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人類に敵対するもの 其の2

 「目標、確認——」


 森の奥、800メートル先。

 雪を踏みしめ、黒い巨影が姿を見え隠れさせる。800メートル先からでも姿が確認できる以上、尋常な事態ではない。


 ——7メートルの"ヒグマ"。


 いや、その呼称すら生ぬるい。

 全身が漆黒の体毛に覆われ、毛先が銀の刃のように煌めいている。四肢の爪は、人の腕ほどの傷痕を木々に刻んでいる。

 そして、双眸がこちらを捉えた瞬間、


 「——ッ!? 目標、急速接近!!」


 獣が"跳んだ"。木々をなぎ倒す勢いで猛然と迫る巨体。


――――撃てェ!!


 上官の指示が先か、誰かの発砲が先か分からない。とにかく人類の攻撃が始まった。

 M4A1、M249、FN SCAR——

 最新鋭のアサルトライフルと機関銃が、一斉射撃を開始する。

 無数の弾丸が、森の奥へと吸い込まれていった。木々はヒグマもどきの前進から人類を守る役目を放棄し、ただひたすらに銃弾をその身へと食い込ませる敵側の盾となり下がる。

 ヒグマもどきが兵士たちを襲うため、森から飛び出すのに1分とかからなかった。


 銃の登場以来、人類は"距離を取る戦闘"を主流とし、敵味方入り乱れるような戦闘はほとんど見られなくなった。

 だが、それはこの日から過去の事実へと歴史の隅に追いやられていくのかもしれない。銃が効かない敵の出現は、人類を混沌の戦へと数百年ぶりに引きずりこんだのだ。


 「ぐぁ……ッ!!」


 最前線で銃撃を行っていた兵士の身体に、黒い塊が直撃する。走ってきたヒグマもどきの前足に衝突したのだろう、超生物の一振りは兵士の屈強な身体を跳ね飛ばした。前列の左端にいた俺の目の前に、背骨が圧し折られ、眼球が飛び出た姿の友人が転がる。彼とはNewbie(ニュービー)のころからの戦友なのだ。お互いホームパーティで招いたら朝まで酒を浴びて奥さんにキレられるような、本当にどうしようもないバカ同氏なのだ。


「H゛A゛AAAAAAHHHH!!!」

 目の前で長年の友人を殺された兵士が吠える。恐怖を万力の握力に変え、M4A1を巨大な的に向けて引き絞る。身の側で吹き荒れる死の気配と、脳が許容量を超えて分泌したアドレナリンのカクテルが兵士にひと時の超常を与えた。もっとも相対するも超常の生物であるのだが。


 至近距離で放たれる5.56mm弾。それが、いかに強力な武器か——彼は知っている。


ガガガガガガッ―放たれる弾丸の1発1発を拡張された脳細胞が確かに知覚する。

 ブレる銃身を押さえつけ、ヒグマもどきの脇、背骨、後頭部、盛り上がった耳へと順に鉛玉を運ぶ。


激しく飛び散る火花が兵士の予測通りの軌道に着弾したことを告げる。激しく動き回る獣の急所を的確に狙う技術は、兵士が長年かけて培った力に他ならない。しかし、結果は―確実に敵の体毛を弾き飛ばすも、ただそれだけである。やけにゆったりと流れる景色のなかで敵の双眸が己に向いた。


「Jesus!I remember(地獄で) your face… for when w(ぶっ殺してやる)e meet in hell.」


 手榴弾のピンを抜き、ヒグマもどきの足に向かって投擲(とうてき)する。爆発にひるむことなく向かってくる超常から放たれる質量を伴うがごとき殺意、目前に迫るそれを睨み、兵士の観測は終了した。


