表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
77/163

時を稼ぐは人間の意地

4月14日

今日も牢獄に繋がれ、ただただ祈りを捧げている。

両手は冷たい壁に縛りつけられ、もはや手を合わせることさえできない。皮肉なことに、こうして鎖に繋がれ、日々悪魔に触れることで、俺は神の存在を確信するに至っていた。悪魔に一矢報いるため、その記録をここに残す。


()()()――この地球そのものなのだと、俺は思う。

目には見えないが、確かにそこに在る。大地や空、命の営みを包み込むような“力場”を神であり、神の奇跡である。


()()()()()()()、祈ることでその力場に干渉できる、特別な生き物だ。

祈りが真に聖なるものであれば、神気はそれに応え、現実を動かす。

イエス様が奇跡を起こされたのも、彼の祈りが神気と完全に共鳴していたからなのだろう。人は神気を使いこなす存在を神そのものだと誤解してきたのだ。

人の信仰によって“かたち”を与えられたとき、初めて宗教が生まれる。

キリスト教も、イスラム教も、ユダヤ教も――すべては、神気に対する人の理解のかたちなのだと考えれば、多くの宗教が並び立つ理由にも納得がいく。


()()()()()()()()()()

やつらは、地球という神気の流れに属さぬ“異物”だ。

本来ならば、神気の力場に弾かれ、この世界には干渉できないはずの存在。

だが、人間の心の隙――憎しみや欲望を基にした祈りは、神気を堕落させ負のエネルギーを作り出してしまう。その腐敗した負の力を啜り、やつらは力を増していくのだ。

つまり、悪魔は人を通して神に干渉しようとしている。それは、この世界そのものを蝕む、静かな侵略なのだ。


俺が現在把握している悪魔は大きく3種類いる。

1:(通称)悪魔の王。教皇庁の儀式で呼び出してしまった。

2:上級悪魔。悪魔の王によって呼び出され、現在俺の父の体に憑りついている。王を呼び出すため、と準備を進めている。

3:下級悪魔。上級悪魔に呼び出された悪魔を総じて下級悪魔と呼ぶことにした。教徒の方の体に憑りつくだけでなく、動物に憑りつくこともできている。ヴァチカン市国が行っている悪魔祓いとは、この下級悪魔を相手にしていたのだと気が付いた。



そして――ようやく分かった。

悪魔を呼び出す儀式に必要なのは、神気の反転によって生じるエネルギーだ。

やつらはこの世界の理を逆手に取り、祈りの光を堕落の闇へと変換することで、現実に干渉する力を得ている。


どうやら、デルタフォースの四人……エリック隊長たちの魂は、一般の人間とは比べものにならないほど大きいらしい。彼らを殺そうと無数の悪魔を召喚しているが、未だに成功していないらしい。なかなか次の儀式が始まらず、俺が生きていられるのも、彼らが粘ってくれているおかげだろう。



