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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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奈落の獣喰 其の4 報告書

ダンジョンの最下層である「饗宴の骨海」は、長年にわたって異形たちが流れ着き、極限の生存競争を繰り広げた場所である。第二層「産声の洞」で、禍胎によって生み出された無数の異形たちは、血の川を伝ってこの層へと運ばれ、光の届かない暗闇の中でただ生存のために戦い続けてきた。


食料も水もなく、あるのは無数の異形とその骸だけという環境では、彼らが生き残るための手段はただ一つ、自らよりも弱い個体を捕食することしかなかった。そうして数え切れないほどの異形が淘汰され、最も適応した者だけが生き延びた結果、この層全体が異形の亡骸によって埋め尽くされ、無数の骨と肉片が折り重なった「骨の海」が形成されていた。


しかし、そんな地獄のような環境の中で、他の異形とは異なる方法で生き延びてきた存在があった。力で圧倒するわけでもなく、群れを作るわけでもなく、ただひたすらに「隠れる」ことで長い年月を生き抜いた生物——それが、ここで最も長く生き続けた一匹の()()である。この個体は、他の異形と戦うことを避け、岩陰や骨の隙間に身を潜め、必要最低限の動きだけで生き延びる道を選んだ。骨の海には、無数の死体が転がっている。戦いの末に命を落とした異形の亡骸から肉を削ぎ取ることで最低限の栄養を補給し、他の捕食者の目を欺きながら、ひたすらに時間を稼ぎ続けた。この環境に適応し、より巧妙に擬態し、敵から逃れる術を磨いた結果、この異形は他のどの個体よりも長く生き続け、最も古い存在となった。


濃密な魂が渦巻く空間で生きたことで、争いを避けたタコの魂も格が上がっていく。どんな背景であっても同化し、においや気配でさえも消すことができるようになった。


しかし、この異形にとっての"生存戦略"は、突如として崩壊することになる。第二層「産声の洞」に侵入者が現れ、ダンジョンのコアである禍胎を破壊してしまった。空間を超えて根を張り巡らせ、あらゆる生物の魂を集めていた禍胎は、未熟な魂を全て解き放つこととなる。本来であれば、一定量ずつ流れ込んでいた血の川は、今や洪水のように氾濫している。それは、禍胎の残骸であり、第二層の守護者であった巨人「胎守」の崩れた肉体であり、異形たちの未熟な魂の奔流であった。


揺り籠のような禍胎から、突然そとの世界に投げ出された魂は、本能の悲鳴をあげて依り代を探して暴れまわった。彼らが見つけた器は——このダンジョンで今や最も古き個体となったタコ型の異形に殺到する。


本来、魂というものは、時間をかけて蓄積され、少しずつ個体の成長や進化に影響を与えるものである。しかし、この時ばかりは異常だった。逃げるように流れ込んだ魂の量があまりにも多すぎた。魂の奔流に抗うことはできず、タコの意識は押し流され、積み重ねられた記憶は上書きされ、存在そのものが変容を遂げていった。本来であれば、魂がある一定の閾値を超えて蓄積することはあり得ないはずだった。しかし、強制的に限界を突破し、もはや単なる異形ではなくなった。意識は霧散し、個としての存在は消滅し、ただ圧倒的な力の器だけが残り、それは"神格"へと強制的に引き上げられた。


タコという個体はもはや存在せず、そこに残ったのはダンジョンそのものと融合した無意識の力であった。意思を持たぬまま、ただ膨大なエネルギーの塊として存在し、その影響を受けたダンジョン全体が、より異質な存在へと進化し始めていた。



----------------------------------------------------------------------------------------------------


「先行します。」


ひょいっ タタタ ひょいっ


骨の海を走って移動する。大きく、深く突き刺さっている骨を選んで足場にすることで素早く移動できた。第三層の探索は長時間にわたって続いた。第二層の崩壊によってダンジョンの構造が変化し、異形たちが新たに生産されることは無い。次第に洪水のような水量は落ち着きを見せ、今では枯れている。そのためダンジョンコアの捜索自体は比較的順調であるが、何を探しているのかいまいち分からないのだ。


銀爪を握って、ひたすらに骨の海を走り回る。6人の中で飛びぬけて機動力が高い私は、一人で骨海の奥まで先行する。


行けども行けども、何もない。いい加減、フラストレーションが最高潮に達しようとしていた。

休憩を挟みながら、もう2日間はダンジョンにこもっているのだ。視界に問題ないとはいえ、暗く不衛生で、おどろおどろしい骨に囲まれての探索任務である。


フンっ——


イライラして壁に拳を叩きつける。ただの八つ当たりだ。

しかし、その手応えに違和感が。


ガッ


ガッ


壁をさらに殴りつける。何も起きない。やっぱりおかしい。イライラした私は、怪我を負うリスクも無視して本気で殴ったのだ。コンクリートでさえひび割れるというのに、なぜこの岩場は無傷なのか。


おかしいのだ。おかしな空間において、異常を発見することは問題解決の糸口になるかもしれない。

私は、ひとまずデルタチームのもとへ戻ることにした。


「レオン、ちょっと銃かしてよ。」


(´・ω・`)撃てるんすか?


