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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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帆世静香としての選択

薄暗がりの地下空間、広さは一般的な体育館くらいだ。その中央に、2人の人間が親子のように抱き合って震えていた。砂埃にまみれ、ボロボロになった布を体に巻き付けているだけ。


「趣味が悪いですね。」


「ああ、そうじゃな。」


10歳程度の女の子と、我が子を抱き抱えるやつれた母親。そうにしか見えない2人がボスモンスター扱いであり、殺すことで帰還ゲートが設置できるのだ。殺そうとしても一切抵抗すらしないと、報告されている。



そういう試練なのだと、頭で理解はできる。人型の敵を殺せないなら、ここから先へ進む資格はないぞ、と言われているようだった。


「儂が斬ろうか?」


私の葛藤を見透かすように、師匠が問う。

その目は、私を試すつもりではないと告げていた。純粋に、そういう役回りを買ってでているに過ぎないのだと思う。


スーーハァーーー。


思考と感情がちぐはぐしている。

少なくとも、師匠に斬って貰って解決するような問題ではない。それでは、私に課せられた試験を先延ばしにするだけであり、この心の葛藤から解放もされないだろう。


殺すなら自分の手で、頭と心を納得させてからだ。殺さないなら、なにか別の方法を考えなければいけない。


狭い空間を見渡し、そして、答えを待つ師匠と目が合う。


いいえ、と首を横に振った。

そうか、と頷き、師匠は沈黙に戻る。


足元に武器を全て置き、ゆっくりと親子に近寄る。

敵意も害意も持っていないことをアピールするように、1m離れた位置に膝を着いて問いかけてみる。


「ねえ、貴女たち……言葉は分かるかしら?」


ひゃぁ……やぁ……


問いかけに対して、返ってくるのはか弱い悲鳴だけ。だが、子を守ろうと指に力をこめ、複雑な思考を巡らせている瞳が見えた。


看護師として、その全身を看る。即座にどうこう、という健康状態ではない。蛇の目を借りて観察しても、その結果に変わりは無かった。同時に、彼女たちが間違いなく人間であることも分かってしまった。


思考の取っ掛りを作るためにも、彼女達について調べておきたかったのだ。人間出

でないならば話は早いし、意思や自我があるかも大事だとおもった。


近くにいても怯えさせてしまう。一旦彼女たちから距離を取り、師匠と共に壁へと身を寄せる。



「紛れもなく、彼女たちは人です。目にはしっかりとした自我を感じました。」

「私が彼女達を殺すことに抵抗感があるのは、道徳心と社会性ゆえにです。」


「社会性も、かね。」


「ええ、無抵抗の同胞を殺せば、社会的に自分が死にますから。」


道徳心によって、なんとなく人を殺めてはならないと思っている。固定観念のようなものとも言えるだろう。道徳に従うことで、自尊を守ることにも繋がっているといえる。


社会性も似たような感覚であるが、これは社会を維持するためのシステムである。

例えば、ゾンビパニックが起きたとして、人の形を保ったナニカを最初に殺す人になれるだろうか。自分だけがゾンビを殺し、そのまま社会が元通りになったりすれば、自分が殺人者として罪に問われてしまう……と心にブレーキがかかっているはずだ。


そうした様々な思いや感情が、ぐちゃぐちゃに絡まって、私の心に渦巻いているのだ。『殺せるわけがないじゃない!!』と、即座に拒否できないあたりが、私という人間性をよく表している。


「先遣隊は、ここまで来るのに相当疲弊していました。きっと、彼らには悩む時間も、他に選択肢を選ぶ余力も無かった。」


人を殺せない理由とは、状況によって一定ではない。

お腹がすいて死にそうになったり、目の前で愛する人を傷つけられたり、信じる大義や正義があったり、人は理由があれば人を殺すのだ。


別に、先遣隊を責めるつもりは毛頭ない。今後このダンジョンに挑む者が、どうするかも私が介入する問題ではない。


私だって、敵が武器を手に取り、殺意を持って向かってくるなら確実に殺す選択肢をとるだろう。邂逅では、実際にサンティスやリアーナを殺している。今後も、そういう血に塗れた道を歩むことになるだろう。


