ラウガルフェルト 其の2
至る所に粘液が染みており、所々露出している土や岩を蹴って移動する。ファストステップのおかげで、1歩で相当距離を進むことができた。
この道、師匠達3人は大変ね……。粘液が道標でもあり、障害にもなっている。大きく迂回して歩けば、それだけ合流が遅れることになるに違いない。
それに、この粘液には毒があるッ。
さっきから足や腕がヒリヒリと痛い。無茶な足場を選んだ時、粘液を蹴ってしまい飛沫が皮膚に着いてしまったようだ。私でさえ痛むのだ、特にミーシャやミロには触れさせる訳にはいかない。
「こちら帆世、この粘液には触らないようにして!合流も急がず、高台に迂回してください!」
『娘達に傷ひとつつけんわい。それより、無茶をするでないぞ。』
ウィンドウ越しに連絡を取り合う。マップを展開すると、私が移動したルートが直線的に記録されている。ちょうど谷の底を走っているようだ。
その後方に、師匠のアイコンが少し横に外れて移動しているのが見える。ミーシャ達はマップに映らないが、師匠がしっかりと守ってくれているだろう。
でも...。
真剣にPT編成を考えた方がいいわね...。
低層を様子見に攻略するつもりで、2人の方がかえって身軽だと思っていた。しかし、今の状況を考えると足りない物が見えてくる。
私が偵察役をするのは良い。機動力と回避に特化しており安全性も確保でき、敵に接触することである程度の情報も抜くことができる。
だが、本来師匠は攻撃に参加してこそ輝く役回りだ。今回のように防衛向きではない。
それに、誰かが怪我をしたらリカバリー手段が無いのも不味い。
1度挑戦を始めると、最低でも5階層は攻略しないと帰還できない。道中で怪我をした仲間を、その都度失っていては攻略どころじゃないだろう。
邂逅では、中々特殊すぎる構成だったが4人の連携がハマっていた。こもじを最大火力に設定して、残りの3人でアシストに回った。特に巫さんの結界は防御や回復に優れていたし、特殊な環境への適応性が極めて高かった。
フニちゃんも、その環境で生きている生物を操るため、どこであっても戦うことができる。それに、強敵であるほど、倒した時に得られる特殊素材は魅力的だ。
逆に、デルタチームは、その辺をきっちりと整えて居た。戦闘と指揮をこなすエリック隊長、遠距離狙撃を担うレオン、罠や拠点を担うアイザック、治療担当のリリー。全員が広く高い能力を持ちながら、さらに特化領域を備える理想的な4人PTだ。
帰ったら、エリック隊長に相談してみよう。あの人に聞けば間違いない、そう思わせるオーラがある。
考え事をしながら、進むこと数分。
谷が狭まった地点に、小ぶりな石造りの城が姿を現す。規模こそ大きくはないが、その位置は戦略的に極めて重要だ。谷を完全に封鎖するように築かれたこの城は、まさに関所の役目を果たしているのだと思う。
先ほど通り過ぎた村が農耕を生業とする場所だったことを思い出す。この道は恐らく、都市へと続く交易路なのだろう。それと同時に、外敵の侵入を阻む要塞でもある。かつてのヨーロッパに見られた都市の構造によく似ていた。
城は切り立った崖を背にし、谷の両側の岩肌に張りつくようにして築かれている。外壁は厚く、風雨に晒された石が、長い年月を物語っていた。
この地形そのものが、自然の要塞である。急峻な崖と狭隘な通路が、攻め手の機動力を奪い、防御側には決定的な優位をもたらす。
その最も中心となる城門に、陣取るように巨大な生物が居た。
ラウガルフェルト・ドレーキ。
姿形はリルファのように、巨大なナメクジにも似た流線形の身体。だが、その外皮はまるで金属のような鱗に覆われ、日光を鈍く跳ね返す。顔から伸びる触手だけでも、三メートルはあろうか。何かを探るようにうねっている。
ドレーキだけではない。ドレーキを中心に、村で見たよりも数段大きなリルファが群れている。ナメクジのような見た目に反して、その動きは驚くほど俊敏だ。岩肌を滑るように這い、地を蹴って跳ねる。粘液を撒き散らす。城門の前で動かないドレーキとは対照的に、我先へと城壁を登っているのだ。
城壁の上では、すでに戦いが始まっていた。
リルファの体は人の背丈をゆうに越え、しかしその巨体とは裏腹に、動きはしなやかで、獰猛だった。蛇のように身をくねらせ、跳ねるように飛びかかっていく。
一方で、城壁を守る人々は、皆が兵というわけではなかった。鎧に身を包んだ兵士もいれば、粗末な農具を手にした男たちの姿もあった。肩に鍬を抱えたまま、素手に近い格好で戦う者すらいた。
彼らは、皆必死だ。
槍を突き出し、リルファの進行を阻もうとする。狭い城壁の上、石を抱えた若者が、敵の群れに向かってそれを振りかぶる。渾身の力で投げ落とされた石が一体のリルファに直撃し、粘液を撒き散らしながら地面へと墜ちる。
