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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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弟子入りと門出

強化された知覚のうち、視覚・聴覚・触覚に意識を集中させて試合に臨んでいた。だが今、そのすべての感覚が、私が"すでに死んだ"ことを如実に伝えている。


視覚は暗転。

聴覚は、道場に広がるどよめきを拾っている。

触覚は、切断された骨肉の神経から迸る電撃のような刺激で脳を支配していた。


「奥義:夢想斬影(むそうざんえい)


——帆世様ッ!


私の死を、道場にいた全員が視認した。

最前列で座していた片倉春宗が、席を蹴って立ち上がる音がした。

私の仇を取ろうと師に刀を抜く者、それを止めようと立ち上がる者。

奥義の披露に息を呑む者。

そして——まだ諦めていない、人ならざる魂。




ところで、皆さんは蛇についてどれほどご存知だろうか。


蛇は、地球上に広く生息しており、その脅威、美しさ、禍々しさから神として崇められることもある。だが、今回はその能力について、少し話をさせてほしい。


蛇は、極めて優れた感覚器を有している。

視覚、聴覚、皮膚感覚、嗅覚を用い、周囲をまるで精密レーダーのように認識するのだ。

それ自体は人間の五感にも存在し、それゆえに「人間と大して変わらない」と思った人がいるかもしれない。


——大違いである。


・チロチロと可愛らしく動く舌は、空気中の匂いや味を捉え、口内上部にある“ヤコブソン器官”へと送り、状況を判断する。

・全身を覆う鱗は、微細な振動を感知できる。

・目と鼻の間には“ピット器官”と呼ばれる構造があり、ここに集約された神経と毛細血管により、遠く離れた熱源すら捉えることができる。その精度は、軍事用サーマルセンサーと同等と言われている。


水洞の千蛇螺。無数の蛇を、一つの巨大な魂で統合する稀有な特性をもった種である。

かつて我々四人で討ち果たし、ハラフニルドの術によって、その魂は籠手に宿って現世に残された。


私の両腕に宿る彼らには、自我が残っている。

チロチロと自由意志で顔を出し、私の危機に応じて、その力を顕現することができる。

そして今、千蛇螺の籠手が、死を受け入れてしまった主に——噛みついた。


チ゛ク゛リ゛


切り落とされたはず頭部で、腕に走る刺激を感じ取る。本来ありえない現象に、死んだ脳みそが再起動する。突き刺さった牙から、どくんどくんとナニカが注ぎ込まれる。


毒ではない。

質量を持つかのような、異質な情報の奔流だ。熱、振動、空気のわずかな乱れ——それらが波となって、脳をノックする。これが蛇ちゃんたちの視ている世界の姿か。


私は熱や振動で世界を見たことなどない。

だが、今、それが可能になるだけの情報が与えられている。膨大な情報は、そのままでは理解することができない。脳で適切に処理して、意味のある形に整えることで認識することができるのだ。


扱ったことのない情報を、第六感的な回路で解釈する。過程を無視してでも“結果”だけを瞬時に掴みとる、そんな乱暴な咀嚼の仕方だ。


私は、今をこのように理解した。


——私の体には、頭部が繋がっており、

——左下前方70㎝に剣士がいて、

——その手の木刀が、ゆらりと迫ってきている。


ありがとう、蛇ちゃん!


私は可能な限り早く上体を伏せ、左腕に宿る蛇の身体に身を隠す。

刹那の防御は——間に合った。


こつん。


軽い衝撃とともに、蛇ちゃんの鱗が木刀を弾く。二度目の斬撃を防ぐように、その体が伸びて木刀へ巻き付いていく。

私の五感に色が蘇り、ようやく状況を視認する。蛇ちゃんに拘束を解いてもらい、眼前の隼厳とやわらかに対峙する。

えっと、何を話せば良いのか困ったな。その困り顔を見たのだろう、隼厳の表情が緩み、木刀を下ろしてくれた。


「善き試合であった。夢想斬影を防いだものは、今までおらなんだ。」


「ありがとうございましたッ。」


その奥義とやらは、全然理解できなかったが、この2つの試合によって剣への理解が急速に深まった。心の底から、感謝の言葉を述べる。というか、巷にこんな化物がいるなら人類は案外大丈夫なのではないだろうか。


「本日より帆世静香殿を食客に迎え、儂直々の弟子とする。ついでに春宗の門出祝いじゃ、宴の準備をせえ!」


鶴の一声に道場があわただしく動き始める。宴キタ——!!!