そして俺の身体は、若く神気も強いことから、“その王”の依り代に選ばれた。

毎日繰り返される拷問は、肉体を破壊するためではない。心を折り堕転させたいようだ。

意志を砕き、信仰を曇らせ、魂を黒く染めることで、完全なる器に仕上げようとしている。


ハッ……絶対に折れてやるもんか。

俺が折れない限り、王とやらを呼べないのなら、このまま何年だって拷問に付き合ってやる。



転機は、思いのほか早く訪れた。


ギィィ――


重い鉄扉が軋む音と共に、ひんやりとした空気が揺れる。

俺をとらえている牢獄にゾロゾロと悪魔たちが入ってきた。


『おい、コレを祭壇に連れていけ! はやくしろ!』


荒々しい声が牢の静寂を破る。

扉の向こうから現れたのは、父の体を乗っ取った上級悪魔。そして、異形の下僕たち。

だがその口調には、いつものネチッコイような余裕がなかった。

()()が、あったのだ。それが俺にとって良い事なのか、悪いことなのか判断がつかない。


しかし、少し考えればわかることだ。悪魔たちの思惑を邪魔することが、俺にとっては都合がよいことになる。

足に噛みつく悪魔を蹴り飛ばす。


「……主よ、誤ることなきあなたが、天より我らを導きたまえ。

不浄を退け、魔を祓いたまえ。」


祈りの言葉が、この暗く濁った空間に、ひと筋の清流のように響いていく。


俺は知っている。

キリスト教が語る“人格神”など、本当はこの世界に存在しないということを。

神に意志はない。ただ、在るだけだ。


だが、それでも――


二千年もの間、人々が信じ、祈り、助けを乞うてきた営みは確かにあった。

その膨大な信仰の積み重ねが、まるで慣性の法則のように世界に“流れ”を生んでいる。


祈りの言葉が空間を満たすたびに、空気が澄んでいくのを感じた。

まるで濁った水に一筋の光が差し込んだように、神気は静かに、だが確かにこの牢に流れ込んでいる。


それに呼応するように、下級悪魔たちがざわめいた。


『……あ……あァ……』


牙を剥いていた悪魔が、怯えたように後退する。

足元の石を蹴り、後ずさるその姿はもはや威圧でも狩人でもない。

ただの、恐怖に囚われた獣だ。



「ハッ…悪魔でも焦ることがあるんだな。」



上級悪魔は答えない。

その代わり、怯えていた下級悪魔の頭蓋を、がしりと鷲掴みにした。


『グ、ギ……!?』


掴まれた瞬間、下級悪魔の体が激しく痙攣する。

黒い液体が目と口から溢れ、爪は砕け、皮膚が泡を吹くように崩れ落ちていった。


肉が腐る音が、生温い水を煮立てるような音とともに響き、

ほんの数秒のうちに、悪魔の体は形を失った。

焼け爛れた内臓のような残骸が床に叩きつけられ、動かなくなる。


『親の手を煩わせるんじゃない…ルーカ。』


「…マジなのは伝わったぜ。親父のコスプレは楽しいかよ?」


神気が退いたわけではない。

だが、それ以上に濃く、重く、圧倒的な“魔”が牢の隅々まで満ちていった。


まるでこの空間そのものが腐り始めたかのように、空気が鉄のような匂いを帯び、

皮膚に触れるたび、焼けた感覚すら残していく。


『連れていけッ。王をよぶ儀式を執り行うッ』


「チッ……」


しかし、何があったのだろうか。

俺は正気を保っているし、まさかデルタチームが殺されて……いやいや、完全に殺されているなら焦る必要は無いはずだ。上級悪魔では防げないほどの人が現れ、対抗するために儀式を行うんじゃないだろうか。それなら、やはり時間稼ぎをするべきだ。この場合、俺の代わりを探す時間すらないとすると、多少抵抗しても殺されることはないと考える。


祈りの言葉は、俺を掴んでいる下級悪魔にとっては脅威になる。上級悪魔の力にはかなわないが、先ほどの様子を見るに、完全に神気を上回るためには相当力を使っていることになる。なぜ、そんなに派手に力を使ったのか……それが俺への威圧だとすると…


「天にまします我らの父よ、御名が崇められますように。

御国が来ますように。御心が天で行われるように、地でも行われますように。」


生まれて約20年、何回この言葉を唱えたのか数えることもできない。

身体に染み付いた神の言葉に、下級悪魔どもの手が弾かれる。手が自由になれば、祈りが行える。


『しつこいッ 今この場で殺してもいいのだぞ!』


「たとえ死の陰の谷を歩むとも、

わたしはわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられるからです。Amen」


『黙らんかァッ』


上級悪魔の振りかぶった拳が、俺の頬を殴りつける。体が大きくのけぞり、脳みそが揺れる。

だが、これでいい。やはり悪魔は俺に過剰な力は使えないようだ。



「主は言いました。右の頬を打たれたなら、左の頬をも向けなさい。」


親父にも殴られたことはなかったんだ。

聖書の教えを実践する良い機会じゃないか。さあ殴ってみろ。

いいぞ…さっきよりも少しだけ強い神気が流れてきた。何度でも繰り返してやる。



『グゥ…ッ』

『時間がないというのに…』


咆令(ハウリング)穿界(・マンドレイド)

