命を辿っている。
だが、細心の注意を払って組み上げられていた魔方陣が、ぐにゃりと歪む。
『ルカの福音書——主よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか、自分で分かっていないのです。
たとえ死の陰の谷を歩むとも、我、災いを恐れじ。主、我と共に在せば。
我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。』
天から祈りの声が降り注ぎ、まるで見えない川が流れているように魔方陣が墨に戻ってゆく。
最奥の祭壇には太い柱が聳え、その壁面には四肢を縛られ、磔にされた男がいた。
ルーカ・ディ・サンティス
人知れず、ただの人の身でありながら悪魔と対峙し続けた青年が、最期の力を振り絞って祈っていた。
彼の肉体は病の炎に焼かれ、皮膚は腐敗し、服が血に染まっている。
磔にされた四肢の骨は、すでに何度も折られ、痛々しい拷問の痕が全身に刻まれていた。
魔に魂を差し出すか、もしくは自ら命を絶つ方がよっぽど楽な選択だったはずだ。しかし、彼はこうして今この瞬間を生き、悪魔の計略に楔を打ち込んでいるのだ。
その瞳は、まっすぐ広間を見下ろし、唇はひび割れながらもなお、聖なる言葉を紡ぎ続ける
『ルーカァァ! まだ…そんな力が残っていたのかッ』
モルビグラントの怒声が轟く。
その声色には驚愕ではなく、忌々しい者を見るような粘つく感情が浮かんでいた。
——だいたい、分かったわ。ルーカ、というのね。
「こもじは真ん中のキモイのをお願い。私はあの子を助けに行くわ。」
(´・ω・`)あの青年、一応聞くっスけど罠じゃないっすよね。人間が残っているとは思ってなかったス。
「彼は人間よ。心が折れる人は、指が一本で堕ちるでしょ。あんなに拷問を受けている痕が、彼が未だに戦っている証明よ。」
(´・ω・`)了解っす。
この広間は、まさに大聖堂のような構造をしていた。
中央を貫く石畳の通路は、祭壇へとまっすぐ伸び、最奥にはルーカという青年が生贄として磔にされている。その道の両脇には、悪魔へと“受肉”した信者たちが何列にもなって整列していた。
——「征くわよ。」
私が地を蹴り、最も手前にいる元信者の首を刎ね飛ばす。それが混沌に戦火をくべる合図となった。
呼応するように湿った雄たけびが聖堂を満たす。
ガァァァッ こいつらを殺せェェ!!
憤怒の表情を浮かべたモルビグラントが、信者たちの列を薙ぎ払うように突進してくる。
膨張した肉体が転がるように前進し、その進路にいた信者たちは、まるで打ち捨てられた玩具のように吹き飛ばされた。肉片が飛び、瘴気が広がるたびに、石畳が腐食して黒く焼ける。
(´・ω・`)オラァ!
こもじが足元にあった金属製の長椅子を蹴り飛ばす。
その質量は人の体重を遥かに超え、硬質な軋みとともに通路を転がっていく。
ガチンガチン、と石床に火花を散らして転がるそれは、列をなしていた元信者たちを巻き込みながら、私達へと突進してきていたモルビグラントの腹部に激突した。
うぉおおおおおおおおッ
獣の頭部をした悪魔が吠え、儀式に乱入した私達へと襲い掛かってくる。整列していた陣形は崩れ、怒りと狂気に染まった悪魔たちが、その本領を発揮するべく暴力をまき散らしはじめた。
その混乱こそが、こもじから私へのアシストである。
「ナイス!」
(´・ω・`)うーん、すっごい睨まれてる。斬っちゃお。
一度崩れた陣形は、私一人がすり抜けるだけの隙間が空いていた。そこに、まるで水が裂け目に流れ込むように体を捻じ込んで前へ進む。密集する悪魔に飛び込んで走るため、四方八方から腕が伸びてくるのを感じ取る。目で見えなくとも、その気配と熱源は見えている。
腐った人間の手を掻い潜った先、悪魔たちの体をすり抜けて触手が伸びてくる。太った男性の体をした悪魔が道を塞ぎ、その体内から食い破るようにミールワーム型の触手が伸びていた。何本あるかも分からないが、その先端には鋭い牙と短い脚が生えており、私に噛みつこうと鋭く宙を裂く。見れば見るほど、SAN値を削ってくる最低の敵集団だ。特に芋虫系は大の苦手である。
【魔法錬成 エンシェント・ラーヴァ】
周辺にいた悪魔を巻き込んで、一瞬太陽が顕現する。闇に沈んだ聖堂に、白炎の光が満ちた。
いつだって闇に潜む者に、光は特攻である。反射的に目を覆ってよろける彼らをなぎ倒し、遂に祭壇の足元までたどり着いた。
「さっ 助けに来たよ。」
四肢を縛る鉄の鎖を寸断する。皮膚広範に重度の炎症、一部壊死している部分もある。
意識レベルはクリア、ショック症状が出ていないことが救いだった。即座に治療する手段がないことが歯がゆいが、今この瞬間にも悪魔たちが襲い掛かってきている。
「ありが、とう…ございます…。」
「そこで待っていて。貴方は必ず守るから。」
壁を背に座らせ、その3歩手前で刀を振るう。
ほとんどの悪魔は、体が人間のまま頭部に変異が見られる。つまり、首を斬り落としてしまえば良いのだ。元々人間だった彼らを斬るのはつらいが、このまま魂を牢獄させるわけにはいかない。
全員解放してあげるわ。サァ、並びなさい!
