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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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デルタ 其の5 決着

「こちらレオン。残念ながら()()()()()入りだ。」


「でもナイスショットよ。それじゃあ、私は行くわね。」


7:00の位置情報更新と同時のワンショット。スナイパーとして最高の1撃、つまり初撃で決めてしまいたかったが、相手の将はリリーではなかった。作戦を次の段階へと移行する必要がある。つまりコード:Blazing(火を噴く) Turret(固定砲台)フェイズ2の開始である。


私は木から手を放し、【ファストステップ】を起動する。ここからは時間が全てにおいて大事だ。ファストステップにより、地を蹴る反動が無くなりほとんど無音の移動が可能となる。しかし、障害物が多い環境でのスキル起動に息が上がる。


「読まれてたのかしらね?」


「さあな。二人の座標が被ってる、どっちが将か判断つかねえぞ。」


山の中を疾駆しながら、レオンに話しかける。

昨夜の作戦会議で、将はリリーであると予想していた。隠密行動に長けた彼女が潜伏、その間に前衛の二人で攻め入ってくるのが正道だろう。将にするべきは、戦闘を回避できる者か、もしくは戦闘になっても負けない者である。エリック隊長は、戦闘になっても負けない者を将に選んだのだ。


1時間毎に作動するGPSアンクレットが、レオンのいる要塞の場所を相手に伝える。姿を現した将に向かって、エリック隊長とこもじが迫っていた。


アイザックは既に戦線離脱している。こもじに腹部を強打され、エリック隊長にペイント弾を撃ち込まれたのだ。私達3人の中で、前衛を張れるのは彼しかいなかった。これで長期戦や山中での各個撃破の作戦は取れなくなった。

ただ、アイザックを責めるつもりはまったくない。作戦通りの展開であるし、一人で十分に足止めの役割を果たしてくれたと言える。


それに、工兵は死してなお、働くものだ。



——ドォン! ダダーン!


少し離れた場所で爆発音が響き、一拍置いて銃声が続く。そこにいるのね!ようやく位置がつかめた。


レオンのいる木を中心に、アイザックが無数のトラップを仕掛けていた。その1つが作動し、こもじ達の居場所を教えてくれたのだ。迫る敵を前に、レオンがライフルを鳴らして迎え撃っている。


「こちらレオン。うまい具合に釣れたぜ。どうぞ。」


「急いで向かってるわ。こもじを狙って足止めしてちょうだい。」


「Sir、侍さんは通行禁止っと。」


ダダーンッ ダダーンッ


レオンがライフルを連射する。こもじが木陰から姿を見せれば、数センチの誤差もなくその場所を撃ち抜くのだ。

(´・ω・`)なんで俺だけ。

こもじの困った顔が目に浮かぶ。狙いを一人に絞ったことで、こもじの足止めは成功していた。


そうこうしている間に、自由に動けるエリック隊長が、先行してレオンのいる要塞へとたどり着く。

本来スナイパーにとって、居場所を知られることは死を意味する。セオリーであれば、絶対安全と言える拠点にひきこもるか、一撃放ったら離脱するかの二択なのだ。今回は前者、レオンの待機する巨木には、根元から頂上まで無数のトラップが張り巡らされている。


「静香、ASAP(はやく!)だぜ。隊長が来ちまう。」


「もう見えたわ!」


最終フェーズだ、相手の将を暴くことが最後のピースを埋めることになる。こもじが置き去りにされている今、答えはほとんど決まっているが。


「やっ、こもじ。久しぶり。」


(´・ω・`)「うまくいったっスか?」


「ええ、だいぶ仲良くなったわ。」

「こもじも仲良くなれた?」


(´・ω・`)「立ち話してていいんすか? そっちの大将がピンチっすよ。」


「ふふ、いいのよ。()()()()()()()()()()()()()()。」


(´・ω・`)「そいつぁ、言えねえっスよ。」


本来する必要のない会話だ。相棒の顔を見れば、だいたい考えていることくらい分かる。

微妙に気分がノッていない表情、置いてきぼりにされた状況、私達が外様である立場。エリック隊長は、最も信頼できる戦力として自分自身を将に据えていたのだ。戦っても負けない戦力、ってわけね。


「レオン、やっぱり隊長がGPSを着けてるわ!」


(´・ω・`)「こもの話、ちっとも聞いてない」


「じゃ、またあとで!」


(´・ω・`)こもー。


こもじと1対1で戦って勝てる戦力は、この世に存在していない。私の見立てでは、デルタの隊長ですら例外ではないのだ。真剣を持たせれば、2人対1でも勝てるだろうと思う。