「普通のアサルトライフルでいいわよ。たぶん大丈夫でしょ。」


M4A1を受け取った私は、それをしっかりと両手で構え、壁に向かって引き金を引いた。

眩いマズルフラッシュを伴って、弾丸が壁に吸い込まれる。しかし、埃一つ落ちはしないのだ。


「んん?どうなってやがる。」


ようやく、この空間の異常さにみんなが気が付き始めた。壁に見えているが、これは壁なんかじゃない。じゃあ何なのかというと、良く分からないが…。


「火力上げて試してみたいが、C-4使い切っちまったぞ。」


アイザックが口惜しそうに、眉を下げる。火力、火力かあ。あっ!ここなら、試し撃ちできるかもしれないわね。


「ちょっと試したいことあるから、みんな後ろに下がってて。」


壁に左手をピタリとつける。右手の人差し指と親指を使ってウィンドウを拡張、人差し指を高速で振って画面をスクロールしていく。

万理の魔導書から復元し、スキル化した魔法が並ぶ。そのうちのひとつを選択する。発動部位は左手にしてっと…


パッパッパッスイーピッ!


練習したノールックウィンドウ操作。声に出して詠唱を行う代わりに、ウィンドウ上に文字が浮き上がる。

こうする事で複雑な詠唱を省略し、手と指の操作だけで発動できるのだ。

万理の魔導書とウィンドウを通じて、本来ありえない現象を引き起こす魔法錬成を行う。


【魔法錬成 エンシェントラーヴァ】


ゴウッ!!!!


壁につけた左手から、直径1mほどの炎の玉が出現する。それは暗闇のフロアに突然太陽が出現したような光を放った。スキル:魔法錬成“エンシェントラーヴァ”。リアーナから奪った万理の魔導書を、私のウィンドウと融合させることで発現したスキル。

詠唱をしない代わりに、指でウィンドウを操作してスキルを発動する代物だ。ウィンドウが見えない周囲の人からは、指印をむすぶことで魔法を使ったように見えるだろう。


「Wow!静香は、ninjaだったのか!」


アイザックが興奮して叫ぶ。ふふふ、実際にスクロールする手順と指印・手印はかなり似ている。

私の厨二心にささる出来栄えなのだ。


「そんなことより、見ろ!壁全体の色がッ…なんだよこれ…」


ミニチュアの太陽を出現させたことで、一瞬にして壁の様子が変わる。イカを締めた瞬間に全身が透明になるように…ってめちゃくちゃわかりにくいわね。


えっと、圧縮硬化ガラスに一瞬でヒビが入るように…これも分からない?


まあ、あれよ。さっきまで壁だった岩が、明滅するようにその姿を変えているのだ。壊れたTVのように壁面に様々な模様が浮かんでは消える。焦っているように、バタバタと切り替わる光景は異様だった。

しかし、一点。映像が切り替わっていない部分がある。天井には目のような模様が浮かび、紫色の水晶のような結晶が生えていた。


“そこか”


「レオン!天井よ、撃ち抜いてッ」


「応ッ」


レオンが地面に仰向けに倒れるような姿勢で、140㎝の巨大なスナイパーライフルを構える。重量14㎏のそれを、無茶苦茶な体勢で持つこと自体が困難だ。しかし、ピタリと銃口を合わせる様に、外れる気はしなかった。


ズッダァァン!


パッキィーン


M4A1とは比較にならない炸裂音と、粉々に砕かれたダンジョンのコア。

ダンジョンを維持する全てを失い、空間が地球に戻るようにガタガタと揺れる。


気が付けば、私たちは中国の山中テントの前に戻っていた。ミッション達成である。


(´・ω・`)疲れたこも。


「何かしら、これ。」


少し離れた所で、エリック隊長とリリーさんの声が聞こえる。何か見つけたようだが…


底に落ちていたのは、巨大なタコの死骸である。パンッと撃つと、一瞬その表皮の色が変わり周囲と同化する。銃弾は貫通しないどころか、傷もついていない。


(強い魂をもつ生物は、死してその体に魂がこびりつくことがあるノ)


懐かしいフニちゃん先生の言葉がよみがえる。これは、戦利品としてカウントしていいだろう。

今日はタコパか?いや、あんな気持ち悪い海にいた生物の肉は食べたくはない。


「何はともあれ、任務達成だ。みんな、よくやってくれた。」


「「ハッ」」


デルタのみんなには感謝しないといけない。その姿勢、考え方、経験は大いに学びになった。

人類は、この地球で生きるためにまだまだ課題は山積なのだ。少しでも吸収して、強くあらねば。


「静香。我々のチームはいったん解散だな。これまで私が組んだ中で、最高のチームメイトだった。」


エリック隊長が白い歯を見せて笑う。彼らは彼らで、多くの任務に行かねばならない。

しばしのお別れだ。


「はい!エリック隊長、皆さん。ありがとうございました。」


(´・ω・`)「またねん。」


「戦友へ—敬礼ッ」


ビッ


エリック隊長たちは、彼らの軍用機があるらしい。最後までビシッと敬礼をしてくれる。

次はヴァチカンに向かうとのことだ。私はいったん日本へ帰るのだが…。

帰路は私一人だった。


(´・ω・`)「あ、こもじはちょっと中国に残るのねん。」









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