奈落の獣喰 其の3
エリック隊長の持つタブレットを覗き込むと、根が集まる場所の中心に、異様なものが映し出されていた。
——巨大な肉の繭。
「……ここから、あの川がわいているみたいね。」
私は思わず息を呑む。
繭は膨らみ、波打ち、内部から何かを押し出すように動いている。推測でしかないが、あの肉の繭から異形が産み出されている。私が見た異形は、ここから川を泳いで下っていたのだ。
そう考えると、繭の役割も見えてくる。
これは単なる異形の"巣"ではない。肉の根がナニカを集め、この繭で異形の生物を生産することが2層の目的である。そして、流れていく先が3層に繋がっている構造に違いない。
ここを破壊すれば、ダンジョンの根幹が——
「問題はこっちなんだ。」
レオンの声に、私の思考が中断される。彼の指先がタブレットを操作し、映し出された映像に私の目が釘付けになった。肉の繭の傍ら、まるで城を護るガーディアンのように、それは立っていた。
歪な人型である。直立していながら、両腕が地面に触れるほどに長い。首は存在せず、胴体から続く頭部のような場所には、目と口だけが在る。ぎょろぎょろとした目がドローンを通して私たちを見ており、裂けた口がクチャクチャと動いている。
この人型が巨人であると判断できた理由が、その足元に転がされていた。一瞬、人間には見えなかったほど小さく、乱雑に積まれた先遣隊の亡骸である。服を剥がれ、体のあちこちを抉られ、食われた痕なのだろう凄惨な姿になっていた。
同胞を食われたという事実は、種として私達人間に復讐の炎を宿らせる。死んだ彼らを見てみよ、変わり果てた姿になっているが、手だけは生前の覚悟を失っていない。
死ぬまで離さなかった銃が、今でも巨人に向けられている。
巨人に突き刺さっているナイフには、死んでも離さなかった手首が繋がったままだ。
彼らの魂は、まだこのダンジョンに囚われている。あの禍々しい肉の繭によって、その魂を凝縮され異形へと墜とされ、このダンジョンの中でぐるぐると循環する渦巻に飲み込まれてしまっているのだ。そうして、魂を閉じ込め続ける様は蟲毒のツボに似ている。
「アレを殺して、アイザックが肉の繭を破壊する…でいいのよね。」
「ああ。」
エリック隊長の声が重い。考え無しに突撃すれば、それは先遣隊が命に代えてもたらした成果を踏みにじることになる。それが分かっている故に、エリック隊長は戦闘の号令をかけれないでいる。
だが、問題ない。そのために私たちがいるのだから。
「私とこもじで、巨人を斬ります。デルタチームには、周囲の索敵と援護をお願いします。」
本来作戦の判断はエリック隊長が行うべきだ。しかし、今は任せてもらおう。
たかが5mほどの巨人が何だというのか。私達が闘った羆の方が遥かに巨大だったぞ。私たちが切結んだ鬼の方が遥かに恐ろしかった。
(´・ω・`)「じゃあ、征きますか。」
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岩陰を伝って、目標までの距離を詰める。別動隊のレオンとリリーが配置に着いたようだ。彼らは後方からスナイパー兼観測者として支援してもらう。
前衛は私とこもじで巨人を斬る。肉の繭や血の川から新手の敵が現れないか警戒するのは、近接戦闘に優れたアイザックとエリック隊長だ。
ドクン…ドクン…
闇に響く鼓動が、うるさいほどの大きさになっている。
突然、巨人の右目が爆発するように弾ける。作戦開始ッ
ズッダァーッン
岩に囲まれた空間に、レオンの握るシャイTAC300が轟音を上げる。音速を3倍も上回る弾丸は、音よりも早く着弾した。
急襲に巨人がうろたえた瞬間、私は既に巨人の後頭部へ迫っていた。眼下には、闇の中から滑るように踏み込んだこもじの姿も見える。
【神刀の型 袈裟斬り】【ファストステップ】
二人のスキルが発動し、超常の力が身に宿る。
助走をつけて得た加速を殺さぬよう、両手で銀爪を握りしめる。刀は素人だ、どっかの達人みたいな技は持ち合わせていない。しかし、羽根のように軽い銀爪が、触れた物を抵抗なく斬り裂いていく。皮膚を裂き、筋肉にも止められることなく一閃振りぬいた。その手ごたえは…
浅いッ——
巨人の顔から胴体に至る場所、人間でいう頸椎部分を数十センチ斬り裂くことはできた。しかし、その手ごたえが浅いことも同時に理解する。肉を斬ったが、骨は断てていなかった。刀を振り終え、体が重力に従って落下する最中、立て続けに2つのスキルを使用していく。
【瞬歩】【蛇喰・致命ノ毒】
空中で落下を待つことなく、再び巨人の頭上へと転移する。左腕から伸びる蛇の影が、実態をもって巨人の体へと食らいつく。腕からツ―っと血の気が引き、血液を猛毒に変えて打ち込んでいく。右手に握る銀爪で二閃三閃と背中を斬りつけていく。
ガクンッ