私も準備に参加しようとウキウキ動き始めると、思いもよらない言葉を掛けられる。


「帆世殿、儂らは早晩、進化の箱庭に挑もうと思っておる。一緒に参られよ。」


「進化の箱庭…ご存知でしたか。」




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師匠(隼厳)につれられて、広い敷地の中を案内される。あ、柳生隼厳先生のもとに入門したので、師匠と呼ぶことにした。夢想無限流への入門ではなく、師匠が個人的に弟子に取ったという扱いらしい。色々としきたりがあるため、私が自由に動けるように配慮してくれたのだろう。感謝感謝。


「この部屋を自由につかっとくれ。何かあれば、どの弟子でも声を掛ければよい。」


「ありがとうございます。えへえへ。」


「では、宴会までしばし寛がれよ。うちの飯は美味いぞ。ほっほ」


師匠に頂いた部屋は広い。質素ながら、必要なものはすべてそろっていた。

何気なくクローゼットを開けると、日本刀が何本も保管してあった。


「うわわ、全部本物ぽよ。」


部屋の外に出ると、兄弟子たちがバタバタと走り回っている。次々と車が出入りし、夢想無限流が勢ぞろいするのだろうか。すれ違う度に、全員が立ち止まりビシィと礼をしてくるのだ。私も慌ててぺこりと礼をする。


初めての場所で、自由にしてと言われても困ってしまうものだ。自由の不自由とはよく言ったものである。うろうろしていると、不意においしそうな香りが漂ってきた。


くんくん。こっちだ!

台所を発見し、覗いてみると大量の料理が仕込まれている最中だった。あれは…マグロ?!

マグロを一本丸ごと捌いている人、巨大な寸胴鍋で汁物を作っている人、その奥にも続いており見渡せないほどに広かった。


「私にも!!お手伝いさせてください!!!」


うおー!!!

大きな料理場にテンションマックス。料理しているのは全員門下生なのだろう、筋骨隆々の男達ばかりである。私もお手伝いしようと、飛び込んだ。


「いやいやいや、どうぞ会場でお待ちください!」

「我々が先生に斬られてしまいます…」

「柳生先生と片倉先生が居ますゆえ、そちらに…!!」


飛び込んだ瞬間、あわわと追い出される。歓迎を受けるだけなのは、申し訳ないもの!

むーむー言っていると、両腕を拘束され、宴会の場へと強制連行された。道中で、兄弟子たちの話を聞く。


夢想無限流からの免許皆伝は、滅多にあることではない。

片倉先生がいかに慕われていたかということ。柳生先生は怖い。

柳生先生直々の弟子取り、食客という立場は非常に高位であるため、厨房に立たせるなんてとんでもない。

柳生先生が奥義を見せることも稀であり、見ることができて感動している。

今日の出来事に、明日から剣術界がひっくりかえるだろうということ。


色々話を聞くうちに、宴会会場へと到着する。旧き良き屋敷の、だだっ広い畳の部屋だ。

100人は超える座席が準備され、その半数ほどが既に埋まっていた。


私の席は…いやいや、そこは、ええええええ


「えと、師匠、私、もうすこし端っこに行ったほうが…」


「善い。ここなら皆も顔が見えるじゃろう。」


最も上座に座る師匠の隣である。ちなみに、もう反対側の隣には、片倉春宗が座っている。

緊張して座っていると、ぞろぞろと席が埋まり、全員の手元になみなみと日本酒が注がれていく。


「聴け。」


師匠の声に、雑音がぴたりと止まる。私も慌てて息を止めると、春宗と目が合って笑われた。


「一つ。我が弟子、片倉春宗を免許皆伝とする。これを贈ろう。儂と死合えるよう、精進するがよい。」


師匠が一振りの刀を、春宗へと贈る。なんだか、じんわり涙が浮かぶ。


「二つ。帆世静香を我が弟子とし、夢想無限流へ食客として招くこととする。」


わー。皆さん、よろしくお願いします。ぺこり。


「三つ。これより、我ら夢想無限流は実戦へと赴くこととする。ついてくるもの、盃を掲げよ。」


実戦。平和な現世が終わりを迎え、刀に血を吸わせる戦場へ赴くことの宣言である。

命を捧げよ。そう言われた男達の顔は———


「乾杯ッ」


全員の腕が高々と上がり、盃が空けられた。

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