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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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ラウガルフェルト 其の1

焼け焦げた草木、爆発した湖面から白い煙が上がり、空からは水飛沫が雨となって降ってくる。


ミーシャの手を握ったまま、大丈夫だよと繰り返す。あまりの驚愕に、ミーシャの瞳から恐怖の色は消えていた。一緒に手を添えて魔法を発動したため、まるでミーシャも魔法を使ったように見えただろう。


実のところ、そんなに使い勝手の良い魔法では無いのだが、圧倒的な破壊力を見せることができた。ミーシャが恐れているナニカが現れても、為す術なく殺されるという恐怖心を吹き飛ばすことができたと思う。



ミーシャもミロも、頭から水を被ったことで顔についた土埃が流れ落ちる。10歳位のミロを抱いていたため、誤解していたのかもしれない。水に洗われたミーシャは、私と同じくらいの歳の女の子に見えた。


「とりあえずこちらは落ち着きました。今からどうしましょうか。」


「儂が驚いとるわい。道ならこの子達が知っとるじゃろ。」


「じゃあ、みんなで行きましょうか。」


クイクイと、ミーシャが手を引いて道を指さす。

木が食い荒らされていることで分からなかったが、森の先へ続く道があるようだった。道幅も3mほどあり、普段からよく使われている様子だ。


私・ミロ・ミーシャが並んで手を繋いで道を歩く。小さなミロを真ん中に配置し、私が前方を見張る。3人の後ろを師匠が着いて歩き、後方を守ってくれる布陣だ。


森の中は、思った以上に静かだった。動物の鳴き声もしない。ただ、風に揺れる枝葉が細やかな擦過音を立てているだけ。踏みしめるたびに足元が沈み、枯葉の層がぶかぶかと浮く。しばらく歩くと、ミーシャが足を止めた。

彼女の指先が向いているのは、道の分岐だった。片方は、さらに木々が密集する暗がりの中へ。もう片方は、苔むした石垣に沿って、わずかに開けた斜面を登っていく。


「Við erum að koma að þorpinu…」


ミーシャにしたがって、村に行く道を進む。苔むした石垣を越え、道はさらに登り坂になっていた。

踏みしめた土はまだ湿っていて、靴の裏に絡みつくような重みがある。けれど、木々は徐々に間隔を広げ、陽のような光が斑に地面へ降り注ぐように揺れていた。


最後の一歩を踏み出すと、足元の感触が変わった。

急斜面だった坂道が、ふと傾きを失い、平らな岩の広がりに変わる。そこは――小高い丘の上だった。


「……!」


視界が、開けた。

森の縁から離れたこの丘の上からは、村の全貌を見下ろすことができた。

谷の底のような地形の中、ぽつりぽつりと、かつて“人が住んでいた”建物の残骸が並んでいた。人口はそう多くは無いのだろうが、人の姿は全く見えない。

丸太小屋、石積みの壁、煙突の名残、畑だったであろう区画、そして、風雨を凌ぐはずの屋根が無惨に崩れ落ちた光景。建物が押しつぶされ、何故か地面がキラキラと光を反射している。


「随分とでかいな。」


師匠の目には、この惨状を成した生物の姿が浮かんでいるのだろう。この村に導いてくれた二人を慮るように眺め、左腰に差している刀の鯉口をカチンと切っている。……確かに、そう言われてよくよく村を見ると、分かってくることがあった。


家が一つや二つではない。村全体が壊れている。

ただの災害ではなく、これは、“生き物”の行動だ。

移動して、踏み、押し、曲げて壊した。直線的でなく、獣のように、這いずって進んだ跡。キラキラ反射しているのは、生物の粘液が乾燥した時に見える筋によく似ていた。


その惨劇の渦中に居たであろう2人。


「Mi...sha……」


ミロが、手を震わせてミーシャの服を掴んだ。小さな唇から、震える呼びかけが漏れている。

ミーシャもまた、崖の端に立ち尽くしていた。

体は無事だが、精神的な傷が深々と刻まれているはずなのだ。震える2人の体を抱き寄せる。


ウ゛ッグゥ……


ミーシャとミロが震えて涙を流している。恐怖ももちろんある。しかし、それを噛み殺すように唇から血を流している。瞳に映るは、恐怖をどうにか上回ろうとする憎悪の炎であった。