友を救いたい、今後友になる人を救える人間でありたい。この試練に晒された世界で、これだけでも私には過剰な思いなのかもしれない。血に塗れる覚悟くらいできなければいけない。


「して、どうする?」


「ちょっと一眠りするわ。考えても、考えなくても、悪趣味な試練だわ。」


分かっていても、心の拒絶感はある。


なにより、強者として弱者の処遇を議論する今の状況も気に食わない。殺さないと帰還できないが、それには拒否感がある。絶対にどうこうしなければ、と言うほど切羽詰まっていないため、純粋に心と向き合わなければいけない。


視界の端に、哀れな親子が未だに震えていた。

その姿を眺めながら、冷たい床で横になる。直接触れる地面が、急速に体温を奪い去っていく。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よし、決めたわ。」


「先に進みましょう。」


第5層、その先へ進むことを提案する。持ち物は武器のみ、事前情報なしの未知のフィールドへの挑戦だ。ノーリスクとは言えない。


「つまり、10層まで進むということじゃな。勝算あっての挑戦か?」


「見立てでは、敵はそこまで強くは無い。」

「そして、恐らく1番大切にしなければいけないのが、自分を騙さないことだと思うのです。」


私は3つの試練を経験している。

1つ、“水辺の封印洞窟”

1つ、“黒銀ノ傷羆”

1つ、“奈落の獣喰”


難易度で表すと、封印洞窟>羆>>奈落の順である。

封印洞窟は、邂逅というイベントの特性上、クリアできる前提で作られて居ない試練だと考えている。


進化の箱庭は100階層あり、まだその足元を攻略しているに過ぎない。最も攻略が簡単だった“奈落の獣喰”でさえ、箱庭の1-4層で出会ったモンスターと比較すると遥かに格上である。


箱庭6-10層の攻略において、まだ戦力的余裕があると見積もっていた。環境が比較的安定しているフィールドがあれば、食料も手に入るだろう。


問題は、私がこれから先どのような道を歩むかだ。

私の体は、人の領域の外に出てしまっている。これから進化の箱庭を進み、数々の試練に直面し、世界すら渡ろうと考えているのだ。


死すらマシに思える苦痛があるかもしれない。

社会で生きていくには、強大すぎる力を求めている。

強化された肉体は、老いすら遠ざける。つまり苦難の道が永劫続いていく事を意味する。


その時、私は人間でいられるだろうか。肉体は力に溺れ、心は摩耗して自我を失う可能性の方が高い道である。


今、ここで渦巻いている人間の感情を斬り捨ててはいけないと判断した。私は、私の正義に殉じて生きなければいけない。


選んだのは第3の選択肢。親子は殺さない、その代わり戦いに身を投じる。


「うむ、儂の務めは、弟子の道を見届けることじゃ。」


(´・ω・`)フラフラ~


「ありがとうございます!師匠!」


奇しくも、私達2人の脳裏に、ふらふら自由気ままな道を行く41歳日本男児が浮かんで消えた。忘れよう。


「あの二人はどうする?」


「二人の人生は、私のものではありませんよ。」


「うむ。」


この空間に、人間が生きていくための物資は何も無い。殺さないなら、連れて行って面倒を見るか、と聞いているのだ 。この2人を日本まで連れていくことは、()()()()()()()が、かなり困難である。