人類は手に棒や剣を握って戦っていた混戦の時代から、銃や大砲によって距離が遠くなった戦闘へと移行した。しかし、その銃が効かないほどに強固な個人が出現したらどうなるだろうか。銃を持つ集団に、銃の効かぬ個人が特攻できるようになったら、どうなってしまうのか。そう、人類は再び入り乱れて戦う混戦の時代に回顧しつつあるのだ。


そんな時代の先駆けである古の侍。私が取った作戦は、これも古の戦法にのっとったものだ。

温故知新、歴史は繰り返す。新しきを知りたければ、旧きに学べ。


人類史上最高の名将、ハンニバル・バルカを知っているだろうか。通信機器や索敵レーダーのない時代、その頭脳をもって正確に敵味方の居場所を理解し、時代を遥か先に超越する策略を編み出してローマ帝国を脅かした脅威的戦力である。ハンニバルが現れれば、戦場は一変する。どんなにローマ帝国が優勢であっても、ハンニバル一人にひっくり返されるのだ。

そんな卓越した戦力を前に、ローマ帝国が取った手段は単純明快なものだった。『ハンニバルとは戦わない。』戦術的勝利は諦め、戦略的に勝利すればよいのである。実際に、常勝無敗のハンニバルであっても、戦っていない場所では勝ちようがない。


よって、私も——『こもじとは戦わない。』


正直、こもじが将になる可能性は無いと思っていた。こもじは自ら実力をひけらかすタイプではなく、見るからに昼行燈な気質だ。それに、デルタと手を組むにあたって、私の考えをそっと後押しするように支えてくれていたのを知っている。エリック隊長もうすうす感じ取っていて、あえて将に置くようなこともしなかったのではないだろうか。親切な大人たちに囲まれ、甘やかされてるのかな。


バトルジャンキーなこもじが、テンションを上げていないのもそういうことだ。いつもすまないね。ありがとう、こもじ。


それはそれ、これはこれ。私は自分がふっかけた勝負は必ず勝ちに行くときめている。


【ファストステップ】


最強の戦力だろうと、最速の私は捕まらない。こもじを置き去りに、レオンのいる木を目指してエリック隊長を追いかける。


「こちら静香。もう5分で着くわ。」


「こちらレオン。隊長が中腹まで登ってきている。頂上目掛けてきてくれ。」


了解。何度か往復した道だ、ファストステップを途切れさせないように、最短のルートを選んで走る。

木の幹、枝を蹴り飛ばして高度を上げていく。着地。


レオンのいる木の周辺にはトラップだらけだ。そこを飛び越えるように、木の幹へ着地した。

幹が太く、枝も多いこの木はなんていうんだろう。隊長の登った後には解除されたトラップの残骸が残されていた。ピアノ線、ブービートラップ、粘着剤、あらゆるトラップがこれ見よがしに解除されている。


「ほんと凄腕ね。逆に歩きやすくて助かるわ。」


レオンが単独でマッチアップしてしまうとまずい。近接戦闘ではエリック隊長を仕留めきれないだろうし、そうなれば()()()()負けである。

木登りルートを見極め、疾駆する。が、途中で足元に嫌な感覚を覚えた。心のわずかな油断と焦り、そこに忍び込む作意。


プチッ——まずい!【瞬歩】ッ


バァン!


紐を千切ったような感触と同時に、反射的に瞬歩を使って幹の上部へと避難する。

その直後、先ほど自分がいた場所が爆風とペイントをぶちまけるように爆ぜる。


「エリック隊長、ほんと容赦ないわ…。」


冷や汗が背中から噴き出るのを感じる。罠を全部解除したように見せかけて、ちょうど私が油断するような位置に、()()()解除しなかったトラップを残していたのだ。


巧妙に仕掛けられた罠を悉く見破り、あまつさえ利用してのける老獪さ。身体能力のピークであるアイザックと真っ向から斬り合える屈強なフィジカル。長年デルタフォースで指揮を執っている人間だ、その能力を上方修正する。


しかし、その背中が見える位置にまで私は迫っていた。レオンと隊長の姿が視認できる。


「レオン!挟み撃ちよ」


「ラジャ!」


エリック隊長を上下に挟み、慣れない拳銃を乱射する。どうせ当たらないのだ、それなら弾幕に徹してレオンが狙う隙を作る。


「二人とも、随分仲良くなったじゃねえか。」


ワハハハと、豪胆に笑いながら木を駆け上がるエリック隊長。射線を完璧に理解しているのだろう、弾の方が逸れているような感覚に陥る。


「将同士の一騎打ちだぜ。レオン。」


バンッ!バンッ!