急に巨人が地面へと倒れる。膝が抜けたというより、もっと激しい倒れ方に、私はあわてて宙へと離脱した。原因を作ったのは、例の侍さんだ。
踏み込んだと同時に、右手で雲黄昏を引き抜き、巨人の左足を切り上げるように切断。頭上に来た刀を両手で握り、流れるように右足に向けて袈裟斬りを放ったのだ。
完璧な型を実行したことで、スキル:神刀の型が発動する。スキルを用いて行動するのではなく、行動することでスキルが発動する珍しい攻撃手法だが破壊力は抜群だ。刀身以上に広い斬撃が走り、人間の胴体を遥かに超えるほど太い脚を、一息で両方切断してのけた。
地面に倒れた巨人が、その長い腕で地面を掴み、強引に起き上がろうと悶える。残された左目に、戦う意思が残っていた。斬撃を終えたばかりのこもじに対して、その巨大な口を開けて突進しようと身を持ち上げる。
ズパッ——
(´・ω・`)「残心——」
居合の方は終わっていなかった。斬り捨てた敵が、起き上がって最後の悪あがきをする、その位置に刀を振り下ろす残心。そこにもスキルがのっかっているのだろう、巨人の顔上部1/3が斬り飛ばされる。
頭部を斬り飛ばされ、全身に毒が巡り、両脚を切断された異形の巨人。会敵して数秒で決着がついた。私のウィンドウに情報が記される。
ж胎守ж
産声の洞:禍胎のガーディアン。
侵入者を殺戮し、魂を禍胎へと巡らせるはたらきを担う。
ж産声の洞:禍胎ж
奈落の獣喰の2層・3層に蔓延るダンジョンコア。
ダンジョン内の魂を集め、新しい生命を生み出すだけの、意思なき器官である。
「Oh…God…言葉が出ないな…。」
アイザックとエリック隊長に、巨人を倒したことを告げる。銃が決定打になりえない敵であれ、人間が銃を超える火力を得ればよいだけのこと。
これまでの人類の常識を書き換える、そんな瞬間である。
「アイザック。コアの破壊に取り掛かれ。」
「レオン、リリー。集合だ。」
肉の繭…禍胎というソレは巨大である。生半可な爆発では、肉が衝撃を吸収して破壊することはできないだろう。アイザックが素早く計算しながら、リュックいっぱいに詰まっているC-4プラスチック爆弾を設置している。
肉ならば…と、爆発直前に私が毒を打ち込むことも提案してみる。先に打ち込んで、アイザックの邪魔をするのは良くないだろう。
「エリック隊長、レオンおよびリリー戻りました。」
全員が集合し、アイザックの準備も完了した。最後の仕事だ、無事に終わるように祈ってスキルを発動する。
【蛇喰・致命ノ毒】【ファストステップ】
両腕の籠手が変化し、禍胎へと猛毒を抽入する。その瞬間、禍胎が苦しむように捩れる。
やっぱり効果はあるみたいねっ、巻き込まれる前に地面を蹴って即座に離脱。
3..2..1..Fire!
バッバッバッダァァン!!!
炸裂音が何重にも響きわたる。1発1発が、禍胎を根から切り離し、その巨大な体積を削っていく。
湖をひっくり返したように、大量の赤い液体があふれ出し、私たちは岩場の上へと避難した。
完全に破壊された禍胎は、その体積以上の液体を滾々と吐き出し続けている。血の川は濁流となり、一切合切を押し流して、3層へと流れ込んでいく。
「ダンジョン攻略の達成ってどうなるんだ?」
あの肉の繭を破壊すれば、ダンジョン攻略が完了し、現世へと帰還できるはずである。目の前で湧き水のように血を噴いている禍胎は、果たして死んでいるのか?
ж奈落の獣喰ж
循環する器官を破壊されたコア無きダンジョン。
数多の魂を喰らい、神格を得た蟲毒の主が誕生している。
「あちゃ~。あの巨人を殺したせいなのか、元からなのか、分かりやすく言うとボスモンスターがまだいるみたいです。」
なんだよ!神格を得た蟲毒の主って!
響きだけでもやばそうなにおいがプンプンする。ここは、放置すればするほど、その蟲毒の主とやらが強くなるダンジョンだったのだろう。早期に攻略しにきて正解だった。
(´・ω・`)「嫌な気配がするっスね。」
「3層に行けということだろう。レオン、ドローンをもう一回飛ばしてみてくれ。」
「I sir.」
皆が新しい敵を探す中、私はレーションの袋を次々と開けていく。血を毒に変換しすぎて、おなかが空いたのだ。カロリーを詰め込みました、と言わんばかりのこってりとしたチョコレートクッキーや、噛むだけで顎が訓練されそうなジャーキーが染みる。美味しいかというと微妙だが、エネルギーを求める体が喜んでそれらを吸収していく。
(´・ω・`)よく食欲湧くっすね。
私がご飯を食べ続けて、この血の川に毒を流し続ける作戦とかどう?いや、さすがに無しか。もぐもぐ。
「3層、そんなに広くはないですね。」
「ただ、生物は何も居ないようです。」
見えるのは血だまりに積まれた骨の海。幾千の生物が食い合ったのか、ただその亡骸が在るだけだった。