私たちとは相容れない存在として、第5層に置かれたのだ。システム的に、彼女たちが居るフロアで帰還ゲートは作動しない。


着いてくれば、恐らく危険を伴うが、道が開ける。

着いてこなければ、安寧のまま最期まで2人で過ごせるだろう。


腰に銀爪を差し、白衣の外套を羽織る。私の正装にして完全武装だ。


力強い足取りで、部屋の中央で抱き合う2人の傍まで近寄る。あえて、そのパーソナルスペースに入り込み、母と娘の肩に手をおいた。


「勝手に話すから聞いて。私たちは、これから先に進みます。貴女達がどうしてここに居るのかは分からないけれど、決めるなら今しか無いわ。」


ジッと目が合う。今度は悲鳴は無かった。

言葉は通じないが、想いは通じた気がする。


ウィンドウ、というかそのシステムさえ2人に与えることができれば。言葉は通じるようになり、意思疎通もできるのだが。

私の権限では、既にあるウィンドウを調整はできても、0から植え付けることはできない。


2人から離れ、壁へと向き直る。銀爪へ手をかけ、ゴツゴツした岩の壁に斬撃を放つ。日本刀愛好家が見れば発狂物の蛮行だが、銀爪は滑るように空間を引き裂いた。


「では、征くわ。」


私と師匠が、その闇へと身を投じる。後ろは振り返らない。微かな抵抗と浮遊感、肉体が消え意思だけが体の輪郭を作っているような感覚。


慣れるようで慣れない、いつもの空間転移だ。ずしゃっと、細かい砂利道へ足をつける。近くに湖が見える。


む?


湖の周りの木が変だ。葉っぱはなく、その樹皮が削られたようにボロボロになって倒れている。森の緑のなかで、一部の木だけが食われており、それが森の奥へ奥へと道を作っていた。


『きゃっ!』


私の背後で、可愛らしい悲鳴が聞こえる。変な木から意識が移り、後ろを振り向いた。

ボロ着を身にまとった母娘が、空間の裂け目から姿をみせたのだ。


「来たのね!私は、帆世 静香よ。」


顔を指さして、名前を伝える。来たということは、私にとって二人は仲間になったのだ。

私は、私が救える範囲の人だけを救えたら良い。救いたい人だけ救えたら良い。救われたいと思っている人しか、救うことはできない。


この2人は、救ってみせる。


「ほ……よ... 、Ég heiti Misha. Misha.」


「Ég heiti Milo!」


聞き取れないが、私に続いて名前を教えてくれているようだ。母親がミーシャ、娘がミロという名前らしい。


「ミーシャ、ミロ。よろしくね!」


はじめて笑顔を浮かべてくれた。白髪に近いブロンドヘアが、陽光を受けて輝く。


しかし、その穏やかな表情は一瞬で消える。

辺りを見渡して、湖を見た瞬間、顔色がみるみるうちに青ざめていった。


「Ah, ég er kominn aftur.Lagarfljötsormurinn kemur!」


Lagarfljötsormurinn、とミーシャが連呼して私に訴える。ラガルフリート?発音が難しいが、明らかに危機を知っている様子だ。


ミーシャとミロは、ラガルフリートというなにかを知っていて、その脅威に怯えている。

おそらく、そのなにかはモンスターだ。不自然に食われた木の原因がそれだろう。ビクビク、キョロキョロと辺りを伺っている事からもそれが分かる。


まずは落ち着いて、状況を整理し、危険に備えなければいけない。しかし、言葉だけで、「落ち着いて。大丈夫よ。」と言ったところで意味は無いだろう。


この危機に気がついて!!!、なんで伝わらないの!!!、とより必死にパニックにさせてしまうだけだ。


こういう時は……


【魔法錬成 エンシェントラーヴァ】


ミーシャの肩を抱き、顔がぴとりとくっつくまで引き寄せる。目線の高さを一緒にそろえ、腕を前方に突き出す。ミーシャの太ももにしがみつきながら、ミロも見上げている。


私にだけ見えるウィンドウを操作し、組み込まれた魔導書から太古の溶岩の記憶を引き出す。今いる地球ではありえない、火炎の摂理があった世界の記憶だ。


ゴウッ!!!


合わせた手の先から、最大出力で魔法を解き放った。

巨大な太陽が顕現し、湖に向かって空中をゆっくりと転がっていく。触れた物にのみ、極大の熱量を放つ魔法である。


私は、その軌道をやや下方に向けて放っていた。太陽が湖に墜ちる。


巨大な熱量が、水を一瞬で気体に変換させる。水が蒸発すると、その体積は1600倍へ膨れあがり、水中でその圧力を爆発させるのだ。


ドッゴォォォン!!!


10mほど先で湖が爆発し、空高く水飛沫が吹き上がった。


アッハッハッハッハッ


おっとっと、楽しくなっている場合じゃない。

放心しているミーシャの目を見て、声をかける。


「大丈夫。私、強いんだから。」


さあ、今からどうしましょうか?







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