ミーシャの視点
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進化の箱庭第6層に浮かぶ島:氷の大地。
島の東海岸、ラウガルフェルト湖を中心に大きな波紋が広がった。
湖から怪物が這い出し、近くの村を蹂躙したのだ。村人にとっては不幸中の幸い——世界にとっては必然であるのだが——救世の英雄が現れ、鉄の鱗を纏った異形の竜を撃退した。黒髪の女と、白髪の老人が振るう剣技は凄まじく、鉄の塊を纏う異形であってもバッサリ斬り払うほどである。こうして、湖の主は次元の壁を越えて逃亡し、村には一応の平和がもたらされた。
2人の英雄は村を去った後、村人は変わってしまった日常に適応するべく日夜懸命の仕事に励んでいた。
その中心にいるのは。
「ミーシャー、あらやだ私ったら、ミーシャ様って呼んだ方がいいのかねえ?」
「アガサおばさま、普通にミーシャって呼んでくださいって言ってるじゃないですか。」
「あんたは今じゃ、救国の英雄様だよお。それに随分キレイになったんじゃないかい?」
私じゃないですよ、とこぼしながら笑みを浮かべる。化物に襲われて追いつめられた人のもとに、英雄を連れて帰ってきたのがミーシャだった。英雄が去った今、ミーシャが彼らの代わりに祭り上げられていたのだった。もっとも、英雄の一人、黒髪の女によって『ミーシャを大切に扱うように』と何度も厳命をされていたことも大きく影響していた。
そういう事情から、今ミーシャは村の代表という立場にいる。村の復興に際し、相談事の多くがミーシャに届くようになり、その生活はガラッと変わっていった。
ミーシャという少女は、もともと孤児だった。
幼いころ、彼女の暮らしていた島を飢饉が襲い、食べるものもなくなった家族は、やむを得ず彼女を手放した。――言い換えれば、親に売られたのだった。
土地がやせ細り、恵みの乏しいその島では、そうした話は決して珍しいものではなかった。
彼女は、都市部の貴族の家に召し上げられ、召使いとして働くことになる。物心がついたばかりの年で親に捨てられ、身分制の厳しい貴族社会の最下層で生きることとなる。嫌なこと、辛いことは数多くあったが、それでも精いっぱい働いた。
ミーシャは、与えられた仕事に真面目に取り組みながら、少しずつ文字を学び、礼儀作法を身につけていった。その働きぶりを、屋敷の主である貴族の男は時折目にしていた。
彼は、決して悪人ではなかった。
むしろ、勤勉で素直なミーシャを気に入り、出先にも積極的に連れていくほどだった。彼女が16歳になったころには、十分に与えられた食事のおかげもあってか、急速に体が成長し女の姿へと変わっていった。無垢な少女は、いつしか屋敷でも一目置かれる存在になっていたのである。
ある晩のこと。いつものように仕事を終えたミーシャは、主の寝室へと呼ばれる。
その意味を、彼女は理解していた。貴族の屋敷に仕えるというのは、そういうことなのだ。――むしろ、これまでそのような役目を課されなかったことの方が、特別だったのかもしれない。
男に抱かれ、耳元で甘く愛をささやかれる。親子ほどの年の差があり、ゴツゴツカサカサとした水分の無い枯れ木のような指が全身をまさぐる。ねばつく唾液が肌に触れる度、ぞわりと鳥肌が立ってしまうのを必死に隠した。延々にも感じられる夜の時間、ミーシャは心の奥にあった拒絶の感情を押し殺し、ただその時を耐えていた。
だが、次の瞬間。扉が激しく開かれる。壁にかかる高価な絵画が床に落ち、ガラスをまき散らして砕ける。
眩い光に目がくらむ中、鬼の形相をした夫人が立っていた。年老いたその女の手には、鋭い光を帯びた果物ナイフが握られている。
「この売女がァァ……殺してやる゛゛……!」
夫人は絶叫しながら、ナイフを振りかざしてミーシャと男に襲いかかってきた。
夫人はすでに五十を過ぎており、年々情緒不安定さが増していた。男はそんな妻を疎ましく思い、次第に距離を取っていたが、それが彼女の心をさらに深く傷つけていたのだ。老いる自分をあざ笑うように、急速に女へと変貌していくミーシャが憎かった。
その怒りが、この夜、男の寵愛を受ける姿を目撃したことで、ついに爆発したのだった。
召使いたちが駆けつけ、夫人はその場で取り押さえられる。乱心、として内密のうちに事件は処理された。貴族社会において、身内の醜聞は絶対に秘密にしなければならないのだ。
そして、この屋敷にミーシャの居場所は、もう残されていなかった。