だが、倒しても、また次が来る。
ついに城壁を登りきったリルファが、最前で戦う兵士に飛びつく。ギャリギャリと嫌な音をたて、甲冑が噛みちぎられた。同胞が食われる中、近くの者が槍を手にリルファに殺到する。
もはやこれは戦争だ。お互いに生きるか死ぬかの総力戦の様相を呈していた。
チッ……苦しいわね。つい舌打ちがもれる。
状況を俯瞰し、優勢なのは明らかにラウガルフェルト・ドレーキ達だ。人間側は数が足りていない。恐らく、あの城壁の上で必死に抗っているのが、最後の防衛線なのだろう。
リルファの猛攻を凌ぐだけでも精一杯。そんな中で、あの異形――ドレーキは未だ一歩も動かず、ただ不気味にその存在感を膨らませている。
「こちら帆世、到着しました。複数の大型リルファと、さらに巨大な1体のドレーキが見えます。人間が戦っていますが、形勢不利です。」
連絡と同時に、私の視界をウィンドウに共有する。城壁の上、粘液にまみれた戦場が映し出された。
『急がねばまずいな。ここいらにもナメクジ共がおるぞ。』
「2人の様子は。」
『しっかりしとる子達じゃ。だが……どこか安全な所に避難させたいんじゃがのう……』
2人を放っておくわけにもいかないし、このままでは師匠も本気を出せない。
「……わたしが連れていきます。城壁の上なら、今は人の目も多い。リルファは私が総て叩き落とします。」
激戦区に違いは無いが、私たち最大戦力の背中でもある。知らないところに放置するより、いっそ背中に守るべき者を置いておきたい。
踵を返して、3人の待つ場所へ向かう。
師匠の選んだ道が良かったんだ、思ったより近くまで来ていた。
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4人で城壁まで到達する。
GYARIRIRIRI
黒板を引っ掻くような、金属が金属でネジ切られるような不快な音が響いている。
ラウガルフェルト・ドレーキが、城門をこじ開けようとヤスリ状の歯舌を擦り付けているのだ。カタツムリやナメクジの類は、世界で最も歯の数が多い生物と言われている。
「まずは、ミーシャちゃん!乗って!」
Nei! Ááááááーーー!
ミーシャを背負って、城壁を駆け上る。
多少でこぼこがあれば、人を背負っていても移動できる。肩にしがみつくミーシャは、羽のように軽い。
「この子お願いします!!!」
ー!!!??
「Frá Vallaness...! Við flúðum! Þeir eru góðir, þessir menn—þeir eru ekki óvinir! Hjálpið, vinsamlegast!」
「Ó, ég sé. Allavega, feldu þig hér!」
「もう1人来るから待ってて。」
「Ég á líka dóttur!」
近くの兵士を捕まえて、ミーシャを見せる。ミーシャと兵士のやり取りは聞き取れないが、保護して貰えそうだ。
目をひん剥いて、口をパクパクさせる兵士は悪い人に見えなかった。ダメなら一発かまそうと構えていたのだが、不要だったらしい。
ミーシャを預け、城壁を飛び降りる。
銀爪ッ
右、下、右!
城壁を飛び降りる際、登ってきているリルファを斬り飛ばす。半分が木、もう半分が例の羆の素材でできた刀だ。真剣と比べると短く、非常に軽いが、切れ味は頗る良い。
致命傷ではないかもしれないが、感覚を司る触手を切り落とし、城壁の下まで叩き落とせば復帰は遅いだろう。
走りながら納刀するほどの技術は無いが、すれ違いざまに斬りつけることはできる。先の手合わせで春宗と師匠と切り結んだ事で、私にも剣術Lv1が生えていた。これは私の実力というより、不壊の刃の型を体験したことで長年かけて培われる基礎を会得したことが大きかった。
「ミロちゃん!おいで!」
「Já~ takk!」
Kyahahahaꉂꉂ(>ᗜ<*)
背中にミロちゃんを乗せて、城壁を跳ぶ。
絶叫を上げていたミーシャと違い、楽しげな悲鳴が聞こえてくる。ぺちぺち私の顔を叩くのはやめて欲しいが、可愛らしい声に気持ちが綻ぶ。
子供がジェットコースターに乗る気分なのかな。
数歩で城壁を飛び越え、先程の兵士を探す。
「この子もお願いね!」
往復タクシーを終え、そのまま城壁の際に立って睥睨する。人間勢は30人足らず、リルファは同数以上に登ってきている。城門を齧るドレークの後ろに、師匠が立つ。
城壁は横に約200m、高さは3段60mほど、人類の反撃を開始する。
水辺の封印洞窟は、進化の箱庭の中層近い難易度でした。
ただ、進化の箱庭は攻略の仕方によってストーリーが変わっていきます。