隊長がレオンのいる頂上の拠点へ到達する。最後の詰めだ。

レオンが返事のかわりにペイント弾を撃つ。エリック隊長は枝のたわみを利用するように飛びのき、頭上の枝を片手で掴む。まるで体操選手かのように枝を掴んでぐるりと体を半周、奇麗に枝の上に着地して見せる。


ここは、地面から20m以上も高い木の上である。落下は死を意味する環境であっても、その身体能力に陰りは無い。落ちたくらいでは死なないし、そもそもスキルを揃えている私であっても怖いんだけど…。


しかし、二人はまるで地上で戦っているかのように、枝を蹴り、幹を利用しながら激しく動き回る。

レオンは銃を捨て、ナイフを抜いた。レオンは卓越した近接戦闘術を持つが、それは目の前の隊長に仕込まれたもの。


一手、二手、レオンがじりじりと追い詰められていく。ついに背中を木の幹に押し当て、もうこれ以上後退する場所がなくなる。

そこでようやく私が頂上へたどり着いた。狙い通りの位置だ。


「レオン!」


もはやウィンドウを介さなくても声が届く距離。私は渾身の踏み込みから、隊長の腕を取り、拘束する。

同時にレオンが足元のトラップを踏み抜いた。


これから行うのは、コード:Blazing(火を噴く) Turret(固定砲台)最後の攻撃である。


レオンの踏み抜いたトラップが、足元に仕込まれた爆薬に点火する。レオンの行動は続く、腰にぶら下がるペイントのたっぷり仕込まれた手榴弾のピンを引き抜いて、自身と隊長の間に投げ出した。


通常4秒後に起爆する手榴弾は、ピンを引き抜いて1秒で爆発するように細工されている。

殺傷力を抑え、その代わりペイントをまき散らす様に改造された手榴弾は、アイザック謹製の品だ。


私が腕を抑え、レオンが自らを巻き込んだ爆発を引き起こす。レオンとエリック隊長の相討ちを狙った最後の攻撃だった。


「命は大事にするもんだぜ。」


その瞬間、エリック隊長が厳しい顔をして、私が掴んでいる腕をグンと振り回す。一瞬で主導権を奪われ、反対に私が腕を拘束されてしまう。

エリック隊長の判断は素早かった。足元と眼前に投げられた爆弾を瞬時に見極める。足元の爆薬に向かって拳銃の引き金を引き、起爆直前のソレを枝から弾き飛ばす。同時に私と体を入れ替えることで、即席の盾とした。


回避よりも、()()。緻密に積み上げた作戦は、最後の二択で隊長に防御を取らせるためにあったのだ。


【瞬歩】


がっちりと捕まえられていた私の体が虚空へ消える。隊長を護る盾は消え、同時に手榴弾が大量のペイントをぶちまける。


バァン!


飛び散ったペイントが二人を染め上げ、爆風が身体を押す。

レオンは木の幹に身体を押しあてているため、落下することはない。問題は隊長である。


「エリック隊長!」


0.5秒間の時間をおいて、私は再び現世に姿を現した。爆風で空中へ投げ出されたエリック隊長の腕を掴む。揺れる枝の上で、人間を支えることはできない。


「蛇ちゃん、お願い!」


私の両腕を覆う、千蛇螺の籠手が呼応し、隊長と枝をがっちりと掴む。以心伝心とはこのことだ、今日も蛇ちゃんが頼もしい。がっちりと掴んだ隊長の右腕は太く、無数の切り傷が目を引いた。

よいしょっと気合を入れて、隊長を枝の上に引き上げる。模擬戦で大けがをしてもしょうがない。

自爆しか勝ち筋が見つけられなかった私達は、自爆後にどうやって全員無事でいられるかを悩みに悩んでいたのだ。


エリック隊長と目が合う。彫りの深い顔も、オールバックに撫でつけた金髪も、真っ赤なインクに染まっていた。模擬戦において、自身が死んだことを悟り、たははと苦笑いをこぼしている。