聖堂の入り口では、こもじとモルビグラントが激しい斬り合いをしているのが見えた。二人の戦闘は建物を破壊するほどの攻撃の応酬である。石でできた床すら腐敗させる攻撃を、こもじがもろに喰らっている。
(´・ω・`)あちちちッ ゆるさーん!
こもじの全身には黒い火花が走り、悪魔を斬りつけることで肉が盛り上がり、傷がふさがっていく。
【血環ノ刃】、かつて鬼と戦った時に見たスキルだ。戦い続ける限り、その肉体を回復させる極めて強力なスキルだが…あんな使い方、ドMなんだろうか。
巻き込まれるのを嫌ったからか、それとも命令されているのか。モルビグラント以外の悪魔が、私とルーカに殺到してきていた。
白の外套が風を切ってはためく。
銀の刃が青白く輝き、宙に彗星を描くように滑らかに斬り裂く。
目につく限りの悪魔を殲滅してゆく。攻撃が頬をかすめ、血か汗かわからない液体が流れた。
徐々に攻撃の範囲を広げ、異形集う戦場で踊るように悪魔を斬っていく。乱戦でのコツは動き続けることだと思う。くるくる螺旋を描いて動きを止めず、次の一歩を踏みだす場所に刀を走らせる。私の通った後の床を悪魔が殴りつけるのを感じ、その場で踵を軸に身体を回転させながら銀爪を水平に振るう。
銀爪が抵抗なく悪魔の胸を斬り裂き、返す刀で首を切断する。それが最後の一体だった。
「こっちは終わったわよー。」
こもじの方に目を向けると、悪魔の片腕片足を斬り飛ばしたところだった。一閃で二か所に斬撃が走ったように見えたが…この戦いも終局が近い。
(´・ω・`)悪魔なんてゲームじゃ終盤キャラでしょうに。経験値多いんスかね。
『バカな…もう貴様などどうでもよい。真に恐ろしいのは我が王の——御怒りだ…』
こもじが肩の力を抜いたように刀を構え直した、そのときだった。
モルビグラントが、片膝をつきながら笑い出した。
『ハハハハハ……このモルビグラント、王に授かった務めだけは果たさせてもらうぞ。』
その声は、死を悟った敗北者のものだ。
だが同時に、使命を果たす狂信者の、覚悟を持った告白のようでもあった。
膨れ上がった腹を震わせ、喉を鳴らして笑う。
モルビグラントが自らの胸に、肥大化した腕を深く突き刺した。ブチブチッと肉が裂け、メリメリと骨を砕きながら、内側へ――心臓へと到達する。
(´・ω・`)やばそうな雰囲気…【神刀の型 介錯首断】
こもじの瞳が細められる。なにか、異常な“気配”を感じ取ったのだ。
その刹那、不可視の速度で刀を振るい、首を切断する。胴体から切り離された首が宙を舞い、しかしその口は尚も言葉を吐き続けた。
【咆令穿界】
(第三階級モルビグラントが命ずる。全員、自害せよ。王の歩く道に、その血を捧げるのだッ)
仰向けに倒れたモルビグラントの胴体から、赤黒い液体が滲み出し、それはまるで重力を裏返すように、逆流しながら空へと昇っていく。
ドロリとした血が空気を這い、天井へと引かれていく様は、あまりに自然の摂理に反していた。
石畳に横たわる無数の悪魔の死体からも、同じように赤い筋が伸びる。
それらは一点に合流し、やがて――大河となった。
モルビグラントが命を、肉体を、魂さえも捧げて構築した“血の大河”。
それは数多の悪魔の血肉を伴って、聖堂の天井へと流れ込んでいく。
そして、その先に――“門”が現れた。
「こもじ!こっちに集まって!」
門の先から異質な気配を感じる。背後に守るルーカが、顔面を蒼白にしてガタガタと震えていた。
門がゆっくりと開き、白い冷気が滝のように溢れて出る。空間が軋むように嫌な音を立て、壁を彩るステンドグラスが砕けて床に散らばる。
天井を覆うほどに巨大な門の先、地球と異なる世界からの侵入者が現れた。
黒い翼を持ち、美しい女性の顔をした巨大な存在。その背後には無数の目が開き、ありとあらゆる方向をぎょろぎょろと視ていた。
『せっかく来たのに…随分少ないのねぇ。あら、知ってる子が一人いるわぁ。』
——第一階級 原初の冠 微笑む福音のベルフェリア
滅亡が、降臨す。