動物と触れ合いサバンナ
「1-5層は、タネさえ分かっていれば、帆世さん達なら大丈夫でしょう。」
真人に送り出されて、進化の箱庭の門をくぐる。
私は例の白衣をはおり、師匠は道着に二本の刀を差して臨む。ふたりの肩には、これでもかと大きなリュックを背負わされていた。
水と食料、簡易テントなどのサバイバルキットである。自衛隊が訓練で背負うような大荷物だが、今更20㎏やそこらで音を上げるつもりはない。
空間を渡る感覚に、ふわりと髪の毛が浮く。その一瞬、空気ににおいが消え、完全に無の空間に投げだされるようだった。感覚が鋭敏になった今、余計に転移が苦手になるとは。
「ふむ、奇妙な感覚じゃな。」
「そうですね。事前情報通り、サバンナですね~。」
転移を終えた私達は、サバンナの真ん中にいた。
進化の箱庭、その一層目である。1-4層までは地球とほとんど同じ環境のダンジョンが続き、動物や環境に慣れながら踏破するだけである。5層は悪趣味だが、難易度は最も低い。
「どの方向でもよいので、50㎞ほど進めばダンジョンを隔てる壁があるみたいです。」
「ゆるりと参ろうかの。」
私達がまず目指したのは、近くに見える小高い丘だ。人間の目では約4㎞ほど先しか見ることができない。これは視力関係なく、水平線が4㎞先にあるということだ。標高200mほどの丘であれば、目標の50㎞先まで見渡すことができる。
ここが地球だったら、の話であるが。丘の上から見渡す限り、空間の隔ては確認できず、空はどこまでも続いているようだった。まあ、それもタネを知っているので問題ない。平坦な道を選び、ルートを確定させる。
風が乾いていた。草はまばらに広がり、所々に棘のような低木が点在している。動物の気配も感じるが、遠巻きに私達を狙っているようだった。師匠はそれを全く気にする様子もなく、飄々と歩く。荷物の重さなど感じさせない歩き方だ。“骨で立つ”と言い、重心をブラさないことで身体の負担を減らしているらしい。真似しながら歩く。
「今日中に5層までいけるかの。」
「2層から順に、熱帯雨林⇒砂漠⇒雪原のようです。」
1層あたり、だいたい20-50㎞の道のりだ。4階層分なので100-200㎞ほどとなる。
サバンナならまだしも、このあとに続く地形はろくに寝られそうな場所がない。サバンナで一泊して、のこり3層を一息に走破するのがいいかもしれない。
「懐かしいの~。こもじが幼子だったころ、こうして世界中を巡ったものじゃ。」
「へぇ、随分過酷な旅行ですね。」
「無刀の極意を探して、な。」
道すがら、師匠が色々と教えてくれる。
こもじの幼少期の話や、剣の心得について、話が弾む。
「こもじのヤツ、今でも全国をふらふらしおるわ。」
「あはは、マイペースですからね。」
「2-3年前から、こもじを出せ!とゴロツキが道場におしかけてきよる。本人はおらなんだが、よそで随分暴れているようじゃわ。」
「あはは…」
妙に心当たりのある話に、変な汗がでる。これは謝ったほうがいいのか?
闇バイト掲示板で、こもじに懸賞金を賭けて遊んでたの私なんですよね。
そっかあ、こもじ不在の道場に毎日のように刺客が来てたのか。道理で、こもじの名前を出すと空気がピりつくわけだ。
(´・ω・`)左京区のアリストテレスなのねん。そりゃマイペースなのねん。
イマジナリーこもじが出てくる。多分、刺客云々以外でも色々と問題を起こす子だったのかもしれない。私といる時は、だいたい常識人枠なのに。
サァァァ——
風の向きが変わり、乾いた草木の擦れる音がする。茂みの奥、乾いた空気に混じって、かすかに獣のにおいが濃くなるのが分かった。同時に、師匠が歩みを止める。
「儂がいこう。」
私は見てろということね。生き物の気配に向けて、両腕の蛇ちゃんがチロリと顔を向ける。群れに囲まれているみたいだ。草の揺れる方向が微妙に一致していない。音を立てず、低く構えた影が、私たちを囲むように近づいていた。
一番近くの気配に向かって、あえて背中を晒す。
後ろであっても、その熱源が見えるようだ。低くしならせた背中と肩、その筋肉が熱を帯びる。
「来たか!」
師匠が一喝し、私の背後で跳躍した獣の首を斬り落とす。雌のライオンであった。
地面へとしゃがんだ頭上を、ライオンの首が飛んでいく。一頭で終わりではないらしい。
四方八方から、草原の迷彩に紛れた群れが襲いかかってくる。音もなく、気配も殺し、狩りの王が群れで牙を剥いてきた。
躍動する獣と対をなすように、師匠は静かに佇む。強者はどちらか明白だ、手伝うまでもないだろう。
その手には、天下五剣が一刀・鬼丸国綱が握られている。
一太刀。獅子の首が飛ぶ。
師匠は依然動かない。だがその周囲で、跳びかかった獣たちが次々と切り伏せられていく。
刀が空を描くたび、血飛沫が飛ぶ。赤い軌跡が残る。ただ立っているだけに見える師匠に、触れることすらできず倒れる獅子の群れ。
その、動かざる動きのカラクリを見極めようと目をこらす。
——残心。
師匠の鬼丸が大きく弧を描き、その刃に付着する血を振り払う。
結局一度も交わらないまま、闘いが終着したようだ。私達を囲んでいた群れが、一斉に離れていく。
「ありがとうございます。」
「なんの。なんの。」
息一つきらしていない。
何事もなかったかのように、師匠はそのまま歩き始める。
「師匠も、こもじも。刀使うとき、ほとんど足を動かさないですよね。」
「ほぉ。よく見ておるな。」
「己を中心に円を描く。その中から出ずに相手を打ち負かす。」
「四方八方、究極は動かずすべての敵を斬り伏せることじゃ。」
「なるほど~。私は動いてなんぼなスキル構成してるんですよね。」
「大きな動きを小さく、無駄を削ぎ落してゆけば同じことよ。」
見て学ぶしかない。究極さんが目の前にいるのだから。
武術、スポーツ、芸術。ほとんどすべての領域で、“目がよい人”は上達が早いという。かくいう私も、目には自信がある。
回避に専念していたこと、身体強化に極振りしたこと、両腕のかわいいレーダーたち、いろんな要素で私の知覚は非常に拡張されているのだ。
ジロジロ。
ポカッ
師匠の背中を眺めていると、鞘に入ったままの鬼丸で叩かれた。
後ろにいても、予備動作なく攻撃ができるのか~。というか叩かないでほしい。
「貞操の危機を覚えるとは、百年ぶりかの?」
「むーむー」
こもじと師匠、ノリが似ている。
よし、今日の記録はここまで。拠点を設置して、明日に備える。
明日は3階層分進むのだ。ではでは、おやすみなさい。