(第三階級モルビグラントが命ずる。第四階級契約悪魔は侵入者の殲滅に迎え、己の命を糧に一人でも多く道連れにせよ。魂を捧げ、王を呼ぶ贄とせよ。第五階級および人間形態は祭壇の間へ集まれッ)



悪魔が奇妙な術を使い、俺には聞こえない声で空中に怒鳴っている。

しかし、“時間がないというのに”というぼやきは聞こえたぞ。やはり焦っている。

俺はおそらく殺されないし、死んだら死んだで悪魔たちの思惑が一つつぶれることになるはずだ。

主よ、御力を。



——福音書…マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ

——使徒言行録…初代教会の歴史

——パウロ書簡13通、公同書簡8通、

——ヨハネによる黙示録

——ミサ典礼書、時祷書、儀式書


「残念ながら、俺には時間はたっぷりあるんだ。一言一句心に刻んだ神の言葉を、お前たち悪魔にも説いてやろう。」


決死の時間稼ぎが始まった。



------------------------------------------------------------------------------------------------



炸裂音とともに、分厚い石壁が吹き飛んだ。

硝煙が視界を覆い、赤熱した破片が雨のように降り注ぐ。


「アイザック、よくやった! いったん退く。南第五拠点で合流だ!」


「Sir――北へ陽動をかけてから合流します。」


即座に返ったその声は、呼吸すら合わせる必要のない信頼の証だった。

エリックの指示に、アイザックはすでに身体を動かしていた。


彼らが破壊したのは、祭具が保管されている宝物庫のひとつだった。

門番として配されていたのは、犬と人間をねじり合わせたような不気味な悪魔。

動きも知能も高く、想定よりはるかに手強かった。


エリックが何とか仕留めたものの、戦闘音を聞きつけた他の悪魔が、すでに視認距離まで迫ってきていた。


彼らは瓦礫を乗り越え、血と煤にまみれた地下回廊を、音を立てずに走り抜けていく。

この2週間以上、デルタフォースはヴァチカン地下での絶え間ないゲリラ戦を続けていた。


拡大し続けるダンジョンを自宅の庭のように進み、各地に構築した小規模な拠点を使って敵を翻弄する。

敵の配置、物資の流れ、魔的反応を観測し、拠点と思しき場所を破壊する。

緻密で持久戦に長けたその戦術は、まさにデルタフォースの真骨頂だった。


「リリー、戻った。開けてくれ。」


「おかえりなさい。任務、お疲れ様でした。」


南第五拠点――今や彼らの作戦の心臓部となっている拠点の一角。

厳重に封鎖され、高度なカモフラージュを施された入口が静かに開き、守備を担っていたリリーが背筋を伸ばして敬礼する。


ほどなくしてアイザックも戻り、入口が再び閉じられると、三人は小声で報告を交わした。

破壊した倉庫が何に使われていたかは断定できないが、悪魔たちの配置や護衛の数から、その重要性は明らかだった。


「直接的な戦果は不明だが……あそこが重要拠点の一つだったのは間違いない。」


「幾ばくかの時間は稼げそうですね。それまでに援軍くるかは、()()()()()()ってやつですか。……ツッコミ役がいねえとダメっすね。」



悪魔のさばるヴァチカンの地下で、アイザックのジョークがちょっとすべる。“黒人だからブラックジョークが好きなのか!?”という声が懐かしい。

その居心地の悪い静けさの中、エリックが声を落としてリリーに尋ねた。


「……レオンの容体は、どうなんだ?」


「縫合は済んでる。高熱もようやく下がってきたけど……正直、すぐにでも病院に運びたいくらいよ。……私のせいだわ……」


「リリー、自分を責めるな。レオンがそんなこと、望むはずない。」


『ケッ……言ってるそばから聞こえてくるっての。こちとら耳はまだ両方ついてんだぜ。』


掠れた、けれどいつもの調子で声が返ってきた。

数日ぶりに聞くレオンの声に、リリーの表情がぱっと明るくなる。