「参ったな、静香くん。ありがとう。」

「だが、勝負は引き分けを狙ったのかい?」


「クク…隊長、勝ったのは俺たちですぜ。」


「そーよ。エリック隊長。だって将は()だもの。」


私はズボンのすそをまくりあげて、隠されたGPSアンクレットをエリック隊長へ見せる。

今度こそ驚いた表情で、目を丸めていた。私とレオンが拳をぶつけて、ニヤリと笑う。この場にいない全員とウィンドウを同期させて、模擬戦が終了したことを告げた。


「こちら、帆世静香です。模擬戦闘は終了、ダンジョン入り口のテントへ集合します。」

「こもじは、アイザックとリリーさんと合流してちょうだい。怪我の具合をみてほしいわ。」


「こちらリリーよ。アイザックと私は大丈夫、治療は済んでるわ。」


「こちらアイザック。そういうわけだ、テントへは自力で行けそうだ。」


素早い返答で、全員の無事が確認できた。ぶっちゃけ、こもじ以外は怪我人だらけだ。

それでも任務の終了に笑顔を浮かべるデルタチーム、フィジカルだけでなくメンタルも屈強な戦士の姿が眩しい。今回の模擬戦闘も、私のわがままに近い提案である。それに全力でのっかり、危険を承知で参加してくれた全員に感謝の気持ちでいっぱいだった。


が、それはそれ。勝者が殊勝な顔をしていてはかえって失礼というもの。

目の前のレオンと、ウィンドウ越しのアイザックと一緒に渾身のどや顔を決める。


そうして意気揚々と始まるのは、昨夜から仕込んだ数々のトリックの種明かし。驚いたことに、山中のマッピングについてはエリック隊長に早々に見抜かれていた。


「ねえ、静香ちゃん。私を置いて走っていったのは、()()()()()()だったのね?」


リリーさんには、私たちの将偽装工作もバレていた。ただし、死人に口なしということで黙っていてくれたようだ。

そう、私がやったのは力技でのGPSアンクレットの偽装工作。位置座標はX軸とY軸だけであり、高度は反映されないことを利用してレオンと私の位置座標を重ねたのだ。


7:00の位置情報更新の際、私は全力でレオンのもとへ移動し、木の下でGPS更新を受けた。通常であれば絶対に間に合わない距離を、ファストステップと瞬歩を駆使して無理やり走り抜けたのだ。これが推理小説なら、読者激怒の無茶苦茶なトリックである。


そして位置情報が更新されるタイミングに合わせて、レオンが発砲して場所をアピールする。レオンの射撃は当たらなくても、将の偽装ができれば成功だったのだ。手負いとはいえ、しっかりとリリーに命中させたのはレオンの腕が良いからである。


そうして急いでこもじの場所へ戻り、将がエリック隊長だと断定。こもじを置いて、レオンと合流するために全力で走ったのである。


私、昨日からずっと山を走ってばかりだな……テトラとは違う、良い訓練になったことは間違いない。


「やられたなァ、オイ。久しぶりに血が騒ぐ任務だったぜ。」


諸々の仕掛けを理解した隊長が愉しそうに顔を歪める。どちらかというと、ダンジョン攻略という任務をほっぽり出しているわけだが。はい、私のせいです。


「今回は、本当に学ばせてもらいました。」

「ダンジョン攻略、よろしくお願いします。」


(´・ω・`)「ぽよちゃんがご迷惑をお掛けしましたこも。」


レオンやアイザックから、デルタの作戦立案をじかに教えてもらった。

エリック隊長やリリーさんのおかげで、チームと打ち解ける機会をもらった。明日からのダンジョン攻略、この人たちと一緒に行けることに誇りを感じる。こもじは…こもじを振り回すのは、なぜだろう、あまり罪悪感がわかない。ほっておいたこもじが、捨てられた子犬みたいに胸にくる可愛さを感じる。撫でまわしてあげようか、


いやいや、そうじゃない。大型犬を無茶苦茶に撫でまわす感覚で、こもじに手が出そうになる。そういう話をしたいわけではないのだ。なんかいい感じにきれいにまとまりそうだったのに、脳内にちらつく侍をおいやる。

最近ずっと一緒だったからかしら。


ここに来た目的は、ダンジョンの攻略である。そう。人類を滅亡から1歩遠ざけるために、救いを待つ友の世界に1歩近づくために来たのだ。


奈落の獣喰——人類に課された最初のダンジョン。未知の領域、魑魅魍魎が跋扈する死地へと足を踏み入れる。





ところで、ヴァチカンがえらいことになってます。

早く行かないとまずいです。

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