苦い勝利の味と世界の改変
「……来たか」
VRで慣れ親しんだ物と酷似する、伸縮自在のウィンドウが視界の端に浮かんでいる。極小サイズにし、自分の背面に固定すれば普段視界にも入らない。斎藤によって作られたウィンドウは個人ごとに合わせて、必要な情報を表示するようにプログラムされている。
そのウィンドウが真人に映し出すものは―
≪試練達成≫
-敵対生物の討伐が完了しました。
-報酬:100RP獲得。
-敵対生物の世界間初討伐を確認しました。
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人類の勝利の報せ。
だが、それを喜ぶには、あまりにも重苦しい現実があった。隠れた偉業を称賛するメッセージには誰も目がいっていないようだ。
「……死傷者1000人以上、北海道の10以上の市町村で今なお立ち入りができないでいる、か。」
目を背けようにも、システムが提示する情報は冷徹で、
現実を直視せざるを得なかった。
——これが北海道だから"まだ"この程度で済んだ。
もし、発見が遅れていたら?
もし、敵が都市部に現れていたら?
その時、人類は果たして"戦えた"のか。
真人は、視界のウィンドウに映る数値を見つめた。
世界リソース 100RP。
表記をみるに、100RPとは通常よりも多い報酬なのだろう。今後、あのような試練が続くのだろうか。次も同じように倒せるとは簡単には思えない。これ以上なく貴重で、得難いリソースであることに間違いはないだろう。
この使用は、物理法則を改変、あるいは、人間の在り方をも変えることになる決断となると感じる。
"自分自身を限界まで強化する"という選択肢もあった。あのヒグマもどきを一人でなぎ倒すほどの力を手にすることもできるだろう。
そうすれば、自分が見殺しにした1000人を超える犠牲者への悔恨も、ほんの少しは薄れるのかもしれない。真人は首を振る。
……いいや、違う。『それだけは間違っている』と本能が拒絶していた。
「——すでに決まっている。」
そのために、諸葛は限界を超えて知恵を振り絞り、
斎藤はシステム開発に命を削り、
中西は裏方として多方面へと奔走している。
本当に正しいのか。
「システムよ、応答せよ。」
真人は静かに宣言する。この呼びかけが正しいのかはわからないが、どうせ見ているんだろという確信があった。
「RP100を使用。全人類へおおいなる情報体への接続を共有する-。」
「今日より、試練は全人類の力をもって立ち向かう。」
≪システム更新≫
≪システムコール:【代表】の要求が承認されました。≫
―全人類を対象に【ウィンドウ】が起動しました。
―【ウィンドウ】を運用するためのシステムを新たに構築。権限を【代表】へ移管しました。
―【試練】に新たな種が解放されました。
―【試練】が【クエスト】に統合されました。
―【クエスト】の対象が全人類となりました。
―新規クエストが発行されました。…999件の新規メッセージがあります。
―『新たな摂理の追加』実績が解除されました。
―『100億人のシステム閲覧』実績が解除されました。
―【クエスト】が達成されました。…26件の新規メッセージがあります。
その瞬間——世界中で「不可解な現象」が発生した。
オフィス街を歩くサラリーマンが、
カフェでスマホを見つめていた女子高生が、
田舎の畑を耕していた老人が、
視界の端に、半透明の"ウィンドウ"を目撃した。
最初に順応を見せたのは、ゲーマーたちだった。
「え、なにこれ? UI?」
「俺、ゲームしてないんだけど……」
「待て、これ……え? 全員に出てる?」
SNSを中心に憶測が飛び交い、大きな議論が巻き起こる。いまだかつて、人類が1つのテーマに全員で向き合ったことがあるだろうか。」
「……バグ? いや、ウイルス? え、なんで"目の前"に出るの?」
「え? なんか"クエスト"が表示されてるんだけど」
「は? これ、世界共通? おい、誰か説明しろ!」
——誰もが、初めて"システム"に触れる。説明をしてくれる人はいないが、必要な情報はウィンドウにて表示されている。
「社長、システムからのメッセージが多すぎます!対応が追いつきません。それにどう説明を流したらいいかッ」
システムとウィンドウの機能の大半を作り上げた若き天才が、悲鳴をあげる。
「必要ないだろう。目の前にあるんだ、みんな勝手に調べるはずだ。」
目の前にぶら下がってる道具くらい使いこなすさ。齋藤にシステムのチューンを一任する。
全情報を閲覧可能な真人のウィンドウには、
恐ろしい勢いでログが更新されていく。
全人類を巻き込み、数多のクエストが発生し、いくつかは瞬時に達成されていく。
「新規クエスト達成:新種の生物10種類が登録されました。達成報酬が付与されました。」
「新規クエスト達成状況:北海道物流システム最適化 進捗9%」
「新規クエスト達成状況:日本地区災害予測システム構築 進捗24%」
「新規クエスト達成:……」
人類は、"適応"する。
状況を整理し、理解し、そして活用する。
弱きを肯定し、それでも全員で強大な集団となって前を向く。
——人類の強さとは、何でもする貪欲さと、数だ。
難問だろうと誰か"解決してしまう人"が生まれる。"100億の多様性"が一つの問題に対処した時に知恵が不足するとは思わない。
それを、証明するかのように世界は動き始める。
システムちゃんは見ている。
不相応にも深淵を探求した人には、相応の情報を与えてあげた。
存在しない神に祈り続ける人には、神の役割を与えた。
他種族どころか同族同士でさえ数千年争い続ける人のことはいたく気に入り、種族そのものを変質させた。
死者を蘇らせる術を見つけてしまった人には、その禁忌を封じる代わりに一時の魂を操る術を与えた。
永劫の試練の果て、終わった世界にこびり付く人類には興味を失ってしまったが...再び観ることにする。
全ての蝶がバタフライエフェクトを引き起こす訳では無い。
無限に存在する可能性は、因果に基づき統合される。
一筋の雨粒が集まって大河に至るように、因果は巨大なうねりを形成する。
因果の果てに運命は決定される。
地球から派生する世界は、いつも強固な因果により形成された5つの世界に統合される。
幾度となく繰り返されてきた。幾度となく観測し続けてきた。
これ以上増えないはずの世界が、1つ増えた。その原点にいる蝶とは。