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人類に敵対するもの 其の1

電子音が鳴り響く。

 朝の静寂を破ったのは、テーブルに置かれたタブレットの起床アラーム音だった。

 ヘスティアHDの最重要機密拠点。その一室で、斎藤達爾(さいとうたつや)は目を覚ます。脳内にインターネットが接続されているような感覚に、昨日の出来事が夢ではないと改めて思う。


齋藤が現在取り組んでいるプロジェクトは、web3領域と呼ばれるブロックチェーンを活用したシステム開発だ。中でも、次世代の国際送金手段を開発に成功している。

彼は情報の取り扱いにおいて、確実に人類を1世代先に進めた人物の一人である。そんな偉業が霞むほどの脳内情報に、気分は高まる一方であった。


「俺の脳内空間にお前たちを呼んだようなもんだ。」


社長の昨日の発言は、つまりクラウド上のファイルにアクセスする権限を共有したということだろう。


膨大すぎる情報は人間が処理するには不適格である。そもそも情報について考えるだけで、それ以上の思考をすることさえ(まま)ならない。この情報を処理出来るようにすることが自分の役目だ。


「必要な情報だけを選んで表示……いや、選ぶにしても感覚依存は厳しいな……既存のUIを活かして……」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


齋藤は試行錯誤の末、情報と意識を完全に分離するためのシステムを作り上げた。まだまだ不完全ですが、と前置きして説明する。


「皆さんの視界に緑色のホログラムが浮かんでいると思います。これはVRウィンドウのように各自で大きさを調整できるので、見やすい様に整えてください。」


「これを作ってたのか。思考のノイズが全く無くなったぞ。」

諸葛が感嘆の声をあげる。


「例の情報体は、このウィンドウを使ってインターネットから検索する要領で視覚的に表示するようにしました。」

「さらに、どうも情報群から特定の情報を選んで啓示するシステムが存在しています。そのシステムとウィンドウを操作する私のシステムを統合しました。」


天才が限りなく分かりやすく人に説明しようとする時、それでもなお結局よく分からないのだ。

要するに、“情報体→俺”と“俺→情報体”の2パターンのシステムを統合させ、ホログラムウィンドウで表示したということだ。


めちゃくちゃ便利である。これを数時間で形にした天才がウィンドウを操作する。



《試練:敵対生物の討伐》

達成条件:敵対生物の討伐。

敵対生物:黒銀ノ羆 1体。

特記事項:初試練達成時、【代表】に100RP付与。


俺が共有した情報だ。場所が不明、「黒銀ノ羆」も詳細不明、RPはリソースポイントの略だ。このRPはゲームのコインのような物で、消費することで“おおいなる情報体の一部を顕現”できる。


おおいなる情報体とは無限の情報であり、RPという対価を支払うことで何でも手に入る。該当するモノとして“異能を人に植え付ける”“異能の付与された物質”“世界自体の摂理を変える”など、無茶苦茶な能力だ。……信じたくは無いが、無茶苦茶をしないと人類は絶滅すると考えられているのだろうか、と諸葛は言っていた。


会議中、主に対外的な対応を任せていた中西から報告が入る。

「異常に巨大な()()()が北海道で目撃されたようです。既に相当な被害が生じており、昼頃に公式に発表があるそうです。」


タイミング的に、試練の内容と一致する箇所が多い。現在国が報道を規制しているのだろう、中西の掴んだ話では発表までに数時間あるそうだ。


嫌な予感がする。


「齋藤。お前はシステムとウィンドウの完成を急げ。俺は情報を処理できる。完成までの間、何かあったら俺から全員に共有する。」

「諸葛。続きだ、試練の規模は不明だが【討伐】は今後も1ヶ月おきに発生する。さらに、【領域】も発生しているみたいだ。これを、()()()()()()()()!?」






 その日の夕方、15時。アナウンサーの低く引き締まった声がTVから響いた。



________________________________________


「速報です。本日未明、北海道の山間部にて、これまでに類を見ない規模の獣害事件が発生しました。」

「被害が確認されたのは北海道○○村。突如として"異常に大型のヒグマのような生物"が集落を襲撃しました。消防、警察、自衛隊が出動しましたが、住民の避難が一部間に合わず、これまでに確認された死傷者は300人以上に上っています。」