 「全隊、後退ッ!!」


 指揮官が怒鳴る。

 最前線の兵士たちはほぼ壊滅状態。

 残った兵士も、パニックを起こして指揮系統が機能しない。


 「爆薬セット! 遅滞戦闘へ移行しろ!」


 爆薬とナパームを用いた後退戦。敵の進行を遅らせながら、戦線を下げるしかない。恐怖に背を向けただただ逃げる。



 30分後。

 部隊の2割強が死亡、半数以上が精神的恐慌で米軍基地に搬送された。

 もはや、"全滅"という言葉がふさわしいほどの戦況が両政府へともたらされる。


戦場からの報告を受け、日米両政府は、事態を最大限に重く受け止めた。見れば本能が理解する。


―アレは間違いなく、“敵”だ。


 戦術的な後退戦を経て、生存者たちは口々に"ある事実"を繰り返していた。


 「銃器が通用しない」

 「至近距離で撃っても倒せない」

 「化け物だ、殺さなくてならない!絶対に!」


 それは、軍上層部にとっても想定外の事態だった。すでに一般の銃器だけではなく、戦車を木っ端みじんに吹き飛ばす精密誘導爆弾の投下すら行っているのだ。件のヒグマもどきは、当初こそ爆撃に成功するも致命傷には至らず。その素早い身のこなしから、爆撃自体が困難になりつつあると報告された。


 どれほどの戦場であろうと、人類の持つ火力が敵を圧倒できないことは、ありえないはずだった。

 しかし——この"敵対生物"は、それを覆した。

 自衛隊と米軍の合同部隊が投入した最新鋭の武器は、ほぼ効果を発揮できず、歩兵部隊は赤子にトラックが突っ込んできたかの如く蹴散らされた。

 これは、ただの一匹の出現で"戦場の概念"が完全に崩壊したことを意味する。




 それから先の話は、"銃器による戦闘が成立しない敵"の存在を認める決断だった。


 もはや、人道的な問題ではない。相手は人間ではないのだから。

 "人類の生存"がかかっている。

 敵を確実に排除する手段を、躊躇する理由はない。

 たとえ、近隣の村が、

 たとえ、山そのものが、

 たとえ、この土地が永遠になくなってしまうとしても——

 人類は生き延びなければならない。

 ——そして、事態は異例の速度で進行する。


 非核兵器として最強の爆弾「MOAB」使用を承認する。


 MOAB(Massive Ordnance Air Blast)

 通称:"Mother of All Bombs"(全爆弾の母)

 MOABは、アメリカ軍が保有する最大の非核爆弾。

 炸薬重量:8,500kg

 爆風半径:1.5km

 通常兵器としては、最大級の破壊力を持つ

 主な特徴は「空中炸裂による極限の爆風効果」。避けようのない死の風。

 核兵器とは異なり、放射能汚染を伴わずに広範囲を壊滅させることが可能だ。

 過去に使用された例は、アフガニスタンの地下要塞攻撃のみ。

 それ以来20年以上、活躍の場を与えられることはなかったが——

 この"敵対生物"という未知の脅威に対し、再びその封印が解かれることとなった。

 北海道という比較的人口密度の低い地域だったのが幸いし、近隣の住民はすでに避難している。


 航空機からMOABが投下される。

(外すものか。)操縦士の指に殺意が宿る。

 白銀の世界で、黒く巨大な的が蠢いているのだ。

 全長9.2メートルの爆弾が、ゆっくりと落下する。

 大気を切り裂く音が戦場に響いた。


 「グオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


 獣が、空を睨む。

 着弾——

 爆風半径1.5km。

 核の閃光にも匹敵する"白い爆炎"が、一帯を覆い尽くした。音よりも先に大地が震える。

 木々は燃え、地形がえぐられ、衝撃波が山を越えて吹き荒れる。戦場の痕跡、人類の敗北の証、犠牲者たちの故郷がすべて一色に"塗り潰される"。


 ——人類の敵は跡形もなく消滅した。異例の軍隊出動、異例の兵器の使用、それらが異例の速度で政府に承認されたこと。これは人類の英知だったのだろうか、それとも恐れか。


結果として、()()()()()()()()()()()()()試練を達成したのだ。

それが大きな意味を持つのは、少し先のお話。


《黒銀ノ羆を転送します。》

くまはまだいきている。

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