「レオン! 目が覚めたのね!」


喜びと驚きが混じった声に、リリーが駆け寄る。

その視線の先で、レオンが片腕をひらひらと振っていた。しかし、包帯に巻かれた肘の先には、本来あるべきはずの腕がついていなかった。


上級悪魔との交戦時、倒れたリリーを庇った際に、右腕を失ったのだ。

その後、高熱にうなされ意識が遠のいたまま、数日が経過していた。


「くそ忙しい時に寝てたみたいだな、すまない。」


「レオン……!」


「いいっての、泣くなよ。俺の右腕は、隊長のソレよかスマートすぎたんだよ。

エリック隊長、今はどうなってるんですか?病院のベッドにしちゃあ埃っぽい。」


「レオン、残念ながらまだヴァチカンの墓参り中だ。もうすこし辛抱してくれ。」


「構いませんよ。床が固いおかげで目が覚めたんだ。病院にいたら、まだ眠りこけてたかもしれねえ。」



エリック隊には、結束時から一つのルールがあった。

“泣き言のかわりにジョークの一つでも吐いてみろ” 危険な任務、自分のどの言葉が、人生最後の言葉になるかわからないのだ。任務に誇りを持てと、エリック隊長は暗に伝えていたのだ。


「現状、我々が行っているのはゲリラ戦闘による遅延工作だ。敵の儀式を妨害し、援軍の到着まで1秒でも長く時間を稼ぐ。」


「援軍のあては?」


「現実世界と開放されていたダンジョンが、現在閉鎖状態にある。この変化にきがついてくれたら、例の二人が来るんじゃないかと思っているんだが。」


「あれから2週間が経っているんだ、きっとあっちに戻っても山ほど問題が起きてるんだろうぜ。」


アイザックの予想は的中していた。

ダンジョン“黒聖堂”の変化は、UCMCによって観測されていた。しかし、米ソ戦争が起きたことによって、黒聖堂へ派遣する人材が補填できなかったのだ。また、帆世静香が進化の箱庭に潜入した後、計画を遥かに超過しても戻ってきていないことも大いに心配されていた。


しかし!!


デルタフォースの時間稼ぎは功を奏していた。

白衣の天使がヴァチカンに降り立ち、閉ざされた黒聖堂の門に侵入したのだ。

この瞬間、黒聖堂にいる2陣営が大きく動くこととなる。


『こちら帆世静香ッ。応答せよデルタフォースッ』


「こちらデルタフォース、エリック・ハウザーだ。援軍、心より感謝する!」


「待ってたぜ静香!」


『よかった、全員そろっているんですね!こちら、こもじと2人で潜入しました。合流したいのですが、マッピングされているデータと、このダンジョンの情報をお願いします。』


「すぐに共有しよう。かなり広いダンジョンだが、最奥に召喚された悪魔がいる。触れた物を腐らせる特徴があるため注意してくれ。また人間もいるが、残念ながら全員悪魔に憑りつかれており救助不可能だ。」


『憑依型ね…見つけ次第、せめて魂だけは解放しましょう。』



考えうる限り、最高の援軍だ。苦戦を耐え忍んできたエリックにとって、人生最良の報せであった。

素早く情報を共有し、二人の戦力を加味したプランを練り上げてゆく。しかし、そのプランは急遽変更を強いられることとなる。

アイザックとレオンが歓喜するなか、周囲を冷静に偵察していたリリーが最初に気が付いた。ダンジョン全体で悪魔たちが動き始め、明らかに組織だった行動を見せたのだ。



「隊長!大型悪魔が静香さん達の方向に移動、小型は最奥の祭壇へ集まっているようです。」


「静香の存在を感知して、儀式を焦った…というところか。」


『何か動きがあったようですね。隊長、作戦を!』


「来て早々悪いが、緊急事態だ。静香たちは、可能な限り急いで最奥の祭壇へ向かってほしい。合流は中止、我々で道中の悪魔を引きつける。」


『了解。無理だけはなさらず。』


「作戦開始だ。各自、仲間を殺されないように最善を尽くせ。」



人魔決戦の火蓋が斬って落とされた。



(´・ω・`)ドスドスランニング

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