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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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Stray 4th 作戦 其の2

「その三勢力、私たちで全部殺しちゃいませんか?」


果たして、これを20代そこそこの乙女が口に出してもよいセリフだろうか。聞いた師匠の眉間に皺が刻まれている。

多少茶化す様に言ってみたが、本心である。



「酔狂ではないようじゃな。」


「彼らは一体一体は弱いけれど、その背後には強力な指揮官がいるわ。もしこのまま戦争が続けば……」


「英雄が生まれる、か?」


「ええ、そういうこと。規律のために自害までした敵よ、手が付けられなくなる前に。」



コボルト兵の死に様が瞼に焼き付いていた。彼らには敬意すら感じる。人間に近い知能を有している彼らから、英雄が生まれる可能性は十分にあった。それは、この進化の箱庭というシステムに大きく関係している。


この世界では、魂の概念が存在している。この世界で戦うことで、本来あり得ない成長を引き起こすのを何度も見ている。私自身、人間離れした能力を得ることができているのだ。そうして強くなった個体は、一歩通行の次元の壁を越えて、次のステージへと進むことになる。その理は、人間だけではなく、全ての生物に平等に適応されていると考えるほうが普通だ。


ここ9層は、そうした成長を促しやすい環境が出来上がっていた。3種族がコロニーをつくってぶつかり合い、大規模な戦争に発展しようとしているのである。そして、すでに英雄と呼べるような強力な個体の影すらちらついている。このまま戦争が続けば、手の付けられない集団や、歴戦の強敵が生まれる可能性があった。


——三つ巴なのだから、勝手に潰し合わせたらいいじゃないか。——

確かに、今の9層は火薬庫のような緊張感が漂っている。ほっておけば、近いうちに必ず大きな争いが引き起こされる。

そういう発想になってしまうが、この環境においては禁忌なのだ。戦争は数々の悲劇をおこし、その土壌で屈折した英雄が生まれてしまう。だからこそ、このフロアにいる種族を殲滅し、私達自身の糧にすることを提案した。



「よかろう。じゃが、闇雲に戦っても総攻撃に合うだけじゃぞ。」


「そうなのよね…うーん。」


2頭のライオンが喧嘩している時、うっかり3頭目のライオンが現れたらどうなるだろうか。

2頭が結託して、乱入者を攻撃して追い払うのが自然の摂理だ。3勢力拮抗した現在、うまく立ち回らないと数の暴力に押しつぶされてしまう危険がある。


「今日はゆるり体を休め、作戦を練ろうかの。」


雨に打たれ、表面がつるりとした岩の上に腰を下ろす。

私達がいるのは標高の低い、小規模な山の中腹だ。私たちの山に連なるように、高い山があり、遠目からでもコボルトやゴブリンの集団が蠢いているのを見ることができる。山の中にトロールの姿は見えない。


「じゃあ、私が周辺の探索をしてきます。何かあれば、ウィンドウを通じて連絡しますね。」


「気を付けるんじゃぞ。儂はここで寝床をつくっておこうかのぅ。」


師匠は山によくなじんでいるように見える。仙人がいたら、こんな感じなのだろう。

最低限、3種族のコロニーの場所・数・武装くらいは検討をつけておきたい。もしかすると、4種族目もいるかもしれない。


音を消して山を翔ける。こうしていると、デルタチームと模擬戦をしたことを思い出すようだった。あの時は足跡や草木の様子から、私の移動場所がバレてしまった。今回はもう少し気を付けて移動してみよう。


走りながらでも、やり取りできるウィンドウは非常に便利だ。私の視界を師匠に共有し、逐次指示を貰いながら山を一周するように走る。天高かった太陽が沈み、光に赤色が混じり始めたころ、ようやく9層の全貌が掴めてきた。



「帆世どの、おかえり。飯はできておるぞ。」


「やったー!なんの肉ですか、これ。」


「さぁて、儂も見たこと無い動物じゃったんじゃが…。味はよかったぞい。」


「へぇ~~、だんだん地球の環境から離れていっているんでしょうかね。」


師匠が捕まえたという謎の動物の肉を齧る。白い脂と赤い肉がくっきりと層になっており、炭火でじっくりと焼かれていた。腰のポーチから調味料を取り出してかけていく。ミーシャがくれたポーチには、冒険に必要になりそうなものが丁寧に詰められていた。こういう小さいが丁寧な仕事は、私はなんとなく苦手なのだ。


「本丸はあの山にいるコボルト共じゃな。ここが要所と見える。」


持ち帰った情報をマップに映し、師匠が睨むように作戦を立てている。

情報を整理してみる。


◆コボルト陣営◆

場所:高い山の中腹から山頂にかけて生息。山頂には木と岩を組み合わせてつくった要塞があり、地形を味方につけた難攻不落の城と化していた。

武装:短剣だけでなく弓を扱う個体も見かけた。時折背丈の高い個体がおり、彼らが数匹のコボルトを従えている様子である。

数 :3匹部隊を複数従えている指揮官クラスが数匹。総勢でも100-200匹程度のコロニーに見える。

備考:死者を弔う様子あり。要塞の裏手にはコボルト達の墓のような場所を発見した。



◆ゴブリン陣営◆

場所:山から下った湖の側を拠点に、うじゃうじゃと集まって生活している。木苺のような木の実が豊富であり、湖で魚も取れる様子だ。

武装:こん棒や、コボルトから奪ったような剣を有している。明らかに大きな個体が1体おり、それは私の記憶に色濃く残るゴブリン首魁と酷似している。

数 :200-300体が集まる巨大なコロニーが複数見つかった。もしかするともっと多いかもしれない。

備考:食べた後のごみや、仲間の死体まで乱雑に溢れている。死体の上に座っているゴブリンもいる。



◆トロール陣営◆

場所:山の外れの岩石地帯。資源に乏しく、生物の少ないエリアに散在している。

武装:ゴブリンの集団と戦闘しているところを発見。ゴブリン5体を相手に、トロールは1体で圧倒していた。素手で攻撃するほか、岩や木など目についたものを投げつける攻撃も強力である。

