お師匠さん
見慣れた黒塗りの高級車 が家の前に止まる。偉い立場になったものだ、運転手さんはいつもの品の良いおじいさんである。
車に揺られて、京の山道を進んでいく。人間国宝の刀匠が住む工房が見えてきた。
「おぉ~、帆世ちゃん。待っておったぞ。」
非常に稀な、刀匠スキル持ちの榊原老師が、わざわざ出迎えてくれる。白い玉石を踏みしめて、老師の元へ駆け寄る。
「榊原先生!銀爪ちゃんにはお世話になってます。」
「よいよい、鞘ができたぞい。」
今の銀爪は、白鞘という木の鞘に身を包んでいる状態だ。本来白鞘とは、刀にとってのパジャマみたいなものである。風通しが良く保存に優れている反面、造りは弱く衝撃に耐えられない構造だ。
一方でよく見る本鞘は、職人が精を出して創った外行きの衣装といえる。榊原老師が、私の銀爪にその衣装を着せてくれる。
パラコードで柄を巻き、純白の装いはそのままに鞘が象られている。美よりも機能性を重視した最新技術を結集した1品である。
「高そうですね、綺麗~」
「ハッハ、帆世ちゃんからはとらんわい。」
「今回、刀使ってみましたけど、大活躍でしたよ。こもじみたいに上手に使えませんけど、、」
実際、銀爪は素晴らしく性能を発揮した。ただ、私は刀を振り回すだけで十全に使えたとは言えなかった。
それならーーと老師が言う。
「こもじくんの師匠が京におるぞ。」
「おー、お師匠さん。」
「ちょっとアポとっちゃろ。」
上流階級の繋がりである。
こもじは中国に残ってしまったが、私だけでも伺っていいんだろうか。
「やぎっちゃん、元気しとるか。うん、うん、あー今うちの子がな、いやいや孫じゃないんじゃが……そう、帆世ちゃんゆー子がおってな。」
「そーかそーか、じゃあ向かわせるでな、優しくしたってくれよ。酷いことしたらお主のとこに刀造らんからな!お、おーそれじゃ、また。」
「帆世ちゃん、やぎっちゃんが面倒見てくれるっちゅーとるわ。お昼ご飯はうちで食べていき!おい、ばーさんや!」
( ๑❛ᴗ❛๑ )えへへへ
ご年配の方は、こちらが何か言う暇もなく、次から次に色々用意してくれる。
人間国宝がおじいちゃんとなると、出てくるものもナカナカ凄い。やぎっちゃんって誰?
かくして榊原邸にてお昼ご飯をご馳走してもらい、刀もあつらえてもらった。
はち切れそうなお腹を、なんとか車に乗せて。日が明るいうちに向かうのはやぎっちゃんなる、こもじのお師匠様の道場だ。
着くまでの数時間、お腹の中の消化に神経を集中させ、血液の足らなくなった脳みそがうとうとし始めた頃。
「帆世様、到着いたしました。」
低く、どこか安心感のある声が聞こえて、車が停車する。
やぎっちゃんなる人物の道場へと到着したのだ。
「柳生だったのね……夢想無限流・柳生隼厳。」
道場には夢想無限流と堂々と書かれていた。柳生という苗字が、剣術家にとって名門中の名門であること位は知っている。
広い敷地だ、入ろうか迷っていると、門下生らしき若い男が2人出てくる。
「帆世静香様でしょうか。お待ちしておりました。」
「はい...よろしくお願いします。」
「まずは道着にお着替えください。」
微妙に目を合わせてくれない。全身の筋肉が硬直したかのような、そんな2人に両脇を抱えられて道場へ案内される。こもじが着てそうな道着へと着替え、急かされるようにむかう。
扉の先には、ズラっと門下生が勢揃いしており、その上座に1人老人が座っていた。
柳生隼厳、その人である。数十人の門下生が、一様に目を向けてくる。威圧感が凄い。
「あのー、帆世静香です。剣術を習いたくて参ったのですが。こもじのお師匠様ですか?」
ザワザワ……
ザワザワ……
こもじの名前を出した途端、雰囲気が変わる。なんとなく、睨まれている気もする。居心地が非常に悪いんだけど、こもじ何したの!?
「儂が柳生隼厳である。」
「入門したくば、剣の腕を見せよ。」
すぅー。話全然通ってなくない?
困って立ち尽くしていると、ザザザーっと門下生達が道場のすみへと移動し、私の前に広い空間ができる。
どうぞ、とばかりに木刀を渡され、流れるままに立ち会いが始まった 。
「参ります。」
いや、来ないでください。未だに私が状況がいまいち飲み込めていないのを、君も気がついてるでしょう?
道場の隅に散らばる門下生は、チラリと老人の方へ視線を泳がす。その眼光に触れるや否や、私の方へ向き直って試合を進めようと押してくる。
あの老人が絶対君主のようだ。門下生に拒否権は無い、私にも拒否権は当然無い様子である。
そういう、無理やりな感じ嫌いなのよね。体育会系の上下社会も、否定はしないが属したくはない。
ハァーー
剣術なんて何も知らないんだわぽよ。
目の前の男は、ザワつく道場の中でも静かに真っ直ぐ見つめてくる。恥ずかしいぽよ。
いかんいかん、ぽよよ語が出てきちゃう。
私の心配はさておき、目の前には180cmはあろうかという巨体が、木刀を振りかざして立っていた。
死合開始である。そもそもこういうのは軽い竹刀じゃないのか。
ー試合開始ッ
多くの目が私を見つめる。流されるままに、始まってしまった。
(´・ω・`)こもじは、何もしてないっすよ。