翌日、彼女は肌着一枚の姿で、屋敷を追われた。ミーシャを疎ましく思っていたのは夫人だけではない。長く勤めていたほかの召使も加担し、ミーシャは私物の1つも持ち出すことは赦されなかった。
再び一人となったミーシャは、遠く離れた田舎の村に流れ着き、細々と孤児院の手伝いをしながら、何とか暮らしをつないでいた。その村での生活は決して豊かではなかったが、彼女は持ち前の優しさで、孤児たちの間ですぐに人気者となる。とくにミロという小さな女の子は、まるで姉に甘えるように、ミーシャによく懐いていた。
孤児のみんなで作った大切な孤児院も、大好きな人がいっぱいいる村も、すべて湖から這い出てきた化物によって壊されてしまった。
必死に逃げ惑う子どもたちをかばい、一際巨大な化物を前に腰を抜かしてしまったミロを抱きかかえた。逃げて逃げて、それでも私の足では限界がきた。伸びる触手に足を掴まれ、あまりにも悍ましい口に飲み込まれた。
私は、そこで命を落とした——はずだった。
倒れゆくその瞬間、私は何を思ったのだろうか。思い出すことはできない。
痛みよりも、悔しさよりも、幼いミロを守れなかった後悔が胸を締めつけていたのではないか。
もし次があるなら、私は。
唇を噛みしめ、意識が闇に溶けていくはずのその時、不意に景色が変わった。
気がつけば、石畳が続く、どこか異質な空間に投げ出されていた。
そしてその腕の中には、確かなぬくもり――ミロの息づかいが、今もそこにあった。
何が起きたのか分からないが、少なくとも生きている。私もミロも生きていた。
そこから先の出来事は、決して忘れることはないだろう。
言葉の通じない私たちに、何度もやさしく語りかけてくれた人がいた。
壁を斬り裂き、道をつくり、私たちを村へと送り届けてくれた女の人だ。
彼女は、珍しい黒い髪をしていた。
優しい顔で、それでいて化物にもひるむことなく戦う力を持っていた。
城壁の上に立ち、私たちには理解できない未知の言葉で朗々と語るその姿は、まるで物語の中の騎士のようだった。
這い寄る巨大な化物を、まるで紙を裂くかのように両断してしまうほど強かった。自然と城壁に乗り出して、彼女の戦う姿を目に焼き付けていた。私も岩を手に、必死に下へと投げ落とす。やや小ぶりな個体に命中し、何匹かまとめて城下に落とすことができた。ただ守られるだけではない、ともに戦いたいと皆が思っていたようだ。
恐怖ではなく、希望を見せてくれる――そんな人だった。
けれど、その彼女も、ついに化物の群れにのまれてしまう。3mはある巨大な化物が何重にも密集した群れに取り込まれたのだ。
目の前が真っ白になり、胸が張り裂けそうになった。そのとき――
空が、燃え上がった。
化物の群れの内部から太陽が飛び出し、炎の海の中から、彼女は再び現れた。
その姿は、まるで神話の英雄か、あるいは神そのもののようで。
怒りを宿した目で、群れを睨みつけ、ただ一振りで、すべてを焼き尽くした。
あの瞬間、私は確信した。
もしこの世界に神さまという存在がいるのなら、きっと――
それは、彼女のような人のことを言うのだろう。
化物を撃退した後、ボロボロに傷ついた彼女を連れて湯あみをした。
その時、私は変だったのかもしれない。だって…
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(ここだけ文章がぐちゃぐちゃに塗りつぶされている)
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~~ったが、彼女はこの世界の先へと旅立っていった。
私もついていくことはできないだろうか。彼女は強い、それでも人として傷つく体と心を持っている。少しでも側で、支える力が欲しい。
私を含め、何人かの人は力が強くなっていた。あの化物を倒したことが原因なのだと思う。
「ミーシャ様~!ラウガルフェルト湖の向こうで異変があると報告が入りましたッ」
「はい!今行きます。念のため、村に出ている人達を城の中に避難させてください。」
「ハッ。早速馬を準備させます。」
私達の住む島は、透明な壁に寸断されてしまっている。あわただしい報告が飛び込み、現場に向けて馬を走らせる。
閉ざされた壁の向こう側で、もう一つの波紋が生まれようとしていた。投じられた石が波紋を呼び、その波が次々と連鎖するように島が揺れている。
6層が思ったより物語の起点になっています。