数 :岩場に生息している個体は19体。しかし、上下関係どころか仲間意識も希薄そうである。

備考:ゴブリンによってつけられた傷が、瞬く間に再生していた。捕まえたゴブリンを衣服をつけたまま食っており、知能は低そうである。



「正しく状況を認識していそうなのがコボルトね。ゴブリンは場所的に豊だけど、2勢力に挟まれているわ。でも、積極的に拠点を作ろうとはしていないみたい。トロールは何なのかしらね、目的があまり無さそう。」


「もしかすると、トロールは流れ着いてきたのかもしれんな。負け犬のような顔つきじゃ。おっと、コ犬顔はコボルトもじゃったか。」


んー、一番強そうなトロールが負け犬か。師匠の目にはそう映っているのだろう。8層から逃げてきたということかしら、それなら環境が似ている岩場にいるのも納得だった。8層にいる強敵にも心当たりがある。


3勢力、どこから攻めたものか。できるだけ多くの個体と戦いつつも、背後を取られないように立ち回らなければいけない。統率のとれたコボルト、数の多いゴブリン、怪力のトロール。どの勢力であっても、戦闘中に3rd Dogされると厄介そうに見える。


※3rd Dogとは。戦争で消耗した2勢力の間に、割って入り漁夫の利を狙う3番目の集団のこと。


1勢力ずつ戦うには、私達の数が圧倒的に足りていない。負けることは無いだろうが、殲滅するには時間がかかってしまうだろう。コボルトのように逃走を視野に入れた計画をされた場合、どうにも打つ手が無くなってしまう。

都合よく3勢力が争ってくれて、しかも都合よく私たちが攻撃されないまま参加することができれば…。そんなに都合の良い話もないか。思考が行き詰まり、堂々巡りを始めてしまった頃、師匠が助け舟をだしてくれた。


先ほどまでの難しい顔つきから、どこか柔和な教師のような顔に変わっている。作戦は立てられたようだ。



「悩んで居る様じゃの。どういう作戦を立てたいんじゃ?」


「勢力が3つもありますから、彼らを狙って動かせれば。ただそう都合よくはいかないかと…」


「人間は争いによって歴史を作ってきたアホな種族じゃ。困ったときは、歴史を振り返るんじゃよ。だいたい先人が答えを出しておるぞ。」


「歴史…ですか。人を動かすと言えば、デマゴーゴスとか?」


「内から動かすのも有用じゃな。それに加えて、外から動かすというのもある。1が動けば2が動き、その動きは3つ目の勢力にも及ぶじゃろう。」


「あっ、あれですね。ヨーロッパ民族大移動。そう言われてみれば、たしかに今の状況は似ていなくもない。」


傍から聞いていれば、良く分からない会話だろう。実際、私も答えを出すまでにひとしきり悩んでいる。一応解説を記しておくが、別段読む必要は無い。前人未到のダンジョンを攻略するため、もし私が倒れた時のために記録を書いているにすぎないのだ。


デマゴーゴスとは、民衆を扇動し、戦争へと駆り立てる腐った政治家みたいな煽り屋のことだ。デマという言葉の由来になったくそったれな人達である。

民族大移動は、ヨーロッパを暗黒の200年間に追い込んだ混乱の時代である。4世紀ごろ、モンゴルで生まれたフン族という遊牧民がヨーロッパに侵入したことが発端であり、圧倒的な武力を誇ったフン族を前にゲルマン人が住処を奪われてしまう。ヨーロッパの中では屈強な身体のゲルマン人は、新天地を求めて西ローマ帝国に攻めいり、これを滅亡させる。滅ぼされた西ローマ帝国もまた、新天地を求めて彷徨い……そうして数多くのヨーロッパ系民族が200年間もあちこちに放浪する最悪の時代が始まったのである。

ちなみに、事の発端であるフン族だが、彼らもまた中国人に追い立てられて逃げてきたのではないかという説もある。


いかにも、と師匠が頷く。我々日本人の祖先かもしれない、モンゴルの血。この異世界でも発揮させてもらおうじゃないか。思いついた作戦を、現実の世界とリンクさせるように詳細をつめていく。この作戦には不確定要素があまりにも多いが、ハマれば3勢力を一挙に殲滅することができるだろう。


最悪、ダメそうな時は突っ走って次元の壁を越えてしまえばいい。二人同時に脱出し、10層に挑むことをプランBとして備えておく。しかし、狙うは総取りのプランAだ!


作戦名:Stray 4th ≪四匹目の野良犬≫

この狭い世界を引っ掻き回す、大仕掛けな作戦が立てられた。内から外から、このフロアを殲滅せんとする物騒な作戦である。


実行は明日の早朝、狂暴なフン族役はトロール達。

私達も精いっぱい役割を演じないといけない。観客のいない舞台が始まろうとしていた。



世界史愉しいですよ。

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