「仇討ちと救世、私たちでやりましょうか。ね?」


「戦場に、おなごを連れて行くと申すか。」


「まあまあ、私たちには師匠がついてるからね!」


ついたばかりの心傷だ、このまま仇と共にズパっと斬り去ってしまえば良い。そう思った。


丘をくだり、崩れた垣根を越えて村に入る。地面にはネチャネチャと粘液が残り、生臭い空気が漂っている。


べちゃり。


近くの家屋で、気配がした。開けっぱなしの扉を潜り、日の影となった厨房から音が聞こえる。じゅぐり、じゅぐりと、姿が現れた。


一言でいうならば、巨大なナメクジ。


両腕を広げたほどの大きさ、体表は粘膜に覆われた軟体生物。顔には4本の触手が生え、口と思しき場所で鉄鍋を齧っている。背中は盛り上がり、半透明の皮膚の下には黒い塊が透けて見えた 。


「こいつかな?」


「Þetta er barnið hans……」


「当たらずも遠からず、と言ったところか。」


ピッ……言うが早いか師匠が刀を抜き打つ。

ボトボトボト。一振にしか見えなかったが、ナメクジの触覚が地に落ち、体が半分に切断される。バラバラに斬られた生物は、自然の摂理に逆らうことなく絶命した。


「師匠、それなんて言う型なんですか?」


こもじも夢想無限流・古流居合を修めているが、そのスキル名は神刀の型。決められた型を遂行することで、後付けでスキルが発動し、恐るべき力を発揮する。

しかし、師匠の刀に一定の動きが見えない。軽く刀を振るうようだが、力強い剣筋、敵が気がつくより先に命を絶つ技。今など一振で4太刀は敵を刻んでいる。


「型などありゃせんよ。儂が振るう刀が、夢想無限流なのじゃ。」


「まあ、先人から受け継いだ技もあるがの。」


「お弟子さん、よく着いてきますね…」


「うちの稽古は乱取りが基本じゃ。」


斬って斬られて覚える実戦派の剣らしい。

それでいて、こもじも片倉春宗も綺麗な剣の型を修得しているのだ。今度こもじに聞いてみようっと。


今は、目の前のコレに対処する方が先決である。

解体されたグロテスクな軟体生物を前に、その情報を引き出していく。ウィンドウに組み込まれた魔導書が、その深淵に渦巻く情報へアクセスを可能とする。


жラウガルフェルト・リルファж

ラウガルフェルト湖に生息する「ラウガルフェルト・ドレーキ」の幼生。軟体生物であるが、体内には非常に硬い殻を有している。鉄、銅、銀、水銀など、様々な金属を摂取し、体内の器官で融合・精製を行う。


「ああ。ミーシャが言っていたのは、ラウガルフェルト、だったのね。」


キンッ


「殻は金属製じゃな。」


解体されたリルファの殻、情報によると恐らく摂取した金属でできているのだろう。

硬質と記載されているが、あっさりと切断されている。師匠はあんまり参考にならない。


「ほれ、二人とも。丸腰じゃ格好がつかんじゃろ。」


師匠がミーシャとミロに、木を切って整えた杖を渡していた。

私の銀爪も半分は木でできているが、重たい真剣よりも扱いやすい。武器を手に、近くに潜むリルファを探す。家屋に繋がる、粘液痕を辿ればすぐに見つかった。家屋へ入り、のんきに鉄くずを漁っている小さめのリルファを見繕って、外の道に投げるように転がす。


「Ég mun drepa þig…!」


両手で木刀を握りしめ、ミーシャが前へ出る。師匠が隣で見守る中、ミーシャが木刀を振り下ろした。

衝撃に、飛び跳ねるように逃げようとするリルファ。しかし、その動きは大して早くはない。

2撃、3撃、なかなか決定打にはならないが、殴打するたびにリルファが怯み、動きも緩慢になっていった。


「気のこもった剣じゃ。」


ミーシャが肩で息をしながら、木刀を杖に辛うじて立っている。

その目の前には、打倒されたリルファが横たわっていた。状況を整えれば、普通の女の子でも倒せる程度のモンスターだ。この親玉さえなんとかすれば、この村で暮らすこともできそうだ。


(よかった…。とりあえず、ミーシャとミロが帰るとこはありそうね。)


その時、遠くで何かが倒壊する音が聞こえた。遅れて、ズズン…と微かに地面が揺れる。

その方角は、粘液が続く村の奥だった。生き残りの村人がいるなら、急がねばならない!


「二人をお願いします!私は先に様子を見てきます。」


「相分かった。」


全員で移動するには、速度差がありすぎる。それに、安易に危険にさらしたくはない。

私は、【ファストステップ】を起動する。またね、と手を軽く振り、振動の先へと先行した。

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