「現場の映像が入ってきています。こちらをご覧ください。」

________________________________________


 画面が切り替わる。


 ヘリコプターからの空撮映像が流れた。

 ……それは、もはや熊ではなかった。


 映し出されたのは、象ほどの巨体を誇る"異形"。

 黒々とした体毛には銀の光がかすかに混じり、動くたびに刃のように揺れる。

 太い爪が、大木をまるで枝のようにへし折る。

 山間を悠然と歩き回り、真っ白な雪山に破壊された痕が点々と刻まれている。


________________________________________


「ご覧の通り、確認された個体は通常のヒグマとは比較にならない巨体を誇り、専門家の試算によると、体長は7メートル以上、推定体重は10トンを超える可能性があるとのことです。」

「さらに、猟友会による発砲も効果がなく、すでに自衛隊が出動しているもようです。現在、米軍との共同作戦が進行中との発表がありました。」

「政府関係者によると、事態の深刻さを鑑み、迅速に対応をしていくとのことです。」

________________________________________


 緊迫したニュース映像を見つめながら、部屋の空気が張り詰めるのを感じた。


「……あれが"試練"か。」




 沈黙が広がる中、耐えきれなくなった斎藤が怒鳴るように提案する。


「情報を政府や軍に提供しましょう。今なら、まだ被害を減らせるかもしれません。」


「却下だ。」 即座に言い放ったのは、諸葛だった。


「突拍子もない話だ。情報を伝えたら“その情報の真偽は?”"なぜそれを知っているのか?"を聞かれるだろう。」


「……それは……俺たちみたいに社長が情報を共有したら!」


「いいや、だめなんだ。 万が一信じてくれたとして、社長に備わっている力は巨大すぎる利権なんだ。コレはとんでもない超人を作ることや、神のごとき奇跡を見せることができる。」

「そうなれば、人間は非常に愚かだ。敵と戦う前に責任を社長に押し付け、社長の身柄を争って戦うことになるだろう。そこには社長の意思も介在できない。」


「……っ」斎藤は口をつぐむ。


「俺も、諸葛に同意見だ。」

これは過酷な決断だった。ここでの失敗は取り返しがつかない結果になる。今回だけは、今回だけは俺には何もできない。


「あれは紛れもない人類の敵だ。」

そうだそうだ!と脳内のナニカが悲鳴をあげる。黒銀ノ羆を認識した瞬間、脳裏を駆け抜けたのは喪われた記憶。


《■■■■■■■■。》


 気がつけば、握りしめた掌から赤い液体がダクダクと流れ出ていた。


「……社長? ……社長、手がッ!」


突然黙りこんだ真人の異変にいち早く気がついたのは中西だった。声をかけても、真人は反応しない。しかし、その目は辛うじて正気である事を告げている。


真人を襲った感情の突風は、過ぎた後には何も残さない。不自然なほどの冷静さを取り戻し、目の前の重要課題に向き直る。


「現時点で、一切の情報を秘匿する。今後の作戦を、今ここで決定する。」




--------------------------------------------------------


【現地時間 08:40】北海道某所・戦場

 「あれは、"熊"ではない。」

 そんなことは、ここにいる全員が理解していた。

 自衛隊と米軍の混成部隊が、山間の開けた地形に展開する。

 日本側は進行ルートを整備し、住民の避難を優先。

 戦闘部隊は、主にアメリカ軍が担っていた。

 冷たい朝の空気に、焦げた油の臭いが混じる。昨日までは、誰かが発した音も雪に吸い込まれて痛いほどの静寂が流れていたはずだ。


 しかし、今日は静寂が存在することは許されなかった。世界最高峰の兵器群が集結し、ガシャガシャ ザッザッと白銀の世界を鉛色に塗り替えていく。

 非武装の民間人を300人以上も虐殺して回った敵に、正義の怒りが漲る。

 集まった男たちは、ただの兵士ではない。彼らは歴戦のプロフェッショナル。

 地獄に等しい訓練を乗り越え、幾多の戦場をくぐり抜けてきたつわものだ。

 現場に集まった数百の心臓が軋むほどに暴れる。だが、それは恐怖からだけではない。

 暴力を振るった敵に、暴力を叩きつける闘争心ゆえにだ。

 ある兵士はM4A1のグリップを強く握る。

 手の中の武器が、確固たる自信を与えてくれる。

 万物の霊長たる人類は、他の生物に負けたことなどない。

 ならば、これも例外ではない。




 ——はずだった。


この世界は、地球である。

最も普通で、最も異質な地球である。


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― 新着の感想 ―
 時系列を段落の始めに設定しているお陰で、話の外形が掴みやすくていい。また、むやみやたらと登場人物が情動的でないのも、詠む側としては話の展開が予見しづらく、面白みが損なわれないのでよく練られている小説…
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